田中秀征 政権ウォッチ
【第151回】 2012年9月27日 田中秀征 [元経済企画庁長官、福山大学客員教授]

安倍新総裁への期待と不安の正体

 自民党総裁選は、安倍晋三元首相が決戦投票で石破茂前政調会長に逆転勝利し、間近に迫った国政選挙の“顔”となった。

 果たして、安倍新総裁によって、自民党は「近いうち」の解散・総選挙を勝ち抜いて政権を奪還できるのか。それは、新しい党体制と直面する政治課題に対する明確な方針が示されなければわからない。

安倍内閣の失敗を生んだ2つの要因

 安倍氏は6年前の政権担当によって何を学んでいるか。今回の総裁選挙でもその体験から学んだことを強調していたが、それが何であるかを具体的に語っていない。

 ただ、安倍氏は、首相として、日本の官僚支配に真っ向から挑戦したほとんど唯一の人である。彼ほど行政改革や公務員制度改革、あるいは“政治主導”に本気に取り組んだ首相はいない。

 鳩山由紀夫元首相もその熱意は変わらなかったものの結局は不首尾に終わった。鳩山氏は最近、首相になるまで、首相官邸における重要政策の決定のからくりについて「よく知らなかった」と述べている。

 安倍内閣の失敗もおそらくそれと同じ。双方ともに官僚支配の統治構造の強靭さを甘く見ていたのだろう。

 安倍氏の志が変わらず、前回の体験から多くを学んでいたとしたら、日本の統治構造の改革にかなり大きな期待を持つことができる。

「改革無くして成長無し」と言われるように、改革と成長は一体のもの。この成長重視の方向も正しいし期待もできる。

 前回の経験不足の未熟さが理解できるとしても、もう1つ大きな挫折原因があったと私は思っている。

 それは政治課題の間口を広げ過ぎたこと。

 将棋に“多面指し”の指導将棋というものがある。1人のプロが、5人、10人のアマチュアを相手に将棋を指す。棋力に大差があるからそれでも圧倒的にプロは勝つ。

 前回の安倍内閣もそれと同じで、外交、安保、憲法、教育などのいくつもの基本政策の転換にまで着手し、多面指しの方向に走って挫折した。これを1人のアマが多くのプロを相手にしたとは言わないが、いくらなんでも背負った荷物が多すぎたのは確かだ。これが安倍氏に対する大きな不安要因である。

 安倍総裁は、今から大風呂敷を広げすぎないほうがよい。統治構造の改革の一本にしぼって取り組んでほしい。そして、当面する緊急の重要課題に明確な指針を示すことを期待する。

“タカ派”安倍・石破両氏の協力で
政権奪還が遠のく可能性も

 心配なのは、現在の領土問題に前のめりになってしまうこと。取り返しのつかないような言動を重ねれば、政権奪還は逆に遠のいてしまう。

 記者会見で安倍氏は「石破氏との協力」を明言した。2人とも“タカ派”と言われているがそれに甘んじていてはいけない。あえて言えば「タカの心臓を持ったハト」であってほしい。

 日韓、日中の衝突を世界ははらはらしながら凝視している。どちらが挑戦的か。どちらが好戦的か。そしてどちらが紳士的か。それによって国際世論は定まり、落着点が決まることになる。

 国内に過激な言動があることは政権の交渉力を強める利点はある。しかし、それはあくまでも野党に許されること。政権奪還を目の前にした最大野党の党首には慎重な言動が一義的に要求される。

 言うまでもなく、自民党総裁選の有権者は一般有権者とは違う。自民党員の主張は、世論の一角を占めてはいるが、世論の縮図ではない。そして、党員もまた、自民党の一般的支持者とは必ずしも同じではない。自民党内では通用することでも世論には通じないことも多い。

 これで民主、自民の二大政党の党首が確定して選挙に臨む。だが、強い風は民主、自民、第三極のいずれにも吹いていない。言わば三すくみの奇妙な“なぎ”が訪れている。総選挙までにどんな風が吹くのか。それは三者の今後の展開次第である。

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