[取材・文:森 功(ノンフィクションライター)]
「おい、てめえ、即刻弁護士辞めろ。徹底的に追い詰めて地獄落としてやっからな。てめえの周りの人間も地獄落としてやるから、覚悟しろ、樺島」
こんな猛烈な口調の脅迫電話を再現した告訴状がある。年明け早々の1月5日付、大阪地検宛てに提出されたばかりだ。
告訴人は樺島正法(68)。大阪弁護士会に所属する人権派弁護士の一人だ。人権派弁護士が、なぜこのような脅迫被害に遭ったのか。実は、そのことの起こりが、あの大阪のスター知事、橋下徹(41)とのバトルなのである。
発端は '07年5月27日、関西ローカル放送『たかじんのそこまで言って委員会』(讀賣テレビ)での橋下発言だ。告訴状の〈告訴事実〉には、こうある。
〈(橋下は)光市母子殺害事件の弁護団に対する懲戒請求を呼びかけ、さらに同年8月6日に開かれた「光市母子殺害事件弁護団・緊急集会」をその翌日、「カルト集団の自慰(オナニー)集会」とブログに書き込み、また同年9月6日に「しょうゆのほうからかごに入ってきた」というギャグを捏造して、国民を笑わせて騙した〉(以下、告訴状の原文ママ)
これに怒ったのが樺島たちである。反対に大阪弁護士会へ橋下の懲戒処分を申し立て、昨年9月には本人に弁護士活動の停職2ヵ月という決定が下った。さらに11月、樺島は処分が軽すぎると「除名か退会命令」を求め、日本弁護士連合会に対して異議を申し立てている。
もともと樺島は光市母子殺害事件の弁護団には加わっていない。が、橋下とは縁が深い。司法試験に合格した橋下が、弁護士活動を始めるにあたり、事務所に雇ったのが樺島だ。橋下にとって樺島は、いわゆるイソ弁(居候弁護士)時代の親弁で、師匠格にあたる。かつての教え子の言動を見ていられなかったのか。今やその関係が、こじれにこじれているのだ。
ちなみに「しょうゆのほうからかごに入ってきた」ギャグとは、橋下自身が万引き犯を弁護した際にそう弁明をした、と当該のテレビ番組内で明かしたもの。ことほど左様に刑事弁護はいい加減なものだ、と言いたかったのだろう。が、樺島はそんな弁護活動などありえず、「捏造」だと断じているのである。
一方、橋下の懲戒請求をした樺島らは、さまざまな嫌がらせを受けてきた。その一つが冒頭のような脅迫電話だ。懲戒処分が下った9月以降、執拗に脅しの電話がかかってきたという。
「この問題にかかわるすべてにおいて、橋下知事にかかわるんじゃねえよ」「おめえみたいな、うそとはったりしか言わわねえぼけ老人こそ、懲戒請求されるべきなんだよ」「絶対許さねえからな、樺島・・・」(電話記録より抜粋)
樺島本人が憤る。
「電話の主は関西弁ではなく、べらんめえ調の東京弁。学生のようでもありました。橋下氏には、まるでヒトラー・ユーゲント(ナチス党の青少年団体)のような熱烈な支持者がいます。しかし、弁護士活動を封じようとするこのような卑劣な脅し行為は、絶対に許せません」
昨年11月までで脅迫電話は4度。それについて橋下本人もコメントしている。
〈橋下知事は19日、報道陣に「脅迫はあってはならないこと」と話した。一方で「不平不満があれば、懲戒事由を調査のうえで、弁護士会に懲戒手続きをとってほしい」とも語った〉(11月19日付『朝日新聞』より)
驚いたことに橋下は、「おめえみたいなやつが懲戒請求されるべき」との脅迫犯の言に乗って、そう呼びかけてさえいるのだ。
樺島はこの間、大阪府警に電話の件を通報し、府警の強行犯係による捜査が始まる。樺島法律事務所には、大阪府警の刑事が待機し、脅迫電話に備えた。府警の捜査の渦中にも、毎日のように脅迫電話がかかって来る。
犯人は何度も電話をかけて来るうち、発信元の非通知操作を忘れたのだろうか。間抜けなことに、携帯電話番号が樺島事務所の電話に表示されたこともあったという。そこから足がついたようだ。
それを察知したかのように、脅迫犯の態度が一変する。あれほど高圧的だった「おい、てめえ」口調から一転、「もう二度としませんから、許してください」と泣きを入れるようになる。なぜか、脅迫に関する知事コメントについても、橋下本人になり代わり、こう弁明した。
「橋下知事が先生のことを懲戒請求しろと言ったのは、あれはあくまで一般論でありまして、どうか両者の仲よろしくお願いいたします」
しかし大阪府警の捜査は、順調に進んだ。公衆電話からの架電の逆探知にも成功。捜査員たちが大挙して東京に出張した。ほぼ犯人の目星がついているかのように受け取れるのである。それでも、樺島の腹の虫はおさまらず、苛立ちを隠さない。ついに大阪地検への告訴に踏み切ったのである。
〈大阪府警の係官の方々には、大変御苦労なことではあるが、可急的速やかに犯人を特定し、強制捜査を含む厳重な捜査により、犯行の動機、目的そして、何よりも背後関係を徹底的に捜査して、社会に対して公表して頂くようにお願いするものである〉
告訴状で樺島はこう記したうえで、知事が予算を握っている大阪府警ではなく、大阪地検に告訴した理由を書く。
〈大阪府とは無縁で、権力犯罪を含めて、巨悪を逃さないとされる大阪地検特捜部に、改めて告訴し、大阪府警を指導し、共に事案を解明されたく望むものである〉
証拠資料改ざん事件で検察不信の発端を作った大阪地検にとっては、名誉挽回する絶好のチャンスかもしれない。
(文中敬称略)
現代ビジネスブック 第1弾
田原 総一朗
『Twitterの神々 新聞・テレビの時代は終わった』
(講談社刊、税込み1,575円)
発売中