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26年経っても原発事故被害は現在進行形――菅谷昭・松本市長/医師に聞く

東洋経済オンライン 10月9日(火)11時10分配信

26年経っても原発事故被害は現在進行形――菅谷昭・松本市長/医師に聞く
菅谷市長

 1986年に発生したチェルノブイリ原発事故。その後急増した小児の甲状腺がん患者を5年半にわたり、医師としてベラルーシ現地で治療や医療支援に当たったのが、長野県松本市の菅谷昭(すげのや・あきら)市長だ。菅谷市長は今年7月下旬にベラルーシを訪問し、26年経った現地の様子を調査した。

ベラルーシの高汚染地区

 福島第一原発事故から1年半。ベラルーシの現在の状況が、福島の事態改善にどう参考になるのか、菅谷市長に聞いた。

――事故から26年経ったベラルーシの現状はどうでしたか。

 結論から言えば、チェルノブイリの影響は現在進行形ということだ。ベラルーシは政治体制が強権的であるため、行政側は楽観的なことを口にせざるをえない側面もあるが、実際は、改善への見通しはまだ明確になっていない。

 また、低線量被曝による健康への影響に関し、今後も定期的な検査が必要であることは認識の一致を見た。併せて、除染の難しさについても聞いた。ベラルーシの現状を見て、あらためて原発の建設推進には慎重さが必要だということを思い知った。

――住民たちの様子はどうでしたか。

 汚染地区に舞い戻ってきた老夫婦が出ている。政府は居住を禁止しているが、半ば黙認している状況だ。彼らのために1週間に1回、食物などの移動販売車を回しているという。また、不審者たちが住み着かないか、火災などの発生防止などで定期的に監視・管理もやっているようだ。

■除染に過度な期待は禁物

――日本政府は汚染地区の除染に力を入れて、住民の帰還を目指しています。

 政府としてそのような対策を取るのは理解できる。だが、ベラルーシで除染について聞いてみると、「われわれも事故当初、除染は相当やったし、カネもかけたが……」と「結果的には無理」ということを言いたそうだった。除染をしても、森林地帯の木の枝や葉っぱなどで放射線量が戻り、イタチごっこに陥ってしまったようだ。地面を掘り返しても、時の経過とともに放射線量は元に戻るとのことだった。

 現在、汚染地域では除染はやっていないとのこと。これは、日本にもそのまま当てはまるのではないだろうか。もちろん、やらないよりやったほうがいいとは思うが、日本には過度の期待があるように思える。ベラルーシで日本の除染計画について紹介したら、「そのような高汚染地区でなぜ除染をやるのか」という口ぶりだった。

――がれきや汚染土壌の処理は、ベラルーシではどうしているのですか。

 ベラルーシでは高度汚染地区で処分しているという回答だった。日本の状況を話すと、「残念だとは思うが、汚染土壌などは高度汚染地区に置いたほうがいい」という印象だった。

 いずれにせよ、26年経っても住めないという事実がベラルーシに厳然と横たわっている。野田佳彦首相は、原発問題に「毅然として対処する」と言うが、それならば、住民にはたいへん気の毒だが、補償策をはじめ現実的な対応を取ったほうがよいのではないだろうか。

■低濃度汚染地区でも子どもたちの免疫低下が深刻

――日本では放射能の影響において、子どもたちの健康問題にも強い関心があります。

 現地でもそれは変わらない。低濃度汚染地区のモーズリ市を訪れた。ここには今年の春、日本に来て公演してくれた民族舞踊団の子どもたちがおり、再会してきた。また、子どもたちの親にも会った。親たちは「子どもたちの免疫機能が低下している。風邪などひきやすく、また治りにくい」と嘆いていた。「食事など気をつけてはいるのだが……」とは言っていたが。

 また、民族舞踊団の練習も「子どもたちの体力が明らかに落ちており、長時間の練習がしづらくなっている」とのこと。検査で免疫機能が落ちていることがはっきりしている。また、子どもたちは10〜15歳で、事故から10年以上経って生まれた子どもたちだ。それでも、子どもたちの健康にこれほどの影響が出ていることには注意すべきだろう。

 残念ながら、医学的・科学的な因果関係の立証は十分なされていない。しかし、低濃度汚染地区に住む子どもたちの現状は事実なのだ。

 ベラルーシ・ゴメリ州の保健局長と会った際、「小児甲状腺がんは事故の影響であることは明らか。それ以外は、日本の専門家も言っているようだが、感情的な問題(psyco-emotional effect)によるものだ」と言った。保健局長は国の官僚であり、現在のベラルーシのような政治体制ではそう言わざるをえないのだろう。

 そこで、私は「精神・感情的な影響と言われたが、小児の免疫機能が落ちているときに、はたしてそう断言できるのか」と問い返した。すると、この保健局長はもともと医師だったようだ。「医師として話すのであれば、免疫機能が落ちていることは単に感情的な問題ではない。医学的に調べる必要があり、今後、長期的に見ていかなくてはならない」と言ったほどだ。

――福島の女性たちなど、妊娠・出産に放射能の影響がないか非常に悩んでいる人も多いようです。ベラルーシ女性の出産状況などご存じでしょうか。

 ベラルーシでは現在、妊娠期間中の出産前の検診が厳格なものになっている。異常が見つかった場合、中絶を強く勧められることがある。もちろん、産みたい人は産んでもいいのだが、その後のケアが国の保障体制を含め、かなり難しい。

 だが、現地の産科医は「産む人が増えて困っている」と言っている。中絶を勧めても、また経済的な問題があっても産むという人が多いという。

 福島で甲状腺がんが見つかったというが、「原発事故とは関係がない」と福島県立医科大学の先生が言っていた。というのも、「チェルノブイリ原発事故では、4年目以降に患者が出てきた。1年半という早い時期に出ることはない」ため、とのことだ。

 確かにチェルノブイリ原発事故では4年後に甲状腺がんの患者が急増したが、事故から4年目まででも、わずかだが発生し始めている。急に増えたのが4年後ということなのだ。

 長期的な立場から子どものことを考えると、たいへん気の毒だが、一時的に避難して、汚染のない地域で生活し、本来の居住地域が除染により改善したら戻ることが大事という、福ストロンチウムによる被曝解明をめざし、歯科医師が子どもの乳歯提供を呼びかけ島原発事故後からの私の考えは変わっていない。

――現地の医師は、日本の状況をどう見ているようですか。

 首都ミンスクにある国立医学アカデミーも訪問した。ここは医師育成機関であり、そのトップに、かつて私がベラルーシで医療支援活動を続けていたときの仲間だったユーリー・デミチク医師が就任していた。

 デミチク教授は、「原発事故による子どもの健康問題について、たくさんの日本人がここに来た。でも、この問題についてこうしたらいい、ああしたらいいとベラルーシで言ってくれたのは日本の医学者だ。なぜその問題をベラルーシまで聞きに来るのか」と、痛烈な皮肉で私を出迎えてくれた。現在ベラルーシで行われている、甲状腺がんに関する年2回の検査体制を敷くといったことは、かつて日本人医師らが指導したことだったようだ。

 そのデミチク教授は、「チェルノブイリ原発事故は甲状腺がんの発症に影響があったが、ほかの健康障害にも関係がないとは言えない」とのことだった。彼は、日本と連携して「調査・研究の体制を考えていこう」と言ってくれた。この問題は長期にわたる。福島の25年後の状況を考えると、この提案は有意義なものだろう。

(聞き手:福田恵介 撮影:今井康一〈上の写真は11年4月時点〉 =東洋経済オンライン)

最終更新:10月9日(火)11時10分

東洋経済オンライン

 

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