特集ワイド:「愛国」の名の下の罵詈雑言 「心の余裕」なくなった?
毎日新聞 2012年10月11日 東京夕刊
「こと外交に関しては、民意のほうが政府よりも強硬で、対外的に強くあれという愛国主義的な主張に傾く『対外硬(たいがいこう)』の傾向は、明治以降の近代日本でずっとあったことです」。「中国化する日本」などの著書がある歴史学者の與那覇潤(よなはじゅん)愛知県立大准教授はそう話す。
プロの外交の現場は常に駆け引きや妥協と一体で、100%の「勝ち」はない。対して、自らの立場だけを主張すればよい国内世論では政府よりも強硬派が主流となるのは自然だという。「特に、言論の自由が国家に制限された明治期や戦前は、『愛国ゆえに要求する』と強調して訴えることが、弾圧を避けるうえでも有効な手段でした」
しかし、民主化していない中国はともかく、今の日本で、「愛国」の名の下に、罵詈雑言(ばりぞうごん)まで飛び交うのはなぜか。
背景には、冷戦構造の崩壊以降、日本を取り巻く世界の枠組みが大きく変わったことがある。「対アジア外交ではこれまで、第二次大戦のしょく罪意識や経済的な優越ゆえの“心の余裕”が、強硬論のみに傾かせない緩衝となってきた。それが90年代以降、戦争を知る世代の減少による加害者意識の衰弱や、中韓の経済的台頭と日本の停滞などで構造が変わります。そこへ、今回の日系企業への焼き打ちのような、どうみてもこれは中国側が『加害者』だろうという事態が起きたことで、一気に被害者感情に反転し、軍事的強硬論が噴き出してきたといえます」(與那覇さん)
これまでは「上から目線」で譲歩する、という特殊な関係にあった対アジア感情が、経済的余裕がなくなったために強硬論に傾いたとみるのだ。「同時に55年体制の終わりや業界団体の弱体化で、政治家の地位が漠然とした『民意』のみに依存し始めたため、『民意の批判』に対して非常にもろくなった。政治家が民意を恐れて、特定の反応しか示しにくくなっている、という状況はあると思います」