2012年10月15日

続 大阪ホームレス殺人事件に関して

五木寛之著 大河の一滴より
<引用開始>
ホームレス殺人について
あの連中ははたらく意思がない。はたらく能力がない。だから世の中のためにちっとも役にたっていない。しかも貧乏で汚い。町を汚す。
 こういうことを口々に述べたてて、自分たちがとんでもないことをしたという自覚なしに、それこそ市の清掃局のお手伝いでもしたかのような物の言いかただったというわけです。
 そのことに、ある学校の先生はすごくショックを受けて、なんということだろう、と嘆いていましたが、それは、皮を一枚めくってみれば、私たちがふだん考えている人間観、人間をいくつかの ― 成功した人、立派な人、ほどほどの人、平凡な人、失敗した駄目な人、というふうに分けていく、人間の一生の価値をその人の肩書きや、あるいは服装や、成し遂げた事業や、あるいは財産や、そういうことでもって無意識に分けていく、そういう分けかたが子どもたちの心のなかにも反映していったんだろう、と思うしかありません。
<引用終了>

私も「失敗した駄目な人」というカテゴリーに無理やり分類され、今も筆舌に尽くし難い「暴力」を受け続けています。

前投稿でマンガについて記しました。こんなことがあったことを思い出しました。

『最後のパレード〜ディズニーランドで本当にあった心温まる話』が発売されて一月が経ったころでしょうか。
サンクチュアリ出版の広報を通じて私にこのような打診がありました。

最後のパレードの内容をマンガにしたい、と。

私は、即座にお断りしました。ディズニーランドの話であり、「絵」にすることは著作権違反そのものであるからです。今年の10月1日に著作権法が改正され、例えばシンデレラ城バックにディズニー・キャラクターと撮った写真がホームページで公開されても刑罰には当たらなくなったようですが、それ以前は突き詰めればそのような写真は著作権法違反だったのです。

もちろん、私はそのことを心得ていましたから、著作物やブログ等ではディズニーランドの風景などは一切掲載しませんでした。

そんな経緯があるにもかかわらず、読売新聞社は、私を「著作権法を侵害した盗作者」と勝手に決めつけ、取材もせずに全国報道しました。

その結果、私は、ホームレスにならざるを得ませんでした。

西宮冷蔵を覚えていますか

続・嬉しかったこと
<引用開始>
一昨日の午前中ボンヤリとテレビを見ていると「地獄を見た男」というようなタイトルで何やら見たことのある人が路上で本を売っているのが映し出されていました。番組はその後CMになったのですが、「誰だっけ?」と気になったのでチャンネルを動かさずにそのままにしておきました。
その路上で本を売るヒゲが伸びきった一見ホームレス風の人は、このコラムでも何回も取り上げた「西宮冷蔵」の水谷社長だったのです。2002年にこの人が内部告発をした事によって雪印食品の言語道断の食品偽装工作が明るみに出ました。しかし西宮冷蔵は問題を起こした業者として他の荷主からの取引停止が相次ぎ2002年11月に13億の負債を抱えて廃業となったのです
<引用終了>
http://enotaka.com/colum/2004/column503.htm

西宮冷蔵ホームページ
http://www.nishirei.net/

真実と愛は必ず勝利する マハトマ・ガンディー

今、ホームレスの人は私同様に、過去の大部分はホームレスではありませんでした。今でも消費税は払っているでしょうが、ほとんどの人は、立派な納税者であり、年金加入者であったと勘案されます。

五木寛之氏が言うように、決して清掃されるべき「ゴミ」ではないのです。
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小事を気にせず流れる雲の如し

「浮浪雲(はぐれぐも)」は、1973年からビックコミックオリジナル誌に長期連載されているジョージ秋山氏の作品です。1977年に父を亡くした私は、この作品のこの言葉に癒されました。「ノミのキンタマの8分の1」のような男になるな、という天の父の声を聞くかのようでした。

今日は、マンガ文化について記したいと思います。

小林よしのり氏が記した文章の一部を紹介します。

<引用開始>
小林よしのり氏「わしは天下国家の問題も真面目に勉強した上で、AKBに嵌ってる(筆者註 はまってる)」
2012/09/24 『脱原発論』こそがわしの覚悟である!

先日の「ゴー宣道場」の前日に、『脱原発論』を読んでみたのだが、やはりこれは「漫画」という表現方法を使うことによって、情と理の両面に訴えられるようになっており、理解も深まるようになっている。これが文章だけだったら、これだけの多方面の論点を、脳内にインプットすることは無理だっただろう。ちゃんと絵で見せている!
<引用終了>
http://fxya.blog129.fc2.com/blog-entry-5266.html

実に真理をついている、見事であると思います。私は、氏の作品「東大一直線」執筆時代から小林よしのり氏はあまり好きではありませんでした。作風と言論に「ラジカル」さが目立ったためです。

しかしながら、この一文を読み、氏の「伝わるまで、伝える」という熱意を感じ、今は感服しています。

「情と理の両面に訴えられるようになっており」と表現されていますが、言いかえれば、情の右脳と理の左脳を駆使して「多方面の論点を、脳内にインプットする」ということであり、左脳でっかち人間には、その意味が理解できないでしょう。左脳でっかち人間は、すべてを文章という「言葉の羅列」にしないと何も判断できない人間です。
聖書の「最初に言葉があった」という一文からすべてが始まり、すべてがそこに行きつくのです。

しかし、です。これは欧米人の話です。以前に記したように、日本人脳は12歳くらいまでに「ファーストフォーマット」されます。「以心伝心」「行間を読む」「KY空気をよむ(よめない)」など、右脳の働きの基礎は年少期に形成されます。

私は、俳句や短歌などを生み出す能力はこの時期に形成されるものと考えます。日本人以外は「古寺や かわず飛び込む 水の音」は、複数のカエルがボチャボチャと池に飛び込むこととしか捉えられません。小林よしのり氏が言う「情」を理解する能力に欠けるのです。

さて、日本ではなぜマンガが大発達したのでしょうか。四コマ漫画を含め、マンガは日本のオリジナルではありません。その答えは「マンガを理解できる国民がいたから」と断定できると思います。

