英雄達の憂鬱 平和への軌跡
クロスベル編
第四十九話 非公式チーム、特別任務支援係


<クロスベルの街 ジオフロント>

大陸屈指の大都市であるクロスベル市の地下には、大きな人工のトンネルが造られている。
その規模は王都グランセルの地下水道の何倍も大きく、水道以外にも導力ネット網や地下駐車場など様々な目的で使われているためジオフロントと呼称されている。
しかしジオフロントには議員達の思惑により必要性が無いのに造られた施設もあり、人の目の届きにくい部分は魔物や犯罪者の巣窟になっていた。
エステル達は手配魔獣を退治するためにアリオスと一緒にジオフロントに足を踏み入れた。
アリオスが同行しての道案内を引き受けてくれたのは、これからチームを組んで巨悪に立ち向かおうとするエステル達の力量を見るためなのだろう。
エステル達は気を引き締めてクロスベルでの初仕事に臨む。

「こんな迷路みたいな場所、迷わず歩けるなんて凄いですね」
「長くクロスベルに居ると自然に体で覚えて来る」

感心したアネラスに、アリオスは事も無げにそう答えた。

「でもこんなに広いのに議員さん達はまだジオフロントを広げようとしているんでしょう、どうして?」
「それは……」

不思議そうに疑問の声を上げるエステルに、ヨシュアが政治の仕組みを説明した。
ジオフロントの建造は公共事業のため市の税金によって行われる。
税金で建てるので議員は民間の工事の何倍もの予算を計上し、工事で余ったお金をこっそり裏で自分達の仲間で山分けする。
工事をする度にお金が貰えるのだから、議員は次々と新しい工事をする仕組みだった。

「とんでもない話ね!」

ヨシュアの説明を聞いたエステルは怒りをあらわにした。

「さらにクロスベルにはそう言った行為を助長させる仕組みが存在する」

アリオスはため息をついてヨシュアの説明に補足を付け加えた。
クロスベル議会は親帝国派や親共和国派の議員が幅を利かせていて、それぞれの国の利益になるように政治が動かされるのも少なくない。
そしてクロスベル州が自治を認めてもらうために、帝国と共和国に税収の数パーセントを上納する法律も改正できないでいるのだった。

「父さん達から話は聞いていたけど、クロスベルって大変な問題を抱えているのね」

エステルはそう言って大きなため息を付いた。

「カシウスが介入して両国の武力行使による占領は回避できたのだがな」
「クロスベルが安定しないと、リベール王国も完全に平和になったとは言えないよね」

真剣な顔で言うアリオスとヨシュアの言葉を聞いて、アネラスも腕組みをしてうなる。

「うーん、私達に出来る事って何でしょうか?」
「まずやつらの資金源を潰す事だ。ルバーチェ商会のバックには帝国の政治家が、黒月商会のバックには共和国の政治家が付いていると俺達の捜査の結果から考えている」
「なるほど、ルバーチェ商会を攻めれば帝国の影響力を弱める事が出来るんですね」

アネラスの疑問に答えたアリオスの言葉を耳にして、ヨシュアは納得してため息をついた。
話しながら歩いているうちに、エステル達はジオフロントの奥深くまで来ていた。
手配魔獣が居るとされている場所に近づいたのか、アリオスの雰囲気が変わる。
エステル達もアリオスの変化を感じ取り、緊張した面持ちで小さな物音も聞き逃すまいと無言でついて行く。
自分達の足音しか聴こえ無かった静かな空間に、ガリガリと何者かが激しく動き回る音が聞こえて来た。
手配魔獣とは暴走した自律系導力清掃機だった。
流通していた製品の違法な改造が行われた結果、害を及ばすようになり手配魔獣とされたのだ。
さらにその清掃機を造っていた会社が倒産し、不法投棄された製品はメンテナンスを受けられずに暴走しジオフロントの中で暴れてしまっているらしい。
利益ばかりを追求した企業が存在するクロスベルの悪い側面だった。

「数は多いが個々の戦闘能力はたいした事は無い、囲まれないように気をつけろ」
「はいっ!」

アリオスの号令にエステル達は返答し、魔獣の群れへと突撃して行った。
クロスベル遊撃士のエースで《風の剣聖》と呼ばれるアリオスの強さは確かなもので、魔獣に取り囲まれても紙のように切り裂いて行った。

