アルコール依存症の治療は、実はけっこう難しい? パートI
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アルコール依存症は、数ある「病的嗜癖・依存症」の中でも最も多く、最も社会に与える影響も大きいこともあって、その治療についても昔からよく研究されてきました。 その結果、わかってきたことは、この問題の治療は実は相当に難しい・・・ということでした。 「お酒なんて、やめるのは簡単だよ。俺なんて何回やめたかわからないよ」という人がいるように、アルコール依存症の治療の難しさは、飲酒という行動を「やめ続ける」ことの難しさなのです。 再発しないことの難しさなのです。 それまでの研究で、 (1)アルコール依存症に対する入院治療は、治療初期に断酒目的入院(detoxification:略して「デトックス」とかいいます )をすること以外は、あまり追加的な効果を望めず、そのあまりの費用対効果の悪さのために、高い入院費を正当化できない。 (2)アルコール依存症の背景として家族要因があることは確かであるが(時に、アルコール依存症の患者本人を依存症にさせている家族のことを「イネイブラー」と呼ぶことがあるくらいに)、家族に対する心理的介入は、家族行動療法 behavioral famiy therapy以外にはほとんど効果を科学的に実証できていない。 (3)長期間かけて行うカウンセリングの効果は、短期間行う動機づけ面接以上のものを十分には示しておらず、費用対効果が疑問である。 (4)嫌酒薬(ジスルフィラム;商品名「ノックビン」、シアナマイド)は、それを服用することでお酒がまずくなり(というより、お酒が飲めない体質になり)理屈的には飲酒行動の予防になるはずなのではあるが、実際にはその効果はかなり疑問。 (5)アルコール依存症も脳内の「報酬回路」が関与しているため、脳内麻薬様物質受容体のブロッカーであるナルトレキソンなどがある程度有効であることが示されているが、日本では認可されていない。(ほかに幾つかの抗てんかん薬の有効性・有用性も示されているが、やはり、日本では「てんかん」以外の使用はできないことになっている。) などのことがわかっていました。 結局、アルコール依存症に対してある程度効果があるかもしれないと思われる心理的介入は、(1)飲酒という問題行動に頼ることがないように、そのような場合に別の対処法(コーピング・スキル)を身につけさせていくような「認知行動療法」、(2)スピリチュアルな生きることの意味を見いだしていくことを促し、AA(断酒会)への参加を強くすすめる「12ステップ療法」、(3)医者から専門的な立場でアルコール依存症についての心理教育を行い、本人の「これじゃまずい、やめなくちゃ」という気持ちを引き出すことを重視し、ほんの数回だけ話し合いを持つ「動機づけ面接」、(4)家族内のより良いコミュニケーションと関わり合いの行動レベルでの改善を重視する「家族行動療法」、くらいしかあがってこなかったのです。 では、これらの心理的介入が、実際にどれだけ有効なのでしょうか? そして、どんなタイプの患者にどんなタイプの治療が合うのでしょうか? というわけで、ずいぶん昔に、米国でProject MATCHという名前の非常に大規模な研究が行われました。 アルコール依存症/アルコール乱用で治療を求めてきた人たちを、ある人はまず入院治療から入って、またある人たちは最初からずっと外来での通院治療という形で、3ヶ月間の心理的介入の治療を行い、その後15ヶ月ちゃんとお酒をやめられているか、問題飲酒・問題行動を再発していないかを追跡調査したのです。 3ヶ月間の心理的介入として行われたのは、(1)認知行動療法(全12回)、(2)12ステップ療法(全12回)、そして(3)動機づけ面接だけ(全3回)、でした。 その結果は・・・なんと、3つのやり方はほとんど臨床的に意味のある差を示しませんでした。「認知行動療法」や「動機づけ面接」ではお酒を控えることを促すものの、完全に断酒することを強く求めないのに対して、「12ステップ療法」は完全な断酒を求めるところがあるため、重症度が低い人たちに限って、完全断酒は「12ステップ療法」が有意にうまくいく傾向がありました。 しかし、重症度が高い人たち、つまり相当なアルコール依存症の人の場合は、その差はなくなってしまい、結果としてほとんどの人にとって、どんな治療を行おうが、その治療効果は「どんぐりの背比べ」だったのです。 つまり、3ヶ月間みっちりと(全12回)治療面接を行う「認知行動療法」や「12ステップ療法」は、たった3回だけ面接を行うただの「動機づけ面接」に比較して、それだけみっちりやったことの意味を示せなかったことになります。 しかし、そうは言ってもProject MATCHの結果が示していたのは、どの治療をやっても、治療前に比較して治療後は、飲酒の頻度も飲酒の量も激減する、ということでもありました。 上図は治療前後での「飲酒頻度(飲まない日の割合)」と「飲んでしまった時の飲酒量」の変化。
