町田 徹町田徹「ニュースの深層」

2012年10月09日(火) 町田 徹

電波行政の秩序破りに苛立つ総務省。イー・アクセス買収で2社分のプラチナバンドを手にしたソフトバンクの成算とは

〔PHOTO〕gettyimages

 「法治国家ですから法律に則ってということについて、確認をさせていただく」---。

 ソフトバンクによるイー・アクセス買収の検証をお約束した本コラムの前編が掲載された10月2日。前日発足の野田佳彦第3次改造内閣で総務大臣に就いたばかりの樽床伸二氏は定例記者会見で、事務方が作成した想定問答を何気なく読み上げた。

 マスメディアは、大臣発言の意味するところを理解できなかったのだろう。ほとんど報じられなかったが、実は、この発言ほど、今回のM&A(企業の合併・買収)に対する総務省の苛立ちを象徴しているものはない。

 というのは、孫社長は、総務省の裁量で周波数を無償で割り当てる比較審査方式を求めて、それを後押し。3.9世代携帯電話用のプラチナバンドと呼ばれる周波数を真っ先に獲得した経緯がある。ところが、その配分が完了した途端、他社分の周波数まで掌中に収めようとして、イー・アクセスを会社ごと金銭で買収する戦略に転換した。 

 3.9世代用の周波数は当初、オークション(入札)方式で割り当てられて、巨額の税外収入をもたらすものと期待されていた。その入札を先送りして、携帯4社に平等に周波数を割り当て規制下の競争を図ろうとした総務省は、その顔に泥を塗られた格好だ。

 そもそも、周波数は国民共有の公共の財産だ。総務省が手をこまねいて黙認するのか、それとも何らかの是正策を打ち出すことができるのか。我々納税者は、注意深く成り行きを見守る必要がありそうだ。

利権へのメスは容易に入りそうにない

 携帯電話に周波数を割り当てる方式は大きく分けて2つある。これまで日本が採用してきた比較審査方式(ビューティコンテスト方式)と、ほとんどの先進国で主流となっているオークション方式だ。

 筆者らがメンバーを務めた総務省の「光の道のタスクフォース」(通称、正式名称は「グローバル時代におけるICT政策に関するタスクフォース」)の合同部会が2010年11月に、段階的なものであっても、3.9世代携帯電話用の周波数の割り当てから導入するように求める報告をまとめたにもかかわらず、総務省はあの手この手を使って、この方針を黙殺した。

 一般会計予算の半分近くを国債に依存し消費増税が必至と見られていた時期に、1兆円前後の税外収入を確保できると見込まれ、しかも、米英仏をはじめとして当時すでにOECD加盟の先進30ヵ国のうち8割に当たる24ヵ国が導入していた電波オークション方式を、総務官僚が先送りした最大の理由は「(それまで700~900㎒帯のプラチナバンドの認可を受けていない)ソフトバンクの番に、オークションなど導入したら(ソフトバンクがうるさくて)もたない」という事無かれ意識だった。

 加えて、周波数の配分という利権を温存しようという意図も露骨だった。

 実際のところ、審査もしない段階で、「次はソフトバンクの番」などということを決めていること自体が、とっくに比較審査方式が形骸化しており、まともな「審査」などしておらず、はじめから結論の見えたある種の談合に過ぎないものであることは、浮き彫りになっていた。結局のところ比較審査方式は、国家による壮大な利益供与を尤もらしく見せるためのショーに過ぎなかったのだ。舞台裏で総務官僚らが垣間見せる心中の意識は、そのことを露わにしていた。

 実は、それゆえ、筆者らのタスクフォースは、こうした不透明な規制や官民の癒着を是正する狙いをあわせて、オークションの導入を求めたのだった。決して、単純な国庫の税外収入の拡大策ではなかったのだ。

 しかし、総務省は、それ以前から議論に何年も費やし、その間中、「時間が足りない」という屁理屈を繰り返して、オークションの実施をプラチナバンド周波数の割り当ての次に先送りした。その一方で、総務省の意向を受けて、自民党はすでに、オークション導入に強く反対しはじめており、今後も、オークションの実施の先送りが繰り返される可能性は大きい。利権へのメスは容易に入りそうにないのである。

総務省との暗黙の了解を昂然と破る事態

 話を戻すと、ソフトバンクは今年2月、他社に先駆けて900㎒帯の周波数を獲得した。そして6月に、NTTドコモ、KDDI(au)、イー・アクセスの3社が700㎒帯の周波数を、それぞれ比較審査方式で分け与えられたのだった。いずれもプラチナバンドと呼ばれる使い勝手のよい周波数である。

