2012.10.10
人事の説得技術
最近話題になった、私はこうして退職を強要された/NECリストラ 面談一問一答メモ という記事を読んで、ネットでいろいろ教えていただいたことのまとめ。
独特の言葉遣いについて
記事中では、NECからの退職を拒否した「男性」が、11回も繰り返される面談を通じて、「上司」から退職を要請される。
上司が執拗に繰り返す「今の職場で今のまま業務を続けてもらうのは難しい」という文言は、読んでいて息が詰まりそうになる。
男性が何を問うても、上司は同じ言葉を繰り返す。記事の後半、激昂した上司が一瞬、普通の言葉で「男性」を叱ってみせるけれど、すぐにまた「今の職場で今のまま業務を続けてもらうのは難しい」という文言に戻る。上司はたぶん、何かの意図があって同じ言葉を繰り返しているのだけれど、自分には当初、その理由がよく分からなかった。
ある意図を達成するために作られた特別な言葉というものがある。有名なのが「記憶にございません」という文言で、否定を意図した証言を行う際に、「聞いていません」や「知りません」と答えてしまうと、あとから「聞いたはず」「知っていたはず」の証拠をつきつけられた時にあとがなくなってしまう。偽証は大罪で、「聞いていない」「知らない」という答弁は、証拠の有無がはっきりしない状況において、極めてリスクが高くなる。
ところが「記憶にございません」だと、聞いていようが、知っていようが、その人の記憶を検証することはだれにもできないから、どこまでも逃げられる。「記憶にございません」という言葉は、だからこそ大事な場面で多用されて、政治家の人たちは同じ言葉をテープレコーダーみたいにひたすら繰り返す。
「今の職場で今のまま業務を続けてもらうのは難しい」という上司の文言は、「今の職場」「今のまま」と、問題に対する限定を行った上で、「難しい」という、断定を避けた曖昧な単語で言葉を締めくくる。同じ言葉を繰り返すようなこうした状況においては、この文言のどこかに、何か地雷に相当する単語が隠れていたり、余裕があるように思える「上司」の側が、案外もう、絶対に守らなくてはいけない一線がギリギリ背後に迫っていたりする。
自分にはそれが何なのか見当がつかなかったのだけれど、ネットで「本来は「辞める・転属・転勤」の3択を示せと言うのが会社に対する労基の縛りなのでしょう。しかし社内ではこの人を辞めさせる決定しか許されていない」という指摘をいただき、なにか納得できた気がした。
上司の側にはたぶん、「部下が自ら退職を申請する」という選択肢以外に「勝ち」と断じられる状況がない。そうなるともう、上司の側から選択肢を提示せざるを得なくなった時点で、上司に「勝ち」は望めない。問題が大きくなれば選択の幅はどうしても広がるし、そもそも「上司」と「男性」と、議論になってしまえば選択肢の話題を避けられないから、上司の側は同じ言葉をひたすら繰り返すより他にできることがない。
退職の強要という場は、上司の側は圧倒的に有利であるように見えて、上司その人が崩れてしまうと、もうあとがない状況であったのかもしれない。
上司はどうしてタフなのか
記事の後半、不毛な議論を何度も繰り返されて、男性は精神的に追い込まれてしまう。本当にひどいやりかただと読んでいて思うのだけれど、一方で、そうしたひどいやりかたを延々と繰り返しても疲れを見せない「上司」のメンタルは、恐ろしくタフなものにも思えてくる。
もちろん会社を守るためとはいえ、どうして上司がここまで残酷に徹することができるのか、自分には理由が分からなかったのだけれど、「上司もまた、もっと上の誰かから男性の追い込みを命じられている」という指摘をいただき、納得できた。
戦争においては、「撃たねば自分が殺される」という状況においてもなお、相手を狙ってライフルを撃てる兵士は少ないのだという。ところが第一次世界大戦で大きな犠牲者を生んだ軽機関銃は2人組で扱う武器で、軽機関銃の射手は、「自分が撃たねば隣の仲間が殺される」という状況に対峙したから、相手に向かってためらうことなく機関銃を発射することができた。
