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東京国立博物館の特別展「中国 王朝の至宝」のご案内
芸術の秋。東京国立博物館で開催中の『
中国 王朝の至宝
』展を見てきた。昨年は震災と原発事故があり、こうした展覧会に足を運ぶ気分になれなかった。久しぶりに上野公園を歩いたら、いつの間にかスターバックスやパークサイドカフェの
小洒落た店
ができている。公園の風情に合わせた瀟洒な
設計
で、訪れる客にも便利に違いないが、公園の景観や印象が変わってしまった感は否めない。民活の契機が無造作に差し込まれ、上野公園らしさがなくなってしまった。猪瀬直樹の仕業だろう。パブリックなものに資本主義の論理を入れずにはいられない病気の男。人混みの上野駅から公園に入り、ケヤキやクスノキの木立ちが並ぶ大きな空間に出て、噴水前を通って長い距離を歩くのは、東博に入館する前の大事なアプローチの時間だ。正面奥にある芸術鑑賞に至る前の、日常から非日常に心を置き換える助走路なのである。この空間に民活を持ち込むのは似合わない。上野公園はパブリックそのものであるところに命がある。近代日本が国民のために設えた公共空間なのだ。今回、平成館は思ったより人が少なかった。秋に開催する東博のメインのイベントにしては、会場の客が少ない。そして、来場者の年齢が高く、若い人が少ない。尖閣問題の影響だろうかと案じる。事前の宣伝もしていない。ちなみに、上野の森美術館のツタンカーメン展の方は、入場30分待ちの行列だった。
展示
は平成館2階の全体を使い、夏から宋までの歴史を6章の区画に分けて構成している。出展されている文物は168点。どれも歴史的に重要で貴重なものばかりだが、特別な目玉が何点かあるというよりも、中国の古代史の流れを順番に追う形式になっている。宣伝用のポスターを見ると、中央に兵馬俑の「跪射俑」がある。主催者の一である毎日が広報用の
記事
を書き、アグネス・チャンに訪問させ、系列のスポニチでも
配信
しているが、アグネスと一緒に撮る写真は兵馬俑を選んでいる。一般の認知度が高いからだが、すでに兵馬俑を見た日本人は多くて、あまり集客の宣伝材料にはならない。朝日も主催者に名を連ねているが、宋の時代の黄金の仏塔である「阿育王塔」を最大の注目出品として記事にしている。この
展示
は全体の最後に置かれていた。2008年に発見され、仏教美術に詳しい者なら垂涎の一品に違いないが、あまり認知されていない文物だ。私も初めて知った。おそらく、文物を提供する中国側からすれば、この黄金の「阿育王塔」が最も価値が高く、人が群がって見るべき序列最高位の展示品なのだろう。
専用HP
でも「特別出品」の位置づけで、一点のみ別格の扱いで紹介されている。日本で例えれば、阿修羅像のような国宝だ。初めての国外公開で、南京市以外では未だ中国国内ですら巡回展示されていない。ところが、われわれはそれに無知で、宣伝ポスターにも写真が掲示されていない。
中国国内では、まさに窮極の人気文物なのに違いない。これはとても不思議なことだ。何でこのような齟齬が起きているのだろう。私の推測と想像では、2008年の出土と発見という点に謎を解くカギがある。日中関係が悪化した影響で、中国でのこうした文化的情報が日本に十分に届けられていないのだ。本来なら、こうした、教科書に載るような仏教芸術の至宝が掘り出された時点で、平山郁夫でも誰でも、権威の専門家がNHKと現地に飛び、詳細な映像を紹介して解説しなければいけなかったのである。アジアで出土する仏教美術については、日本はどの国よりも敏感で、研究熱心で、情報収集と文化保存に熱心だった。仏教の文化と思想が根付いた先進国の責任と使命で、地中深く眠っている遺跡発掘を支援したり、貧困による放置や宗教紛争で破壊に遭う仏教芸術を保護する役割を担ってきた。その日本が、世界遺産登録も必至と思われる「阿育王塔」の出土について無関心であったのは、この国の最近の怪しさを考えさせられる象徴的な問題ではないか。実は、今回の展示の中には、私の中で、まさに「阿育王塔」とは逆の意味づけの文物があった。それは、最初に展示されていた、三星堆遺跡から出土された蜀の青銅の突目仮面と人頭像である。これはBC11-13世紀と推定されている文化遺品で、中原では殷(商)王朝の時代。私が高校生のときの世界史には、この蜀(長江文明)は存在していなかった。