例えば「サザエさん」ですが、モノクロの世界ですがアメリカではモノクロ作品が受け入れられるでしょうか。モノクロの「ポパイ」など考えられるでしょうか。

日本人は油絵を描くことも、クレパス画を描くことも、水墨画を描くこともできます。それでは、欧米人で水墨画が描ける人はどれだけいるでしょうか。私は、皆無に近いと捉えています。

ここまで記してきて、さらに「漫画家ってすごい」と思えるようになりました。と同時に、小林よしのり氏のように、マンガにより、つまり右脳の「情」と左脳の「理」のコラボレーションで真理を追究することを、社会が認め奨励するようにすれば、マスメディアによりホイホイだまされなくなるのではないでしょうか。

日本には欧米にはない特別な文化があります。食文化もその一つですが、「美食」をテーマにした質の高いマンガも見受けられます。

このような良質なマンガを読むと脳がリラックスすると言われています。今後もこのテーマについては書いていく所存です。最後に、日本人にしか分からない「情」の世界をおとどけしましょう。

東京物語 富山大学ホームページより
<引用開始>
『東京物語』で東山さんが亡くなる前、半分意識を失いつつ、横たわっています。それに向かって夫の笠さんがつぶやくようにして語りかけます。「治るよ、治る、治る、治るさ」。同じことを四回繰り返します。でもこれはすべて意味が少しずつ違っているのです。最初の「治るよ」というのは、いま意識を失いつつある妻に、治りますよとよびかけています。二度目の「治る」は、笠さん自身が自分に、治ってほしいと言い聞かせているんです。三度目の「治る」は、もう治らないかもしれないという不安を、思わずつぶやいたのでしょう。最後の「治るさ」というのは、死んでゆく妻をそのまま受け入れざるを得ない、そうした悲しみを告げる「治るさ」だと私は思います。この四つの言葉に見られる反復とずれ、それだけで小津さんのすべてが語られているとは思いませんが、小津さんはそういう人だったのです
<引用終了>
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2012年10月14日

速報 <路上生活者死亡>寝ていて襲われる? 大阪

速報 <路上生活者死亡>寝ていて襲われる? 大阪
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121014-00000026-mai-soci

私が恐れているのは「これ」である。

以上!

posted by S・C・ NAKAMURA at 21:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

続 入間市長選挙


今日は告示日であった。

私が描いた選挙活動は以下の通りである。

◇小平方式のマニフェストづくり
2007年の東村山市長選において、私の提案で実現した、「小松きょう子の54の約束」というマニフェストが功を奏した。このマニフェストで東村山市の共産党の基礎票約11,000票に対し、小松氏は18,691票を獲得した。もちろん、市議候補は全員当選した。

入間市においても、以前に記したように「埼玉県最大のテーマパーク構想」や「武蔵野インターナショナル“さんぽ”フェスティバル」など、現状の市政を否定することなく前進させる施策を20本ほど並べる予定であった。

◇市長候補の討論会の呼びかけ
私は、地位や権力が欲しいのではない。私が有する知的所有物を具現化することが、立候補の目的であった。
従って、誰が当選しても、知財は提供する用意があった。要は市民の幸福につながれば良いのであるから。
そのことを確約できる候補者討論会が必要と考えた。

◇法定ビラの活用
選挙カーを低速で走らせることは、ある意味やってはいけない「環境破壊活動」である。東村山市議の奥谷浩一氏のこの主張に同意する。従って私は、選挙事務所も選挙カーも考えていなかった。
駅頭に立っての演説は行おうとは考えていたが、メインの選挙活動は許可されている法定ビラ「一発」であった。もちろん内容は、市民が夢を抱く「市民への20の約束」であった。

◇用意していた「記号」
「日本初 東京ディズニーランド出身の市長を誕生させてくれませんか」

「狭山茶の発祥地は入間市です。私が証明してみせます」

私は、統一地方選まであと2年数カ月待つつもりではあるが、それ以前にやることがある。社会復帰への足場づくりである。

容易ではないことは分かっている。病気も正直「うずく」。すべては「生あれば」に尽きるが、今は社会貢献の前に出来得る「家族貢献」をしたい。

その道を探っている。
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連続する読売新聞社の大失態情報


私は、今回の読売新聞社の大誤報を「しばらく静観する」と記した。これは、最後のパレード事件の解決に結びつけないという意味でもある。

今年の8月にも読売新聞は大失態事件を起こしている。こちらの記事が詳しい。

読売新聞記者の大失態 〜現職警官逮捕の舞台裏〜
前代未聞の「取材メモ」誤送信と問題点

http://hunter-investigate.jp/news/2012/08/25-20-hunter-1220.html

キーセンテンスだけ引用する。

<引用開始>
ミスが生んだ先走り報道 
 第一の問題は、安易なミスが、事件そのものをつぶしかねなかったということだ。

軽んじられる「情報源の秘匿」
 誤送信メールの内容が多方面に漏れたことは、読売の記者が「情報源の秘匿」という報道の砦を自ら崩したことに他ならない。これが第二の問題点だ。

大手メディアと世間のズレ
 三つ目の問題は、「夜討ち朝駆け」に代表される“マスコミの常識”と、世間一般の意識の間に存在するズレである。

囁かれる読売の「誤報」
 警察による隠蔽や怠慢は大いに攻撃する対象となるだろうが、近年の事件報道におけるスクープには胡散臭さがつきまとう。実際に事件の実相を歪めた記事もある。

 31日、県警本部の関係者に確認取材したところ、読売新聞に対し問題の記事に関する質問書を出していることと、読売側から返事がないことを認めている。
<引用終了>

次の記事は、スーっと入ってくるようで実に読みやすい。

読売はスクープを狙おうとして詐話に引っ掛かり、私たちはマスコミを信用して騙される
<引用開始>
iPS細胞をヒトの治療に使って成功したなどというのは、詐話中の詐話であるが、読売の記者は簡単に引っ掛かってしまった。
読売を後追いした新聞社も多かったからほとんどのマスコミがこういう詐話には弱かった、ということだ。

