トップページWEB特集

WEB特集 記事一覧

  • 読み込み中

RSS

WEB特集

ノーベル賞取材の舞台裏は

10月8日 11時10分

近堂靖洋統括

今月8日からノーベル賞が発表されます。
8日が医学・生理学賞。
9日が物理学賞。
10日が化学賞。
12日が平和賞。
15日が経済学賞です。
文学賞の発表日は、まだ明らかにされていませんが、過去のケースでは11日に発表される見通しです。
今年は、日本人の受賞があるのでしょうか。ノーベル賞の取材班を率いる科学文化部の近堂靖洋統括が解説します。

困難な選考予想

毎年10月になると、私たちノーベル賞取材班は日に日に気が重くなってきます。
「今年のノーベル賞、日本人は誰がとるの?」という難題を聞かれるからです。
ノーベル賞を受賞した日本人はアメリカ国籍の南部陽一郎さんを含めてこれまでに18人。
もし、日本人が受賞したら、ビッグニュースとして、大々的に報道することになります。
そのために、事前に有力とみられる候補者をできるだけ多くリストアップして、経歴や業績など膨大な原稿を用意しておかなければなりません。
しかしこうした努力むなしく実際には、リストアップしていない予想外の受賞が少なくないのです。

ニュース画像

「ノーマーク」だった田中耕一さん

中でも忘れられないのは10年前、田中耕一さんが化学賞を受賞した時です。
前年に野依良治さん、その前年に白川英樹さんと化学賞の受賞が続いていて、世界的にもトップレベルにある日本化学界の有力候補者をそれなりに調べているはずでした。
ところが「タナカコウイチ」という発表に、取材班の誰もが「誰だろう」と顔を見あわせ、ニュースセンターは「とにかく調べて原稿書け!」と怒鳴り声が飛び交う大騒ぎになりました。
それもそのはず当時田中さんは、博士号を取っていない若干43歳の企業研究者。
学生時代の専攻は畑違いの電気工学で、海外はもちろん日本の学会でもそれほど注目されてはいませんでした。
田中さん自身も受賞直後、「私はそれほどの仕事をしたわけでないので、受賞したなんてとても信じられない」と戸惑うほどでした。

重視されるのは「最初の発見者は誰か」

なぜノーマークだった田中さんが受賞したのでしょうか。
その理由をひもといていくと、ベールに包まれているノーベル賞選考の一端が垣間見えてきます。
田中さんが研究していたのはタンパク質の分析方法でした。
タンパク質は分析が難しいとされていましたが、当時、レーザー光線を使って分析するドイツ製の最新装置が開発され、世界中で使われるようになっていました。
この装置を開発普及したドイツ人研究者が世界的にも有名で、むしろ有力なノーベル賞候補者とされていました。
ただ、この装置の原理といえるものが昭和62年に田中さんが発表した論文にあったのです。
それは、タンパク質に金属の粉末とグリセリンを混ぜると分析しやすくなるというもので田中さんが、実験中に誤ってグリセリンを混ぜたことで判明した「ひょうたんから駒」とも言える“新発見”でした。
この発見は、当初、さほど注目されなかったということですが、論文発表から15年を経て、ノーベル賞の選考委員会は発展し続けるタンパク質の分析方法の”源流”にあたると高く評価したのです。
ノーベル賞は、アルフレッド・ノーベルの遺言から人類のために最大の貢献をもたらした人に贈られ、医学・生理学、物理学、化学の3賞については「最も重要な発見」をした者に与えられるとされています。
田中さんの受賞が物語るのは選考では「最初の発見」に重きを置いていることです。
これまで何人かの選考委員が「最初が誰かを突き止めるのに精力をつかっている」とか「本当のパイオニアは誰かを精査するのが仕事だ」と発言しています。

ニュース画像

選考はどんな仕組み?

では、ノーベル賞の選考はどのような仕組みになっているのでしょうか。
自然科学3賞では、選考は1年がかりで前年の9月に始まります。
各賞の選考委員会が世界中の研究者や過去のノーベル賞受賞者に推薦を依頼します。
1つの賞につき数千通の推薦状を発送すると言われています。
締め切りは1月頃で戻ってくる推薦状は数百程度。
ここで推薦されていないとその年の候補者にはなれないとみられています。
ここから選考委員会がさまざまな調査や協議を重ねて徐々に絞り込んでいきます。
最終段階で数人に絞り込んだ候補者を10月初旬、投票によって1組3人以内という受賞者を決定するとされています。

ニュース画像

増えるか日本人受賞者

こうしてみてくるとやはりノーベル賞は質、量ともに大変な競争だとわかります。
日本は11年前、「50年間でノーベル賞受賞者30人」という目標を掲げていますが、受賞者を増やすのは並大抵のことではありません。
こうしたなか、おととし、鈴木章さん根岸英一さんの2人がノーベル化学賞を受賞した際に、大学あげての戦略があったことが注目されました。
2種類の有機物を結合させる新しい化学反応の手法を開発した2人は、すでにノーベル賞に値する十分な業績がありました。
ただ、他にも優れた研究があるなかで受賞に至るために鈴木さんの母校の北海道大学は2人の研究を積極的に海外にアピールしたのです。
受賞の5年前から欧米各国でシンポジウムを開き、研究成果を発表し、受賞の2年前にスウェーデンで開いたシンポジウムにはノーベル賞の選考に携わったストックホルム大学の教授も参加していました。
この教授はNHKの取材に「シンポジウムで意見交換することは日本の化学を効果的に発信する方法です」と語っています。
もちろんノーベル賞は、いかなる政府、団体からも影響を受けないと公言し、その選考は公平、厳密なものですが、優れた日本の研究については海外に、より深くより広く知ってもらうという戦略も必要なのかも知れません。

ニュース画像

ことしは誰が?

さて、ことしは日本人の誰が受賞するのでしょうか?
他の有力な賞の受賞歴や論文の引用数などから具体的な名前を挙げて予想する報道もあります。
しかし、ノーベル賞の選考は徹底した秘密に包まれ、実のところ誰が候補者になっているのかさえわからないのです。
ことしも私たちは年々厚くなるばかりの有力候補者のリストを手にしてドキドキしながら発表の瞬間を待つことになります。
晴れて日本人が受賞したら大いに話題となり、ノーベルの命日の12月10日、授賞式にのぞむことになります。

ニュース画像