貴志祐介「新世界より」のネタバレ解説・後編
前編はこちら、中編はこちらです。
「Ⅴ劫火」
237年7月。
早季は6年前に全人学級を卒業し、26歳になっていました。
前章から12年もの歳月が流れています。
早季はバケネズミについて研究したいと考え、
就職先として町立保健所の異類管理課を選んでいました。
町立ということは、早季は公務員になったのか?
と思う人もいるでしょうが、この世界には貨幣制度がなく、
不完全ではありますが社会主義を実現した世界なので、
働いている大人は皆、広い意味での公務員です。
異類管理課には早季の他には上司の綿引課長しかおらず、
かなり暇な職場でした。
仕事は主に、バケネズミの管理と、
バケネズミの祖先であるハダカデバネズミの飼育です。
そこへ、覚がやってきました。
覚は、現在、戦争をしているバケネズミのコロニーはあるかと尋ねます。
バケネズミが戦争をする際には、
町の人間に許可を申請しないといけないのですが、
そのような申請はありませんでした。
実は覚が仕事を頼んでいた『鼈甲蜂(べっこうばち)』コロニーの
バケネズミが、どこかのコロニーに攻撃されたらしいのです。
それから6日後。
保健所の月例会議には、職能会議代表の日野光風、
安全保障会議顧問の鏑木肆星、倫理委員会議長の朝比奈富子と、
町の実力者たちが集まっていました。
保健所の責任者である金子は、
覚が話していた『鼈甲蜂』コロニーが何者かに攻撃を受けたという
事件について説明します。
現場の遺留品を検証した結果、
攻撃したのは『木蠹蛾』コロニーだと分かりました。
バケネズミは人間の数十倍の人口であり、
奇狼丸が率いる『大雀蜂』系のグループと、
野狐丸が率いる『塩屋虻』系のグループという2大勢力に分かれていました。
現在、『鼈甲蜂』は『大雀蜂』のグループに所属しており、
『木蠹蛾』コロニーは『塩屋虻』系のグループに近いのですが、
無断で戦争をしたということになると、人間に対する反逆ということにもなり、
バケネズミ全体の半数近い『塩屋虻』系のグループを
全滅させることになるかもしれないという大事件でした。
それぞれのリーダーである奇狼丸と野狐丸が会議に呼び出され、
事情聴取があるのですが、それぞれ相手が仕組んだことだと主張します。
怪しいのは妙に事情に詳しい野狐丸の方なのですが、
決定的な証拠がなく、結論を出せないまま会議は終わりました。
それから数日後。
早季は、鳥獣保護官の乾と一緒に、
奇狼丸が戦争の指揮をしているところを見学していました。
この頃のバケネズミの戦争は、火縄銃を使うなど近代化されていました。
早季が先に帰って報告書を仕上げていると、綿引がやってきました。
綿引は別の戦争を見学していたのですが、
何と、『鼈甲蜂』が『大雀蜂』を裏切り『木蠹蛾』に寝返るという、
これまでの経過からは考えられないことになっていました。
それから4日後。
とうとう『大雀蜂』と『塩屋虻』の本隊同士が決戦し、
『大雀蜂』が全滅した――という知らせを覚が持ってきました。
かろうじて奇狼丸だけは逃げ延びたのだそうですが。
再び会議が開かれ、戦争には呪力を使用した痕跡があることや、
実は真理亜と守の遺骨が9年前か10年前に発見され、
DNA鑑定により2人の死亡が確認されていたことが明らかになりました。
ちなみに、会議の結果、『塩屋虻』系のグループは全滅させることになりましたが、
『塩屋虻』系のバケネズミたちはどこかに姿を隠してしまっていました。
それから1週間後。
早季と覚は夜の夏祭りに出かけました。
そのお祭りでは「化け物」に扮した人がお酒をふるまいます。
早季は、昔、真理亜と夏祭りに行ったことを思い出します。
