コマンドコマンダー  うっそうとした森の中、目の前に機械の翼を生やした少女が目の前に舞い降りてきた。  黒い長髪の少女の前に立った俺は、何よりもまず先に戦利品の要求を始めた。 「さてと、んじゃ、早速だけどお礼に色々してもらおうかな。まずは」 「では、まず口にグレネードをねじ込みますね」 「え、あれ? 命令が効かない?! あ、止めて! 本当に突っ込まないでアゴ外れちゃう!」  虫けらを見るかのような目で、俺を見下しながら、彼女は俺の口にグレネードをねじ込んできた。 「さて、ではあなたに逆に命令しましょう。これから私の質問に正直に答えてくださいね。じゃないと、どうなるかは分かるでしょ?」  これが彼女との最初にあった最悪な出会いと挨拶だった。 プロローグ「ようこそ。異世界へ。マスター」  スマートフォンの画面から俺はゆっくりと顔を上げた。  部屋から外を見ていると、澄み切った青い空に五羽の鳥が飛んでいる。外から吹いてくるさわやかな春風の気持ちよさに俺は思わず目を閉じた。  ただ、俺の胸中は決して穏やかな物ではなく、今週末発売予定のゲームで踊っている。先ほどまで見ていたのはタクティカルエア新作発売決定のニュースだ。  ついに、あの名作の続編が発売されるんだな! あの戦略シミュレーションの最高傑作が! あぁ、早くプロモーションビデオとアプリのダウンロード終われよ!  平面だけでなく、空間まで再現された戦略シミュレーションは革命だった。プレイヤーは前後左右の指示だけでなく、上下の指示まで行わないといけなくなった。  マップ全体を把握する能力と、味方機の位置取り、そして敵部隊の属性全てを考慮して部隊を動かさなければ簡単にゲームオーバーになる。その高い戦略性が何よりも評価されていた。  俺がどれだけ待ち焦がれていたか! ……あれ? 焦げ臭い? 待ち焦がすとは思ったが、現実的に焦がすようなことはしてないんだけど。  閉じた目をそっと開けると、うっそうと木が茂っている場所に俺は立っていた。テレビやゲームでしか見たことのないジャングルだ。  ここは何処だ? 俺はベッドの上に座っていたはず。何でこんな森の中に?  周りの世界が自室からジャングルに変わってしまったのも驚いたが、足下を見ると腹部を深紅に染めた白髪の男性が倒れていた。そして、その後ろには黒煙を吐きながら所々破損しているスペースシャトルのような物があった。  なにこのSFチックな飛行機? い、いや、そんなことよりもこの人だ! 「だ、大丈夫ですか?!」  脱いだ上着を傷口だと思われる腹部に当ててながら声をかけると、かすかながらも反応があった。 「私をコックピットまで……。救急医療キットがある。私はまだ、ここで倒れる訳には……」  よく分からないけど、この人虫の息だし。とりあえず何とかしないと不味いか! 状況は後で考える! コックピットは、やっぱり先端のあそこか!  男性を近くまで引っ張っていくと、コックピットからの音声が漏れてきたのだろう。女性の声が聞こえ始めた。 「大佐! 応答してください!」  切迫した声だ。爆発音も聞こえるし、もしかして、戦闘中? 「救急医療キットはそこの白い箱だ……。君早くしてくれ……」 「こ、これだな!」  指示された箱を手渡すと、男性は中から注射器を取り出すと自分の腹部に差し込んだ。そして、苦悶に満ちた表情でコックピット座席まで男性は這い寄ると、端末の操作を始めた。 「みんな無事だな……?」 「奇襲部隊は排除しましたが、皆混乱してバラバラです! 大佐指示をください!」 「了解した……。全機……」  大佐と呼ばれた男性は端末で何かを立ち上げようとした所で息絶えたのか、倒れ込んで動かなくなってしまう。 「お、おい。おっさん?!」  し、死んだのか? 一体何がどうなって?! ってこんな時に携帯がうるさいな!  ダウンロードが完了した合図が鳴っている。いつもなら電子音一つで止まるはずが、何故か止まない。仕方なく取り出すと、画面に見慣れない表示が現れ、何かのインストールが始まっていた。 「な、なんだこれ?! 噂のウイルスってやつ? 