読売はスクープを狙っていたから引っ掛かったのだろう。

私は、読売が一面の大見出しで報じていたから信じてしまった。

私たちは実に騙されやすい存在である。
騙されまいとして騙されてしまう。
愚かなものだ。
<引用終了>
http://ameblo.jp/gusya-h/entry-11378974062.html

私は、読売新聞の謀略と「夜討ち朝駆け」による攻撃で谷底につき落とされた。精神に傷害を負わされ、人権、名誉、仕事、そして一番大切な家族を失うことになった。今日の読売新聞社を見れば、その知識暴力団としての連続性に恐怖感を抱く者は私だけではないだろう。

それでも、である。私が何を訴えようが読売新聞社は、質問への回答を拒み「知らんぷり」を決め込むに違いない。なぜならば、読売新聞社は、読売新聞の読者が喜ぶ記事を書けばいいだけの会社なのである。読者数を減らさないためには、読売新聞の読者には何も知らせない戦略を徹底しており、その悪の牙城は揺るぐことはない。

そのことを知っているから、私はより「スマート」に闘いを挑んでいきたい。
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2012年10月13日

家族第一主義は正しいのでしょうか


◇家族を第一に大事にするというような中途半端な姿勢では、社会の不公平も不正義も、何一つ個人として、根本的な改善に寄与することなく人生を終わってしまうのです。大谷藤郎

このような「名言」をブログに記載したところ多少の反響があったようです。

もちろん、私も人間ですから家族が一番大事と考えますが、このブログに何回も書いているミクロのインサイドアウト思想(自分の身の回りから世界を捉える小さな思想)ではなく、マクロのアウトサイドイン思想(目的地に向かう航空機のように外部のGPSから現在の位置などを捉える)で考えると、ブッダが家族を捨てて旅に出たように、言葉では表現しようのない心の葛藤が沸いてきます。

山崎行太郎氏のブログから
<引用開始>
村上龍もこういう発言をしている。「僕も、群像新人賞をもらったときに、高校、大学とさんざん悪さをしてきたから、受賞の言葉に、『両親の銀婚式のささやかなプレゼントになればいいと思う』と書いたんです。そしたら、『文学というものは、親孝行のためにするものじゃない』と、叩かれちゃった。あの頃はまだ書くことで家族が崩壊しても仕方がないぐらいギリギリのところで書くのが文学なんだ、という人がいた時代で。僕、バカだなあと思いました」。すると石原は、「あなたの時代でも、そんなバカなことをいう奴、いたかねえ」と付言しているが、僕は、石原慎太郎と村上龍はともに若くしてデビューした才能ある作家ではあるが、作家としての限界も明らかだと思わないわけにはいかない。「作家は家族を崩壊させなければ本物ではない」等というのは倒錯した論理だが、「文学や思想を極限まで問い詰めれば、家族や生活を破綻させ、破壊することになるかもしれない」という原理原則は、今でも昔でも変わりはない。作家や思想家の生き方として、文学や思想を深く追求していくあまりに、家庭や家族を犠牲にすることがしばしば起こるが、それが間違っているとは僕は思わない。
<中略>
しかし作家や思想家としては、親孝行や親馬鹿ぶりを公言し、それを得々として自慢するようではお仕舞いである。自決し、結果的に家庭を破壊した三島由紀夫や江藤淳、古くは芥川龍之介や太宰治等のような文学者たちを、おそらく「バカな奴だ」ぐらいにしか考えられなくなった石原慎太郎が、健全な生活者としてはともかくとして、もはや作家としては使い物にならなくなっていることは明らかだが、それは、当然のことだろうが、石原は気づいていないかもしれないが、政治家としても使い物にならなくなっているということでもあるのだ。
<引用終了>
http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/20100425/1272141773

私は、家庭を壊したくて壊したのではありません。読売新聞社の知識暴力の犠牲になったのです。

読売新聞の誤報が問題になっています。私はこの問題に関してはしばらく静観します。なぜならば、読売の記事を「書いてくれ」などという人はいないと思われるからです。読売新聞社の記者は「どこからか」森口氏の評判(情報)を聞きつけたのでしょう。そして、記者は「功名心」から深く思慮することなく、スクープをねらい迷わずに記事にしたのでしょう。最後のパレード事件と全く同じ構図です。

このように、読売新聞社のように知識暴力団とも呼べる「判定者」が闊歩する社会において、真理を追究する作家、マスコミにひれ伏さない思想家は決して安泰ではない、私はそのことを言いたいのです。
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原発問題の「今」2012年10月13日


東電「対策取れば対処できた」=社内事故調の見解変更―原子力改革チーム・福島原発
<引用開始>
タスクフォースは、福島原発事故に対する問題意識として、(1)事前の津波評価の際、想定を超える可能性も考慮して対策を取ることはできた(2)海外の過酷事故対策を参考にすれば、安全設備を多様化できた(3)現実の事故を想定した訓練をしていれば、事故の拡大を防げた―と指摘した。 
<引用終了>
http://jp.wsj.com/Japan/Economy/node_528656

菅直人の今日の一言
世界の流れ・脱原発
<引用開始>
  もう一点は日米の原子力産業の協力関係だ。スリーマイルの事故以来、米国内での原発建設が止まっていたので、米国の原発メーカは日本の原発メーカと連携して、最新技術による原発建設を考えていた。日本の原発ゼロ政策で、今後どうなるかという点だ。この点も議論を整理する必要がある。
<引用終了>
http://ameblo.jp/n-kan-blog/entry-11377811435.html

2012年06月18日
原発事故の真相を教えます。
<転用開始>
真因は、1985年の日航123便墜落事故から類推できます。あの事故の調査結果によると、墜落原因は、伊丹空港で尻もち事故を起こし、羽田空港でボーイング社の専門修理チームが、圧力隔壁付近の部品交換を行った際、ビス止めが甘く、数年後にその部分が破壊され墜落に至ったというものです。