「さすがアリオスさんは私達とは違う凄い剣術を使っているんですね」
「何を言っている、俺もお前達と同じ八葉一刀流の使い手だぞ」

アネラスが感心してつぶやくと、アリオスは少しあきれたようにぼやいた。

「ええっ、アリオスさんって私のお祖父ちゃんに剣を習っていたんですか?」
「師は多くの人間に剣の道を教えていたからな、カシウスと知り合ったのもその縁だ」
「そっか、父さんもアネラスさんのお祖父さんの弟子だったのね」

アリオスの言葉を聞いてエステルは感慨深そうにつぶやいた。

「でもどうしてカシウスさんは今は棒術を使っているんでしょう?」
「それは誰かを護る事をより重視した結果だと聞いている、俺も実際に相手を斬りつける重みを感じたくて警官時代に使っていた銃から剣に変えた」
「なるほど、僕は短剣が手に馴染んでいるから何となく使い続けていますけど……」

ヨシュアが考え込むようにそう言うと、エステルは明るい笑顔でヨシュアに声を掛ける。

「ヨシュアはあたしが父さん譲りの棒術で護ってあげるから心配無いよ!」
「それは嬉しいんだけど、微妙な気がするよ……」
「まあ無理に武器を変える必要もない」

順調に魔獣の数を減らして行くうちに、エステル達も余裕が出て来たようだ。
しかしジオフロントにアネラスの悲鳴が響き渡ると、エステル達は驚いてアネラスの居る方を見た。
すると今までより大型の導力清掃機がアネラスを飲み込もうと口を開いているの姿が見えた。
その風圧はまだ離れた場所に居るアネラスの頭に付けていた黄色いリボンが吸い込まれ、アネラスの髪の毛が波打っている事でも分かる。
エステル達はあわててアネラスの居る方へ駆けつける。

「アネラスさん!?」
「うわっ、吸い込まれちゃう!」

助けを求めて手を伸ばすアネラスの腕を、エステルはガッチリとつかんだ。
さらにヨシュアがエステルの腕をつかみ、エステル達は3人で大型導力清掃機に吸引されないように踏ん張った。

「大丈夫、アネラスさん?」
「ありがとうエステルちゃん、でもこれじゃあ身動きが取れないよ」
「くっ、どうすれば……」

苦しむエステル達の横を鉄のパイプが通り抜け、吸引していた大型導力清掃機に激突した!
アリオスがジオフロントの中に張り巡らされているパイプラインを剣で切り裂いて、大型導力清掃機にパイプを投げつけたのだ。
口にパイプがぶつかった大型導力清掃機は吸引動作を中断する。

「今だっ!」
「うん!」
「はいっ!」

ヨシュアの号令にエステルとアネラスは答え、怯んで動きを止めている間に大型導力清掃機を袋叩きにした。
機関部をやられた大型導力清掃機はノイズ音を発した後、活動を停止し金属のゴミと化した。

「ふう、助かったぁ……」

ピンチを脱したアネラスは大きく息を吐き出した。
エステルは大型導力清掃機の口にくわえられたように折れ曲ったパイプを見て感心してため息をもらす。

「パイプをつっかえ棒にするなんて、凄いアイディアね」
「他に適当な物が無かったからな、その場にある物を利用した」
「剣術の鋭さだけでは無くて、機転も利かせるんですね」

アリオスの言葉を聞いたヨシュアは尊敬の眼差しを向けた。

「だけどパイプを斬ってしまって大丈夫なんですか?」
「本当に必要な施設であれば後で修理をすれば問題無い」

心配そうに斬られた場所を指差したアネラスに、アリオスはそう言い切った。
意外とフランクなアリオスの答えに、エステルは驚いた顔でもらす。

「アリオスさんって、もっと固い感じの人かと思ったけど……」
「警察に居る間に、あいつの影響を受けたのかもしれないな」

アリオスは遠くに視線を向けてそうつぶやいた。



<クロスベルの街 旧市街>

手配魔獣を倒したエステル達がジオフロントを出ると、時間は昼前になってしまっていた。
早朝に東通りの入口からジオフロントに入ったエステル達だが、アリオスが色々な場所を案内しているうちに時間が過ぎてしまったのだ。
ここはクロスベルの街の中で都市開発から取り残された区画で、貧しい者や犯罪や借金などによって中心地から追いやられた者達が住んでいる。

