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ネット犯罪誤認逮捕の危険性

10月9日 22時25分

藤本智充記者

インターネットで犯罪を予告する内容の書き込みをしたとして逮捕された大阪と三重県の男性2人が、実は、事件とは無関係の可能性が高いとして釈放された事件。
釈放のきっかけはその後の捜査で2人のパソコンがいずれもウイルスに感染し、第三者が遠隔操作して書き込みができる状態にあり、誤認逮捕の可能性が明らかになったことでした。
いわゆるサイバー犯罪の捜査で大きな課題が浮かび上がった今回の事件の背景などについて社会部の藤本智充記者が解説します。

「身に覚えのない」逮捕

ことし8月、大阪の43歳の男性が威力業務妨害の疑いで警察に逮捕されました。
大阪市のホームページに「大量殺人をします。大阪・日本橋の歩行者天国にトラックで突っ込みます」と無差別殺人を予告する書き込みをした疑いです。

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大阪府警察本部の取り調べに対し、男性は「身に覚えがない」と一貫して容疑を否認しましたが、捜査の結果、書き込みが男性のパソコンを通じて行われていたことが判明。
男性はそのまま起訴されました。
しかし、その後、警察が男性のパソコンを改めて調べたところ、特殊なウイルスに感染し、第三者が遠隔操作して勝手に書き込みができる状態になっていたことが分かったのです。
さらに同じウイルスは別の三重県の28歳の男性のパソコンにも。
この男性は先月、インターネットの掲示板に「伊勢神宮を爆破する」などと書き込んだとして三重県警察本部に逮捕されましたが、同じように第三者による遠隔操作の可能性が出てきたことで釈放されました。

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なぜこのような事態に

捜査関係者によりますと、今回のような事件で警察は通常、書き込みを行った人物を特定するため、まず、インターネットを利用するパソコンに割り当てられている「IPアドレス」と呼ばれる固有の登録番号を調べます。
通信記録からIPアドレスが判明し発信元のパソコンが特定されると次はそのパソコンを押収して詳しく分析し、書き込みをした痕跡があるかどうかを確認します。
そして、痕跡があればパソコンを実際に利用している人物を特定し裏付け捜査を行ったうえで立件します。
今回のケースでも警察は、IPアドレスから、逮捕した人のパソコンから発信があったことを突き止め、書き込んだ痕跡があることも確認していました。
しかし、パソコンがウイルスに感染し、遠隔操作された疑いがあることには気付いていませんでした。
警察はウイルスの検索ソフトを使ってパソコンを調べたものの感染は把握できず、逮捕に踏み切ったということです。
逮捕された大阪の男性は、弁護士に対し「事件とは関係ないと何度も否認したが、警察と検察は犯人と決めつけて聞く耳を持たず、精神的にも肉体的にもつらかった」と心境を話していたということです。

犯行の手口は

今回のウイルスはどんなものだったのでしょうか?ウイルス対策会社によりますと、今回のような第三者が遠隔操作して書き込みができるようにするタイプのウイルスはここ数年増え続けており、年間で少なくとも数万種類見つかっています。
感染すると、メールを送信したり、インターネットの掲示板に投稿したりするなどパソコンの所有者が行える操作を外部の第三者がほぼ何でも行うことができるということです。

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こうしたウイルスによる遠隔操作はこれまでも政府機関を狙ったサイバー攻撃などで確認されていて、犯行グループが発信元の特定を防ぐために悪用しているとみられています。
海外のサーバーを含む複数のコンピューターが使われるケースも多く、警察の捜査でも発信元や犯行グループを特定するのは難しいのが現状だということです。
また、こうしたウイルスは通常はパソコンを解析すれば感染の有無が分かりますが、中には感染した痕跡を消し去るタイプもあり、警察によりますと今回感染したウイルスも書き込みのあと、遠隔操作で削除されていたということです。

捜査の課題と今後の対策は

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ウイルスの感染による外部からの遠隔操作を見抜けず、主に発信元のパソコンのIPアドレスや書き込みの記録を決め手に容疑者の逮捕に踏み切っていた今回の警察の捜査。
今回、男性2人が釈放されたことを受けて警察庁はサイバー犯罪の捜査では犯行に使われたパソコンがウイルスに感染し、外部から遠隔操作される可能性があることを十分考慮して捜査に当たるよう、全国の警察に指示しました。
また警察庁は、大阪と三重の事件の捜査の経緯の確認やウイルスの解析をさらに進めたうえで今後の対応を検討したいとしています。

専門家は

サイバー犯罪捜査の課題が浮き彫りになった今回の事件。
実は、今回のようなウイルスが目立ち始めるなか、こうしたサイバー犯罪捜査による誤認逮捕の可能性は以前から指摘されていました。
元検事で、インターネットを使った犯罪に詳しい落合洋司弁護士は、「コンピューターウイルスは次々と新しいものが生まれてくるので、捜査当局が把握できていないウイルスというものも当然、出てくる。わからないことがある以上、謙虚な姿勢で捜査に臨み、被疑者が『やっていない』と強く言っている場合には、慎重に捜査を行うことが求められる」と話しています。

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そのうえで、「捜査当局は未知のウイルスなどの新たな手口について、できるだけ幅広く情報を収集するとともに、海外の捜査機関も含めてそうした情報を共有していく必要がある。今回のような失敗がないように今後の教訓として生かしていくべきだ」と指摘しています。
自分のパソコンが勝手に操作され知らない間に犯罪に関わったような形になり、ある日、突然、逮捕される。
こうした境遇に陥る人が二度と出ないよう、警察は今回の事件の捜査を十分に検証し具体的な対策を示すことが求められています。