近江八幡市立医療センター全国初のPFI契約解除
少し古いのですが、まずはこちらのニュースから。
PFI解約に調印 近江八幡市の医療センター/滋賀(2008年12月26日中日新聞)
PFI(民間資金活用による社会資本整備)方式で運営する近江八幡市立総合医療センターについて、市とセンター、運営主体の特別目的会社(SPC)「PFI近江八幡」は25日、事業契約を解約する合意書に調印した。SPCが担当している医業以外の運営は、来年4月から市直営となる。計画段階を含めて全国に12あるPFI病院で契約解除は初めて。
(略)
調印により、事業計画は2009年3月末で全部解約される。市はSPCに違約金20億円、建物の購入費118億円などを支払う。◆「方式と経営難因果関係ない」 SPC側が主張
「契約解除の主な原因は、収支の現状と近江八幡市の見通しが著しく乖離(かいり)したことにある」
調印の後、会見した特別目的会社(SPC)「PFI近江八幡」の井谷守社長と平山賢一取締役は、市立総合医療センターが経営難に陥った原因をこう説明し、「今後の病院PFI事業の推進に支障がないよう願いたい」と何度も訴えた。市のずさんな当初計画に加え、元本や金利の支払い計画の甘さも露呈した。
市は毎年、当面必要がない大規模修繕費1億5000万円をSPCに支払っている。井谷社長は「民間が受け取っても税務上、利益となり課税される。だから『市で積み立てておいた方が得策』と提案したが、市側は均等払いにこだわり受け入れなかった」と明かした。
運営面では「当社に委託されている運営業務費用は、センター全体の16%にとどまる。PFI方式の採用と経営難に因果関係はない」と強調。市長の諮問機関「あり方検討委員会」から「ホテル並みの超豪華建築」と批判されたことに対しては「1床当たりの単価は2500万円で民間病院並み。災害拠点病院の機能も備えている」と反論した。報道各社から「官と民の協働が感じ取れなかったが」「SPC側に責任はないのか」と追及されると、井谷社長は「私たちは病院を直接ではなくサポート運営する立場。医業はわれわれの分野でない」と主張。「建物の建設や維持管理、運営面は、市の要求に対し100%以上の成果を上げている」と繰り返した。
PFIと経営難とが直ちに結びつくとは言えないにせよ、昨今流行りのPFIが経営改善の特効薬であるかのような幻想はそろそろ捨てなければならないでしょうね。
「PFI(Private Finance Initiative:プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)」とは「公共施設等の建設、維持管理、運営等を民間の資金、経営能力及び技術的能力を活用して行う新しい手法」だそうですが、何しろ内閣府が「PFI推進室」なんてHPまで用意しているというくらいに国を挙げて推進しているのですね。
平成11年に「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律」(PFI法)が制定されてからあちこちで聞くようになりましたが、公共施設等を整備するのに国や自治体が自分で用意するのではなく、民間にやらせたものをお金を出して提供を受けるという形で質とコストの改善を図るというものです。
もともと公立病院の病床あたり建設費は民間病院の倍などと言われるくらい無駄に高コスト体質ですから、運営を依頼する自治体にとっては安上がりに病院を建てられる、運営する民間事業体にすれば経費削減がうまくいけばいくほど大きな利益を上げられるということで、どちらも美味しい思いが出来るはずだという期待があったのでしょうね。
今回の場合、当初のずさんな計画による経営悪化までは最初に結論ありきの公立病院ですから仕方がないとしても、違約金20億円とは授業料にしてはずいぶんと高くついたものです。
今どきこうした地方公立病院の経営悪化など珍しくもありませんが、さすがにこの件に関してはひと言あってしかるべきと考えている人々がいたようで、さっそくこんな騒ぎになっています。
近江八幡市立総合医療センター:PFI問題 市議ら3人、住民監査請求 /滋賀(2009年1月12日毎日新聞)
◇「20億円損失補償は不当」
近江八幡市立総合医療センターのPFI事業を廃止し、市直営病院に移す前提として、市が同センターを建設して運営する特別目的会社(SPC)に20億円の損失補償金を支払うことになったことで、同市の井上伊織市議(62)ら3人が、20億円の算出根拠が不明で直営方式にした場合の損得を示す合理的な数字がないとして20億円の支払いの中止を求める住民監査請求を市監査委員事務局に提出した。井上市議らは、損失補償金の支払いリミットが3月25日までで、監査請求が受理されなかったり却下された場合は住民訴訟も辞さない言う。冨士谷英正市長は「正式に受理された後、内容をみて判断したい。PFI契約解除については議会で議決されたものであり、請求人の中に議員もいるのは、理解に苦しむ」というコメントを発表した。