したがって、製造責任、メンテナンス責任のあるアメリカ側に決定的な瑕疵があったのですが、アメリカ側は「寝てしまい」「逃げ切り」に成功しました。
翻って、福島第一原子力発電所の事故を「相対」してとらえた場合、はっきりと同様な原因が浮かび上がってきます。

1971年に稼働した福島第一原子力発電所の原子炉は、GEのマーク1型です。1984年に完成したフィリピンのバターン原発は、メルトダウンによる水素爆発を想定し、原子炉格納器庫内の水素を化学処理して水にしてしまい、水素爆発を防ぐというアメリカ製の「安全装置」が設置されていますが、福島第一原子力発電所には、そのような安全装置が「バックフィット」されていませんでした。
<転用終了>
http://dream333.seesaa.net/article/275838278.html

日航機墜落事故で、ボーイング社は「誠意を持って補償する」「日本航空を通して(任せて)補償に当たる」とし、背後に隠れてしまった。修理ミスというのなら(垂直尾翼の強度不足による隠れリコール疑惑などの諸説があるのは知っている)、業務上過失致死罪で起訴されるべきであったが、私も含め、誰もそんなことは考えなかったようである。

あの時、マスコミに誘導されず、徹底的にアメリカ側の業務上の過失責任を追及していたら、福島第一原子力発電所の事故への対応も異なったことだろうが、これは「タラレバ」の話であり、もう遅い。

さて、東電社内事故調の「現実の事故を想定した訓練をしていれば、事故の拡大を防げた」という「一言」は、極めて重い意味を持つ。
東電の実質的国有化が決まっており、ある意味「失う物は何もない」と受け取れるからである。「現実の事故を想定した訓練」をさせなかった「国」や、非常時の対応を教えなかった「アメリカ」に対し、「我々も犠牲者だ」と示唆しているように捉えるのは私だけではあるまい。

そのアメリカの「思惑」は菅直人前首相が記した通りであろう。いわば「次世代型原発」を開発し、日本をはじめ世界中へ売り込み、IAEAの査察を含め、世界の原子力を「一括管理」するビジョンを描いていたのであろう。

日本は「利口」にならなくてはならない。311でパラダイム(物の見方考え方)が転換した日本は、アメリカに追随する旧来の自民党的政治から脱皮しなくてはならないのである。

民主党は、政権延命作戦にでるであろう。別に何とも思わない。野党になろうが長い目で見た場合には、それもまたそれでよし、と思う。

与党になった自民党に対し「原発事故原因をつくったのは自民党ではないか」と舌鋒鋭く追及する菅直人前首相や枝野経済産業相の姿を思い浮かべると、次の次の総選挙が楽しみになってくるのである。
posted by S・C・ NAKAMURA at 18:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月12日

アジェンダを達成する名言集B


◇我が家に起きた村八分事件は、字人の誤解偏見から来た。いつでもどこでも起こり得るものだが、一度起きれば危険極まりない。普通の人間を社会から追放してしまうのだ。大谷藤郎

◇社会と個人は、人間の持っている他人を疑いやすいという、利己的、普遍的性格から、偏見差別という個人的間違いを犯し易い。大谷藤郎

◇家族を第一に大事にするというような中途半端な姿勢では、社会の不公平も不正義も、何一つ個人として、根本的な改善に寄与することなく人生を終わってしまうのです。大谷藤郎
posted by S・C・ NAKAMURA at 20:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

歴史学 頭としっぽはくれてやれ


尖閣や竹島を「くれてやれ」などという主張ではありません。食べられて栄養になる歴史の部分を知識に取り入れるべきであるという主張です。

さて、本当に聖徳太子は実在したのでしょうか。教科書に記載された内容は正しいのでしょうか。

以下に、実に分かりやすく解説してくれているサイトを紹介します。

聖徳太子は暗殺されていた!?(封印された日本史)より
<引用開始>
以上のように、「十七条憲法の構成」と「先代旧事本紀の内容」を見れば、
特に、聖徳太子が特別、仏教を推進していた訳ではないと言う事が分かるのです。
聖徳太子は、どちらかと言えば、「神道派」であり、
当時、導入されていた「仏教」や「儒教」との闘争が、凄まじかったので、
それぞれが互いの宗教を敬うべし、、、と言う意味で、三法を説いた訳です。

「和を以て貴しとなす」という聖徳太子の言葉も、
実は、「儒仏神」三つが互いに尊重して、仲良くするように・・・との教えなんです。

この事を、知らないと、日本の歴史、、、特に宗教史は語れないのです。。。
<引用終了>
http://on-linetrpgsite.sakura.ne.jp/column/post_112.html

私は、大化の改新以前の歴史は「頭としっぽ」の部分であると考えています。その中で重要なことは、「儒教」「仏教」「神教」が共存していたという史実です。これは、かねてから私が主張している「日本は、中国や朝鮮からの渡来人と共存共苦していた」ということを裏づける確たる証拠です。

645年の大化の改新で、都を中心とする駅馬の設営など、国家としての「戦略」が打ち出されました。まさに渡来人も参加した知恵の結集だと推察します。

ウィキペディアより
<引用開始>
律令時代の移動伝達の構想として、駅路と伝路からなる交通網を維持し、それらを利用した駅伝制を整備することにより中央集権を機能させようとしたことが伺われる。すなわち大化2年(646年)の詔勅に「初めて京師を修め、畿内の国司、郡司、関塞、斥候、防人、駅馬、伝馬を置く」(『日本書紀』)とあり、大化の改新に際して、政治・軍事と共に交通制度の全国的整備を行うことを意図したようである。
<引用終了>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%9D%E9%A6%AC

時の朝鮮半島に目を向けてみましょう。日本で言われる「三国志」の時代です。朝鮮民族は度重なる中国からの侵攻で歴史的文献をすべて焼失させられたといわれています。中国民族は、その国の文化まで破壊してしまうのです。

結果から物事を捉えると分かりやすいと思います。百済は660年に滅亡してしまいます。大化の改新が645年ですから、当時の百済の王族が大陸の文化と技術を従えて日本を目指したことが目に浮かびます。

