今月からマクドナルドのメニュー表が廃止となった。この変更には障害者や外国人等にとって、明らかに重要なサービスレベル引き下げ(排除に近い)であるにもかかわらず、事前の告知はもちろんのこと、10月1日当日になってTwitterでひっそりと「つぶやかれた」のみであり、ウェブサイト等での「正式な」告知がいまだ見当たらない。
ということで、ブログやTwitterなどで障害者コミュニティを中心に大きな反発が見られた。自分はウェブ上での発言はいままで控えていたが、持ち株会社である日本マクドナルドホールディングスに対してはすぐにサイトを通じて以下の質問を行った。
これに対して、その2日後の3日に「日本マクドナルドお客様サービス室」からメールにて回答を得た。(以下抜粋。文字の強調はベムによる。)
- なくしたのはなぜか?
- 知的障害者等、コミュニケーションにハンティキャップのある顧客のアクセシビリティの改悪につながるということを考慮した上でのことか?
- 代替の対応策はあるのか?
現在弊社ではサービスの最適化を目指し、この度カウンター上のメニューを
なくし、カウンター上部のメニューボードをご覧の上でお選び頂くという
方法をとらせていただいております。(一部店舗を除きます)
ご不快な点もあるかとは存じますが、何卒ご理解下さいますよう
お願い申し上げます。
店舗には、B5サイズのお手元用メニュー表をご用意いたしておりますので、
ご覧になりたい場合はご遠慮なくカウンター従業員にお申し付け下さいませ。
また壁などに専用ホルダーに入ったチラシ状のメニュー表もご用意してございます。
そちらも合わせてご利用頂ければと存じます。
なお、頂きましたご指摘やお問い合わせは本社関係部に伝えまして、一番重要で、おそらく先方も答えづらい質問事項2への回答はなかったが、今回の目的が「サービスの最適化」であるという。ここで、誰にとって「最適」なものに近づけるのかというと、もちろんマクドナルドにとってであろう。多くが予想したとおり「販売の効率化」を意図した「サービスの
貴重なご意見として今後の展開に活用させて頂きます。
「時は金なり」を具現化したビジネスモデル
実は自分は今から20年以上前の学生時代にマクドナルドでアルバイトをしていた経験がある。従事した業務は主には、厨房全般と閉店時の清掃業務であったが少しだけカウンターやトライブスルーの接客も任された。
当時(バブル期)のファーストフード業界は現在のようにマクドナルドの一人勝ちの状態にあったわけではなく、むしろ乱立していて群雄割拠の状態にあった。プラザ合意以降の円高を背景に原価が下がったということもあってか、値下げ競争が激化していた。セットメニューが登場したのもこの頃のことだ。マクドナルドは、ハンバーガー、ホテトS、ドリンクSの3点を「サンキューセット」として390円で売りだした。ほどなくロッテリアは、同じような組み合わせで380円の「サンパチトリオ」を売り出すという激しい攻防戦が繰り広げられていた時期だ。
当時のマクドナルドのオペレーションは高度にマニュアル化され非常に効率化されていた。アルバイトを含む従業員は秒単位で管理され、常に急かされている感じだった。おそらく今でもそうなのだろう。そのような究極の効率化マシンにとって、顧客にも効率的に動いてもらいたいと考えるのは、実にありえそうな話である。事実、カウンターで接客をする場合、セットメニューの注文であれば、POSレジスタ(いわゆる「レジ」)の操作はボタンひとつ押すだけで済む。迷いながらバラで注文されて、挙句の果てに後から注文変更されたりすると、私のように裏方が本業でPOSの操作に慣れていない者にとってはちょっと面倒で、なにより時間を食う。顧客の行列も長くなる。このようなことがしばしばあると効率が低下し、チリツモ式に売上に影響してくるのだろう。まさしく"Time is Money"「時は金なり」を実感する世界だった。
経営の現状チェック
そうは言っても、ファーストフード業界を制覇した現在、この突然のサービスの低下はなんだろう。マクドナルドの経営に何かが起こっているのではないか?とまず最初に考えるのが投資家的な発想である。一般にサービスレベルの引き下げは経営環境が苦しい時に起こりやすいだろう。
株価は安定的に推移しているが、市場が縮小傾向というのは、内需系はどこもそうだから容易に想像がつく。マクドナルドの顧客層に鑑みれば、少子高齢化の影響は特に強く受けやいように思える。一時期思い切った低価格戦略に出たが、今は方向を転換しているように感じられるが・・・。ということで、なにはともあれ、数字を眺めてみることにした。
以下に述べる数字はすべて日本マクドナルドホールディングスのサイトから得たものだ。
■Welcome to McDonald's Holdings Japan
決算短信から決算数字を拾ってみたところ、売上高が2008年12月期をピークに2011年12月期まで3年連続の減収となっている。今年度(2012年12月期)は0.9%の微妙な増収予想を会社として掲げてはいるのだが、中間決算時点(2012年6月末)におけるこの年間予想の達成率は48.0%、前年同期比では1.2%の減収となっている。通年の会社予想は今のところ年初から据え置いてはいるが、この感じだと達成は容易ではなさそうで、4年連続の減収になりそうな雰囲気を醸し出している。