まあ直営だろうがPFIだろうがどのみち大きな赤字が出るのは変わらないと思うのですが、最近このPFI方式絡みの話題をとにかくよく聞きます。
誰が運営をやるにせよ肝心の支出過多の原因を何とかしないことには公立病院の経営改善など無理だと思うんですが、少なくとも肝心の医療面にノータッチの近江八幡方式では難しいと思うんですがね。
誰の口車に乗せられたのかは知りませんが、これでうまくいくはずと皮算用していたであろう近江八幡市がどこで道を誤ったのか、こちらの記事が参考になりますでしょうか。
時流超流・トレンド~近江八幡市の病院、開業1年で経営難 PFI優等生、瀬戸際に(2007年11月26日日経ビジネス)
折れてしまった「魔法の杖」
PFI方式とは、民間のお金で公共設備を建設、運営し、自治体などがサービスの対価として長期間にわたってお金を支払う仕組みだ。
民間の知恵を生かすことで、自治体の財政負担軽減とサービスの向上を同時に実現する「魔法の杖」になるはずだった。
しかし、近江八幡市の病院PFIに限れば、魔法の杖は折れてしまったようだ。近江八幡市がPFI方式を導入した経緯は以下の通りだ。旧病院の老朽化により、2001年にPFI方式による病院の移転・新築を決定。病院の建設と維持管理、医療行為を除く周辺業務の運営を民間の事業者に委託し、市が約30年にわたってサービスの対価を払うことを大枠とした。
病院の根幹である医療部分は市が引き続き担うことにした。支出は長期契約で決まっているが、収入は病院の業績次第という、当初から危うい構図ではあった。
(略)
冨士谷市長によると、市が当初考えていた事業の前提が大きく狂ったわけではないという。市はPFI方式の導入後にも病院経営を成り立たせるために、
(1)開業医からの紹介率、
(2)平均入院日数、
(3)入院患者1人当たりの単価――などを一定水準以上にする必要があると考えていたが、「こうした指標は全国でもトップクラスで、ここで誤算が起きているわけではない」というのだ。そうだとすれば、巨額の赤字の原因は、当初の計画そのものにあるということになる。
収入は増えず支出が激増
市が市議会議員に送った説明資料によると、市が2007年度にSPCに支払う金額は年15億4684万円。旧病院時代の2005年度には同じ項目に、6億6631万円しか支払っていなかった。
つまり、9億円近くもコストが増えたことになる。内訳を見ると、建築物の保守管理費用が2564万円から2億289万円に、設備の保守管理の費用が3880万円から1億3343万円に急増。リネンサプライの費用も3221万円から7990万円に膨らんでいる。
旧病院に比べ建物と設備が充実したのだから、費用が増えるのはある意味では当然のことだ。ただ、コスト増に見合う収入の増加がないため、赤字ばかりが膨らむ構図になっている。今後、診療報酬の切り下げ圧力が強まれば、収入はさらに先細る可能性もある。国の医療制度の今後が見通せないにもかかわらず、収入に応じて費用を変動できる仕組みがないことが、市を袋小路に追い込んでいる。
豪華すぎる建物とサービスが病院経営の重荷になっているとの指摘もある。
「約400床というベッド数からすれば、30年の長期事業であることを考慮しても、費用がかかりすぎている」(地域医療に詳しい公認会計士)。約680億円という事業規模が果たして妥当だったのかは、これから慎重に検討されるべきテーマの1つだ。
医療センターは5万6000m2の敷地を持つ5階建ての建物。地元の「八幡瓦」を使った外観は高級旅館のようにも見える。中に足を踏み入れれば、木目調の内壁、カーペット、木々に彩られた屋上庭園など、ホテル並みの内装・設備が目に飛び込んでくる。病院らしくない豪華設備が病気に苦しむ患者に安らぎを与えていることは事実だが、コスト増の原因でもある。
冨士谷市長は今後、SPC側と話し合い、市の負担の軽減につながる契約の見直しを求めていく考えだ。ただ、SPCも約30年の長期契約を前提に金融機関から資金を調達して、サービスの提供会社と契約を結んでいる。市の要望に応えられるかは不透明だ。「これは作られた赤字だ」。
