<< 前の記事 | アーカイブス トップへ | 次の記事 >>
時論公論 「自殺を防ぐ 総合対策の強化を」2012年08月28日 (火)
渥美 哲 解説委員
自殺に追い込まれる人が14年連続して3万人を超えるという事態を受けて、政府は対策の指針となる自殺総合対策大綱の見直しを行い、きょう、閣議決定しました。
今夜は、これまでの対策のどこに問題があるのか、自殺を防ぐために何が求められているのかを考えます。
まず、自殺で亡くなった人の推移をみてみます。
年間の自殺者が、平成10年から去年まで14年連続して3万人を超えるという異常な事態になっています。自殺した人はこの14年間だけでも45万人以上にのぼっています。
今回、見直しが行われた自殺総合対策大綱は、平成18年に施行された自殺対策基本法に基づいて、翌19年に初めて政府が作りました。自殺対策の指針となるもので、これを元に、国や都道府県、市町村などが対策を進めてきました。
しかし、その後も、毎年、3万人以上の人が自殺していることなどから、今回、内容の見直しが行われました。
では、なぜ自殺する人が3万人台で高止まりをしているのか、これまでの対策のどこに問題があるのでしょうか。
そもそも、平成10年に自殺者が急増した背景に、前の年からこの年にかけて、山一証券など大手金融機関が相次いで破綻したことがあります。企業の倒産が続いて、完全失業率が初めて4%を超え、決算期の3月に、中高年の男性を中心に自殺する人が急増しました。
そして、この年、初めて年間の自殺者が3万人を超えましたが、それ以降、ずっと3万人台が続いているのです。
不況や倒産、失業といった経済や社会の問題に対する対策が十分でないという問題点がまずあります。
もう一つの問題は、関係機関の連携が十分でないことです。
自殺する人は、様々な要因が重なって、自殺に追い込まれていくといわれています。倒産や失業、多重債務といった経済や生活の問題、うつ病などの精神疾患や身体の病気、それに介護や看病疲れなどの家庭の問題、人間関係など、様々な要因が重なり、連鎖して、自殺に追い込まれていきます。
これに対して、たとえば失業した人に対応するハローワークや、多重債務の相談に応じる機関、心の相談や治療にあたる保健・医療機関などがありますが、それぞれの連携が十分でなく、様々な要因を同時に抱え込んでいる人を救いきれていないのです。
関係する機関が連携し、それぞれの要因について総合的に支援していく必要があります。
また、これまで、対策が全国で画一的に行われてきたという問題もあります。
政府は2年前から、全国の市町村別の自殺統計の詳しいデータを公表しています。しかし、これを活用しきれておらず、地域ごとに異なる自殺の実態や地域の特性に基づいた対策がとれていません。それぞれの地域で、どういう職業や世代の人の自殺が多いのかや、どの時期に、どのような要因の自殺が多いのかなどを分析することが可能になっていますが、十分、行われていません。
今後は、それぞれの地域の自殺のデータを詳しく分析した上で、地域の実情に即したきめ細かな対策に転換していく必要があります。
それでは、きょう閣議で決まった新たな自殺総合対策大綱はどのような内容になっているのでしょうか。
新しい大綱は、「誰も自殺に追い込まれることのない社会の実現を目指して」という副題が付けられ、国や地方公共団体、関係機関などが緊密に連携し、国を挙げて、自殺対策に取り組むとしています。
そして、今後は、地域の実情に応じて、国民一人ひとりに身近な地域レベルでの、実践的な取り組みを中心とする対策に転換していくとしています。
その上で、様々な具体的な対策を盛り込んでいます。
内容は多岐にわたりますが、対策のポイントのうち三つをみてみます。
一つは、自殺の実態に即した対策を進めることです。
特に、効果をあげている自治体の先進的な取り組みを全国に普及させていくとしています。
この点で、注目されるのが、東京・足立区の取り組みです。
足立区は、東京の市区町村で自殺者が最も多くなったのを受けて、3年前から総合的な対策を進めています。
まず、地域の自殺データの詳しい分析を行い、失業した人の自殺者が多いことがわかりました。失業した人が抱えがちな自殺のリスクとして、生活苦や多重債務、うつ病などがあるため、ハローワークや福祉事務所、弁護士や保健師が連携して、1か所で相談に応じられる「総合相談会」を定期的に開いています。
さらに、職員全員が、自殺を考えている人のサインに気づくための「いのちの門番・ゲートキーパー」の研修を受け、窓口などで区民の悩みに「気づき」、相談機関などに「つなぐ」という役割を果たしています。
東京都全体の自殺者が増えている中で、足立区は去年、自殺した人が前の年に比べて17%少なくなりました。
こうした、成果を上げている取り組みを参考にして、各地の市町村が、それぞれの地域の実情に即した対策を進めてほしいと思います。
そして、新しい大綱に盛り込まれたもう一つのポイントが、集団ごとの実態を踏まえた対策をすすめることです。
とりわけ、最近、自殺する人が増えている「若年層」の対策を強化するとしています。
去年、全国で自殺した19歳以下の少年は622人、前の年より12.7%も増えました。20歳代は3304人で、2%増えています。
また、「学生・生徒」は1029人に上り、前の年より10.9%増え、初めて1000人を超えました。
ほかの年代や職業の自殺者がいずれも減っているか、横ばいになっている中で、「若年層」の増加が目立っています。
こうした未来を担う若い世代の自殺が増えていることは深刻で、若い人たちのいのちを守る対策が課題になっています。
大綱は、「児童・生徒の時から、生活上の困難やストレスに直面したときの対処方法を身につけるための教育を進めること」などを掲げています。
生きるすべを教える、「ライフスキル教育」と呼ばれる取り組みです。
困ったときや悩みごとがあるときは、一人で抱え込まずに、誰かに助けを求めた方がいいことを知ってもらう。そして、問題を解決する方法や、相談する機関などが社会に用意されていることを具体的に教える。こうした取り組みを徹底することが求められています。
さらに、新たな大綱は、最近、社会問題になっている、いじめによる自殺を防ぐ対策も盛り込んでいます。
教師などがいじめの兆候をいち早く把握し、これを隠さずに、家庭や地域と連携して迅速に対応すること。そして、児童・生徒の自殺について、遺族が学校や教育委員会が主体の調査を望まない場合などには、有識者など第三者による実態の把握を進めるなどとしています。
いじめを苦にした子供の自殺をなくすために、こうした対策を徹底してほしいと思います。
きょう閣議で決まった新しい自殺総合対策大綱は、見直しの過程で、これまで熱心に自殺対策に取り組んできた民間団体や、自殺で家族をなくした遺族の会、専門機関や市町村などの意見を取り入れて作られました。
自殺を防ぐために必要な対策が数多く盛り込まれています。
ぜひ、言葉だけのお題目に終わらせずに実現し、自殺に追い込まれる人をなくしてほしいと思います。
そのためには、国や市町村などが個々の対策を実施するための十分な予算を組むとともに、自殺をなくすという決意を持って、対策を具体的に動かしていくことが必要です。
自殺に追い込まれる人をなくすための対策は、「誰もが安心して生きられる社会を作ること」につながります。自殺につながる様々な要因を、周囲の人たちや社会の様々な取り組みで一つ一つ解決していくこと。簡単なことではありませんが、社会全体の課題として取り組んでいきたいと思います。
(渥美 哲 解説委員)