【期間限定】2012年ノーベル生理学・医学賞 受賞記念コンテンツ:山中伸弥先生の執筆原稿「iPS細胞の樹立−予想外の実験結果に感謝」全文公開
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2012年10月8日,ノーベル財団は2012年ノーベル生理学・医学賞を,ケンブリッジ大学のJohn B. Gurdon博士と京都大学の山中伸弥博士の,成熟細胞が初期化し多能性を獲得するという発見に対して授与する旨を発表しました.受賞されたGurdon先生と山中先生には,弊社一同心よりお慶び申し上げます.

「実験医学」では,2012年8月号「世界を動かした生命医科学のマイルストーン」におきまして,山中伸弥先生に「iPS細胞の樹立-予想外の実験結果に感謝」をご寄稿いただきました.ご研究のスタート時から研究に対する不安,そしてそれを乗り越えるパワーとなった予想外の結果と数々の出会いについて,山中先生ご自身の言葉で綴っていただいています.

ご受賞の祝福を込めて,羊土社では本稿を期間限定で全文公開いたします.山中先生の研究に対する情熱と幹細胞・再生研究の発展の軌跡を,多くの方に共有いただけましたらこれほど幸いなことはございません.

iPS細胞の樹立―予想外の実験結果に感謝~PAGE2

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iPS細胞の樹立に向けた仮説と検証

核移植やES細胞との融合により体細胞が多能性を獲得することから,私は,「卵やES細胞には,体細胞をES細胞化する因子が存在する」という仮説を立てた.この背景には,1980年代に報告されたショウジョウバエにおけるAntennapedia7),マウスにおけるMyoD8)というマスター遺伝子の研究があった.1つの転写遺伝子で,触角を脚に変えたり,線維芽細胞を筋肉に変えたりできるのであれば,少数の因子で体細胞において多能性を誘導しES細胞に変えられるのではと単純に考えたのである.また「多能性誘導因子は,卵やES細胞において特異的に発現している」とも考えた.2000年6月には3名の修士学生が山中研の最初の学生として加わってくれた.海保英子,徳澤佳美,高橋和利である.一人のときに比べて何十倍というスピードで研究が進んで行くように感じた.

写真3 ヒトiPS 細胞
写真3 ヒトiPS細胞

ES細胞で特異的に発現する因子を検索するために,EST(expressed sequence tag)データベースを利用しようと考えた.ESTはマウスなどさまざまな種の各組織や臓器から作成したcDNAライブラリーをランダムにシークエンスしたもので,組織や臓器で発現する遺伝子のカタログのようなものである.タイミング良く,理化学研究所のチームを中心としたFANTOMプロジェクトがES細胞を含む大量のマウスESTデータを公開した9).またNCBIがESTデータを解析し遺伝子の発現部位を予測するプログラムを公開した.これらを利用した結果,体細胞と比較して,未分化ES細胞や初期胚に高発現すると考えられる遺伝子を多数同定しECATs(ES cells associated transcripts)と命名した.海保,徳澤,高橋や,翌年以降に加わった学生諸君の活躍でECATsをはじめES細胞で重要な役割を果たす因子を複数報告することができた10)~12)

2005年に京都大学に研究室を移した頃には,他の研究室からの成果も加えて,24遺伝子が多能性誘導因子の候補としてリストアップされた.そして,マウス線維芽細胞内での強制発現系による解析で初期化能に関する検定を行い,4つの細胞初期化因子(Oct3/4,Sox2,Klf4,およびc-Myc)の同定と,iPS細胞の樹立に成功した13).翌年にはヒトの線維芽細胞からもiPS細胞の樹立に成功した(写真3)14).予想通りの研究成果が思ったよりもはるかに早く得られた,私の研究人生にとってはきわめて珍しい成果であった.研究室の若い力がもたらした幸運であった.

ビジョン実現に向けて―CiRAの発足

iPS細胞技術の特徴の1つは,技術の容易さと再現性の高さである.これは長所でもあるが,激しい研究競争をもたらす結果となった.iPS細胞に必要な4因子の発現ベクターを米国のDNAバンクであるAddgeneに寄託したこともあり,世界中の多くの研究機関でiPS細胞研究が開始された.国内でも本研究分野での競争力維持の必要が認められ,2010年,京都大学の14番目の研究所として,iPS細胞研究所(CiRA)が設立された.CiRA発足時,私は今後10年間における4つの達成目標(図)を掲げた.現在,250名以上の教職員や学生が,これらの目標に向けて研究開発を行っている(写真4).