さらに、です。その8年後の668年には高句麗が滅亡します。高句麗の王は、若き王子若光一行を日本に送りました。666年のことです。

時は流れ、50年後の716年、渡来した高句麗人に「高麗郷」が与えられました。現在の埼玉県日高市や飯能市、入間市、狭山市などの全部または一部地域です。

何がそうさせたのでしょうか。朝廷(天皇を中心とした時の政権)は、なぜ、高句麗人にいわば「自治区」を与えたのでしょうか。

この50年が私は「頭としっぽ」ではない部分、つまり頭の栄養「教養」を高める部分の一つだと考えます。

今、日本も、中国も、韓国も、正しい歴史を教えているとは思えません。地球市民としての子供たちの「教養」を高めるためには、私は、日本人は朝鮮人とは共存共苦の精神で国づくりを進めてきたことを、正しく認識させることが肝要と思います。

2012年06月23日
高句麗からの渡来人は人知れずに母国に帰っていった
http://dream333.seesaa.net/article/276868717.html


2012年08月18日
日本人と朝鮮人、助け合ってきた歴史を直視しよう
http://dream333.seesaa.net/article/287177543.html


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2012年10月11日

入間市長選に関して


間もなく告示ですが、立候補できません。

8月29日にこのように記しました。

<転用開始>
私が、市長になれば三井アウトレットパーク入間関連の渋滞問題は「一発」で解決できます。三井アウトレットパーク入間で行われた公費を使っての「殺人訓練」などはなくなります。

入間市には、本来日本という国に強制注入すべき安全管理のソフトウエアがインストールされ、的確に作動します。「アベイラビリティ」というディズニーランドの強さを象徴する人材活用システムが取り入れられ、「民間行政力」は確実に高まり、市民の「出番」と「居場所」が各自に認識されることになるでしょう。

武蔵野インターナショナル“さんぽ”フェスティバルは、入間市が中心になり開催されます。入間市博物館は、時間をかけて、語り継ぐべき戦争や東日本大震災、人権侵害の歴史をテーマにした近代史博物館へとリニューアルさせます。

入間市上谷ヶ貫244-2にある埼玉県の農林総合研究センター茶業研究所の広大な土地に、「狭山の地」「牟佐志の地」へのウエルカムセンター的なお茶のテーマパークを生み出します。すぐ近くの三井アウトレットパーク入間に何百万人も来場しているのです。相乗効果で入間市と三井アウトレットパーク入間のバリューは高まるに違いありません。

新しいブログも作成しました。ご高覧いただければ幸いです。
<転用終了>

ところが、これを読んだ読売2ちゃんねらーから攻撃を受けました。

「ブログの規約違反だ」
「事前活動に当たる」

私は、この二言で出鼻をくじかれ、ノックアウトされました。そして、この記事を非公開にしました。新しいブログも閉鎖しました。

なぜそうしなくてはならなかったのでしょうか。私には読売2ちゃんねらーの宣戦布告に思えたからです。

以下の論談投稿記事をご覧ください。

「最後のパレード」と読売の社会貢献妨害A 【中村】
投稿者: 中村 投稿日時: 2009/05/28 14:11:02

<引用開始>
私は先日、コンプライアンスやCSRの第一人者であられる駿河大の水尾順一教授にお会いした。思いやりの心が大切とする水尾教授の持論と私の持論は同じであり、今後もひるまずに「正論」を展開していきたい。(今後も、個別の案件である読売捏造問題に関して水尾教授にアドバイスを求めるようなことは致しません。)
<引用終了>
http://rondan.tv/2009/05/28/%e3%80%8c%e6%9c%80%e5%be%8c%e3%81%ae%e3%83%91%e3%83%ac%e3%83%bc%e3%83%89%e3%80%8d%e3%81%a8%e8%aa%ad%e5%a3%b2%e3%81%ae%e7%a4%be%e4%bc%9a%e8%b2%a2%e7%8c%ae%e5%a6%a8%e5%ae%b3%e2%91%a1-%e3%80%90%e4%b8%ad/

たったこれだけのことを記したにもかかわらず、読売2ちゃんねらーは駿河大学に襲いかかりました。大量の電話やファックス、メールを送りつけたのでしょう。

駿河大は屈しました。
水尾教授から「二度と私の名前をだしてくれるな」と言われ、私は相当の精神的打撃を受けました。

私が入間市長に立候補をした場合、関係機関に相当な迷惑行為が及ぶと考えました。私は民主党員ではありませんが、民主党関係者や地元の茶業関係者、埼玉県の農林総合研究センター茶業研究所など、彼らが標的としそうなところはたくさん存在します。

私が動くと、私の「仕事」を妨害するものが再び結集してしまう、そう考え即座に撤退を決意しました。

今の私が手に入れたいのは「足場」ですが、読売2ちゃんねらーは、私の「足場」づくりを妨害し、私が進む方向に「バナナの皮」をまき、足元にまとわりつき、私が滑って転ぶ姿を見たくて仕方ないのです。

太田裕美の「赤いハイヒール」という歌がありました。

おとぎ話の人魚姫はね
死ぬまで踊るあぁ赤い靴
一度はいたらもう止まらない
誰か助けて赤いハイヒール

読売2ちゃんねらーの中毒症状を連想させます。

さて、論談に投稿した内容の冒頭が今ではおかしくて仕方ありません。

<引用開始>
読売の記者がつかまされた「ガセネタ」による捏造記事の被害は甚大だ。5月11日の振込通知を受けていたにもかかわらず出版社から印税が振り込まれることはなかった。「良心のかたまり」のような出版社であるだけに、何者かにコントロールされている可能性が高いと言える。
<引用終了>

一ヶ月以上経ってもサンクチュアリ出版にだまされていたことに気付かなかった私がいます。もちろん、気付いたからって、当時の私にはなにもできませんでしたが・・・

サンクチュアリ出版の読者が哀れでなりません。
posted by S・C・ NAKAMURA at 19:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ピーター・ドラッカーと知識労働者