自らの決断で残酷な決断を行うためにはとんでもないエネルギーがいるけれど、それが「上役の命令」であったり、「仲間のため」であったり、罪悪感を引き受ける存在が別に用意されると、決断に要するエネルギーは少なくて済む。
実際の会社組織では、罪悪感を引き受ける役割は「上司の上司」であったり、あるいは「人事部」という人間でない存在であったり、あるいは「無数の上司達の罪悪感を背負った人事部長が、象徴的にリストラ完了と同じタイミングで退職するケース」もあるのだという。退職した人事部長は復活して、子会社にポストが用意されていたりするのだそうだけれど、罪を引き受け、犠牲となり、復活する、このあたり宗教の考えかたに通じるものがある。
まとめ
- 「上司」は守りに適した言葉遣いを徹底することで、「男性」に交渉の余地を一切与えない
- 「上司」はある種の免罪を受けることで、「男性」に対して有利な立場で膠着した状況を耐えられる
大企業で退職を強要する状況もそうだし、おそらくは刑事尋問もそうなのではないかと妄想するのだけれど、論理ゲームのように頭の回転を競うのではなく、強い側が絶対に勝てるような、ごくシンプルなやりかたをテープレコーダーのように徹底的に繰り返すことで、相手の体力切れを待てるような状況が成り立つ場があるのだと思う。時間切れで勝利を得られるのなら、あえて組み合うよりも、相手の手数に全く付き合わないようなやりかたが、強い側にとってはいちばん確実な方法ではある。
NECの記事は、「男性」が「上司」をどれだけ挑発しようが、論戦を挑もうが、何をやっても「今のままでは難しい」という言葉しか返ってこないのだろうし、「上司」はそうするように命ぜられたり、アドバイスを受けたりしているのだと思う。「男性」の側から、転勤や配置転換をはじめとする他の選択肢を提案されても、「上司」の側は提案に対して「いい」とも「駄目」とも言わずに「難しい」を繰り返すのだろうし、「男性」がそうした態度に怒り、暴力的に振舞ったりすれば、男性の側に不利な証拠だけが積み上がっていく。上司がテープレコーダーに徹しているかぎり、「男性」の側は、上司から失点を奪うことはまずできない。
同じ言葉をひたすら繰り返すことは、やっている「上司」の側だって精神的に相当つらいはずだけれど、罪悪感を引き受ける誰かのためと割りきって腹をくくれば、膠着状態に削られる体力は、「男性」に比べてずっと少なく節約できる。
こうした状況において、立場が強い側は、鮮やかに勝ったり、圧倒的に勝つ必要などなく、そもそも勝ちを奪いに行く必要がない。時間切れで勝てることが見えているのなら、立場の強い側は「強者」としてでなく、単なる壁に徹していればいい。
相手から議論の機会を徹底的に奪うような言葉の選びかた、相手と対峙する「上司」の罪悪感を減らすための考えかたや役割分担、疲労の読みかたや追い込みかた、相手の失点を記録するためのレコーダーの扱いや、逆に相手がレコーダーを準備する前提での態度や話しかたは方法論としてある程度確立していて、そうしたノウハウを講義できるような人事コンサルタントも、きっとどこかで活躍しているんだろう。
人妻の説得技術のタイトルに釣られて来たら人事の説得技術だった。
心が汚れていますねorz
Posted at 2012.10.10 12:24 PM by frint
「男性」側も方法論を知っていれば、それを活用することで守りに徹することが可能だったんでしょうね。例えば以下のように。
・「自分は意欲も覚悟もあるし、問題があったらそこを改善する意思はある。なのでやめる気はない」という言葉遣いを徹底する。
・「家族を守る」という強い目的を抱えることで、精神的な負荷を減らす。
Posted at 2012.10.10 1:49 PM by 匿名
私の代わりにあなた(上司)が辞める方が、会社にとってはいいのでは?
と揺さぶりをかけるのはどうでしょう。
Posted at 2012.10.10 11:04 PM by ななし
無駄を省き続けると結局行き着くのは人間が無駄という事実。人間の終わり。
Posted at 2012.10.10 11:28 PM by xenc