どの治療を行っても同じように改善していることがわかる。ただし、本人の自己申告による。 下図は追跡期間のお酒をやめるという行動の生存曲線。
上段は「断酒」について。さずがに「断酒」はハードルが高かろうというので、「連続して大酒を飲んでしまった」というのを本当の「再発」を考えたものが下段。 追跡調査が終わる15ヶ月後には約半数の人が結局「再発」してしまっているが、逆に言うと約半数の人は「生き残っている」ことになる。ただし、飲んだ/飲まないは本人の自己申告による。 ・・・あ、縦軸の説明が間違っていますね。「連日大酒を飲んでしまった人の割合」ではなく、 「連日大酒を飲んでしまうことがなかった人の割合」です。 「なんだ、『どんぐりの背比べ』とは言っても、逆に言うとどれも同じようによく効くということじゃないか」と思うかもしれません。 じゃあ、なぜアルコール依存症の治療は難しいなどと言うのか?と。 ところがProject MATCHのデータをもう少しよく見てみます。 すると、患者たちの中には、この治療に参加すると登録しておきながら、実際には1回も治療面接に出てこなかった人たちもいました。 要するに、本当の意味では「治療」なんて受けていないのです。 ところが、その後の追跡調査では、そうした人たちも、治療前に比較して治療後は(とはいえ、「治療」なんてしていないわけなのですが)、飲酒の頻度も飲酒の量も、やはり激減していたのです。 なんだ?これは?? 考えられるのは2つあります。 一つは追跡調査で患者が「飲んでいません」と言っていたのが嘘だったという可能性。 というのも、アルコール依存症の人たちはひとたび治療が始まって自分の飲酒行動・問題行動に監視の目が向けられると、本当は飲んでいても、本当は問題行動を起こしていても「やっていません」と嘘の報告をすることが多いことが知られているのです。そういわれて見ると、「飲んでいません」というわりには、アルコールを飲むと数値が上がることが知られているγGTという血液検査の結果が治療後でも結構高いです。 もう一つは、いわゆる「ホーソーン効果」というか、追跡調査のために定期的に飲酒行動をチェックされること自体に治療効果(飲酒予防効果)があるという可能性。 毎回のように「お酒飲んでいませんか?」とチェックされるし、そのたびにちょっとした励ましもされちゃうものだから、「じゃあ、お酒飲まないようにしないとな・・・」という気持ちにされ、実際に飲酒行動が抑制されていたのかもしれません。 いずれにしろ、この辺から示唆されるのは、理屈的に効くはずだとされ、アルコール依存症に特化してつくられたはずの「治療法」が、期待されていたほどには特効薬ではなかったのではないか? ということでした。 さらに、確かに患者自身が自己申告する「飲酒の頻度」や「飲酒の量」さらには「飲酒による問題行動」は減っているものの、だからといって「ちゃんと働けた日」がそれほど増えたわけではなく、別の大規模研究でも、身体的健康などの飲酒以外の問題はあまり改善しなかったことも示されているのです。 これは、いったい・・・? 参考書: (1) Project MATCH Research Group. Matching alcoholism treatments to client heterogeneity : Project MATCH posttreatment drinking outcomes. J Stud Alcohol, 1997; 58: 7-29. (2) Cutler RB & Fishbain DF. Are alcoholism treatments effective? the project MATCH data. BMC Public Health, 2005; 5: 75 (3) Miller WR. Are alcoholism tteatments effective? the Project MATCH data : response. BMC Public Health, 2005; 5: 76 (4) LoCastro JS, et al. Alcohol treatment effects on secondary nondrinking outcomes and quality of life : the COMBINE study. J Stud Alcohol Drugs, 2009; 70: 186-196. |