知識労働とはピーター・ドラッカーの造語のようである。肉体労働に対する言葉であるので、容易にその内容は理解いただけるだろう。

しかし、である。ピーター・ドラッカーの世界は私には「狭い」と感じる。なぜならば、原点が企業や団体の中の区分けであるように思えてならないからである。経営者側と労働者側、その労働者側を二つに分けているように私は捉えてしまうのである。(もちろん、医者や弁護士も知識労働者に含まれることは知っている)

これは、自分自身を知識労働者とすることへの抵抗感からなのかもしれない。

「もしドラ」の元になった氏の著書「マネジメント」も、日本の組織に対するものとしてとらえた場合、「完成度」が低いように思える。

一つの命題を出す。ソフトバンクの孫正義社長はピーター・ドラッカーが言う知識労働者に含まれるのだろうか。ビル・ゲイツはどうか。

さて、私が目指す最終的目的地は、以下の菅直人前首相のブログ記事がはっきりと示している。


科学技術者
  Date: 2008-01-05 (Sat)
  週明けから本格的な国会活動が始まる。福田総理は内閣改造をあきらめたようだ。ガードを固くし、クリンチを繰り返す福田内閣。新聞のコラムに福田内閣を称して「霧の摩周湖内閣」とあった。何をしたいのかよく見えない政権という意味。
   今年、地球環境問題と共に、技術革新の担い手となる科学技術者をめざす子供を増やすことを考えたい。サッカー選手や野球選手をめざす子供と同様、科学者、技術者が魅力のある仕事にすること。発明が大きな利益を上げた場合に発明者にもっと還元できるようにすることも重要。企業の立場では特定の発明者だけに利益還元をするのは不平等になるという。企業単位で難しいなら技術開発で成功した個人や企業から寄付を募って発明奨励の基金をつくり、特に優れた科学技術者にスポーツ選手並みに報償金を出せる仕組みを考えられないだろうか。

才能
2010年1月 4日 22:08 :
年末年始、JAL問題の協議や公設派遣村視察などでゆっくり休む暇はなかった。今年初めての今日のマーケットは円安で日経平均も昨年の高値を更新し、順調なスタート。昨年末発表した成長戦略の具体化を急ぎたい。中でも科学技術の分野の才能を伸ばすことに力を入れたい。例えば中小企業やベンチャー企業の特許出願をもっと支援することや、優れた発明や研究をした10代20代の若者に野球やサッカーの新人選手並みの研究報奨金を出すことなどいろいろ考えてみたい。スポーツに限らず科学技術の分野でも才能ある若者は必ずいるはずだ。
<転載終了>

報奨金は知識労働の対価である。作家として最後のパレードを著した私には、対価が支払われずにいる。サンクチュアリ出版は、私に支払うべき契約上の印税をいまだに支払わずいる。ユニセフから返却された寄付金を含め、どのように会計処理したのだろうか。

いつか、調査してみたい。

さらに、である。私は知識労働という言葉から、読売新聞の仕事内容を類推した。その結果、容易に「知識暴力」という造語を生み出すことができた。

読売新聞社が最後のパレード事件を起こしたが、それは「労働」ではない、ただの「暴力」なのである。

知識暴力主義者に手を貸している読売新聞社の読者が哀れでならない。
posted by S・C・ NAKAMURA at 17:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月10日

道場破り@


ウィキペディアより

<引用開始>
道場破り

道場破り(どうじょうやぶり)は、かつて剣術や柔術・空手など武術や武道の道場に対し行われたという、他流試合の習慣。
フィクションに描写される典型的な形態では、部外者が紹介もなく道場に乗り込んできて、道場側を挑発して他流試合を強要し、師範代など主だった門弟や、道場主、場合によっては道場側の助っ人を総なめにする。道場破りに成功すると、看板を破壊する、あるいは戦利品として持ち去ることになる。看板を取られた道場側は廃業するか、看板を金品を払って買い戻さねばならない。看板なしでは道場が運営できないからである。しかしもし敗北すれば、半殺しにされた挙句往来に放り出されることになった。
<引用終了>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%93%E5%A0%B4%E7%A0%B4%E3%82%8A

現在の中国には、剣術、柔術、空手などのいわば「精神文化」が欠落している。

恥も知らず、ノンフィクションで日本に対する「道場破り」を仕掛けざるを得ない中国の国内事情は、相当に困惑しているのであろう。

posted by S・C・ NAKAMURA at 21:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

尖閣問題 さてどうするか


「100人単位の中国活動家、尖閣上陸させる」 米専門家予測、日本の実効支配崩す
<引用開始>
 【ワシントン=古森義久】尖閣諸島に対する中国側の今後の動向について、米国議会調査局で長年、同問題について研究してきたラリー・ニクシュ氏(現戦略国際問題研究所上級研究員)は5日、産経新聞のインタビューに応じて、中国側が今後100人単位の「活動家」を尖閣に上陸させて立てこもり、日本側の実効支配に挑戦する見通しが強いとの見解を語った。
<引用終了>
http://sankei.jp.msn.com/world/news/121007/chn12100700450000-n1.htm

陽動作戦
味方の作戦を秘匿し、敵の注意をそらすために、ことさら目立つように本来の目的とは違った動きをする作戦。「おとりを使って―に出る」大辞泉

ラリー・ニクシュ氏の見方には首をかしげる。単純に考え、「活動家」100人は、島でどのように生きていくのか。野生のイモでも探して飢えをしのぐのか。海岸で魚釣りでも行うのか。上空を日本のヘリコプターや偵察機が飛び交う中で。水はどうするのか。

氏は「上陸」と述べているが、日本側から見れば「密入国」である。日本は「密入国者」に食料を与える必要はない。

さて、以前に高句麗人から教えてもらった「青野作戦(人々の暮らす野を空にして山の上に蓄え、侵攻してきた敵に米一粒も与えないで消耗させる頭脳的作戦)」を紹介した。

魚釣島に100人密入国しようが、中国の貨物船が支援物資を満載して近づくことなど考えられない。

反対に、「中国は彼らを見ごろした」という国際的プロパガンダを日本は発信すべきである。

ラリー・ニクシュ氏やアメリカの「本来の目的」とは何なのか。アメリカの国益を高めるための、広義での「陽動作戦」ではないのだろうか。

最後に、忘れられない中国評(ジョーク)があるので記す。

「人権はいらない。魚釣島が欲しい」
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2012年10月09日

