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真珠の小箱(197) 「村上春樹/領土巡る熱狂「安酒の酔いに似てる」」+茂木健一郎のコメント

2012-09-29 19:52:06 | 別途書き込み

朝日新聞デジタル:村上春樹さん寄稿 領土巡る熱狂「安酒の酔いに似てる」

写真・図版 写真・図版

 作家の村上春樹さん(63)が、東アジアの領土をめぐる問題について、文化交流に影響を及ぼすことを憂慮するエッセーを朝日新聞に寄せた。村上さんは「国境を越えて魂が行き来する道筋」を塞いではならないと書いている。

 日本政府の尖閣諸島国有化で日中の対立が深刻化する中、北京市出版当局は今月17日、日本人作家の作品など日本関係書籍の出版について口頭で規制を指示。北京市内の大手書店で、日本関係書籍が売り場から姿を消す事態になっていた。

 エッセーはまず、この報道に触れ、ショックを感じていると明かす。この20年ほどで、東アジアの文化交流は豊かになっている。そうした文化圏の成熟が、尖閣や竹島をめぐる日中韓のあつれきで破壊されてしまうことを恐れている。

 村上作品の人気は中国、韓国、台湾でも高く、東アジア文化圏の地道な交流を担ってきた当事者の一人。中国と台湾で作品はほぼ全てが訳されており、簡体字と繁体字、両方の版が出ている。特に「ノルウェイの森」の人気が高く、中国では「絶対村上(ばっちりムラカミ)」、台湾では「非常村上(すっごくムラカミ)」という流行語が生まれたほどだ。韓国でもほぼ全作品が翻訳され、大学生を中心に人気が高い。東アジア圏内の若手作家に、広く影響を与えている。(村上さんの寄稿エッセー全文は以下)

     ◇

 尖閣諸島を巡る紛争が過熱化する中、中国の多くの書店から日本人の著者の書籍が姿を消したという報道に接して、一人の日本人著者としてもちろん少なからぬショックを感じている。それが政府主導による組織的排斥なのか、あるいは書店サイドでの自主的な引き揚げなのか、詳細はまだわからない。だからその是非について意見を述べることは、今の段階では差し控えたいと思う。

 この二十年ばかりの、東アジア地域における最も喜ばしい達成のひとつは、そこに固有の「文化圏」が形成されてきたことだ。そのような状況がもたらされた大きな原因として、中国や韓国や台湾のめざましい経済的発展があげられるだろう。各国の経済システムがより強く確立されることにより、文化の等価的交換が可能になり、多くの文化的成果(知的財産)が国境を越えて行き来するようになった。共通のルールが定められ、かつてこの地域で猛威をふるった海賊版も徐々に姿を消し(あるいは数を大幅に減じ)、アドバンス(前渡し金)や印税も多くの場合、正当に支払われるようになった。

 僕自身の経験に基づいて言わせていただければ、「ここに来るまでの道のりは長かったなあ」ということになる。以前の状況はそれほど劣悪だった。どれくらいひどかったか、ここでは具体的事実には触れないが(これ以上問題を紛糾させたくないから)、最近では環境は著しく改善され、この「東アジア文化圏」は豊かな、安定したマーケットとして着実に成熟を遂げつつある。まだいくつかの個別の問題は残されているものの、そのマーケット内では今では、音楽や文学や映画やテレビ番組が、基本的には自由に等価に交換され、多くの数の人々の手に取られ、楽しまれている。これはまことに素晴らしい成果というべきだ。

 たとえば韓国のテレビドラマがヒットしたことで、日本人は韓国の文化に対して以前よりずっと親しみを抱くようになったし、韓国語を学習する人の数も急激に増えた。それと交換的にというか、たとえば僕がアメリカの大学にいるときには、多くの韓国人・中国人留学生がオフィスを訪れてくれたものだ。彼らは驚くほど熱心に僕の本を読んでくれて、我々の間には多くの語り合うべきことがあった。

