世田谷立てこもり殺人 86歳元警視に刀を取らせた農薬と野良猫
【政治・経済】
犯罪被害者のため仏像を彫る日々
徳永は、戦後まもない1948年に警視庁に入り、赤坂警察署の防犯課長代理を最後に1985年に定年退職した。警視とは署長レベルの階級で、ノンキャリアなら、ここまで出世するのはホンの一握り。04年には警察功労者として「瑞宝単光章」を叙勲されている。
勤続約40年の元警官が、米寿間際になって、暴走した発端は些細(ささい)なトラブルだった。
「久保さんと徳永さんの両家の境界線を走る私道に、久保さんが趣味の鉢植えを置いたのです。徳永さんが何度か注意しても久保さんは放ったらかし。そうしたら今年5月ごろに久保さんから、『徳永さんに農薬をかけられた』と聞いたのです」(近所の60代主婦)
久保さんは、この件を弁護士に相談。ジイさんも「久保さんに体当たりで倒され足を悪くした」と言って告訴をにおわす泥仕合に発展した。
「それを機に、2人が言い合いしているのを3、4回見ましたが、ともに引こうとしない。日本刀を持ち出したのも今回が初めてではなく、久保さんから『徳永さんが刃物を持ってウロついている』と相談されたこともあります。事件の早朝には、久保さんから『前日に徳永さんに植木鉢を割られた』と聞いていました」(前出の主婦)
徳永について、近所の住人は「亭主関白で気難しいタイプ」と声をそろえる。「オレは警察官だ」と言いながら近所の人を怒鳴り散らすこともあった。普段は杖をついて歩き、まさか大立ち回りを演じるとは誰も思わなかったという。
昔からの知人は、「正義感が強くやさしい人だった」とこう振り返る。
「野沢に住んで、もう60年くらいになります。いまは奥さんと2人暮らし。息子と娘は独立し、離れて暮らしています。明るく社交的な奥さんと散歩や買い物に出かける姿はよく見かけました。刑務所でも仕事をしていたそうで、警官を辞めた後は仕事で関わった被害者や受刑者たちのために、仏像を彫っていました」
被害者の久保さんは独身の一人暮らし。家の中はゴミであふれ、退去を巡り大家さんとも揉めていたようだ。野良猫を餌付けし、私道に大量のキャットフードを置いたり、糞(ふん)が散乱していることも、近隣トラブルを招いていた。
それにしても、他に解決策はなかったのか。