この発掘調査に立ち会い、殷の時代に長江上流で別の古代文明が栄えていた事実を証明し、それをわれわれに一報したのは、あの哲学者の梅原猛である。1986年のことだ。大きなニュースだった。日中友好の真っ盛りの時代。梅原猛も絶頂の時期で、このバブルの時代が梅原猛が日本の思想世界の最高司祭として振る舞っていた時期だ。発掘調査から帰国し、世紀の発見をマスコミに説明する梅原猛は、まさに興奮で震えていた。私の頭の中では、梅原猛がこの三堆星遺跡の発掘調査の団長で、エジプトの吉村作治のような立場で当時の印象が残っている。長江文明=突目仮面=梅原猛というイメージ。だが、今回の東博の特別展では、蜀の文物の紹介の中で梅原猛の名前は全く登場せず、「長江文明」という語も用いられていない。長江文明についてのネット情報の中にも、梅原猛の名前が登場しない。若い人々の意識では、「長江文明」と梅原猛は無関係な存在なのだ。歴史は、歴史のあり方はどんどん変わっている。日中関係も変わっている。1986年は、私の感覚ではほんの少し前だが、今、この時代を生きている平均的な人々には決してそうでなく、まして時代の変化のスピードが激しい中国の人々はそうなのだろう。仏教関係だけでなく、日本は中国各地の歴史遺品の調査にも熱心で、旺盛な関心を持ってNHKとアカデミーが見守っていた。「阿育王塔」の件は私には意外だ。その日、「阿育王塔」の前は閑散としていた。
多く並ぶ展示の中で足を止めたものは多い。その一つは、楚の「羽人」だ。荊州博物館所蔵。漆を塗った木製の像で65cmの高さがある上半身は人だが、鳥の嘴(くちばし)を持ち、下半身は尾羽になって伸びている。楚は春秋戦国の時代に長江の中流域で栄えた国、秦末に活躍して史記に登場する項羽の故郷でもある。北の黄河流域と異なって湿潤な土地で、稲作を行って人々が暮らしていた。その文化は中原からは野蛮とされ、戦国七国の中でも異種で未開な辺境とされていた。東博の説明でも、「土着的な信仰を色濃く残し、神秘的な姿をした神や獣を崇め、古来の神話体系を護持するなど、独自の文化を展開しました」とある。同じく、漆塗りの木製の楽器である「虎座鳳凰架鼓」。150センチの高さがあり、出展された文物の中でも大型の一品だった。左右対になった虎と鳳凰が大きな太鼓を支える造形になっている。この二点の木漆器の色と造形と大きさ、そして土着の信仰と古来の神話という要素、さらに湿潤な風土と稲作という背景が加わって、楚についてのイメージができる。それは、日本人に特に親近感を感じさせるものだ。あの、何ともハードボイルドで剛直放胆な中国人の一般像とは異なる、日本人に近い人間性や社会像を想起させる。「衣服雛形」も色が同じ。中原からは野蛮とされ、司馬遷が描く項羽の人物像にも粗暴な性格が被さるが、あるいは楚人は日本人のような自然への畏敬を深く持ち、繊細な心を持っていたのかもしれない。
楚はケルトなのかもしれない。ガリアかもしれない。孔子が怪力乱神を語らずと言った前の世界があり、戦国の終わりまで、その思想宗教と国家制度を維持していたのではないか。秦3世の子嬰一族を殺戮し、阿房宮を焼き払った項羽は、中国全土をどのように統一し、どのように国家経営するビジョンを持っていたのだろう。その統治思想は、儒家の徳治とも法家の法治とも違っていたはずだ。諸子百家の行脚と宣教が浸透せず、中央の優勢な思想による教化と影響が少なかった楚。漢の人である司馬遷が、項羽と劉邦をあのように善悪のコントラストで描くのは、ある意味で仕方のないことだと言える。全体として、この特別展はメッセージが少なく、テーマ性が弱く、イベント性(商業性)もきわめて薄い。蜀・夏から宋までの歴史的遺品を、中国各地の博物館から持ち込んで並べたという感じのプレーンな見せ方になっている。一点一点は、その時代を代表する文物で、所蔵する各博物館の至宝なのだろう。だが、演出性と装飾性が乏しく、言うならば、代理店(電博)が関与し趣向した商品性がない。中高年女性一般が食指を動かす消費的な魅力がない。中国の歴史がシンプルに説明されていて、修学旅行の研修のために並べたようだ。展示の演出はもう少しショーアップしてもよく、パネルの説明ももっと丁寧でよかった。私は見てないが、「清明上河図」を出品した1月の特別展『北京故宮博物院200選』の方が、はるかに力の入った豪華な展示会だったのだろう。明らかに尖閣問題が影を落としている。
その点は残念だが、館内が混雑しておらず、ゆっくり見る環境が実現できていることは、来場者にとってはありがたいことだ。
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thessalonike5
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2012-10-15 23:30
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