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大躍進する日蓮正宗、崩壊する創価学会

 投稿者:黒川和雄  投稿日:2012年10月15日(月)16時54分57秒 p7141-ipbfp4501osakakita.osaka.ocn.ne.jp
返信・引用
  シンガポール、開妙院 お会式模様

http://www.nichirenshoshu.or.jp/page/jpn/topix/20080315-16_jk.htm



 

(無題)

 投稿者:学習  投稿日:2012年10月10日(水)16時37分4秒 112-71-41-71f1.osk2.eonet.ne.jp
返信・引用
  > No.70465[元記事へ]

黒川和雄さんへのお返事です。

「世の中は常住なるものか それとも無常なるものか  世界に果てがあるのかないのか
霊魂と身体は同一か同一でないのか 死後の世界は存在するのかしないのか」

誰も上記のような質問を黒川様にしておりません。
黒川様は雲仙普賢岳の噴火、阪神大震災といった実際の現象を書いてしまったのです。
その実際の現象が起きた原因とは何かを究明しようとしているのです。
「有り得ない比喩」で話しをすりかえるのはおやめになられて真摯に究明につとめようではありませんか。
究明できれば全世界が救われます。
「地震を止めることができるかも知れないぞ!」と多くの方が黒川様のお話しに注目しているかも知れません。頑張りましょう黒川様。
 

包摂さんへ

 投稿者:降魔の剣副管理人・しまメール  投稿日:2012年10月 9日(火)22時06分45秒 EM117-55-68-17.emobile.ad.jp
返信・引用
  折角いい投稿ですが、当掲示板ではプロクシやTor、海外IPは認めてません。
正式なIPで投稿ください。
 

Re: 日蓮本仏論 所感

 投稿者:黒川和雄  投稿日:2012年10月 9日(火)21時17分51秒 p7141-ipbfp4501osakakita.osaka.ocn.ne.jp
返信・引用
  包摂さんへのお返事です。


> 真跡に久遠元初って御座いますか!


御座いますってばッ!


本因妙抄

「此れは【久遠元初】の自受用報身無作本有の妙法を直に唱う。」(新編1682)写本 大石寺

百六箇抄

「【久遠元初】直行(じきぎょう)の本迹

名字本因妙は本種なれば本門なり、本果妙は余行に渡る故に本の上の迹なり、久遠釈尊の口唱を今日蓮直に唱うるなり。(新編 1694 日俊上人 大石寺)

以上、

※貴殿の御書って、古本屋で値切って買ったのかい?

 

学習さんへの「お読みもの」をプレゼントするよん、ボクちゃん、読んでね(*^_^*)

 投稿者:黒川和雄  投稿日:2012年10月 9日(火)14時57分58秒 p7141-ipbfp4501osakakita.osaka.ocn.ne.jp
返信・引用
  学習さんへのお返事です。


ボクちゃんと同じような人がお釈迦様の時代にいましたよん。(*^_^*)


■■■■■■■■■■



マールンクヤと言う若い弟子がいた。かなり理屈っぽい人だったようだ。

彼は 「いろいろ考えたが世の中には解からない事が沢山ある。わかるものならばそれをはっきり解からせて欲しい。それがはっきりしない限り私はこれ以上修行が出来ない。」と言い次のような質問をした。

「世の中は常住なるものか それとも無常なるものか  世界に果てがあるのかないのか 霊魂と身体は同一か同一でないのか 死後の世界は存在するのかしないのか 」と言ったような問題に悩み釈尊に解答を迫ったと言う。

「釈尊が世界が常住であると思うならそうおっしゃってください。それに応じて修行します。世界は常住でない 無常なものだと思うならそうおっしゃってください それに応じて修行いたします。」

それに対して釈尊はおおよそ次のようなことを言ったとされる。

「ある人が毒矢に射られたとする。 すぐに治療しなければならないだろう。ところが医者にかかる前に 一体この毒矢を射た人は誰か どんな名前の人か 身長は どんな顔の人で どこに住んでいた人か どんな弓で射たもので どんな矢じりがついていたのかと言ったような理論を追求していたら結局死んでしまうだろう。」