その後、浴衣を着た、真理亜にそっくりな小さな女の子の後ろ姿を目撃します。
さらに早季は、真理亜と守と瞬の幻覚を見ます。
覚が早季を落ち着かせようと抱き締め、時間が経ちました。
突然、小さな「化け物」からお酒を受け取った人が倒れ、死にました。
さらに、花火に合わせて矢が飛んで来たり爆発が起こったりします。
野狐丸が率いるバケネズミが人間を襲撃したのでした。
覚は逃げる途中で遭遇したバケネズミ200匹くらいを殺します。
そして、日野光風や鏑木肆星が町の人たちを護っているところへ合流しますが、
そこへ毒ガスが流されてきます。
日野光風や鏑木肆星は風を逆に吹かせて毒ガスを逆流させ、
それに驚いて現れた4、5000匹のバケネズミを操り、同士討ちさせます。
皆が殺戮ショーに夢中になっているときに、
集団の中に紛れ込んでいたヒトモドキのバケネズミたちが
日野光風や鏑木肆星を銃で撃ちました。
鏑木肆星は何とか防御し、ヒトモドキを全滅させましたが、
日野光風は亡くなってしまいました。
鏑木肆星や富子が集団をまとめ、
非常事態訓練のときに作った5人1組になるようにと言われます。
早季と覚は、瞬、真理亜、守の3人が欠けていたため、
治金工房の職人である藤田、倉持という男性2人と、
岡野という女性と組んで行動することになりました。
岡野は入院中の同僚が心配だということで、5人は舟で病院へ向かいます。
病院も既に襲撃された後でしたが、なぜか静かでした。
無鉄砲な倉持が、他の4人の制止を振り払い、病院の中へ入って行ってしまいます。
4人はバケネズミが待ち伏せしていると考え、一斉に倒しました。
藤田を舟に残したまま、早季、覚、岡野は病院に入ります。
そして包帯で緊縛された3人の病院関係者を発見しました。
そんな中、藤田が不用意に声を上げたため、呪力で宙吊りにされてしまいました。
そして野口医師は、あれは悪鬼の仕業であり、バラバラに逃げるしかないと言います。
先に逃げ出した野口医師が悪鬼の犠牲になり、動けない看護師と岡野を残し、
早季と覚が悪鬼の出現を町の皆に知らせに行くことにしました。
すると、悪鬼も舟に乗って早季たちを追ってきましたが、
覚は空中に鏡を出現させ、さらに早季とお互いを呪力で岸に投げ合い、
何とか悪鬼を振り払いました。
数キロ歩いて民家を発見し、早季と覚は着替えと食事を済ませ、
その家にあった荷台を船の代わりにして水路を進みました。
ところが、水路の底にはスミを吹くバケネズミの変異個体がいて、
空中にスミを吹いた後で火をつけることで粉塵爆発を発生させたのでした。
早季と覚はお互いを呪力で投げ合って爆発から逃れますが、
離れ離れになってしまいました。
早季は苦労して町の中心部に向かい、そこで坂井進という少年と出会います。
また、負傷者の姿も多くなり、早季は進と分かれ、富子に会いに行きます。
避難所になっている全人学級の校舎に入り、富子と会いますが、富子は重症でした。
早季は富子に悪鬼の出現を告げ、新見という女性と一緒に清浄寺へ向かいます。
その途中、鏑木肆星が町の人たちを護りつつバケネズミと戦っているところに遭遇します。
そこに悪鬼が現れました。
実はこの悪鬼は、「真理亜と守の子どもだったということに早季は気付きました。
ちなみに、真理亜は15歳前後でこの悪鬼を産んだことになります。
今まで何度も、真理亜がラスボスではないかとミスリードされていたのは、
悪鬼の産みの親だったからなのでした。
でもなあ……そんなこと言ってたら、
女王に殺されそうになったスクィーラを止めた早季とか、
真理亜が守と逃亡するのを黙って見送った早季や覚だって同罪だと思うんですけどね。
というか、それ以前に守の存在はどうした!