ただ、一方で利益はどうかというと、むしろ一時期のどん底(2002、2003年度の当期純利益は赤字)よりは改善している。つまり、減収幅以上にコストを切り詰めてて利益をだしているという形になっている。円高の好影響もあるのだろうが、コスト削減にも限界があろう。なんとか売上高をテコ入れしたい状況ではないだろうか。
ところが、既存店の足元の売上げはテコ入れどころか不振にあえいでいることがわかる。既存店売上高は、2011年12月期まで8年連続で増収であったとしているが、2012年上半期は1.2%の減収となっている。そして今年4月から9月まで6ヶ月連続で前年同月比のマイナスが続いていることは、より深刻なものに感じられる。
というのは前年の2011年は3月、7月、8月は前年同月実績を割っているのだが、それを同社側は震災と夏季の節電という特殊要因によるものと分析している。そしてその他の月でカバーすることで、年間を通じては既存店売上高をなんとか増収(1.0%)をキープさせた経緯にある。したがって、今年はそのような特殊要因がないのだから、本来であればむしろ反動的な自然な増収を期待してもよいくらいなのにもかかわらず、7月、8月の数字はさらに悪化したという意味が含まれているからだ。このまま推移すれば既存店売上高は9年ぶりに減収に陥る可能性が高い。先ほど自分は少子高齢化の影響をほのめかしたがデータを見る限り、ここ3年ほどの客数は減っていない。特にこのところの既存店の不振は客単価が目立って下落していることにある。
2012年6月の決算短信には定性情報として以下のようにコメントされている。(文字の強調はベムによる)
当第2四半期連結累計期間は、東日本大震災後の内食及び中食志向の高まりによる外食市場の縮小等、当社グループにとって厳しい事業環境が続きました。 このような状況の中、当社グループは引き続きQSC(信頼の品質、スピーディーで心地よいサービス、清潔で快適な環境)をベースとして、Value for Money を包括的に高める商品戦略、大型ドライブスルー中心の店舗開発戦略を実施しました。また、一般管理費の抜本的見直しも継続して行い、投資効率の高い支出に経営資源を集中する等、一層の経営管理に努めました。
マクドナルドのレストランビジネスとしての考え方として「クイックサービスレストランとしての最高の店舗体験の提供」を掲げ、QSC&Vという理念を掲げている。詳細はこちら。「品質」と「サービス」と「清潔さ」とが結びつくことで価値の創造へと昇華するという感じ。ここで自分が注目したキーワードは、「クイックサービス」、「スピーディー」、「Value for Money」(お金に見合う価値)。つまり、減収や客単価の下落が継続することによって企業「価値」のが目減りするリスクが高まっている中で、「価値」の目減りが「品質」「サービス」「清潔さ」の低下へと「逆流」することは恐ろしい。それがまた「価値」の減少へつながれば恐怖のスパイラルだ。この「逆流」を抑えこむためにスピード重視の効率化をより推し進めようとする思考パターン、そういうものがあるのではないのかなということ。今回、一部の顧客にとって重要なサービスをなくすことになったのも、そのような条件や思想のもとに選択された経営判断ではないだろうかと想像してみた。
余談ですが・・・
今回、この記事を書くに当たって、実際にマクドナルドの様子も見てきた。想像どおり、自閉症や知的障害のある人の自己選択・自己決定、そして注文のやりとりは困難になっただろう。カウンターでメニュー表を求めるとすぐに出してもらえたのだが、今回改めてメニュー表を眺めてみてわかったのは、これ自体、非常にわかりづらいということだ。
要するに表示順などマクドナルド側が売りたい商品が目立つようにデザインされていて、なんというか適切な言葉ではないが、ゴチャゴチャしてわかりづらいばかりでなく「ウザい」、のである。それは店内の表示も同様。同社がスピードだけでなく、高付加価値化による客単価アップも目論んでいることがわかる。自分がバイトしていた20余年前はそうではなかった。左上からハンバーガー、その右にチーズバーガー、その右にダブルバーガー・・・一番最後にビッグマックという具合に値段が低い順番で系統立った表示だった。たしかにビジネスとしてはうまくない方法だったのかも知れないけれど。
余談ですが・・・(その2)
この記事で、自分は今回のマクドナルドのサービスレベルの低下が主に客単価の下落による減収に起因するのではないかと考えてみたのであるが、こういうことはマクドナルド以外でも起こりうる。経営環境の厳しい企業は山ほどあるのだ。そういう時に、障害者に対する「合理的配慮」がまず最初にカットされる可能性を今回の件は示唆しているように思う。
昨年の震災では、障害者や高齢者が災害に対してより脆弱であることが改めて示されたが、経済情勢に対するリスクにも障害者は脆弱なのだ。それから、たとえ日本の財政が破綻しても健康な成人なら比較的影響は小さいだろう。しかし、国家財政が破綻すれば増税とともに社会保障給付の大幅な削減が行われるのが世の常である。障害者は国家財政破綻リスクにも脆弱であることを、いつものことでくどいようだが改めて強調しておきたい。
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