「それとおなじで世の中は有限か無限か 霊魂と身体は同一か そうでないか人間は死後も存在しているのか そのような問題に答えたところで私達の苦なる人生の解決にはならない。そのようなことがはっきりしたら修行すると言うのは正しくない。

世の中が常住か 常住でないかについて見解を持ったところで 私たちの老死 憂い 苦痛 嘆き 悩み 悶えは依然としてここにある。 私はいま 現実のこれらの老死 苦を超えることを説くのだ。 悟りに達すればそのようなことは気にならなくなるであろう。」   中部経典第63経

■■■■■■■■■■
ではね、ボクちゃん、ニコニコ ポン!(#^.^#)



 

日蓮本仏論 所感

 投稿者:黒川和雄  投稿日:2012年10月 9日(火)14時45分42秒 p7141-ipbfp4501osakakita.osaka.ocn.ne.jp
返信・引用
  この破折文書は邪宗・本門佛立宗から枝分かれした本門立正宗という宗派であるが、以下の疑難から始まっている。

■■■■■■■■■■

貴殿は、
 「法華経には日蓮本仏論の文証、日蓮本仏の仏名の実名を挙げられて説かれた文証は絶無である」

 「大石寺派が云うように、二仏(注=釈尊と宗祖)が同列にか、また上行菩薩仏のことが、確固とした文証として指摘しうるような、法華経の文証を列挙できるのか」

■■■■■■■■■■

今回の大草氏の破折文書には、「大聖人が何故末法の御本仏であるのか?」ということを何回も、何回も、幼児に教えるように丁寧に解説されている。それでも莫迦者は最初から最後まで分からなかった。 して惨敗者の常として屁理屈で反論するだけであった。哀れである。

とかく、邪宗の輩というものは創価学会も本門立正宗も同じであり「文証は無い、文証は絶無だ」というものである。

御存じであろう、創価曰く、「本門戒壇の大御本尊と御書のどこに書いてあるのか? 明確に大聖人の出生の本懐が本門戒壇の大御本尊であると御書にあれば信ずる」云々と・・・。

邪宗の輩にとっては「教主釈尊」の意味も分かりはしないし、ましてや「寿量品文底」など、雲のまた上の架空の戯言としか理解できぬのであろう。

川端康成の小説「雪国」には「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。 向側の座席から娘が立って来て、島村の前のガラス窓を落とした。雪の冷気が流れ込んだ。娘は窓いっぱいに乗り出し ...」云々も、ただ物理的に「トンネルを抜けたら、雪国があったのか~」、ぐらいにしか分からんのであろう。彼ら邪宗の輩も同じである。

この数行には、雪国の情景、雪に包まれた美しい山々、村落・・・すべてが凝縮されている。だからこそ川端康成は「ノーベル文学賞」を受賞したのである。池田太作など思いもよらないのだ。

受賞の理由は、

「1968年(昭和43年)10月に、「日本人の心情の本質を描いた、非常に繊細な表現による彼の叙述の卓越さに対して:"for his narrative mastery, which with great sensibility expresses the essence of the Japanese mind."」ノーベル文学賞受賞が決定した。」

ということであり、氏の作品には「文字で表現される以上のものを持ち、読者を魅了した」ということだ。外道・世法とて優秀なものはここまで、読む者の心を高めてくれるということだ。

ましてや「血脈無し、本尊なし、相伝無し」の邪宗の者どもが、末法の御本仏・日蓮大聖人の重書である、開目抄、観心本尊抄、報恩抄、総勘文抄、当体義抄、また口伝である御義口伝」など・・分かるはずがないのである!

平たく言えば「御書の文面の文字しか読めぬ」ということだ。従って読み違えるのだ!