悪鬼は真理亜だけじゃなくて守の子どもでもあるんだから、
守に対しても真理亜と同様なラスボスかと
誤認させるミスリードをするべきだったんじゃかと思いますが、
早季は守のことを軽視してますからね……。」
呪力の強さでは鏑木肆星が圧倒的に勝っていますが、
鏑木肆星が愧死機構のせいで悪鬼を攻撃できないのに対し、
悪鬼の方は愧死機構が発動せず、鏑木肆星を攻撃できるため、
鏑木肆星は殺されてしまいました。
早季と覚と新見はバケネズミが掘った穴に逃げ込み、
そこで負傷したバケネズミと出会い、バケネズミは人類を絶滅させるつもりだと言いますが、
そのバケネズミはわざと覚に襲い掛かって自殺しました。
新見は悪鬼の出現を町の皆に知らせるために、
そして富子から後継者として任命された早季を護るために1人で公民館へ行き、
緊急警報をして囮となりました。
警報は新見の呪力で放送されていたのですが、
やがて、放送はぷっつりと途絶えてしまいました。
ようやく、早季と覚が清浄寺へ辿り着きます。
そして悪鬼の姿形を告げ、清浄寺たちの僧侶たちによって、
悪鬼を倒すための護摩が焚かれました。
寂静師から、早季の両親が図書館にある資料がバケネズミに渡らないように燃やしに行った、
ということを教えられます。
そして鳥獣保護官の乾と再会します。
乾以外の鳥獣保護官は悪鬼に殺され、乾本人は奇狼丸に助けられていたのだそうです。
おまけにバケネズミたちが新生児たちの託児所から人間の赤ん坊を盗み出していた、
という話を聞かされます。
盗まれた赤ん坊が育ち、悪鬼になれば、人類は本当にバケネズミに支配されてしまうでしょう。
早季は、サイコ・バスターという旧人類が作り出した細菌兵器を取りに行くように、
という母親からの手紙を読みました。
サイコ・バスターならば、「人間を殺す」という実感に乏しく、
愧死機構を誤魔化して悪鬼を倒せるかもしれないというのです。
さらに、早季の母親が残していったものの中にはミノシロモドキもありました。
夏季キャンプのときに早季が捕まえたミノシロモドキとは別のタイプで、
太陽の光を当てて充電する必要がありました。
早季たちはそれをニセミノシロモドキと呼ぶことにします。
早季はニセミノシロモドキを光に当て、清浄寺に捕らえられていた奇狼丸と面会します。
そして、サイコ・バスターがある東京について何か知っているかと尋ねると、
奇狼丸は1度東京へ行ったことがあると言いました。
日没まで待ってもニセミノシロモドキは稼働しませんでしたが、
時間がないので早季、覚、乾、奇狼丸は、
清浄寺にあった、呪力で動かす潜水艦『夢応鯉魚号』に乗って、東京を目指しました。
空気を入れ替えるために何度か浮上しつつ、
川を見張っているバケネズミの目をかいくぐり、海へ出ようとします。
ところが、もう少しというところで奇狼丸が悪鬼の臭いを嗅ぎつけました。
悪鬼は背後から追いかけてきていたのです。
早季は呪力で一気に潜水艦を加速させ、逃げました。
東京湾の深奥部で夜が明けるのを待ち、ニセミノシロモドキを充電します。
充電が完了し、ニセミノシロモドキが稼働しましたが、
奇狼丸は、野狐丸が飛ばしていた鳥に見つかってしまったと言います。
そこで、3人と1匹は悪鬼から逃げるために、
恐ろしい東京の地下に潜ってサイコ・バスターを取りに行くことになったのでした。
「Ⅵ闇に燃えし篝火は」
東京の地下にある洞窟の中は、
コウモリやその糞のせいで独自の生態系ができあがっていました。
気持ち悪い虫や生き物が大量にいる中を、3人と1匹は進みます。
覚が血を吸うナメクジにやられたり、
追いかけてきている悪鬼をまくために別の階層に移動したり、
黒後家ダニという『影』から逃げまどったりしつつ進みますが、
大きな河川と衝突してしまいました。
奇狼丸は、あの潜水艦をとってくる必要があると言い、
覚と奇狼丸が囮になっている間に、
