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視点・論点 「超小型衛星のもたらす未来」2012年10月10日 (水)
東京大学大学院教授 中須賀真一
先ごろ、宇宙ステーションの日本の実験モジュール「きぼう」から1kg~2kg程度の小さな衛星が数機、放出されました。50kg以下の衛星を総称して超小型衛星といいますが、従来の数百kgから数トンの衛星とはどこが違い、どのような新しい世界を拓いてくれるのでしょうか。
日本における超小型衛星の開発は1999年ごろから始まっています。2002年の千葉工大による50kg級の鯨観測衛星、2003年の東大、東工大の1kg衛星CubeSatを皮切りに、さまざまな大学や高専で合計23機の衛星が開発・打ち上げられ、成果をあげてきました。私のいる東京大学でもすでに3機の打ち上げに成功しています。
地上試験用のエンジニアリングモデルXI-IIIなどで十分な検証を経て打ち上げた最初の衛星XI-IVは、9年を超えて軌道上で健康に生き続けています。
これらの衛星は、大きな衛星を打ち上げる際に、その横に載せて一緒に打ち上げる「ピギーバック」という方式でうちあげます。日本のH-IIA、アメリカ、ロシア、インドなど、世界中でも同様の打ち上げ方式が使われていますが、今回のように、宇宙ステーションから放出されるのは世界でも珍しい試みです。宇宙飛行士が機能を最終チェックしてから放出できるなどのメリットもあり、超小型衛星の革新的な打ち上げ方法として注目されています。
さて、超小型衛星の多くは、大学レベルの学生や衛星開発に乗り出す企業が、宇宙工学・もの作り・プロジェクトマネジメントなどを学ぶ教育題材として使ってきました。1年から2年程度の短期間で宇宙プロジェクトの1サイクル、つまり、アイデアの創出から衛星の設計、製作、地上試験、打上げ、運用、結果解析のすべてを短期間で経験することで、たとえば、それぞれの段階で何に気をつけないといけないか、何が大事なのかを肌で知ることができます。チームを組み、限られた予算と時間の中で、確実に動作するものを仕上げないといけないという、プロジェクトマネジメントの鍛錬の場にもなります。低コスト・短期開発が可能な超小型衛星はそのような教育目的に非常に効果的に使えるのです。
もうひとつの超小型衛星の重要な目的は、これまでの宇宙開発に見られた、莫大なコストと長い開発期間という「高いしきい」を徹底的に下げ、新しい宇宙利用とそのプレーヤーを開拓できることにあります。現在の莫大なコストの衛星では、利用者はほとんど国や一部の企業だけで、その利用法も、通信・放送・測位・地球観測・宇宙科学など、非常に限定的であり、まだまだ宇宙の潜在的能力を十分に活用しているとはいえません。超小型衛星の大きな特徴は、コストが中・大型衛星の1機数百億円に対し、2~3億円、開発期間も通常の4~5年以上に対し、1~2年ほどと極端に「安く、早い」ことにあります。もちろん中・大型衛星と同じレベルの機能は期待できませんが、この「しきい」の爆発的な低下が新しい利用法を生む可能性を有しています。
まず第一は、多数の衛星を同時に運用することができること。中・大型の地球観測衛星1機だけでは、ある地点を観測して次に同じところに来るのに通常2週間以上もかかりますが、衛星を多数打ち上げ、地球の周りにうまく配置すれば、同じ場所をたとえば1日一回という高頻度で観測することも可能です。これを「時間分解能を高める」といいます。それにより、農作物の日々の生育の様子や森林の健康状態の監視、海の赤潮の監視などが可能となり、また、災害時には迅速な地上の状況の把握が可能になるでしょう。大事なことは、大型衛星一機の費用で、数十機の衛星を開発し打ち上げることが可能になるという点であり、それによる時間分解能の向上は、これまでできなかった多くの新しいミッションを生みだします。
もう一点は、衛星開発・打ち上げの費用と開発期間がものすごく小さくなることにより、従来、宇宙開発は国のものだ、自分たちでできるような世界ではない、と考えていたような企業・大学・研究機関・自治体・新興国などが、自分でお金を出して衛星を作って利用しようと考えるようになり、そこに「マイ衛星」「パーソナル衛星」のコンセプトが生まれるだろうという点です。たとえば、天文愛好家がお金を出し合ってアマチュア天文衛星を作るとか、教育コンテンツとして宇宙からのハイビジョン映像を使おういう企業が現れるなどの可能性があり、すでにいくつかの打診を受けています。その中で実際の衛星につながった例として、大学発のベンチャー会社アクセルスペースが開発する、気象予報会社ウェザーニューズの衛星WNISATがあります。
これは北極海航路の開拓を目指して、航路上の危険な氷山の位置を日々観測するのに特化した衛星で、まさに衛星のパーソナル化の一例だと言えます。コンピュータの世界では、パソコンという超低価格のツールが登場することにより、コンピュータを最初開発した人が考えもしなかったような利用法が続々と発明され、それが大きな情報産業へとつながってきました。それと同様のことが衛星の世界でも起こる可能性があります。
2010年、私がリーダーとなって、内閣府のFIRSTプログラムという大型資金による、超小型衛星の研究プロジェクト、通称「ほどよしプロジェクト」がスタートしました。このプロジェクトでは、大学・中小企業の連携によるオールジャパン体制で、50kg級の超小型衛星の設計や製造・試験プロセスの研究・機器・衛星開発・販売促進・利用開拓・人材育成までを統合して実施することにより、超小型衛星分野で世界をリードすることを目指しています。技術を開発するだけでなく、新しい衛星利用法やそれを使って実験・観測・ビジネスをやるユーザーも発掘し、超小型衛星が一つの産業として根付くことが重要なテーマです。
このプロジェクトの中では4機の衛星を開発し打ち上げますが、ほどよし1号では、6.7m分解能のカメラで地球の写真を撮り、そのデータを公開して新しいリモートセンシングビジネスを発掘する実験を行います。ほどよし2号は、世界中からの宇宙科学のミッションを募集し、多くのセンサーが相乗りした衛星となりました。ほどよし3,4号は、光学カメラによる地球観測だけではなく、顧客に衛星内のスペースを有料で貸し与える新しいビジネスの試行実験や、地上に数多くばらまいたセンサーからの情報を衛星が電波で集めて回るというストア&フォワードという新しいミッションの実験を行います。いずれの衛星も、ほどよしプロジェクトで研究開発された多くの技術の実証の場であると同時に、新しい宇宙利用者・利用法の開拓も目的にしています。先陣を切って、ほどよし1号が、2012年度中にはロシアのロケットで打ち上げられる予定です。
よく、そんなに衛星を沢山あげたら宇宙でぶつかるのではないか、とい言われます。衛星の数は多いですが、超小型衛星は非常に小さいので、数が多くともぶつかる確率は低いのです。だからと言って無尽蔵にごみを軌道上に残すことはよくないので、寿命が尽きたら高度を下げて大気に突入して燃え尽きる技術もしっかりと開発しています。
近い将来、50機から100機の超小型衛星による高い時間分解能を持った地球観測ネットワークを作り、農林水産業や地球環境の監視や安全・安心に貢献する、全く新しい社会インフラを構築することができると思います。それを国としてもぜひ検討すべきだと考えています。