この破折文書、①~④までありますが、①に全ての疑難と破折が凝縮されています。時間のある時にじっくりと繰り返しお読みください。

①-aはここからです。
http://blog.livedoor.jp/sokadakkai/archives/54128309.html


 

最終章 ④-f,本門立正宗破折 妙観講大草講頭vs本門立正宗中川晃荘氏 -完-

 投稿者:黒川和雄  投稿日:2012年10月 9日(火)13時53分18秒 p7141-ipbfp4501osakakita.osaka.ocn.ne.jp
返信・引用
  「貴殿は、『明瞭なる回答をされたい。「釈尊の脇士は上行等の四菩薩」の上行菩薩・日蓮大上人を、本尊の中心部分に、釈尊を押しのけて祭り上げるとする。その時、御曼荼羅内の上行菩薩は二重勧請となる』と。

まず、『二重勧請』云々についてであるが、『日眼女釈迦仏供養事』には、

『法華経の寿量品に云はく「或は己身を説き或は他身を説く」等云云。東方の善徳仏・中央の大日如来・十方の諸仏・過去の七仏・三世の諸仏、上行菩薩等、文殊師利・舎利弗等、大梵天王・第六天の魔王・釈提桓因王・日天・月天・明星天・北斗七星・二十八宿・五星・七星・八万四千の無量の諸星、阿修羅王・天神・地神・山神・海神・宅神・里神・一切世間の国々の主とある人何れか教主釈尊ならざる。天照太神・八幡大菩薩も其の本地は教主釈尊なり。例せば釈尊は天の一月、諸仏菩薩等は万水に浮ぶる影なり』

との仰せがあり、法華経寿量品の文上の説相から、諸仏・諸菩薩をはじめ天照太神・正八幡等は教主釈尊の垂迹である、と示されている。貴殿の説のごとくなら、さしずめ、法華経の会座における釈尊と諸仏菩薩・天照・八幡は『多重勧請』となり、『一人で全ての役をこなす一人芝居』ということになってしまうではないか。

 このことからわかるように、『二重勧請』云々の非難は、貴殿が本地・垂迹の概念に暗いために生じた誤りであり、こんな捉え方をしていたら永久に仏法は解らないのである。」これで少しは目が覚めるかと思ったところ今回貴殿は次のような反論をしてきた。

「貴書では、寿量品文上の説相から諸佛・諸菩薩をはじめ天照太神・正八幡等は教主釈尊の垂迹であると示されている当方のことを永久に仏法はわからないのである
と軽賎の言である。そちら大石寺派では、本仏釈尊の天月の御威光と『万水に浮かぶる影なり』の事を垂迹と捉えているが垂迹=万水に浮かぶる影なりと捉えているが万水に浮かぶのは釈尊の御威光であり、垂迹と同意語なら、天月釈尊の光りが上行菩薩をも照らし、大日如来にも光りをあて、平等に万水を照らしている本仏の大光明である。中心の本仏釋尊は泰然として動かずが日眼女釈迦佛供養事御聖語の世界であると理解すべきと思う。中心の本仏が座を立って、万水の特定の諸菩薩に垂迹はしないと思う。そんな大石寺の想像力では垂迹の意味をはきちがえている。万水に影を映す天月は法界の中心に泰然として動かず。垂迹は行動を起こしている。大石寺派はその概念の差の根本が理解出来ていないから、日蓮大聖人の垂迹せる概念の二重性の矛盾に、全く智慧が廻らないのである。大石寺派論者は高みから勝ち誇った文面で、それが『永久に仏法は解らないだろうとか軽賎の言を吐くのであるから、恥じ識らずを二重にするのである」。

かなり解りにくい文章だが、要は、天月が万水に影を落とすのは垂迹ではない、と言いたいらしい。だが貴殿よ、慨文をよく見るがよい「其の本地は教主釈尊なり」とある。以上、次上に挙がっている、その本地から影現した諸尊は「垂迹」に決まっているではないか。

