先週は新型万能細胞(iPS細胞)を巡る関西発の報道が目立った。奈良県立医科大学はマウスのiPS細胞から腸管を作り出し、京都大学では耳の神経を成長させること成功した。京大の山中伸弥教授が作り出したiPS細胞は再生医療の切り札となる可能性を秘める。今後の成長が期待できる分野だけに、iPS細胞を巡る研究開発競争は世界的に激しくなっている。
18日から広島市で始まる日本再生医療学会を前に、関西でのiPS細胞研究の成果が相次いで報道されている。10日には奈良県立医大の中島祥介教授らがマウスのiPS細胞から腸管を作ることに成功したと発表した。臓器を作ったのは世界で初めてという。実験には山中教授と同じ手法で作ったマウスのiPS細胞を使った。通常のシャーレで培養し、腸に特徴的な「ぜん動運動」が起きているのも確かめた。炎症性腸疾患など発症原因の解明などに役立つほか、将来、臨床応用できれば、小腸移植などが実現できる可能性もある。8日には京都大学の伊藤寿一教授らがiPS細胞から神経のもとになる細胞を作ってマウスに移植し、耳で働く聴神経の細胞に成長させることに成功したことも報じられた。
iPS細胞は、皮膚細胞などに数種の遺伝子またはたんぱく質などを入れて培養して作り出す。体内のあらゆる組織や細胞に成長する能力を持つことで、臓器を再生して移植することが可能となるほか、体内から取り出すのが難しい組織を実験室で再生することでこれまで発症メカニズムが分かっていなかった病気の解明や新薬の開発などにも役立つと期待されている。2006年に山中教授らのグループが4種類の遺伝子を入れて世界で初めてマウス細胞を使って作製に成功し、07年にはヒト細胞でも成功した。従来、万能細胞と呼ばれている胚(はい)性幹細胞(ES細胞)は生命の芽生えである受精卵を基に作るため、生命を操作するという倫理的な問題があったが、iPS細胞はこの問題を解消できる。ただ遺伝子そのものや遺伝子を運ぶために使うウイルスががんを引き起こす可能性があり、安全性を高める研究は内外でし烈を極めている。
山中教授らもすでに3つの遺伝子だけでiPS細胞を作ることに成功しているが、欧米でも相次ぎ同様の成果が挙がっており、今年1月には米ベンチャー企業のアイピアーイエン(カリフォルニア州)が、3つの遺伝子を使う作製法の特許が英国で成立したと発表している。同様の特許は京大も出願しているが成立したのは国内だけ。企業のiPS細胞の応用戦略に影響を及ぼす可能性もある。また遺伝子を使わず、より安全性が高いとみられる作製手法も開発が進む。09年4月にマウスのレベルで、米国の研究所が遺伝子の代わりのたんぱく質を細胞に入れてiPS細胞を作製したと発表。先月になって米ハーバード大学がヒトの細胞に化学物質だけを入れることでiPS細胞を作ることに成功した、と発表した。化学物質だけで作る方法を公表したのは世界で初めてだ。
世界との激しい競争に、以前、山中教授は「日本は1勝10敗」と評した。国の支援や研究者間の連携が取れていないことを嘆いたものだ。せっかく日本が先鞭を付けた分野での苦戦に、政府もようやく支援を強めはじめた。文部科学省は08年度に45億円、09年度には145億円をiPS細胞研究に投じ、早ければ5年以内に神経や目、心筋などの分野でiPS細胞を使った臨床研究を始めると表明した。この9日には09年度補正予算に盛り込んだ1000億円の科学者個人を対象にした先端研究助成基金のうち、山中教授には1件当たり最高額の5年間で50億円を配分することも決まった。
研究拠点も整備が進む。京大は4月1日に「iPS細胞研究所」を吉田キャンパス(京都市左京区)内に開設する。新たに完成した研究棟は日本のiPS細胞研究の中核施設となるもので、地上5階、地下1階、延べ床面積は1万1943平方メートル。建設費は46億8000万円で、うち43億円は文科省が出した。主任研究員17人を中心に約120人のスタッフでスタートする。2年前にできた「iPS細胞研究センター」を研究所に格上げしたものだが、オープンラボ形式にすることで内部の人材だけでなく他の機関の研究者との交流を促す。関西に集まる再生医療の人材を広く活用する狙いがある。所長に就任する予定の山中教授は「iPS細胞研究の世界最高の拠点にしたい」と世界との競争を視野に意気込んでいる。
関西が地域として、今後の成長分野にと期待するバイオ産業。その中でもiPS細胞を中心とした再生医療は有望な分野だ。研究面で国際競争を勝ち抜き、いち早く産業化できればその恩恵は計り知れない。地域を挙げての体制がようやく整った今こそ産学官がいっそうの力を合わせる時ではないだろうか。(日本経済新聞)
コメント:
iPS細胞研究がらみのネタは、関西と関東では、扱いが若干違う。
全国紙とはいえ、新聞各紙の記事内容にも、温度差がある。
研究発表報道でも、かなり違うことが、ままある。
だから、私はネットでまとめて、眺めるようにはしている・・・。
さて、上記の記事。
関西、あるいは日本の浮上の鍵を握ると言われて久しい「バイオ産業」。
21世紀初頭から、ずっと言われている。
バイオの成果に関するネタ(シーズ)は、結構でているが・・・。
でも、それで経済や社会が「浮上」したのか?・・・特に関西。
ますます、沈滞しているようにしか見えないけれど・・・。
日本の誇る「クルマ」産業が、トヨタを筆頭に「あんな調子」だから次は、バイオ産業が日本を引っ張る・・・というのは、いささか現実的ではないように思う。たとえ、iPS細胞をもってしてもだ。。
それから「産官学が今こそいっそうの力をあわせて」・・・って、まあ、そのように記事を総括するしかないのだろうが、この「産官学」が「力をあわせる」と、ロクなことはなかったな(笑)。一般の生活者にまで、恩恵が及ぶことが「あまりなかった」という意味で。
むしろ、「人々の英知を結集して・・・」のほうが、いいと思いますがね。
総じて私は、バイオ産業は、日本社会を経済的に引っ張るというよりは、むしろ「支える力」の1つになれるようなら、大成功だと見ている。
ところで、関西、いや日本のご期待の「iPS細胞」・・・。
ちなみに、上記記事中のハーバードのヒトは、バリバリの「関西人」だよ(笑)。
そりゃ、現在の棲家は、東京ーボストンだけど。
えっ、なんで知ってるの?・・・さあ、なんでやろ?(笑)。