iPS細胞(人工多能性幹細胞)を使った日本人研究者らによる「世界初の成果」に疑義が生じた。
今回の研究について、朝日新聞記者は9月30日、森口尚史氏から「世界初のヒトiPS細胞の臨床応用例だ」とのメールを受け取った。
10月3日、東大病院の敷地内の会議室で3時間、話を聞いた。「研究はすべてハーバード大で行った」との説明。「17日か18日に英科学誌電子版に論文が掲載される」とした。だが渡された草稿の共著者はいずれも日本の研究者で、iPS細胞の研究者も臨床医もおらず、移植手術の実施場所も明示されていなかった。
ニューヨークでの国際学会で発表するというが、学会のウェブサイトには発表予定がなかった。
森口氏は「東京大特任教授だ」と言ったが、東京大や東大病院に確認すると「東大病院特任研究員」と判明した。
11日の電話取材では、移植手術を実施した共同研究者について「長期休暇中でいまはアフリカでボランティア診療をしていたり、政治的な活動などをしたりしていて、戻ってこられなくなった人もいる。米国にいないから取材には応じられない」「いろいろなところから人を集めてプロジェクトチームを組んでいるから、ハーバード大や(関連病院の)マサチューセッツ総合病院も詳細は知らないはずだ」などと話した。
最終的に研究データや論文の信頼性は低いと判断し、記事化はしていない。
記者は今年2月にも、東京大病院で森口氏が「自分の研究室だ」と説明した部屋で取材した。6畳ほどの部屋で隅に冷蔵庫のような箱があった。森口氏は「この中にすごいiPS細胞が入っている」と話した。
今回の「論文」で共著者とされた1人は、「2006年にiPS細胞とは関係ない論文を一緒に出したことがあるが、少なくともここ3年は会ってもいないし話してもいない。森口氏がiPS細胞研究をしていることも知らなかった」と話している。
朝日新聞は1996、97年に医療経済研究機構調査部長だった森口氏による肝炎の治療効果分析の記事を2本、2002年には東京大先端科学技術研究センター特任助教授時代の森口氏の診療報酬改定のあり方に異論を唱える投稿を掲載している。