「ルーアンの倉庫街を思い出しちゃうわね」
「ここはあそこより深刻だよ」

エステルの発言を聞いたヨシュアは真剣な顔をしてつぶやいた。
ルーアンの倉庫に集まっていたレイヴンのメンバー達は反発していたが、日々の生活に困っている様子は無かった。
しかしこの街の通りでは小さな子供達や老人が生きるために物ごいをしている姿が見られた。
着ている服もボロボロで、髪もぼさぼさだ。

「クロスベルの豊かさは大陸中に知れ渡っている、だから仕事を求めてクロスベルへとやって来る移民達が多いのだが、それが貧富の差をさらに強めている」
「かわいそうですね……」

アリオスの説明にアネラスは物ごいをしている子供達や老人に同情的な視線を向けた。

「油断するな、この旧市街にはスリも多い」

アリオスは財布を取り出そうとしたエステル達の行動を予測していたのか、釘を刺した。
エステル達が東通りにある遊撃士協会に戻るために旧市街を歩いて行くと、立ち並ぶ古い建物の間に火事にあったような建物があるのに気が付く。

「放火によるものだが、取り壊し費用を節約するために火をつけてしまうオーナーもいるらしい」
「ひどいわね、周りには人が住んでいる建物がたくさんあるのに」
「常識を疑いますね」

アリオスの話を聞いたエステルとヨシュアはあきれた顔でためいきをついた。
その建物は最近になって燃やされたばかりなのか、小さな子供達が鉄くずなどを拾い集めていた。
この旧市街で長く暮らしている子供達は自分達の役割を心得ているのだ。
エステル達が旧市街から通じる東通りへの入口へと差し掛かった時、東通りの方から帽子を被り、擦り切れた大きめのコートにボロボロになったジーパンを履いた少年が駆け込んで来た。
そして旧市街の方を眺めて立っていたエステルとぶつかってしまった。

「痛っ!」
「気をつけろよな!」

エステルにそう声を掛けて、少年は立ち去った。

「むっ、これは?」

アリオスは視界の隅で、通りの床に光る物が落ちている事に気づいて拾い上げた。
それは小さな真珠の粒で、旧市街の通りに落ちていたらすぐにでも誰かに持って行かれてしまうものだろう。
と言う事は、この真珠の粒はごく近い時期に床に落とされたものだ。
アリオスの視線を感じた少年は立ち上がるとあわてて旧市街の方へと逃げて行った。

「おーい、そいつを捕まえてくれ!」

帽子を被った少年に続いて東通りから姿を現したのはジャンパーを着た茶髪の青年だった。
アリオスはそのジャンパーを着た青年に声を掛ける。

「ガイ、何があった?」
「今逃げて言ったガキは西通りの住宅で空き巣を繰り返していたのさ」

アリオスの質問に答えたガイの返事を聞いてエステル達は顔色を変えた。

「追いかけましょう!」

エステルの言葉にヨシュア達はうなずき、手分けして少年を追いつめる事になった。
刑事であるガイを西通りから旧市街まで振り切った少年の足は早く、見つけたエステルは追いかけたがすぐに引き離されてしまう。
入り組んだ路地と坂道が多いので、地面がでこぼこして追いかけにくい。
下り坂を利用してスケートボードで遊んでいた子供達を見てエステルは名案をひらめいた。

「うん、これなら走るよりだんぜん早いわね!」

路地で遊んでいた子供達と交渉し、落ちていた木の板と捨てられていた台車の車輪部分で作られたスケートボードを手に入れたエステルは、それに乗って下り坂をスイスイと滑って行った。
スケートボードのボディは軽い木の板で出来ていたので、滑れない場所は脇に抱えて走る事が出来た。

「見つけた、今度は逃がさないわよ!」

幸運な事に追っている少年は坂道の高い場所から低い場所へと逃げていた。
エステルはスケートボードに乗りハイスピードで走っている少年の背後に迫る!
追われている事を知った少年は路地を曲ってエステルの追跡をかわそうとしたが、エステルも華麗なドリフトでスピードを殺さずに曲る事に成功した。
しかし路地に入ってすぐの場所で少年は立ち止まっていた。
少年の行く手にはヨシュアが居て、少年を捕まえようと接近していたのだ。