早季と乾が東京湾まで戻って潜水艦を持ってくることになりました。
その途中、乾は奇狼丸を信用していいのか怪しい、
という話を早季に吹き込みました。
海へ着く頃には外は夜になっていましたが、
夜に海岸に近づくのは危険だと乾は言います。
その危険についてニセミノシロモドキに尋ねますが、
早季はニセミノシロモドキの充電が切れかかっていることに気付きました。
それでも時間がないので早季と乾は潜水艦に潜り込もうとしますが、
そこにオオオニイソメという巨大な怪物が現れました。
何とか乾が怪物を吹き飛ばしてくれ、2人は急いで潜水艦に乗り込み、
覚と奇狼丸がいる場所を目指しました。
このとき、早季は何度も瞬の幻覚を見ます。
えーと、早季は人格指数が高い(精神的に安定している)という設定だった
はずなのですが、その設定はどこに行ってしまったのでしょうか。
男だからと強がっているだけかもしれませんが、
覚や乾の方が早季よりずっと精神的に安定しているような気がします。
まあ、それは早季が記憶を操作されているせいでもあるのでしょうが。
乾の呪力でニセミノシロモドキを充電してもらいつつ、
地下の河川を遡り、何とか覚や奇狼丸と別れた地点に戻ります。
が、覚たちの姿はありませんでした。
仕方なく、早季と乾の2人だけで地下河川を遡りますが、
やがて、潜水艦では進むことのできない狭い穴を通るしかなくなりました。
2人は潜水艦を降り、泡を作り、進んでいきます。
ところが、そこにオオオニイソメが現れます。
乾は早季を庇って相討ちになってしまいました。
乾は登場が遅かった割に、瞬や真理亜や守より活躍していたので、
初めて読んだときはショックでした。
とうとう1人になってしまった早季は、
ニセミノシロモドキと一緒に霞が関の中央合同庁舎第8号館へ行きます。
ちなみに、この建物は2014年(平成26年)3月竣工予定ということなので、
しまうました達がいる現代ではまだ完成していません。
建物の地下にはエレベーターを経由して木の根っこが伸びていたので、
それを切って呪力で燃やし、松明にします。
どんどん建物の中を調べていくと、
やがて早季はバイオハザードマークを発見しました。
が、何も見つからず、とうとう地上階へ出てしまいます。
そして早季は、扉を隠していた絵画や壁紙が消失し、
露出していた隠し金庫を発見します。
隠し金庫をくり抜き、早季はサイコ・バスターを手に入れたのでした。
サイコ・バスターはバイオハザードマークを象(かたど)った形をしたもので、
中には強毒性炭疽菌が入っており、
それを敵の足元に叩きつけることによって菌に感染させるのだそうです。
超能力者を悪魔と呼ぶ、それを作った2人の修道士に対し、
早季は「悪魔に取り憑かれていたのは、どう考えても彼らの方だったと思われる」
と言っていますが、「この後、超能力者たちが旧人類に対してやったことを考えると、
やっぱり悪魔は超能力者たちの方だろう、としまうましたは思います。」
コウモリが東京上空を埋め尽くす時間帯ならば敵の鳥の監視から逃れられるので、
早季はその時間まで眠り、ニセミノシロモドキに起こしてもらいました。
暗闇の荒れ地を見ているうちに早季は業魔となった瞬のことを連想し、
とうとう瞬の名前を思い出しました。
同時に、また瞬の幻覚も見るようになるのですが、その幻覚は、
覚と奇狼丸のところへ早季を案内してくれました。
相談の結果、サイコ・バスターは怪我をしている覚が持つことになりました。
少数の護衛だけで悪鬼が近くにいる今がチャンスだ、という奇狼丸の意見で、
早季たちは早速、サイコ・バスターを使うことにしました。
敵のバケネズミを7匹もやっつけた奇狼丸は悪鬼に無視されていたので、
早季と覚の臭いをつけ、悪鬼をおびき寄せることにします。
奇狼丸は雨が降る中を、悪鬼を罠にかけるのに最適と思われる人工のトンネルへ、
早季と覚を案内します。