俺、動画とアプリしかダウンロードしてねぇぞ?!」  一つインストールが終わった途端、また次のアプリがインストールされていく。気付いたら画面がインストール状況の表示だらけだ。  って、そんなことより、今はこのおっさんをどうにかしないと! まだ息があるのなら横にして、止血の続きをしなきゃ!  俺は携帯を端末の上に置いて、医療キットの中身を確認する。見たことの無いような機材ばかりで、何をどうすれば良いのかさっぱり分からない。 「とりあえず、包帯だ!」  しっかり止血をするために傷口を探そうと服を破る。激しい出血があったはずの男性の身体は黒赤い血液で染められていた。その状態で出血位置を探るが、傷口は見当たらない。 「合流して……包囲攻撃を……」 「おっさん! まだ生きてたか!」 「誰でも良い……あの娘達に指示を……。私の……」 「おっさんしっかりしろ!」  指示を? そう言えばさっき聞こえた通信でも、指示をくださいって言ってたような。何かよく分からないけど、ここにいるのは俺だけで、このおっさんの代わりが出来るのは俺だけか。確か、合流して包囲攻撃だったな!  おっさんの言葉を伝えようと、端末に振り向いた瞬間、携帯が喋り出した。 「全プログラムインストール完了。端末の改造に成功。サポートシステム《イヴ》起動。マスター。ようこそモネトラの世界へ」  聞いたことの無い少女の声だった。 第一章「絶対命令権(マスターコマンド)」 「モネトラ?」 「イエス。マスター。ここはモネトラ。マスターの知識レベルで簡単に答えを述べるのなら、異世界です」 「ハハハ。ナイスジョーク」  何を言っているんだろう俺の携帯は。って携帯が喋った?! こんな高度なお喋りアプリ入れた覚えは無いぞ? でも、この状況の説明には一番ピッタリだ。 「ノー。ジョークではありません。時間が無いので簡潔に説明します。マスターにはこれからこの世界のために、戦って頂きます」 「ちょ、え? 俺丸腰ですよ?」 「マスター。説明書が無いのなら、チュートリアルは最後まで聞く物です。今このスマートフォンには戦略用のアプリが多数登録されています。広域戦略マップに敵味方の解析、そして、絶対命令権(マスターコマンド)です。私はマスターをサポートするためのイヴです。以降よろしくおねがいします」  携帯、自称イヴが説明をすると、空中に3Dマップが投影された。長方形の箱形マップに、立方体のマス目の区切り。この表示まさか、戦略シミュレーションゲームのタクティカルエアじゃないか?! 「タクティカルエアみたいだけど……」 「お察しの通り、タクティカルエアです。森林地帯に展開する味方機と敵機を表示します。味方機は二メートル級飛行外骨格AW(アーマードウェア)が一機。ランナーはシャロンです。敵機はライトバグが五機と母艦であるバグコンバです」  三十×三十×二十のマス目の両端に敵味方が表示された。数的にはいきなり不利だ。だけど、これぐらいならゲームで良くあるシチュエーションだ。出撃枠十に対して敵が二十とか三十は当たり前だしな。 「敵、味方のデータは分かるか? それと命中率と回避率とかの数値は?」 「イエス。敵味方の頭上にあるバーが簡易耐久値を表しています。これがゼロになれば撃墜です。また敵機をタップすれば、五秒間の移動範囲、各種武装の最大射程が表示されます。射程内に入れば敵に狙われた味方機の頭上に、敵機からの命中率が表示されます。こちらからの命中率も同様に敵機の頭上に表示されます」 「なるほど。何から何までタクティカルエア仕様って訳か」 「イエス。マスターの知識レベルに適合させた結果です。この世界の因果律を分かりやすいように数値化しています。ただ、ゲームと違って異世界の人間を指示することになりますが、やれますか?」 「味方機は俺の指示ちゃんと聞いてくれるのか?」  携帯に備わった機能については一通り理解出来たが、味方機をしっかり動かせないと、勝てる物も勝てない。オートで動き回る味方機はよっぽどの重要キャラじゃないと、基本的に落ちるのがお約束だ。 「イエス。そのための絶対命令権(マスターコマンド)です。