  1. 基盤技術の知財確保
  2. 再生医療用iPS 細胞の樹立と供給
  3. 再生医療臨床研究の開始
  4. 難病・希少疾患の治療薬開発

図 CiRA 10年間の達成目標

写真4 CiRA 集合写真(2012年)
写真4 CiRA集合写真(2012年)

CiRAでは,iPS細胞に関するリプログラミング機構の詳細や,分化誘導に関する基礎研究に加えて,知財確保や,再生医療用のiPS細胞の樹立と供給,および臨床医学の視点に立ったレギュラトリーサイエンス,iPS細胞の樹立・培養技術の普及を目指した講習会の開催など,多角的にiPS細胞研究の分野開拓に取り組んでいる.こうしたなか,設立3年目を迎えた現在,欧米でのiPS細胞樹立に関する基本特許が認められるなど,基盤体制の充実に結びついてきた.さらに,将来の細胞移植療法への応用において,iPS細胞が有する利点の1つである,遺伝的背景や移植免疫にかかわるHLAタイプなど個性の明らかにされているさまざまな個人から樹立可能であるという特性を最大限に活かすべく,HLAホモ接合体ドナーから構築したヒトiPS細胞ストックの構築に向けた技術開発と,CiRA内の細胞調製施設での臨床応用のためのiPS細胞樹立にむけた準備を進めている.また,患者由来の疾患特異的iPS細胞をもとにした病態解明の研究も鋭意進めており,この過程で得られた疾患モデルをもとに創薬スクリーニング系を構築し,新規治療薬の探索にも取り組んでいる.

iPS細胞研究の現在と今後 ―臨床応用へ向けた技術的課題の克服

われわれが開発した当初は,線維芽細胞に4因子をコードする遺伝子をレトロウイルスベクターで導入することでiPS細胞を得ていた.この方法では,c-Mycが因子の1つとして用いられ,かつベクターの性質上,導入後の細胞ゲノムに組み込まれることから,本遺伝子の再活性化によるがん化リスクを懸念する声があがっていた.またこれとは別に,分化誘導に対する感受性が低く未分化な状態を保ち続ける分化抵抗性細胞の残存に関しても,テラトーマを生じるリスクとなることが指摘された.こうした問題も含めて,安全なiPS細胞技術開発に関しては,われわれの研究チームのみならず国際的にも多くの研究室でリファインが行われており,先に上げた当初の懸念については多くの解決策が得られつつある.

まず,細胞への因子導入方法については,前述のレトロウイルスのほか,アデノウイルス,センダイウイルス,プラスミド,トランスポゾン等,種々のベクターによる遺伝子導入や,組換えタンパク質,合成mRNAを用いた方法の開発が報告されてきた.特にわれわれは,エピソーマルベクターを用いることで,ゲノムへの挿入がない遺伝子導入方法を用い,従来の樹立法より安全かつ効率的なiPS細胞の樹立系を構築している15)

また,初期化因子についても,より安全かつ高効率なiPS細胞の樹立を目指し,上記4因子以外も含めたさまざまなバリエーションが考案されている.われわれも,c-Mycの代替因子を検索する過程で原がん性がないと考えられるL-Mycや,さらにはGlis1という受精卵で特異的に発現している遺伝子を発見し,これらを用いて安全性を高めたiPS細胞の樹立方法を提案してきた16)17)

このように,樹立法が多様化するとともに,実験毎に時には100個以上のiPS細胞コロニーが得られる.これらのコロニーから得られるクローンは,同一ドナーから同一実験で得られるにもかかわらず,in vitroでの特定の細胞への分化効率などの特性に多様性がみられた.これらを踏まえ,iPS 細胞の臨床応用に際しては,最も適切なクローンを選択するためのiPS 細胞株の評価法を決定する必要がある.特に,ゲノムおよびエピゲノム解析の重要性が増しており,われわれもこうしたiPS細胞の評価系構築を主眼の1つにおいて研究を行っている.

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掲載号の書籍

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世界を動かした生命医科学のマイルストーン

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プロフィール

山中先生
山中 伸弥(Shinya Yamanaka)
1987年,神戸大学医学部卒業.整形外科研修医として病院勤務を経て,’93年,大阪市立大学大学院医学研究科博士課程修了後,米グラッドストーン研究所留学.’96年,大阪市立大学医学部薬理学教室助手.’99年,奈良先端科学技術大学院大学遺伝子教育研究センター助教授,2003年,同教授就任.’04年,京都大学再生医科学研究所教授就任,’10年4月より同iPS細胞研究所所長.ラスカー賞,ガードナー国際賞,恩賜賞・日本学士院賞,京都賞,米国科学アカデミー外国人会員選出,ウルフ賞,ミレニアム技術賞など受賞.

幹細胞・再生研究とiPS細胞発見の軌跡は,下記の実験医学誌でもご覧いただけます

再生医療を実現化する 幹細胞のメディカルサイエンス(実験医学増刊)

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実験医学 2011年1月号 Vol.29 No.1

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再生医療へ進む最先端の幹細胞研究(実験医学増刊)

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実験医学 2007年3月号 Vol.25 No.4

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