洞窟の中は手前から風が吹いているので、追ってくる悪鬼に対しては風上にいることになり、
サイコ・バスターの菌に感染せずに済む確率が上がります。
しかし、雨で臭いが消えてしまうので、
2人は囮として一瞬、悪鬼に姿を見せなければなりません。
それを嫌がる早季と覚を、奇狼丸が叱咤します。奇狼丸、かっこいいです。
奇狼丸が悪鬼をおびき寄せる間、2人はトンネルの中の道を下見しました。
そのとき早季は「真理亜と守の子どもは本当に悪鬼なのか?」という疑問を呈し、
覚に対し、ある計画を頼みます。
そしていよいよ奇狼丸が、マントを着ている悪鬼を連れてきました。
早季と覚は悪鬼の傍のバケネズミを殺し、トンネルに逃げ込みます。
ところが、しばらくしてから瞬の幻覚が、早季に止まれと言いました。
その警告のおかげで、実は敵の足音が聞こえてこないことに気付き、
早季と覚を生き埋めにしようとしていた敵の攻撃をかわすことができました。
後ろから追ってきている悪鬼だと思っていたのは、
悪鬼の髪で作ったカツラを被って変装していたバケネズミだったのでした。
その代わりに、崩落したトンネルの上から悪鬼がやってきました。
早季は咄嗟にニセミノシロモドキを投げて囮にし、逃げ出しました。
やしばらく進んだところで覚が立ち止まり、先ほど早季が頼んだ計画を実行します。
その計画とは、「悪鬼の前に鏡を作り自分の姿を見させる、というものでした。
バケネズミに育てられていた悪鬼は、自分のことをバケネズミだと思っているはずだ、
と早季は考えていました。
そこで、鏡に映った自分の姿が人間そのものだと見せつければどうなるか試してほしい、
という計画を覚に頼んでいたのでした。
すると悪鬼は当惑したものの、攻撃を再開します。
そして覚は、自分を犠牲にしてサイコ・バスターを地面に叩きつけて、
悪鬼と心中しようとします。
ところが、早季は炭疽菌もろともサイコ・バスターを燃やしてしまったのでした……。
まあ、覚を失いたくないという気持ちは分かるんですけどね。
今までやってきたことは何だったのか、という気分にさせられます。
サイコ・バスターを燃やしたときに悪鬼も火傷を負い、
その隙に早季と覚は逃げ出し、奇狼丸と合流しました。
早季はサイコ・バスターを燃やすことで悪鬼を攻撃したことになりますが、
愧死機構が発動しなかったのはなぜなのだろう、と覚は疑問を投げかけます。
それに対し早季は、それが結果的に悪鬼を救うことだったからできたのだろう、と答えます。
話し合いをしようという野狐丸の声が聞こえますが、
それは早季たちの位置を知るための罠なので、早季たちは当然無視します。
早季と覚は、奇狼丸が裏切ったのではないかと疑っていたことを告白しますが、
もし奇狼丸が敵ならばいつでも早季と覚を殺せた、
という説明で奇狼丸を信用することにしました。
しかし早季は、奇狼丸が以前東京の地下に来たのはなぜなのか、と尋ねます。
それは大量破壊兵器を手に入れるためでした。
バケネズミは人類にいつ殺されてもおかしくない存在であり、
いつか人類と戦うことになったときのために、
ミノシロモドキを使って兵器を捜しに行っていたのでした。
ちなみに、野狐丸も現在ミノシロモドキを4台保有しているのだそうです。
「情報」という観点から見ると、実は、知識を制限されていた早季たちより、
バケネズミの方が上だったのでした。
その後、早季は、瞬の幻覚から奇狼丸が切り札になるかもしれないと言われます。
そんな早季たちの近くに悪鬼が来ましたが、
悪鬼は野狐丸たちと合流するために通り過ぎて行ってしまいました。
そして早季は、瞬の幻覚をヒントに、悪鬼を倒す方法を思いついたのでした。
そもそも、実は真理亜と守の息子は悪鬼ではなかった
――という衝撃の事実が明らかにされます。
しかし、ここから先も便宜上『悪鬼』という言葉を使います。分かりにくいので。