 やはり貴殿には「永久に仏法は解らない」ことがハッキリした。そもそも、この本地・垂迹の概念がデタラメである以上、久遠元初の御本仏と上行菩薩と日蓮大聖人の関係について説明してみても、貴殿には理解不能であり、支離滅裂が輪をかけるだけであるから、ここで止めておくが、本当にいい加減にしてもらいたいものだ。

 ③これまで、〝宗祖本仏義に文証があるなら出してみろ〟との貴殿の要望に応じ、かなりの量の御金言を提示してきたが、破折書③でも指摘したとおり、貴殿はそのほとんどに対して一々の反論をすることを放棄してしまった。これでは「敗北」どころか「敗走」である。

 十、結論

貴殿の九十四頁にも及ぶ第三号弁駁書を読み、まずは、まともな反論でなかったことに落胆し、さらに、あまりのデタラメな所論に声を出して笑い、あるいは、道理を弁えぬ支離滅裂な所論に呆れ果ててしまった。

しかも貴殿は、「佛があれば、佛を殺し等。我、佛と等し等。禅宗的無法状態か、何かのように、本仏釈尊を格下げするに対抗馬がほしいのが、大石寺派の今の心境ではないのか」「貴書(破折書③)の最終ページ近くの『反論不能』という文字を見た時、大石寺派はついに折伏論難に回答拒否で黙り無回答を告げてきたのかと、暫くそのように当方は思っ- 34 -
ていたほどであるが。当方の論難に大石寺派は論評的言い訳的回答ばかりと、今でも思っている」と言うのである。

 これまでの双方のやり取りを読んできた人は、しばし呆気にとられた
あつけ後、腹を抱えて笑うことであろう。それはともあれ、前回の破折書③の「結び」で、小生は、

「貴殿におかれては、もし次回、第三号弁駁書を作成するつもりなら、右の九項目の見出しに添って内容を分類し、逃げることなく、全てに対し反論を明示していただきたい」

と念告しておいた。この項目に添って、今回の貴殿の弁駁内容を見てみると、

一、「五十二位」について→行き詰まった貴殿が議論の打ち切りを謀る
二、「凡夫位の釈尊」について→貴殿のゴマカシと支離滅裂が露呈
三、久遠元初の本因と即座開悟について→貴殿の反論不能、読解力不足、誑惑の引文、支離滅裂が露呈
四、本宗教義を理解できておらぬこと→貴殿は本因妙・本果妙につき反論してきたが当方より破折済み
五、『観心本尊抄』の文意について→漢文法に則った読み下し方については反論不能、新たに出してきた論難は当方より破折済み
六、『報恩抄』の読み方について→反論不能、新たな論難については当方より破折済み
七、『諸法実相抄』と『本尊問答抄』の文意について→『諸法実相抄』について妄説を立ててきたが当方より破折、『本尊問答抄』についてはほぼ反論不能のまま
八、真の「人法一箇」の本仏・本尊について→完全に反論不能
九、本仏義に関連する文証について→「白法隠没」につき愚難を挙げてきたが当方より破折済み、本地・垂迹につき無知をさらけ出す所論を出してきたが当方より破折済みという具合いである。

かなりの部分で反論不能が見られ、それについては、貴殿自身が「今回の文面には、大石寺派への論難と種々の難詰の許し難いことは、数か所、刻銘に反撃文を書いたりしたので、永くなったが、余りの部分は次回返答の時、書きたい」と弁解しながら認めてしまっている。

だが貴殿よ、この往復文書による法論では、互いに回答すべき期限が(翌月末日までと)決まっており、それまでに反論できなくては敗北となる約束だ。しかして、貴殿自ら「余りの部分(反論が書けなかった部分」があることを認めている以上、小生は、こ)の法論が貴殿の惨敗で決着したことを宣告するものである。

以後、貴殿がどうしても「反撃文」を書きたい、というのであれば、小生が提示した全ての論点について残さず反論を書いた上でもちろんまともな反論という意味だがあらためて法論の申し入れをするがよかろう(それが揃わぬかぎり、二度目の法論などありえない。)