 結局のところ、「携帯4社にタダで周波数を配分して、その点に関する競争条件を揃えるから、その中で競争して利用者の利便に努めてほしい」というのが、総務省の仕切りであり、本来ならば高価な周波数を無償で割り当てて貰った携帯電話会社の側も、これを暗黙の了解として受け入れたはずだったのだ。

 ところが、総務省から見ると、この暗黙の了解を昂然と破る事態が勃発した。それが、ソフトバンクによるイー・アクセスの買収劇だ。

 そこで注目すべきが、冒頭で紹介した樽床大臣の「法治国家ですから法律に則ってということについて、確認をさせていただく」という発言である。

 実は、総務省は、電波法に基づいて、携帯電話各社に周波数を付与する際に様々な条件を付けている。

 その中で、まず、今回のM&Aによって、700㎒帯域の周波数をソフトバンクグループが取得できるかどうかという点に抵触しそうなのが、審査基準に盛り込まれていた「申請者が複数申請を行ったり、申請者である法人の役員等、議決権が3分の1以上の出資関係にある者が申請を行っていないこと」という規定だ。

 これは、ダミー会社を使って、複数の電波を取得する行為を防ぐための規定だが、あと出しジャンケン的に、電波を割り当てられている企業を買収する行為にも適用すべきではないのか、という議論があるという。

 このほか、周波数免許の取得から「7年後の年度末まで」に行うように義務付けられている「人口カバー率で80%以上」を満たすネットワークの建設資金をソフトバンクグループが調達することができるのか、同じく「7年後の年度末まで」に「占有周波数帯域の10㎒以上で3.9世代移動通信システムの運用を開始しなければならない」といった規定を満たす資力があるかどうかも注目点だろう。

ソフトバンクに甘い蜜を吸わせる民主党政権

 大阪大学の鬼木甫名誉教授が2010年11月に公表した試算(一人当たりGDPなどを参考に算出)をあてはめると、電波オークションを実施していれば、イー・アクセスが保有する700㎒帯域の周波数は、2,730億円程度の価格がついてもおかしくなかった。つまり、国庫は2,730億円の税外収入を得る機会を失った。半面、イ―・アクセスはタダで得たものを転売して労せずに1,800億円を稼ぎ出し、ソフトバンクは格安な買い物をしたのである。

 少し補足しておくと、今回のソフトバンクのイー・アクセス買収は、ある面で大変な割安の買い物だ。700㎒の周波数で900億円以上のディスカウントを受けたうえ、イー・アクセスという会社や420万人のモバイル・ユーザー、140万のADSLユーザー、全国1万局と言われる基地局など、おまけも得たとみなすことができるからだ。

 実際のところ、イー・アクセスの大口株主の中には、イー・アクセス株1株52,000円としたソフトバンクの評価を不満としており、「最低でも7万円以上ついてもおかしくなかったはずだ」と買収を仲介した米ゴールドマン・サックス証券に不満を漏らす向きもあるという。

 その一方で、今回の買収が、現金の支出を伴わない株式交換で行われてソフトバンクの発行済み株式総数が膨張して株式の価値が希薄化するうえ、連結ベースの負債総額が3兆2,000億円を超えているソフトバンクグループに本当に必要な投資を実行する体力があるのかと懸念する投資家も少なくない。ソフトバンクの株価が買収の発表以来、軟調な動きを続けて、先週末は前週末に比べて110円安い3,050円で取引を終えているのが、そうした懐疑心の表れなのだろう。

 視野を転じると、ソフトバンクがイー・アクセス保有のプラチナバンドを取得することは、ライバルのNTTドコモやKDDI(au)にとって大変な脅威である。ソフトバンクが2社分の周波数を占有することで、収容できるユーザー数に決定的な開きができてしまうからだ。「新規に取得したプラチナバンドだけでなく、以前からイー・アクセスが使用してきた1.7㎓帯域も含めて国家に返納して貰わないと競争条件が歪む」(ライバルの大手通信事業者)といった批判も聞こえて来る。

 そして、最後に、本来ならば、誰よりも強く文句を言わなければならないのは、国民・納税者だ。その矛先は、膨大な国庫収入を生むプラチナバンドを無償で割り当てたにもかかわらず、半年も経たずに、転売という錬金術に使われる結果になったからだ。

 民主党政権は、太陽光発電でも法外な全量買い取りで、孫正義社長の率いるソフトバンクグループに20年にわたって甘い蜜を吸わせる決定を降している。この政権は、いったい、いつまで、こうした理不尽な政策決定を繰り返すのだろうか。

 就任直後とは言え、樽床大臣は、政治家としての「鼎の軽重」を問われる局面にいきなり遭遇した格好だ。