自分のことをバケネズミだと思っていた『悪鬼』は、
同族であるバケネズミに対して愧死機構が働き、殺すことはできませんが、
異類である人類に対してはいくらでも攻撃できる
――という倒錯が起こっていたのでした。
確かにこれまでも、『悪鬼』がバケネズミを攻撃したという描写はありませんでした。
奇狼丸のことも『悪鬼』は無視していましたし、ちゃんと伏線が張ってあったのですが、
初めて読んだときは全然気付きませんでした……。
ところで、ミステリーの世界では、
本当は悪鬼じゃないのに地の文で悪鬼と書くのはアンフェアだと批判の対象になります。
しかし、この小説は『早季の手記』という形式で書かれているため、
アンフェアだということにはならないのです。
もしかすると、この伏線のためだけに、
この物語を『早季の手記』という形式で描いた可能性すらあります。
早季は、『悪鬼』を倒す方法を、覚と奇狼丸に説明します。
それは、奇狼丸を覚だと『悪鬼』に誤認させて攻撃させ、
愧死機構を発動させるという方法でした。
奇狼丸は、自分のコロニーの女王を護ることを条件に、その方法を採用しました。
覚と早季のサポートもあり、その方法は見事に成功します。
しかし、奇狼丸が……。
ここまで、散々早季たちを助けて来たのに、結局捨て駒にされてしまいました。
覚が『悪鬼』を道連れにしようとしたときには、
人類滅亡の可能性すらあったのにサイコ・バスターを燃やしてしまったのと
同じ人間が口にしたアイデアかと思うと、気分が悪くなります。
結局早季たちにしてみれば、バケネズミの命は人間よりも軽いのでしょうね。
こんな方法を実行に移す早季と覚には、やっぱり共感できません。
そして、『すばらしい。あなたは、一流の戦略家です』
なんてことを言ってしまう奇狼丸にも。
早季と覚は野狐丸をあっさりと拘束し、町に戻り、悪鬼を倒したことを知らせました。
そして、『悪鬼』や野狐丸が早季と覚を追ってきた経緯に関する説明があります。
ちなみに、早季の両親は図書館の本が敵の手に渡らないようにと燃やしたところで、
『悪鬼』と遭遇して殺されてしまったのだそうです。
早季は『両親の死はけっして無駄ではないと思う』と言っていますが、
結局バケネズミたちはミノシロモドキを捕獲してたわけですし、どうでしょうね……。
悪鬼を捕まえたため形成は一気に逆転し、1週間が過ぎました。
早季と覚は野狐丸に会いに行きます。
そして、どうしてこんなことをしたのかと尋ねますが、
自分たちは人間の奴隷ではない、
バケネズミは高度な知性を持った存在だから同胞を救うためにやったのだ、
というような意味のことを言います。
さらに野狐丸は、自分の名前は野狐丸ではなくスクィーラだと言いました。
『じゃあ、スクィーラ。あなたに、ひとつだけ、頼みたいことがあるの。
あなたが殺した人たち全員に対して、心から謝罪して』
と言った早季に対し、スクィーラは、
『いいですとも。その前に、あなたがたが謝罪してくれればね。
あなたがたが、何の良心の呵責もなく、虫けらのように捻り潰した、
我が同胞全員に対してね』
と答えます。
うーん……現在の価値観からすると、
野狐丸が言っていることの方が正論に見えてしまいます。
その後、裁判にかけられたスクィーラは、
『(バケネズミは獣でも奴隷でもなく)私たちは、人間だ!』
と叫ぶのですが、観衆たちは爆笑しました。
そしてスクィーラには、無間地獄の刑が宣告されました。
それは、全身の神経細胞から脳に極限の苦痛の情報を送りつつ、
呪力によって損傷を常に回復させたまま100年生き続ける、ものでした。
それから数日後。
異類管理課でハダカデバネズミの世話をしていた早季のところへ覚がやってきます。
早季は覚に、バケネズミの学名や『化』という漢字の成り立ち、
そしてスクィーラが自分たちは人間だと言っていたことに対する疑問などを口にします。
一方、覚はバケネズミの染色体が23対であることを調べました。