続 ダウン症投稿に関して


127 :朝まで名無しさん:2012/10/09(火) 19:39:55.25 ID:Hvq2zr2J
当時のOLCは障害児などを抱えてる家庭が通院などでシフト調整したくても、
現場監督が融通してくれなければ、
我が子に検査や療育を受けさせることすら、
ままならない会社だと貶めてるわけですか?w

138 :バロム1 ◆1KAwi07cG. :2012/10/09(火) 20:56:51.07 ID:xKRNKPNS

俺も昔の上司と、辞めた部下だった奴に重度の障害を持つ子がいたのだが‥。

両人とも、父親だからなのか判らないがフツーな態度なんだよね。
胸の内にゃ悩みや苦労を背負い込んでたんだろうな‥とは思うけど。
実際に会社のイベントに連れられて来たその子達の姿を目の当たりにして、俺は自分の子供がこういう風に生まれて来たら、彼らのような父親になれただろうか?

‥なんて、そんな事を考えてしまった。

きっと自分の子供ならば、いかなる姿であっても"子供"であって、ソレ以上でも以下でもない。と彼らから教わった気がする。
もし"天使"と言うなら、何の差別も区別も無く、全ての子供達が天使なのだと思う。







一言、当時の彼は子供がダウン症であることをひた隠にしていました。甘えたくないという彼の気持ちが理解できます。

一方で・・・

<引用開始>
嬉しかった母のひと言
「五体不満足」の著者 乙武洋匡さんが生まれた時、手も足もない、だるまさんのようなわが子を見て、お母さんはどんな気持ちだったでしょう。
ところが、お母さんは「何てかわいいのでしょう!」と言われたということです。
<引用終了>
http://yoshitake.bambino.cc/noshiro/otayori/H23/noshiro_dayori_201111.pdf

続く
posted by S・C・ NAKAMURA at 21:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

東尾理子「第1子ダウン症の可能性」報道に関して


<引用開始>
東尾理子「第1子ダウン症の可能性」公表  激励コメント殺到、一方で「怒りこみ上げた」と松野明美

プロゴルファー、東尾理子さんがブログで、出産予定の第1子にダウン症の可能性があると書いたことに、元マラソンランナーの松野明美さんが物申した。ブログ上での公表に、ダウン症の子を持つ母親として納得できない様子だ。
松野さんは、妊娠中に赤ちゃんがダウン症であるかを調べる検査について否定的なようだが、デリケートな問題であり人によって考え方はさまざまだ。
<引用終了>
http://www.j-cast.com/2012/06/08135056.html?p=all

こんな経験がある。

相当前のこと、ある日、スーパーバイザーとして異動した直後の私に、そのエリアの若き社員が相談にやって来た。そして、一枚の写真を見せてくれた。かわいい幼児の写真だった。

「中村さん、この子がダウン症に見えますか」

私ははっきりと「見える」と答えた。

軽くうなずいて彼は言った。

「信頼していたスーパーバイザーが異動してしまいました。中村さんの評判を聞き相談に来ました。この子を病院に連れていくために、休暇の取得や勤務のスケジュール変更が必要です。以前のスーパーバイザーは黙って申請用紙にハンコを押してくださいました。中村さんもそうしてくれませんか」と。

私は「私の机の右上の引き出しに黒いハンコがある。必要だったら押しなさい。だけど、誰にも話してはいけないよ」と答えました。

病院などでは、ダウン症の子を持つ親御さん同士が「同じ病気ですか」と声を掛け合い、コミュニケーションを取り合うそうです。そのことを、その社員から教えてもらいました。

その後、この子は亡くなってしまったけれど、新しく授かった子供と健やかに暮らしていると聞きました。

私が、木工を指導した障がい者施設にもダウン症の青年がいました。一生懸命に糸鋸を操作している姿が忘れられません。

東尾理子さんにお伝えしたいことは、障がい者とは、神さまから「健常者よ愛と思いやりを忘れるな」というメッセージを託された天使ではないかと、私はそう信じて疑いません。


posted by S・C・ NAKAMURA at 18:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

これでは民主主義国家ではない 公明党へ


自公:「解散」攻めあぐね 「近いうち=年内」は一致

<引用開始>
公明党の支持母体・創価学会は衆院選の「12月9日投開票」を想定し、9月18日から選挙支援の準備を本格化させた。創価学会は来夏の参院選と東京都議選に組織力を集中させたい考えで、衆院選の先送りは「最悪のシナリオ」(学会幹部)。公明党幹部は「どんなに批判されても(解散の確約なしに)特例公債法案は通さない」と焦りを募らせる。
<引用終了>
http://mainichi.jp/select/news/20121009k0000m010060000c.html

特例公債法案が通らないと赤字国債は発行できない。そうすると困るのは誰か。

「たとえばイラク戦争の空爆で死んでいく子どもや女性たちがどんなにつらい思いをしているのか。想像することは、つまり思いやること。」山田洋次

私は創価学会を敵と捉えていないが、選挙時の学会員の行動には閉口することが多い。一度選挙モードに入ると「愛創価無罪」状態となる。

東村山市などが選挙区の衆議院議員加藤公一事務所では、選挙最終日前夜には選挙カーを隠す。過去に、タイヤを外されかけた経験があるからである。

さて、公明党はなぜ衆参同時選を嫌がるのか。その理由を教えよう。

菅直人前首相のホームページの過去ログより

[1092] 自民党の変質 2003-07-04 (Fri)
<引用開始>
自民党が公明党に引きずられている。公明党は衆参ダブル選が鬼門。私が初当選した1980年のダブル選でも投票率の大幅上昇で公明党は惨敗。ダブル選を避けるために公明党に脅されて自民党は総裁選の前倒しまでやろうというのだから驚きだ。政権維持のためには何でもありの「政局の小泉」の本性がいよいよ出てきた。自民党は政策は昔から官僚に丸投げだったが選挙は後援会や業界を中心に自前で戦っていた。その自民党選挙マシーンが弱体化し、いまや選挙まで公明党=創価学会に丸投げ。自民党は老舗の看板を貸すだけの政党に変質してきた
<引用終了>