これまで幾度も全項目について反論を求めたにも拘わらず、常に項目の立て分けをごまかし、きちんと反論もしないまま新たな疑難を次々と繰り出す――という無節操を重ねてきた貴殿である「敗北」と断ぜられてもいた仕方ない、と自覚すべきである。なおまた、この法論の途中で露呈した貴殿の「頭破作七分」は、明らかに謗法の果報である。何が謗法なのか、といえば、

「かゝる日蓮を用ひぬるともあしくうやまはゞ国亡ぶべし( 種々御振舞御書) 」

と仰せのごとく、日蓮大聖人を信仰するといいながら、久遠本仏たる日蓮大聖人を単なる菩薩扱いしたことが、自らの頭を七分に破る大謗法となったのである。

貴殿よ悪いことは言わぬ貴殿の邪義迷妄を破した四通の破折文を繰り返し読んで
一刻も早く自らの謗法を自覚し、正法正師に帰依すべきである。命終・堕獄の時を迎える前に。

以上、七ヶ月間に及ぶ法論は、本門立正宗代表役員・中川晃荘氏の惨敗によって決着したことをここに宣言し、擱筆する。

平成二十四年七月二十九日
日蓮正宗法華講大講頭大草一男
本門立正宗代表役員中川晃荘殿




http://blog.livedoor.jp/sokadakkai/archives/54201562.html
 

Re: (無題)

 投稿者:学習  投稿日:2012年10月 9日(火)05時00分56秒 112-71-41-71f1.osk2.eonet.ne.jp
返信・引用
  > No.70461[元記事へ]

黒川和雄さんへのお返事です。

> >“魔札”とは“ニセ本尊”のことでしょうか
>
> そうです。
>
> >魔札とは何かを定義していただいて、その上でそれ(魔札の定義)が何時、神戸のどの住所(神戸といっても広いですので)にばら撒かれたのかを明記してください。
>
> 魔札とは神戸全体にばら撒かれたれた創価ニセ本尊のことです。神戸でしょう、最初にばら撒かれたのは? 大阪ですか? 岡山ですか? 京都ですか? 脇書削除、文字髭伸ばし・・・色々です。
> どの住所? 愚問です。全域です。
--------------------------------------
“ばら撒かれた”というのはどのような状況でしょうか。
--------------------------------------

> >“池田氏”というのはどこの誰でしょうか
>
> 本名池田太作氏のことです。渡辺長七(牧口常三郎の本名)、戸田甚一(戸田城聖の本名)会長の次の偉大な勲章コレクター会長先生のことです。
--------------------------------------
現在のフルネームで、どこに所属しているのかを明示してください。
 

(無題)

 投稿者:黒川和雄  投稿日:2012年10月 7日(日)12時01分32秒 p7141-ipbfp4501osakakita.osaka.ocn.ne.jp
返信・引用
  >“魔札”とは“ニセ本尊”のことでしょうか

そうです。

>魔札とは何かを定義していただいて、その上でそれ(魔札の定義)が何時、神戸のどの住所(神戸といっても広いですので)にばら撒かれたのかを明記してください。

魔札とは神戸全体にばら撒かれたれた創価ニセ本尊のことです。神戸でしょう、最初にばら撒かれたのは? 大阪ですか? 岡山ですか? 京都ですか? 脇書削除、文字髭伸ばし・・・色々です。
どの住所? 愚問です。全域です。

>“池田氏”というのはどこの誰でしょうか

本名池田太作氏のことです。渡辺長七(牧口常三郎の本名)、戸田甚一(戸田城聖の本名)会長の次の偉大な勲章コレクター会長先生のことです。
 

黒川和雄様

 投稿者:学習  投稿日:2012年10月 7日(日)07時28分59秒 112-71-33-241f1.osk2.eonet.ne.jp
返信・引用
  http://8223.teacup.com/koumanoken/bbs/70374

>1990年11月16日 池田氏の宗門批判発言。

“池田氏”というのはどこの誰でしょうか
 

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