先祖であるはずのハダカデバネズミの染色体は30対であり、
人間以外に染色体が23対の生物はオリーブの木くらいしかないのだそうです。
そして――暗黒時代の奴隷王朝の民や狩猟民がどうなったのか、
ミノシロモドキですら知らなかったことを考えると……。
そうです。
バケネズミの祖先は、呪力を持たない人間だったのです。
超能力者たちは自らの遺伝子に攻撃抑制や愧死機構を組み込みましたが、
そのままだと超能力者たちは呪力を持たない旧人類を攻撃できなくなるため、
また立場が逆転してしまいます。
愧死機構の発動には呪力を利用しているため、
旧人類の遺伝子にそれを加えることはできません。
そこで超能力者たちは、旧人類とハダカデバネズミを混ぜ合わせて、
愧死機構が発動しないくらいの、ヒト以下の獣に変えてしまったのでした。
超能力者である新人類の奴隷にするために。
ハダカデバネズミを選んだのは、
それが人間には見えないくらいに醜かったからなのでしょう。
そう考えると、夏季キャンプの際に、
女王を照らしてしまったスクィーラが殺されそうになったのも、
人間の美醜の価値観が残っていた女王は、
自分の醜い姿を見られたくなかったからなのだろう、と解釈できます。
つまり、これまでの長い長い話は、
呪力を持たないしまうました達旧人類が、またしても新人類に敗北してしまった、
という話だったわけです。
主人公たちにとってはハッピーエンドなんでしょうけど、
大部分の読者にとっては、自分たちの子孫が獣に姿を変えられ奴隷となり、
毎日のように虐殺されているという話だったわけですよ。
何かもう、本当に嫌な話です。
こんな嫌な話を思いつくなんて、
貴志さんは……本当に天才だと思います!
戦争終結から1ヶ月後。
早季は追悼式典で人が出払っている間に、スクィーラを安楽死させました。
まあ、これに関しては素直に『早季GJ!』という感じですね。
早季は戦争を終結に導いた功績が高く評価されていたので、
そのことについては1ヶ月の謹慎処分で済みました。
殆どのバケネズミのコロニーは抹殺されてしまいましたが、
奇狼丸の『大雀蜂』コロニーを含めた5つのコロニーだけは存続を許されました。
でも、きっと、今まで以上に奴隷として酷使されるんだろうなあ、
と思うと胸が痛みます。
それから2年後、早季は覚と結婚し、
3年後には倫理委員会の最年少議長に就任しました。
そして戦争から10年が経過し、早季は覚の子どもを身ごもっていました。
男の子だったら瞬、女の子だったら真理亜と名付けるのだそうです。
守ェ……。
さらに、早季はこの長い手記をタイムカプセルに入れ、
1000年後に初めて公開できるようにしたのでした。
最後に、日付が書いてあります。
『二四五年十二月一日。渡辺早季。』
と。
……あれ?
『Ⅴ劫火』の冒頭には、
『二三七年の七月。私は二十六歳になっていた』と書かれています。
でも、手記が完成した時点ではスクィーラとの戦争から『十年の月日が経過した』
とあります。
同じ年が2回来たのではなければ、二四五年の十二月は、
戦争から8年と4ヶ月後だと思うんですけど……。
しまうましたが持っているのはハードカバー版なので、
文庫版では修正されているかもしれませんが、何か釈然としません。
後は他に、さらに1000年後の世界から見れば早季たちのいる世界は旧世界なんだから、
本のタイトルは『新世界へ』か『旧世界より』の方がしっくりくるような気もします。
あまりにも長くて大変で、途中で何度も挫折しそうになったネタバレ解説の、
最後の最後なのに……。」
まあ、それはともかく、非常に面白い話でした。
アニメではかなりのエピソードやセリフがカットされていたりしますし、
このネタバレ解説でも細かいエピソードは丸ごと飛ばしていたりするので、
アニメしか見てない人にも、是非、原作を読んでみて欲しいです。