〇月〇日
久しぶりに実家に帰った。
慣れない礼服を着て、葬式めいた儀式に参列する。その儀式は、法事だか誰かの何回忌だかは聞かされてはなかったが、とにかく古い寺に行き、参列した。すでに儀式は始まっていて、親戚一同が並ぶ中、僧が読経をあげている。遅れた私はばつがわるく、めだたないように末席についた。
儀式は、妙にしめやかに進んだ。だれも一言もしゃべらず、うつむいている中、僧侶の読経だけが低く響いている。
読経が終わると、僧侶は軽く咳払いをし、一同に向かって「では、本儀の会場へ移動してください」とだけ言った。
誰からともなく皆が席を立ち始め、外へ向かう列ができた。誰も一言も口にしない、厳かな雰囲気だった。
皆は、お堂を出てからいったん道路へと抜け、ある家に入っていく。
その家は、親戚のUさんの玄関口だった。この家の関係者の何回忌かだろうかと思いながら列に続く。
列に混じりながら、私はあることに気づいていた。それをどうしても言いたくなった私は、軽い気持ちで口にしてみた。
「あのぉ…この中に生きてる人と死んでる人が混じっているみたいなんですけど、別々の列になった方がいいんじゃないでしょうか?」
一同が一斉にこちらを見る。
しばらくの沈黙。なにか良くないことを言ってしまったのだろうか?
「ああ、それもそうね」と、仕切り屋のKおばさんがと独り言のようにつぶやくと、列はさっと2つに分かれた。
生きている人は右手に、死んでいる人は左手に。
「それで、あンたはどっちだっけ?」
Kおばさんが私に尋ねる。そうだ…私はどっちだっけ?
私は…私は…
しばらく悩んでいると、左手から女の人が現れた。私には、列から出たというより、左手の植え込みの中から出てきたように思えた。
それは、Mおばさんだった。おばさんといっても、死んだときの年齢なので歳は30くらいだ。
あのときには私はまだ中学生で、記憶の中には、よく遊んでもらったときの楽しいものしかない。
おばさんは、ややうつむき加減で目を閉じ、口を少しだけ開いてしゃべり始めた。
「私は…」
ぼそぼそとした、小さな声だった。
「私は…私は、どうして死んだのか。どうして…どうして…あれからずっとそのことばかり考えてる…」
Mおばさんは、私より若い年齢で病死したのだった。突然の訃報だった。すでに現代では克服されたはずの病気。しかも、そんなに若くて幸せになったばかりなのに死ぬはずはない、誰もがそう楽観的に思っていた…
「どうして…どうして…」
おばさんは、しばらくM繰り言のようにつぶやいた後で、私に問いかけた。
「ねえ、あなたは、どうして生きているかわからないんでしょう?」
唐突な質問に、どう答えていいかわからずに呆然とする。
「だったら…こっちに来なさいよ」
Mおばさんはフィルムをスローモーションにしたような動きで、ゆっくりと手を伸ばしてきた。
「えーと、私は…」
私は、どうして生きているんだろう? 何か理由があるのだろうか?
白い手は、ゆっくりゆっくり伸びてくる。ゆっくり、ゆっくり。
そうだ、私はどうして生きているんだろう?
…わからない。どうしても理由はわからなかった。
私はMおばさんが大好きだった。だから、左の列でもいいんじゃないか…
白い手が私の手をつかむ寸前に、強烈な悪寒が走って、私は思わず大声を上げた。
「わ、私がっ!」
「私が生きているのは、あなたが死んだからです。あなたが死んだことが、私が生きている理由です!」
…自分でも何を言っているかわからなかった。めちゃくちゃだ。とっさの言葉にしてもでたらめすぎる…
ふと、Mおばさんは何かに気づいたような顔になり、その手が止まった。
そして、まるでフィルムの高速逆再生のように茂みの中に入っていくのを私はそれを呆然と見ていた。
どこかで老婆が爆笑する声を聞きながら夢から覚めた。 |