ソードアート・オンライン ~疾風の短剣使い~ (ジント)
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今回は前後構成でアニメ版と電撃文庫MAGAZINE五月号に付いていたプログレッシブの内容を混ぜて書いています。



第四話

~二〇二二年十二月二日金曜日~

ゲーム開始から約一ヶ月が過ぎ、二千人が死んだ。
未だに外部からの救出は無く、死人が増え続ける状況が続いている。
この頃になるとオレは僅かに抱いていた外部からの救出による事件解決、という事を完全に諦め、ひたすらレべリングと武器の強化を行っていた。
残念ながらレベルの方は獲得経験値効率の限界に達してしまったが、現在使用している《イーヴィルダガー》は+6まで強化することに成功し、現状の武器の中では最高レベルの物となっている。

「んでアルゴさんよ、また例の話か?」

「そのとーリ。今度はニーキュッパまで引き上げると言っていル」

目の前の小柄な女の提示した金額にオレは首を振る。

「あのな、お前の依頼人に伝えとけ――――こんなアホな交渉に意味は無いってな」

女――――アインクラッド初めての情報屋、通称《鼠のアルゴ》にきっぱりと伝える。

「やっぱりそうなるカ。オレっちも依頼人に諦めろって何度も言ったんだけどナ」

アルゴは予想通り、という顔をしながらため息をつく。
ここ一週間、アルゴを仲介として謎の人物がオレの《イーヴィルダガー》を高値で買い取ろうとしているのだ。
確かに強力であるのは認めるが、所詮は序盤の武器。
わざわざ大金を積んでまで買う必要は無い。
しかも――――。

「つーか、そいつ確実にキリトに買収持ちかけてる奴と同じだろ?」

何故かオレだけではなくキリトの《アーニールブレード+6》まで買い取ろうとしているのだ。
ちなみにキリトとはソロプレイヤーの利点を活かすべく別行動している。
だが、正規版とベータの違いを検証するために頻繁に連絡を取り合っており、その際にこの事を聞いたのだ。
――――訳が分からない。
それがオレ達の出した結論。
キリトは片手剣でオレは短剣。
どちらか一方ならともかく、両方欲しがるとはどういう事なのかさっぱり分からない。

「依頼人が払った口止め料は千コルだヨ。上積みするカ?」

こんな事で商売までするとは恐れ入る。
だが―――――。

「分かるからいい。しっかし、オレとキリトの分も合わせて六万近く払うとか、そいつ本当に何考えてんだ?」

生憎とオレは本当のことを見抜くのが大の得意だ。
オレの言葉にほんの一瞬反応したのを見逃さなかった。

「・・・・やっぱ、お前相手だとこっちの商売上がったりだナ」

何処か呆れたような、恨めしそうな視線でオレを睨んでくる。

「お、じゃあ教えてやろうかお前にハッタリ掛けた時に出てくる癖。今ならたったの十万コルで――――」

「そんな事出来るのはお前しかいねーから問題ないナ」

「そいつは残念。んじゃ、話はここまでだな」

そう言ってオレ達以外誰も居ない路地裏から、この町《トールバーナ》の噴水広場へと出る。
時刻は丁度午後三時を回ったところだ。
いつもなら学校の一日の授業も終盤で、机の上で昼寝していたというのに。
そんな事を考えながら広場に設置してあるベンチに座る。
天気もいいのでここで昼寝したいという誘惑を振り払い、改めて時計をチェックする。

「・・・・あと一時間か」

そう、あと一時間後に始まるのだ。

―――――《第一層フロアボス攻略会議》が。



―――●●●―――

四十五人。
それがこの広場に集まった人数だった。

「随分と少ないな」

「ああ。・・・・レイド一つの上限すら満たしてない」

合流したキリト共に改めて広場を見渡す。
このゲームでは最大四十八人の連結(レイド)パーティーを作る事が出来る。
死傷者を出したくないのならレイド二つによる交代制が望ましい。

「ま、全滅する可能性があるのによくここまで集まったなって考えるべきだろうな」

「・・・・そうだな」

お互いにため息をつきながら適当な場所に腰掛ける。
丁度その時、よく通る叫び声が聞こえた。

「はーい! それじゃ、そろそろ始めさせてもらいます!」

広場の中央に現れたのは長身の片手剣使いだった。
装備から見てレベルも中々高そうだ。
しかし、最も目を引くのはその顔。

「おいキリト。普通あんなレベルのイケメンがこの手のゲームなんてすんのか?」

「あ、ああ。俺もちょっと驚いてる」

そう、この広場にいる一部の連中が騒ぐほど、あの剣士はイケメンだった。
かくいうオレもちょっと驚いている。

「今日はオレの呼びかけに応じてくれてありがとう! オレはディアベル! 職業は気持ち的に《ナイト》やってます!」

そのジョークに場がどっと湧く。
恐ろしい事にあのナイト様はコミュ能力が異様に高いらしい。
今のでここにいる人間の殆どが彼に好感を抱いたはずだ。

「・・・・今日、オレ達のパーティがボスの部屋を発見した!」

挨拶を終え、ディアベルが本題に入る。
その声音は真剣なものだった。

「オレ達は示さなきゃならない。ボスを倒し、第二層に到達して、このデスゲームをいつかきっとクリアできるってことを、はじまりの街で待ってる皆に伝えなきゃならない。それが今この場所にいるオレ達の義務なんだ!」