移動指示は画面内で場所を指定して、移動させることが可能です。ただし、事前に音声で指示をした方がランナーにとっては良いと思われます。攻撃指示は射程に入り次第、攻撃アイコンが明るくなります。そちらをタッチしてください。なお、暗い状態でタッチすると敵が射程内に入り次第攻撃を開始する警戒モードに入ります」  ますます持って戦略シミュレーションゲームだ。だが、おかげで分かりやすい。 「なるほど。操作方法は理解した。で、最後に確認なんだけどさ」 「何でしょうかマスター」 「元の世界には帰れるの?」 「イエス。戦闘に勝利すれば、送り返します」  意外とあっさりだな。でも、それなら安心した。さっさと終わらせて、こんな意味の分からない所から帰るんだ!  完全にゲーム感覚で、表示されていた画面と向き合う。この時は、まだタクティカルエアの新作程度の感覚だった。  敵味方のデータを確認する。ライトバグは菱形をした正八面体の形をしている黒い物体だ。いわゆる雑魚敵で耐久値はこちらの攻撃数発で沈められる程度のステータスだ。問題は黒いジンベエザメのような形をしたバグコンバで、耐久値と攻撃力ともに雑魚であるライトバグを頭二つ分くらい抜けている。というか何よりもでかい。縦横高さ全方位に三マス取るってどういうことだよ。最大幅が……三百メートル?! AWは二メートルで圧倒的な体格差だ。  シャロンのデータを表示すると、手足に装甲を付け、背中に四枚の翼がついた白い飛行外骨格に身を包んだ女性が表示された。そして、背中にはこれでもかというぐらいに、重火器が積まれている。足を止めて攻撃する武器としてスナイパーキャノン一丁、移動しながら攻撃可能なガトリング二丁にレーザーライフル二丁。そして、近接戦闘用のアックスハンドガンとミサイルポットが背中のハンガーに積まれていて、まるでハリネズミの背中のようにとげとげしていた。  だが、それよりも俺の目を奪ったのは彼女自身の姿であった。  うわぁ、すごい露出率……。装甲がついていない身体は上半身と下半身が分かれたノースリーブの短い黒タイツで、メリハリのある身体の線が浮き出ているだけでなく、ワキとへそが完全に露出している。さらに、脚部の装甲とスカートの間に輝く白い太ももの絶対領域がこれはまた……。って、見とれている場合じゃなかった! 「味方機の耐久値は三千ばかし、敵さんは雑魚が三千で、ボスが一万か。で、こっちの武器の攻撃力は五百から三千。敵さんは千前後か。移動力はこっちが八マスで敵さん四マスでこっちが圧倒的に高い」  この状況なら、まずはライトバグを撃破してから、ボスのバグコンバを撃破が妥当か。  よし、作戦は決まった。 「シャロン! 指定ポイントへ移動しろ!」 「あなたは誰ですか? 大佐はどうしたのです?」  モニターにシャロンの顔が表示されて、不思議そうにこちらの顔を見ている。恐らくこちらが見えているのだろう。 「おっさんなら気絶中だ。代わりを任された。良いか、これから敵部隊を撃破するために、俺の命令を聞いて貰う!」 「何を言っているんですか?!」 「良く聞いてくれ。数は圧倒的に不利だ。なら、敵を一体一体つり上げて、潰していくのが妥当だ。まずは一番西にいるライトバグからつり出す!」  俺はマップ上に表示されているシャロンを指でタッチし、移動を選択する。高度を上げて、敵機に向けて前進させる。 「身体が勝手に?!」 「大人しく言うことを聞いて貰うぜ。こっちも早く帰りたいからな!」  シャロンを動かしてみたが、敵はまだ一マスも動いていない。敵の視界にはまだ入っていないということだろう。これなら思った以上に簡単に釣れるかも知れない。 「何であなたなんかの命令に!」 「それより、全機。とおっさんが最後に言ってたけど、味方機はどこだ?」 「部隊は皆、奇襲部隊の迎撃で散っています。だからおと……大佐に指示をお願いしていたんです!」  スマートフォンの画面を親と一差し指でつまむと、さらに広域が表示された。確かに味方部隊が四方に散って、それぞれがライトバグと交戦しているようだ。どの地帯もかなりの数で押されている。 