ウィキペディアより
<引用開始>
2010年までの時点において同日選挙は2度しか行われていない。そのうちの1回はハプニング解散と呼ばれ、大平正芳首相が選挙期間中に急死して弔い選挙となった特異な例である。しかし、同日選挙では投票率が上がり、浮動票に依存する政党に有利であり、組織票に依存する政党に不利であるという見方は一般的となっている。また、野党に不利ともいわれ、実施された2回とも野党第一党だった社会党、第二党だった公明党は惨敗し、議席を減らしている。特に参議院選挙は衆議院総選挙に比べて投票率が低い傾向があるため、同日選による投票率への影響が顕著である。
<引用終了>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%86%E5%8F%82%E5%90%8C%E6%97%A5%E9%81%B8%E6%8C%99

東京都議会議員選も含めるとトリプル選になる。創価学会は「フレンド票」という信者以外の人に頼みこむ作戦の効力が低下する。

党利党略以外何ものでもないが、民主党議員はこのことをよく知っているから黙っている。これで年内解散して惨敗したら、野田代表の責任が厳しく問われることになるだろう。
posted by S・C・ NAKAMURA at 18:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月08日

中国、韓国は「後進国」

<引用開始>
山中教授ら2氏にノーベル医学賞 iPS細胞開発

 【ストックホルム共同】スウェーデンのカロリンスカ研究所は8日、2012年のノーベル医学生理学賞を、さまざまな細胞になる能力がある「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」を開発した山中伸弥京都大教授(50)ら2氏に授与すると発表した。再生医療への利用が期待される日本オリジナルの研究成果が高く評価された。
<引用終了>
http://www.47news.jp/CN/201210/CN2012100801001678.html

私は、ノーベル賞へのコメントを控えるが、事実だけは伝えたい。

国別のノーベルショー受賞者
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E5%88%A5%E3%81%AE%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB%E8%B3%9E%E5%8F%97%E8%B3%9E%E8%80%85

中国も、韓国も平和賞以外の受賞をしていない、いわば「後進国」である。

以上!
posted by S・C・ NAKAMURA at 19:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

秋の空 はぐれ雲とて 孤高なり


逆光に 雄々しく光る ススキの穂


曼珠沙華 共にみた日の 母しのぶ


焼き芋を ほおばる親子 秋祭り


孤独とは ねむりのとなり 今の世は
posted by S・C・ NAKAMURA at 17:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「神」が結ぶ米国 朝日新聞


10月8日 朝日新聞22面より
「大統領選と宗教」

<引用開始>
米大統領選では、宗教的な価値観が常に重要な争点となる。今回は、オバマ大統領に挑む共和党のロムニー候補がモルモン教徒であることも話題だ。米国政治の歴史と現代をひもとくと「神」と強く結びついた国の姿が見えてくる。
<引用終了>

大統領選と就任スピーチの時にだけ登場するアメリカの「神」は、キリスト教の「神」ではない。ユダヤ教が分母にある「ユダヤキリスト教」の「神」なのである。

<引用開始>
米国の宗教
建国の祖とされるピルグリム・ファーザーズは、プロテスタントの一派であるピューリタン(清教徒)だった。英国国教会の迫害を逃れ、理想的なキリスト教社会を築こうと北米大陸に渡った。現在も国民の5〜6割がプロテスタントで、カトリックが25%ほど、ユダヤ教、モルモン教を含め、聖書を信仰する人々が大多数を占める。
<引用終了>

前段のピューリタンに関する部分はその通りではある。しかしながら、現在のアメリカ社会のキリスト教に対する朝日新聞の見方は間違っている。

少しだけ考えて欲しい。「聖書を信仰する人」の意味がよく分からないが、アメリカ人の「大多数」が日曜礼拝に臨んでいるのか。

ニューヨークの人口、約1900万人の「大多数」が日曜礼拝に臨んでいるのか。そんな施設があるのか。
私がキリスト教関係者から聞いた話では、「公表」の10分の1以下であるとのことであった。

アメリカ人であることには、二つの要件が課せられると私は解釈している。
一つは「反ナチス」であることである。アメリカに入国した人なら誰もが「私は親ナチスではない」という入国カードにサインした覚えがあるはずだ。

もう一つは、司法において「聖書に手を置き宣誓する」ということである。もちろん、アメリカは自由の国であり、宗教の自由は認められている。それでも、国全体の「タガ」を考えた場合、キリスト教の「タガ」を外すことは決してできない国なのである。

アメリカ国民は、4年に1度の大統領選という大イベントで「我こそはアメリカ国民なり」と自分の存在意義を確認するのである。

前述のピューリタンに話を戻す。彼らは「理想的なキリスト教社会を築こうと北米大陸に渡った」のである。

その大前提は、ユダヤ人により壊滅状態に破壊された。今、アメリカのどの部分を分析しても、建国の祖の思想はまったく見受けられない。

つまり、アメリカは、理論上とっくの昔に破綻しているのである。ピューリタンの精神に反し、読売的エゴイズム容認主義を掲げるアメリカに大いなる未来はない。
posted by S・C・ NAKAMURA at 17:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月07日

読売2ちゃんねらーのおぞましき最後@


996 : ◆.CzKQna1OU :2012/10/07(日) 20:55:36.77 ID:n37c7BD3
Super・Chikin・NAKAMURAちゃんは私にひれ伏して「茶んぽ」を使わなくなったのが
唯一評価できることかな。
http://toro.2ch.net/test/read.cgi/news2/1348999305/901-1000

意味不明!

元気な入間ふれあい茶ん歩道(さんぽみち)
http://www.city.iruma.saitama.jp/kankou/genkinairuma.html
posted by S・C・ NAKAMURA at 21:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする