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UEI/ARC shi3zの日記 RSSフィード

2012-10-12

ビジョンと哲学 僕らが哲学者と映画監督を欲した理由(前編)

哲学者で批評家の東浩紀さんがUEIのCPOに就任した。

樋口真嗣さんのCVO、前田さんのCHOに続いて三人目の珍しいCxOの就任で、これがなかな物議を醸しそうなので、どうしてそんなことになったのか、まあ多少の説明はしておこうかな。


ことの発端は1年前。

僕は佐藤辰男さんと夕飯を食べていた。


佐藤さんが角川ホールディングスの社長になってしばらく会えなかった。

本当に久しぶりに会ったのだ。


佐藤辰男さんはメディアワークスの初代社長で、10年前、僕たちがUEIを立ち上げるとき、最初に応援してくれた人だ。


その頃はたった二人だけの会社で、これからなにをやっていいのかも僕たちはわかっていなかった。

佐藤さんはなにも持っていない無名な僕らに仕事と人脈を与えてくれた。


週刊アスキーの創刊編集長である福岡俊宏さんをUEIの監査役として紹介してくれたのも佐藤さんだ。


佐藤さんが凄いところは昔の部下を忘れないところで、僕と一緒にUEIを立ち上げた緒方さんはメディアワークス立ち上げ当時のメンバーだった。


本当にときどき、会って仕事の話をしたり、いろんなアドバイスをしたりしてくれる。

そこでもらったアドバイスは全て貴重かつ重要なものだ。


久しぶりに佐藤さんに会って、またいろいろと貴重なアドバイスを貰ったけれども、そのとき一番心に刺さったのはこんな台詞だった。



 「君、つきあう相手が10年前と変わってないね」



ドキッとした。

その通りだった。



 「社長というのはね、1億のとき、5億のとき、10億のとき、50億、100億のとき、それぞれつきあう相手が変わって行くものなんだ。君は会社に閉じこもって新しい人脈をつくる努力を怠っているのではないかな」



返す言葉もなかった。



 「編集者というのはね、常に自分よりも能力の高い人間、作家やイラストレーターや大学の先生といった方々と本気でぶつかっていかなければいい本は作れないんだ。自分より優秀と思う人たちともっと付き合いなさい。けれども、その人たちの才能とあなたの才能、二人で取り組むことで両方の才能が活かせるような人とつきあいなさい」



一体どうすればそんな凄い人と会うことが出来るんだ。

僕は途方に暮れた。


長い間考えて、それでようやく気づいた。

そうか。僕は既にたくさんの凄い人たちを知ってるじゃないかと。


天下一カウボーイ大会や週刊アスキーでの連載、凄い人たちに囲まれて来た。

じゃあ恥も外聞も棄てて、そんな凄い人たちと、その向こう側にいる凄い人たちとも仕事をしよう。

僕よりもずっと凄い人たちと、なんとか接点を見つけて仕事をする。その方法を考えよう。


そう思った。


それから一年のあいだ、僕のまわりにいる人たち、一流と呼ばれる人たちと、UEIがどのような関わりを持てるか考えた。


「ビジョナリー・カンパニー」にはこんなことが書いてある。

企業にとって重要なのは、BHAGでもビジネスモデルでもない。まず、優秀な人間を集めるということ。



デビッド・パッカードと、ウィリアム・ヒューレットが会社を作ったとき、なにをやるのか決めてなかった。

しかし彼らには確信があった。彼らはスタンフォード大学きっての天才だったのだ。

そうして作られたのが、ヒューレット・パッカード社だ。

HPが最初につくったのはオーディオ製品だったらしい。これはあまりうまくいかなかった。

ピボットの末、コンピュータとプリンタの製造という仕事をみつけて、いまのヒューレット・パッカードはできた。



企業の根幹を成すのは優秀な人間だ。すべてはそこから始まる。

卓越した人物が必ず卓越した成果を出すとは限らないが、卓越した成果を出すのは卓越した人物だけである。


初期のAppleの成功の裏にも、ビル・アトキンソンという天才プログラマーや、リドリー・スコットの活躍があった。その後のジョブズ復帰後の躍進にしても、ピクサーが誇る天才映画監督ジョン・ラセター、GAPの社長であった小売りの天才ミラード・ドレクスラーの取締役就任があった。



僕が仕事をしたことのある最高の映画監督といえば、間違いなく樋口真嗣だ。

僕が小学生の頃から知っている作品に関わり続け、常に時代の先端を走っている。尊敬すべき人物だ。樋口監督とはMM9の時に初めて一緒に仕事をした。しかしきっかけとなったのは、週刊アスキーだ。



IT企業にとってビジュアルが持つ能力は凄まじい。

そして表現者としての樋口真嗣は生半可な人物ではない。

特撮博物館」で樋口真嗣の仕事の片鱗くらいは見ることが出来た。こういう人物とこそ、一緒に仕事をしたい。


我々は新しいゲームや製品を作る。

そうして作る製品で最も重要なのは「なにを作るか。どんなものを作るか」という「ビジョン」だ。

製品に対するビジョンがなければ優れた製品を生み出すことは到底かなわない。


ゲームであれば世界観や見せ方だし、ミドルウェア製品やUX、UIに関してはビジュアルそのものがひとつのアイデンティティになる。


常に新しいことに挑戦して来た樋口真嗣という人物に、UEIという会社のことをほんの少しでも考えてもらう。どんなゲームを作るか、どんな製品を創りだすか。それを一緒に決めて行く。


樋口監督の持っている人脈も相当なものだ。アニメ・映画業界のほとんどあらゆる人につながる。UEIという会社が欲する、映像全般に関するあらゆることが、樋口監督を通じて実現するだろう。まさに僕たちに完全に足りなくて、しかも必要としている部分をカバーしてくれる。



樋口監督にCVOという、日本では耳慣れない肩書きを持っていただきたいと依頼するためには、相当な注意を要した。なにしろ忙しい人だし、今年は「のぼうの城」と「エヴァンゲリヲンQ」があるのでさらに忙しい。


そんななか、あっさりと引き受けてくださった樋口監督には非常に感謝しているし、忙しいスケジュールの合間を縫って定例会議にも出てくださる。


ちなみに日本ではCVOは耳慣れない肩書きだけれども、海外ではちゃんとWIipediaのページさえ存在している

http://en.wikipedia.org/wiki/Chief_visionary_officer


海外の有名企業ではサン・マイクロシステムズやシスコにはCVOとして専門に雇われた人が居る。



一方でなぜ東浩紀さんをCPOとして受け入れることにしたのか。

CPOという肩書きも日本では耳慣れないけれども、海外には設置している会社もある。


僕はCEOであり、最高経営責任者と訳される。

ではCPO、つまり最高哲学責任者とはなにか。


経営というのは実に近視眼的なものだ。

極端な話、経営の最低条件は継続性を満たすことだ。

つまり、会社が潰れないということ。



上場を目指すようになると、3カ年、5カ年の計画を求められる。

そんな計画さえ、正直言って立てるのは難しい。簡単ではない。

なにしろこの業界は猫の目のように動きが激しい。

IT業界の5年後を正確に予想できると断言できる経営者がいれば、それは相当怪しい人物だと思う。


しかし、長期的に経営していくという前提に立つとき、5年どころか10年、20年といったスパンでの考えが必要になってくる。


実際、シャープはそれを間違えた。

100年企業でありながら10年先どうなるか見えてなかった。


企業を長期的に経営しようと思えば、必要になってくるのは歴史的認識だ。

日本、そして世界はどのような歴史をたどって来て、そのなかで我々はどういう位置にいるのか、そこから我々はこの先どういう位置を目指して行くべきなのか。


僕はコンピュータの産業史にはちょっと詳しい。

けどそれだけだ。僕がほぼ正確に予想できると自信を持てるのは、コンピュータの未来についてだけだ。

それに関しては自信が有る。もちろん後藤弘茂さんには遠く及ばないが


東浩紀は僕ほどはコンピュータ産業史に詳しいわけではない。

しかし世界全体の歴史については僕より遥かに高い見識をもっている。

日本という国の位置、今後50年の日本の地位、立場、そうしたものを常に意識して研究している。それが思想家としての東浩紀だと思う。単なる鬱陶しいオッサンではない。


そんな東さんに、一ヶ月のうち、何時間かだけでもいいから、UEIがこれからの歴史でどういう位置づけを目指して行くべきなのか、文脈(コンテクスト)と哲学的な立場で俯瞰し、アドバイスしてくれる。


そうすることで、最高経営責任者としての僕が経営という近視眼に縛られていたとしても、哲学や社会的文脈といった俯瞰した視点でCPOの東さんからの分析を聞く。


先の見えない戦域で有利に戦うにはレーダーが必要だ。

その意味で、CPOとしての東浩紀は偵察衛星くらいの俯瞰視点を僕に提供してくれるはずだ。


そんなわけで、僕は東さんを必要としたのである。



ビジョンと哲学。


これは本来、経営者自身が取り組まなければならない問題だ。

しかしそもそも経営と哲学とビジョンを全て一人で引き受けることができる人物は滅多に居ない。

すなわち、経営者の機能を分けるしかない。


会社を長く経営していこうと思ったとき、創業者がいつまでもそこに縛られるべきではない。会社が100年続くとすれば、経営者も変わって行く。そうなったときのために、ビジョンと哲学、これを揺るぎないものとするために、UEIという会社はその専任担当者を設置するのだと。たとえ次の経営者に大きなビジョンや確固たる哲学がなかったとしても、それを補完するために当代一流の人物が補佐するのだという前例をつくっておくことで、より長期的に安定した経営を実現することができる。


経営者は経営、すなわち近視眼的なキャッシュフローに専念し、長期的な視点に関してはCPO、製品の開発ポリシーに関してはCVOが補佐を加えるという体制を作って行く。そうすることで我々は組織の機能を永続化する。そのためには一流の映画監督と、一流の思想家が必要だった。そしてこの二人の人選は僕ができる現時点で最高のものだ。



各分野で最高の人材を集めて、全く新しい高密度な知性組織を作り上げる。タミヤの前ちゃん、樋口真嗣 監督、東浩紀教授、それと某キャリアから来た濱津さん、僕の知る限り最高レベルの人材ばかりだ。

僕はこれを密かに「レアル・マドリッド計画」と呼んでいる。



この計画はまだ終わらない。

まだまだ凄い人たちをUEIに巻き込んで行くつもりだ。


最高の人材を結集する。

まずはそれが僕の経営方針なのだ。


後編へ続きます