「きゃあ!」

エステルは止まろうとしたがスケートボードが急に止まれるはずも無くエステルの体は前方に投げ出され、立っていた少年の背中にぶつかってしまった。

「うわっ!」

背中を思いきり押された少年はドミノ倒しのようにヨシュアの目の前で倒れ込みそうになった。
少年を捕まえようと近づいていたヨシュアは、体で少年を受け止める形になった。
下敷きになったヨシュアの体をクッションにした少年はエステルの体をはねのけて路地裏に逃げ込もうとする。
しかし曲がり角から出て来たガイに少年は胸倉をつかまれて捕らえられてしまった。

「どこ触ってんだ、離せよ!」
「ほう、お前そんな格好しているけど女だったのか」

少女が抗議してもガイは動揺した様子も無く、そのまま離さなかった

「どうやら捕まえたようだな」

近くに居たアリオスもエステル達の声を聞きつけてやって来ていた。

「ああ、素早いガキだったぜ」
「どうしてお前一人で追いかけていた、他の連中の手は借りなかったのか?」
「空き巣の件は俺がセシルの友達から受けた個人的な相談だったからな、それに『点数稼ぎ』をしているやつらに利用されたくなかった」
「お前らしいな」

ガイの答えを聞いて、アリオスは笑みを浮かべた。
遊撃士協会にBPがあるように、クロスベル警察にもDP制度が存在する。
しかし問題なのは課長達がDPを巡ってくだらない争いをして足を引っ張り合っている所だった。
三課の範囲を超えて首を突っ込むガイは煙たがれていのだ。

「オ、オレは何もしていないぞ、離せ!」
「そうか、ほらよ」

ガイが少女の着ていたコートを脱がせると、ポケットから光るアクセサリーが落ちて来た。
言い逃れが出来なくなった少女は観念したのか、大人しくなった。

「それじゃ、こいつを依頼人の所へ連れて行くとするか」

どうやらガイは空き巣被害を受けていた依頼人から犯人を捕まえたら会わせて欲しいと頼まれていたようだった。
エステル達もついて行こうとしたのだが、一人欠けている事に気が付く。

「あれ、アネラスさんは?」

エステル達は少女を連れながら旧市街の街を探し回り、フラフラとさまよっているアネラスを見つけたのだった。
どうやらアネラスは見当違いの方向を探して迷子になってしまったようで、エステルの姿を見ると嬉しそうに飛び付いた。



<クロスベルの街 東通り 龍老飯店>

空き巣の少女との追走劇をしたエステル達は、東通りのレストランで昼食を摂る事にした。
ガイが連れて来た依頼人がクロスベルで人気女優のイリアだと知ると、アネラスは歓喜の声を上げる。
対照的にエステルは誰? と言った不思議そうな顔をしていた。
少女と対面したイリアはまず名前を尋ねる。
すると少女は渋々だったがシュリと名乗った。
どうして集合住宅のイリアの部屋だけ何度も空き巣に入ったのかと尋ねると、シュリはイリアを鋭い眼でにらみつける。

「それはあんたが気に入らないからだ!」
「どうして?」

イリアに聞き返されたシュリは怒った顔で理由を説明し始めた。
大劇団であるアルカンシェルは豪華な舞台で公演を行い、観るためのチケットは高額だ。
中にはチケットを転売して数倍の値段で取引している者も居る。
自分の故郷であるノーザンブリアやこの旧市街では貧しい人間が居るのに、とんでもない話だと憤慨した。

「確かに、あたし達の街に来ていたハーヴェイさんの一座はお金を取って居なかったわね」
「そうだろ?」

エステルの言葉を聞いて、シュリは賛同者が現れたと嬉しそうに勢いづいた。
しばらく考え込んでいたイリアはゆっくりと話し始める。

「キャラバンのように街を巡業すると言うのも一つの形なのかもしれない。でも舞台で演技をして居たって、たくさんの人とのつながりを持つ事ができるのよ? アンタだってアタシの観客の一人」
「俺が観客だって?」
「そう、劇団のウワサを聞いて興味を持ってくれたのならその時点でお客さんだって事よ。ま、部屋に忍び込むのは褒められたもんじゃないけどね」