 このような好ましい状況を出現させるために、長い歳月にわたり多くの人々が心血を注いできた。僕も一人の当事者として、微力ではあるがそれなりに努力を続けてきたし、このような安定した交流が持続すれば、我々と東アジア近隣諸国との間に存在するいくつかの懸案も、時間はかかるかもしれないが、徐々に解決に向かって行くに違いないと期待を抱いていた。文化の交換は「我々はたとえ話す言葉が違っても、基本的には感情や感動を共有しあえる人間同士なのだ」という認識をもたらすことをひとつの重要な目的にしている。それはいわば、国境を越えて魂が行き来する道筋なのだ。

 今回の尖閣諸島問題や、あるいは竹島問題が、そのような地道な達成を大きく破壊してしまうことを、一人のアジアの作家として、また一人の日本人として、僕は恐れる。

 国境線というものが存在する以上、残念ながら(というべきだろう)領土問題は避けて通れないイシューである。しかしそれは実務的に解決可能な案件であるはずだし、また実務的に解決可能な案件でなくてはならないと考えている。領土問題が実務課題であることを超えて、「国民感情」の領域に踏み込んでくると、それは往々にして出口のない、危険な状況を出現させることになる。それは安酒の酔いに似ている。安酒はほんの数杯で人を酔っ払わせ、頭に血を上らせる。人々の声は大きくなり、その行動は粗暴になる。論理は単純化され、自己反復的になる。しかし賑(にぎ)やかに騒いだあと、夜が明けてみれば、あとに残るのはいやな頭痛だけだ。

 そのような安酒を気前よく振る舞い、騒ぎを煽(あお)るタイプの政治家や論客に対して、我々は注意深くならなくてはならない。一九三〇年代にアドルフ・ヒトラーが政権の基礎を固めたのも、第一次大戦によって失われた領土の回復を一貫してその政策の根幹に置いたからだった。それがどのような結果をもたらしたか、我々は知っている。今回の尖閣諸島問題においても、状況がこのように深刻な段階まで推し進められた要因は、両方の側で後日冷静に検証されなくてはならないだろう。政治家や論客は威勢のよい言葉を並べて人々を煽るだけですむが、実際に傷つくのは現場に立たされた個々の人間なのだ。

 僕は『ねじまき鳥クロニクル』という小説の中で、一九三九年に満州国とモンゴルとの間で起こった「ノモンハン戦争」を取り上げたことがある。それは国境線の紛争がもたらした、短いけれど熾烈(しれつ)な戦争だった。日本軍とモンゴル=ソビエト軍との間に激しい戦闘が行われ、双方あわせて二万に近い数の兵士が命を失った。僕は小説を書いたあとでその地を訪れ、薬莢(やっきょう)や遺品がいまだに散らばる茫漠(ぼうばく)たる荒野の真ん中に立ち、「どうしてこんな何もない不毛な一片の土地を巡って、人々が意味もなく殺し合わなくてはならなかったのか?」と、激しい無力感に襲われたものだった。

 最初にも述べたように、中国の書店で日本人著者の書物が引き揚げられたことについて、僕は意見を述べる立場にはない。それはあくまで中国国内の問題である。一人の著者としてきわめて残念には思うが、それについてはどうすることもできない。僕に今ここではっきり言えるのは、そのような中国側の行動に対して、どうか報復的行動をとらないでいただきたいということだけだ。もしそんなことをすれば、それは我々の問題となって、我々自身に跳ね返ってくるだろう。逆に「我々は他国の文化に対し、たとえどのような事情があろうとしかるべき敬意を失うことはない」という静かな姿勢を示すことができれば、それは我々にとって大事な達成となるはずだ。それはまさに安酒の酔いの対極に位置するものとなるだろう。

 安酒の酔いはいつか覚める。しかし魂が行き来する道筋を塞いでしまってはならない。その道筋を作るために、多くの人々が長い歳月をかけ、血の滲(にじ)むような努力を重ねてきたのだ。そしてそれはこれからも、何があろうと維持し続けなくてはならない大事な道筋なのだ。