正直、見事な演説だと思った。
バラバラだった最前線の住人たちを一つに纏めるその手腕には目を見張るものがある。
そんな時――――。

「――――ちょお待ってんか」

低い声が歓声をぴたりと止めた。


―――●●●―――

「こん中に、何人かワビ入れなあかん奴らがおるはずや」

キバオウ、と名乗ったその男は殺気の籠った声で言う。

「ベータ上がり共はこんのクソゲームが始まってからビギナーを見捨てて消えよった。ウマい狩場やらボロいクエスト独り占めして、その後もずーっと知らんぷりや。こん中にもおるはずやで、ベータテスターやっちゅうこと隠してボス攻略に参加しようとする薄汚い連中が。そいつらに土下座さして貯め込んだ金やアイテムを吐き出してもらわな、パーティメンバーとして命は預けられんし預かれん!」

つまりはベータテスターがムカつくからこの場にいる奴は土下座してアイテムと金を差し出せ、という事か。

「アホくさ」

誰にも聞こえない大きさで呟く。
そんな事を言われて出てくる奴がいるはずがない。
この場にオレ達以外のベータテスターが何人いるかは知らないが、あのキバオウと言う男はオレ達(ベータテスター)が基本的に利己主義者ということを忘れている。
わざわざ吊し上げられに行くなどありえない。
それに、キリトから聞いた情報もある。



以前アルゴに調べさせたところ、ベータテスターの死亡者数は三百人ほどらしい、と。



それが本当だとすれば新規参加者の死亡数は千七百人。
割合に直せば新規のプレイヤーの死亡率は十八パーセント。
ベータテスターはおそらく七百から八百人しか参加していない事から四十パーセント近くになる。
知識と経験が、常に安全を生むわけではない。
はっきり言って、あの男の言葉が全て間違っているという訳ではないが、正しいという訳でもないのだ。
つまり、何が言いたいかと言えば――――。

「そんな顔してんじゃねーよキリト」

隣にいる苦虫を噛み潰したような顔をした親友がこちらを向く。
こいつの事だから色々必死に堪えているのだろう。
本音を言えば、オレもキリトと同じだ。
ばれて糾弾されるのは嫌だし、下手に反論して状況を悪化させる気も無い。
だから――――。

「少なくとも今は顔に出すな。この状況でばれたら最悪の展開になりかねん」

「・・・・そうだな」

そう言って、少しはマシな顔になる。
ひとまずはこれでいい。
次はあの男にいい加減黙ってもらうとしよう。
とりあえず攻略会議を早く進めたいから後にしてくれ、とでも言おうと思い口を開く。

「発言、いいか」

――――その前に、豊かな張りのあるバリトンが響き渡った。

―――●●●―――

「いいか、情報はあったんだ。なのに、沢山のプレーヤーが死んだ。だが今はその責任を追及してる場合じゃない。オレ達自身がそうなるかどうか、それがこの会議で左右されると、オレは思っているんだがな」

その男、おそらく人種的にはアフリカ人辺りであろう褐色の巨漢《エギル》は懐から取り出したアルゴ印のガイドブックを片手にキバオウ僅かな時間で論破した。おそらく、彼以外が言ったとしても反論されてグダグダになっていただろう。スキンヘッドの巨体にはそれだけ有無を言わせぬ迫力があった。
・・・・だがそれにしても、まさかあのアルゴがガイドブックを無料配布していたとはびっくりだ。
記憶の補完のためにオレもキリトも各巻五百コルで買っていたというのに。
それからガイドブックに書かれていた情報から実際の作戦会議を立てる事となったのだが、問題はその時起きた。

「まずは仲間や近くにいる人とパーティを組んでみてくれ」

・・・・なんだと?

横を見れば同じように固まったキリトが見えた。
ソロの欠点。
それは即席でパーティを組むのが難しいという事で、気づけばオレ達は余りものになっていた。

「・・・・とりあえず二人で組むか」

「あ、ああそう――――!」

パーティ申請をした後、キリトの視線が一か所に集中しているのが見えた。
視線を辿ればそこには布装備にレイピアを腰に差したプレーヤーが腰掛けている。
・・・・あいつもアブレ者か。
そう思っていると、とんでもない光景を目にした。

「ゑ?」

あのキリトが、なんと自分から近づいて行き話しかけたのだ。
いくら攻略のためとはいえ、あのコミュ障がまさか・・・・!
そうこう思っているうちにあちらは申請を終え、視界左側に新たなHPゲージが出現する。
その下の短いアルファベットの羅列にはこうあった。

【Asuna】

それが、後に《閃光》と呼ばれる攻略プレーヤーであり、キリトにとって最愛の人になるとは、この時はまだ予想だにしなかった。




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