シュリはイリアの言葉を聞いて、反論しようとせずに黙り込んだ。

「アタシ達が良い演技をすれば、それだけたくさんの人達に話してもらえる。だから舞台装置などにお金が掛かってしまうのよ。そしてアルカンシェルの名前が大陸中に広まって行って、もっとたくさんの人との繋がりが持てるかもしれないわ」
「大陸中とは大きく出たな」

イリアの発言を聞いたガイは愉快そうに笑った。

「これはハーヴェイ一座も負けてられないわね」
「頑張るのはルシオラさん達だけどね」

勝手にライバル意識を燃やしたエステルにヨシュアが少しあきれた顔でツッコミを入れた。

「でもアンタはアルカンシェルの事をさっぱり知らなかったみたいね、ショックだわ」
「エステルちゃんは雑誌を読んでもスニーカーの記事にしか興味ありませんから」
「し、失礼ね、本当の事だけど」

イリアの言葉を聞いてアネラスが笑顔でそう言うと、エステルは顔をふくれさせた。

「それでこの事件はどう処理するつもりだ?」
「前科も無さそうだし、他から盗んで居ないみたいだから警告を与えて釈放だな」

アリオスに尋ねられたガイはそう答えた。
クロスベル州にも拘置所はあるが、軽犯罪者を入れるほど収容人数に余裕があるわけではなく釈放されるのが一般的だった。

「ねえ、どうせ釈放されちゃうのならアタシにこの子をお持ち帰りさせてくれない?」
「何を言い出すんだよ!?」

イリアの発言を聞いたシュリは驚きの声を上げた。
エステル達も同じように目を丸くした。
そしてイリアは挑むような視線でシュリに話し掛ける。

「アンタは前に盗んだアタシのアクセサリーを売り払ってしまったんでしょう? アタシが被害届を出せばどうなるかしらね」
「くっ、オレを脅す気か……」

悔しそうな顔でシュリがにらみつけると、イリアは軽く首を横に振る。

「アタシはアンタをスカウトしたいと思っているんのよ、ガイから聞いたけど、かなり身のこなしが良いみたいじゃない」
「凄いじゃないですか、イリアさんにスカウトされるなんて!」

アネラスは興奮した様子でシュリに声を掛けた。

「アンタはアルカンシェルの舞台がお高く止まっていると言ったけど、劇団の内側から見てみるとそれだけじゃないって解ると思うわ。それに故郷への仕送りがあるんでしょう?」

イリアはシュリがノーザンブリア出身だと聞いて、クロスベルに来た目的も盗んだアクセサリーをどうしたのかも察したようだった。
ノーザンブリアは国土のほとんどが雪に覆われている土地で、気候の厳しさはヨシュアの故郷であるハーメル村より厳しかった。
だから国民のほとんどが国外へ出稼ぎに行っているのが現状で、中には猟兵団となってしまう者達もいたのだ。
その後イリアは給料のノーザンブリアへの送金を、法外な手数料を取られる地下銀行では無く、正規の手続きでIBCから行えるように手配するなどチラつかせてシュリを説得した。
シュリのスカウトに成功すると、イリアは上機嫌でシュリを連れて帰って行った。
ガイも今回の空き巣の件は無かった事にするようだった。



<クロスベルの街 IBCビル>

午後になって遊撃士協会へ戻って早々、エステル達はまたアリオスと共にIBCへと呼び出された。
どうやら、朝のジオフロントでの手配魔獣との戦いでアリオスが斬ったパイプの中を導力ネットの線が通っていたらしい。
詳しい破損状況を知りたいので来て欲しいと言われ向かったエステル達は、16階建のIBCビルを見て圧倒された。
そして受付で用件を話したエステル達は16階の総裁室へ行くように言われ、エレベータのIDカードを渡される。
エレベータはビルの外壁と同じくガラス張りになっていて、クロスベルの街並みを一望できた。

「凄い、ロレントの時計台の何倍の高さがあるんだろう」

エステルは小さい頃からロレントの街の中心にある時計台に登って街を眺めるのが好きだった。
そのエステルが一目で気に入ってしまいそうなほどの眺望だった。
さらにアリオスからこのビルより高いビルが建設中だと告げられると、エステル達はクロスベルの経済力の高さに感心するのだった。
総裁室の前でエステル達は黒ぶち眼鏡を掛けた、神経質そうな男性が立っている事に気が付いた。
アリオスはその男性に声を掛ける。

「ダドリー、来てたのか」
「ああ、導力ネットに不正アクセスがあったらしくてな。だが総裁の話は多分それだけでは無いだろう」

ダドリーはアリオスの言葉に答えると、エステル達を値踏みでもするかのように見つめた。
アリオスがエステル達を特別任務支援係の協力者だとダドリーに告げると、エステル達も自己紹介をした。

「捜査二課、ダドリーだ」

エステル達の自己紹介に対してダドリーは表情を変えずに短く答えた。
よろしくとも言わない所を見ると、ダドリーはまだエステル達に心を開いていないのだろう。
微妙な雰囲気のままエステル達が総裁室へと足を踏み入れると、ディーターは窓の近くに立ってエステル達を待っていた。

「よく来てくれた、『特別任務支援係』の諸君」

こちらに背を向けたままディーター総裁がそう言うと、エステル達は顔色を変えた。

「ああ、驚かせてしまったかね。マクダエル市長から話を聞いたのだよ、セルゲイ君がそんな構想を持っているとね」

振り返ったディーターはそう言ってエステル達に向かって微笑んだ。
赤いスーツを着たディーターはIBCの総裁だけあって、態度に余裕とカリスマ性を感じられた。

「私達をお呼びになられたのも、それが理由で?」
「ああ、ジオフロントの被害報告や導力ネットの件は君達を呼び出すための口実と言った所かな」

アリオスの問い掛けにディーターは軽くうなずいた。
ジオフロントの切断されたパイプの件も不正アクセスの件も、忙しい総裁が直接会って話す事ではないとアリオスもダドリーも気付いていたようだ。

「君達がリベール王国でルバーチェ商会の支部を潰してくれたようだね」
「実際はあたし達の仲間なんですけど」

ディーターに声を掛けられたエステルは少し戸惑った感じでそう答えた。

「構わないさ、それに君達は着任早々、廃棄され暴走した自律系導力機械を処理してくれたそうじゃないか。ルバーチェ商会に限らず、モラルの無い会社が横行している事に、私も心を痛めているのだよ」
「恐れ入ります、アリオスさんの助けがあったからです」

ほめられたヨシュアは慎んでディーターにお礼を述べた。

「君達の働きに感謝して私からプレゼントをあげよう」

そう言ってディーターはエステルとヨシュアに金の薔薇が描かれたカードを渡した。
エステルは不思議そうな顔でディーターに尋ねる。

「これは?」
「来月ミシュラムのハルトマン議員邸で開催されるルバーチェ商会のオークションの招待状さ。男女一組の名前が書かれている」
「よく手に入りましたね」
「金さえあればそう言う物も手に入れる事が出来てね」

感心した様子でヨシュアが尋ねると、ディーターはそう答えた。

「と言う事はあたし達がオークション会場に行くんですか?」

驚いて尋ねたエステルに、アリオスは当然のようにうなずく。

「私やダドリーはルバーチェ商会の末端までに顔が知られている、リベール王国の事件に直接関わっていないお前達なら怪しまれないだろう」
「だけど、カップルとして入るのは恥ずかしいわね」
「そうだね」

エステルの意見にヨシュアも同意した。

「でもいいなあ、エステルちゃん達はミシュラムに行けて」
「遊びに行くわけじゃないんだから」

うらやましがるアネラスにエステルが苦笑していると、ディーターがチケットを3枚取り出してエステル、ヨシュア、アネラスに渡す。
それはミシュラムにあるテーマパーク『M.W.L.ミシュラムワンダーランド』の一日フリーパスとホテルの宿泊券がセットになっているプレミアチケットだった。

「それは報酬の前払いだ、遠慮しないで受け取って欲しい」
「わあ、ありがとうございます!」

アネラスがこれほどまでに無い明るい笑顔でお礼を言った。

「それでは、私達はこれで失礼します」
「ああ、君達こそ忙しい所を済まなかったな」

用件の済んだエステル達は改めてディーターにお礼を述べて総裁室を出た。
そして総裁室で1人になったディーターは、先ほどエステル達と話していた時の柔和な笑みから一転、不敵な笑みを浮かべる。

「『特別任務支援係』、どれほどの実力か見せてもらおうじゃないか」

そうつぶやいたディーターは総裁室の窓から眼下に広がるクロスベルの街並みを見下ろすのだった。

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