     ◇

 むらかみ・はるき 1949年生まれ。早稲田大卒。著書に「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」「ノルウェイの森」「アンダーグラウンド」「1Q84」など。レイモンド・チャンドラー「リトル・シスター」など翻訳書も多数。読売文学賞、フランツ・カフカ賞、朝日賞、エルサレム賞など国内外の賞を受賞。

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茂木健一郎

茂木健一郎@kenichiromogi

村上春樹さんが、朝日新聞に寄稿。「領土問題、文化への影響憂う」 bit.ly/Sp27pm


やぶ(1)今朝の朝日新聞一面に村上春樹さんの写真があるからどうしたのだろう、と思ったら、領土問題を巡って朝日新聞に寄稿されたのだという。一面にリード記事があり、三面にエッセイがある。今この時こそ、多くの人に読まれるべき文章だと思う。経緯はわからないが、朝日も良い仕事をした。

やぶ(2)村上さんは、書く。「国境線というものが存在する以上、残念ながら(というべきだろう)領土問題は避けて通れないイシューである。しかしそれは実務的に解決可能な案件であるはずだし、また実務的に解決可能な案件でなくてはならないと考えている。」

やぶ(3)村上さんは、書く。「領土問題が実務課題であることを超えて、「国民感情」の領域に踏み込んでくると、それは往々にして出口のない、危険な状況を出現させることになる。それは安酒の酔いに似ている。安酒はほんの数杯で人を酔っ払わせ、頭に血を上らせる。」

やぶ(4)村上さんは、書く。「人々の声は大きくなり、その行動は粗暴になる。論理は単純化され、自己反復的になる。しかし賑(にぎ)やかに騒いだあと、夜が明けてみれば、あとに残るのはいやな頭痛だけだ。」

やぶ(5)村上さんは、書く。「そのような安酒を気前よく振る舞い、騒ぎを煽るタイプの政治家や論客に対して、我々は注意深くならなくてはならない。一九三〇年代にアドルフ・ヒトラーが政権の基礎を固めたのも、第一次大戦によって失われた領土の回復を一貫してその政策の根幹に置いたからだった。」

やぶ(6)村上さんは、書く。「今回の尖閣諸島問題においても、状況がこのように深刻な段階まで推し進められた要因は、両方の側で後日冷静に検証されなくてはならないだろう。政治家や論客は威勢のよい言葉を並べて人々を煽るだけですむが、実際に傷つくのは現場に立たされた個々の人間なのだ。」

やぶ(7)村上さんは、書く。「安酒の酔いはいつか覚める。しかし魂が行き来する道筋を塞いでしまってはならない。その道筋を作るために、多くの人々が長い歳月をかけ、血の滲むような努力を重ねてきたのだ。そしてそれはこれからも、何があろうと維持し続けなくてはならない大事な道筋なのだ。」

やぶ(8)村上春樹さんは、さらに、エッセイの中で、「ノモンハン戦争」をモチーフとした自作『ねじまき鳥クロニクル』に触れ、現地を訪れて、「どうしてこんな何もない不毛な一片の土地を巡って、人々が意味もなく殺し合わなくてはならなかったのか?」という思いを抱いたと書かれる。

やぶ(9)村上さんの言われるように、国境紛争をめぐる安酒の酔いよりも、地道な文化交流を続けるべきだろう。村上春樹さんの小説が広く読まれることで、どれだけ中国や韓国における日本のイメージが良くなったか。安酒に酔う人がやるのは破壊だけだ。建設は時間がかかるが、私たちの生命に資する。

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尖閣諸島問題 ねじまき鳥クロニクル ノモンハン 第一次大戦 ノルウェイの森 茂木健一郎 レイモンド アンダーグラウンド リトル・シスター フランツ・カフカ賞
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9 コメント