計画を推進した川端五兵衛前市長はこう反論する。市の一般会計からの繰入金が低く抑えられたうえ、PFI事業に否定的な市長の誕生で病院の幹部や従業員の意欲が下がったことが、赤字につながっているというのが前市長の主張だ。「当初は赤字が膨らむのは当然。償却負担が減少するにつれ、徐々に黒字が出るようになるはずだ」と説明する。新旧トップの考え方の違いが、長期計画と密接不可分な病院PFIの現場を混乱させている面もある。長期契約が両刃の剣にも 近江八幡市だけが特殊なのではない。病院PFIでは、高知県と高知市の公立病院が統合してできた「高知医療センター」でも混乱が見られる。前院長がSPC側の関係者から家具や家電製品などを受け取っていたとして、収賄罪で起訴された。経営状況についても、近江八幡市と同様、多額の赤字が問題になっている。
長期契約を特徴とするPFIは当初の計画に甘さがあれば、悪影響が後々まで響いてくる。財政負担を減らすはずのPFIが逆に財政を悪化させるという皮肉な結果を招くこともある。PFIは有効な問題解決策になり得るが、両刃の剣だ。
市庁舎の建て替えなど、建物の単純な建設・維持管理だけのPFIでは成功例が多い。ただ、病院PFIのように仕組みが複雑になれば、失敗のリスクは高まる。全国的に公立病院の経営が苦しくなる中、PFI方式を検討する自治体は今でも多い。そうした自治体が近江八幡市の轍を踏まないと言い切ることはできないだろう。近江八幡市の病院PFIの混迷が示唆するものは、魔法の杖などどこにもないというごく当たり前の現実である。
今どきうまい話などそうそうあるはずないと思うんですが、それでも夢を捨てきれなかったということでしょうか…
どんなとんでもない失敗をしたところで市側当事者は自分の懐が痛む訳でもなしと言うことなのかも知れませんが、幾らなんでも計画自体が杜撰過ぎませんかとは率直な感想です。
ところで公立に限らず病院というところは自治体や医療法人といった非営利団体しか運営してはならないものとされていて、設置にも都道府県の許可が必要になるなど非常に規制の強い経営環境を強いられています。
どうも民間にすれば病院経営というものは無駄が多く幾らでも改善の余地がある(つまり儲ける余地がある)ように見えるらしく、患者ニーズに答えるためにも株式会社に病院をやらせろなんて話にかこつけて参入を計りたい人々が多々あるようです(確かに不景気の恐れが少ない成長産業ですしね)。
無駄が多いと言えば実際その通りではあるんですが、同時に病院と言うところが専門性の高いスタッフ多数によって支えられている施設であって、しかも近ごろでは容易にそれらスタッフの心が折れてしまうという事にも留意しておかなければなりません。
このところ各地の赤字病院でよくあることですが、無駄を削るつもりで必要なゆとりまで削ってしまうとあっという間に現場の志気崩壊が逃散に直結すると言うわけです。
今の時代に病院経営をうまくやっていこうと思ったら、目先の経費削減なんて話よりまず第一に現場の人間の志気を高く維持できなければ結局何をやってもうまくいかないということですね。
もちろん今どきのリスクマネージメントもシビアな民間運営団体がそんなことに気がついていないはずもないでしょうが、それでもこれだけ成績の悪いPFI病院事業に手を挙げるからには、リスクを考慮してもそれだけのうまみがあると判断しているということでしょうか。
確かに公立病院より民間病院の方が経営状況はいいんですが、それは運営母体がどこかというより根本的な問題に由来するものだと思います。
それでもPFI、PFIとまるで錬金術かなにかのように言う声が各地で盛んなのは、誰かそそのかしている業者でもいるのかと勘ぐりたくなってきます。
例えば人工島に作るの作らないのと久しく話題になっている福岡市の新こども病院にしてもPFI方式がいいという話が出ているようですが、未だにPFI導入で劇的に経営が改善した公立病院という話を聞いたことがない気がするのは気のせいでしょうか。
一方で全国初のPFI事業による病院として鳴り物入りで登場した高知医療センターが、経営のプロならぬド素人であることが露呈したオリックスによって全く経営改善の見通しもないまま最高責任者がさっさと逃亡してしまうという醜態をさらしたことは記憶に新しいところです。
ところが風の噂では病院経営は無茶苦茶と言いながら、運営母体のオリックス自体は全く損をしていないらしいんですね。
そうした面から深読みすれば、近江八幡市の件も悪く考えれば運営権を転がしだけで業者に莫大な金が動いたわけで、その金が回り回ってどこに流れていったのかなんて邪推も働くわけです。
今回の契約解除が経営的に正しいのか間違っているのかはまだ判りませんが、大きな額の公費を支出するのですからもう少しきちんとしたことをやってもらわないと納税者も浮かばれないのではないでしょうか。
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