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ありがとう (郁子)
2012-09-29 12:38:11
村上春樹さんの文章、全文転載して下さりありがとう。朝日はネット上でケチ臭い事をやっているので文章が読めませんでした。お陰さまで彼の趣旨がわかり嬉しいです。
やっと読めました (ayumi)
2012-09-29 19:09:27
このサイトでやっと全文読めました。
この問題を憂いていた普通の日本人の感性にすごくぴったりくる文章です。
実務的に解決する? (スカンク)
2012-09-29 22:46:50
実務的に解決できるとコメントされていますが、それは具体的にどのような解決を指すのか全くわかりません。村上春樹さんの小説のように、全ての事象が均一化された世界でコメントされるなら結構ですが、矛盾に満ちたリアルな世界でコメントされるなら、ご自身の考える解決策を具体的に説明していただかないと、ただの綺麗事を述べているだけで、説得力がないように思います。私個人としては村上春樹さんの小説は好きですが、このような社会問題について寄稿されるなら、ご自身の考える領土に対する御考えを明確にして頂きたいと思いました。
安酒に悪酔いしているのは・・・ (NON)
2012-09-30 01:51:08
我が家では、朝日新聞をナンセンスギャグとして楽しむために購読しています。

村上氏の寄稿文を改めて読み返してみました。

氏は、ナショナリズムという安酒に悪酔いすることを戒めていますが、これは日本人に対して言っているように見えて、その実、中国や韓国が既にその状態に陥っているということを暗に皮肉っているようなニュアンスも感じられました。

ちょっと裏読みし過ぎでしょうか?
ありがとう (☆)
2012-09-30 12:59:21
全文掲載感謝です。やっぱり全文でないと、人によっては、村上春樹さんの本当に言いたいことが伝わりづらかったり、文章が短いゆえに意味合いが強くなったりして誤解されてしまったりする部分がどうしてもでてきてしまいますよね(或いは転載者の意図的なものも含め)。
全文を読めて、納得出来ました。本当にありがとうございました。
なるほど (全文を読んで)
2012-10-01 04:42:42
安酒に酔って頭に血が上った中韓の煽りに対して、私達日本人は冷静に粛々と法による対応を行うべき、と言う意味でしたか。
てっきりマーケットを失うのが惜しいと言っているのかと思いました。
読ませていただきました。 (tomo)
2012-10-01 17:15:30
本当に要約される方の意図が入り込む要約でしたね。

肝心のところが抜け落ちていたので、要約文を読まれた人は誤解されるでしょうね。

文化についての立場で発信されており、なるほどと思いました。

ありがとうございました。
安酒の依存症 (HIRO)
2012-10-02 12:15:05
村上氏のいう安酒の酔いの力は、依存症につながりやすいことにも注意するべきだと思います。共産主義が崩壊して、なし崩し的な市場経済の導入に当たって、愛国主義すなわち禁断の安酒に手を出した国は、まるで大日本帝国をお手本にしているように映ります。「鬼畜米英」が「打倒小日本」に。既に依存症に陥っているような…。周辺国は、自衛ももちろん必要ですが、できれば、みんなでなんとか手を差し伸べてあげたい。それが、歴史を学んだものの努めだとも思います。
平和的解決 (ジジ)
2012-10-08 07:08:14
一般の国民はツンボ桟敷に置かれていて、公平な意見を述べるのに必要な情報は十分に与えられていない場合が多い。それならば、むしろ最小限の事実関係だけに注目して自分の意見を構築したほうが、他人のためにも自分のためにもなるのではないかと考える。要するに尖閣諸島や竹島、更に北方領土など、日本を取り巻く外国との領土問題を逆手にとり、狭い地球上での島の取り合いをする代わりに、逆に、双方からアイディアと資金を出し合って島を共有し、例えば、燃料研究所(尖閣諸島)や 文化施設(竹島)を建設し、両国のため世界のために貢献するようにしたらと考えるのだが、如何なものだろうか。

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