「せっかく、敵母艦を発見出来たのに……。大佐を落とされてしまうなんて……」  シャロンが気弱な声で、呟くのが聞こえる。交戦前に士気ダウンは勘弁してくれよ。でも、母艦か。となると、もしかして? 「シャロン。敵母艦を落とせば、ライトバグはどうなる?」 「止まります。だからここに大部隊で追い込んだんですよ。こんな大事な作戦に参加しているのに、そんなことも知らないんですか?」 「よし、なら俺を信じてくれ。お前を今日のエースにしてやる」  更にシャロンを敵に近づけていくと、ライトバグが一機反応し、シャロンに向けて動き出した。  見事に釣れたか。敵射程よりもこっちの方が二マス長い。二発で沈められる威力だし、こっちは引き撃ちに徹していれば、ノーダメージで行ける。 「シャロン。良く聞け。敵のレーザーの射程はお前が持つスナイパーキャノンよりも短い。一瞬足が止まると言ってもその差は絶対だ。俺が命令を出すから信じて動け」 「あなたは一体何を言って」 「敵機射程内! スナイパーキャノンで攻撃するぞ! 命中率は七十パーセント。これなら当たるだろ!」  シャロンをタッチして、攻撃コマンドを選択する。搭載武器の選択肢が現れるスナイパーキャノンをタッチすると、シャロンが攻撃を行った。  火薬が炸裂し、弾丸を発射する轟音が響いた。放たれた弾丸はライトバグの端に当たると、ガラスが砕けたかのように、ライトバグから黒い破片が舞い散った。 「残り耐久値は七百か。攻撃力二千でこれなら。次は攻撃力千五百のレーザーライフルで落とせる」 「さっきから何を言ってるんですか?! 私の身体に何を?!」 「良いから俺の言うことを信じろって。ライトバグが射程内に入る瞬間にレーザーライフル撃ち込む」   武器選択をレーザーライフルに切り替えると、シャロンの射程範囲が縮まった。  相手とこっちの射程はほぼ同じで、こちらの命中率90%ならタイミングの勝負だ。  指を攻撃のボタンの前に置いて、タイミングを待つ。  赤い円にライトバグが重なった瞬間、攻撃のボタンが明るくなり選択可能となった。 「これでまずは一機だ!」  シャロンがライフルを発射すると、ライトバグが爆発し、シグナルが消えた。 「本当に倒せた? 私が……敵を落としたの?」 「後四機も同じ要領で行くぞ」 「りょ、了解!」  だが、そこまで甘くは無かった。  敵が一斉に動き出して、釣り出す所では無くなった。だが、これも想定内だ。相手の攻撃範囲から外れながら遠距離で一方的に攻撃を加えていけば良い。  律儀に殴り合いをしてダメージを受けるには数の不利が大きすぎる。 「武装をスナイパーキャノンに変更。多少当たらないことがあっても気にするな。一方的に攻撃を加えることだけに集中するぞ」 「わ、分かりました」  敵機の射程範囲である赤い円から離れるように、シャロンの進路を指で描いていく。そして、こちらの射程範囲に敵がかすめる度に攻撃ボタンを押していく。 「に、二機目撃破です!」 「その調子だ。残り三機と母艦」  続けて次のライトバグに攻撃をしようとシャロンを動かすと、母艦であるバグコンバから表示されていた射程範囲が急激に変化し、巨大な円柱がシャロンに向かって伸びていた。  命中率は100%?! 「くそっ! マップ兵器かよ!」  急いで、バグコンバのステータスを表示すると、チャージ時間が表示されていた。十秒後に直径三マスの砲撃が発射されると表示されている。体格とまったく同じ範囲攻撃ってことは、三百メートルにわたって影響がある攻撃ってことか。 「シャロン。敵主砲がチャージされてる! 攻撃を中止して、全力で射程範囲から離れるぞ!」 「そんなこと言われても、どっちに行けば良いんですか?!」 「任せとけ」  五秒間で移動距離が八マスなら何とでもなるはずだ。ライトバグがいないほうにシャロンを誘導して! 間に合え! 「きゃぁっ!」  シャロンが短い悲鳴をあげた。モニター越しだったが、敵の主砲は恐ろしい迫力だった。赤と黒が混じり合った光の矢が、白い稲妻をまといながら飛んでいったのだ。  範囲外だったとは言え、さすがの光景にシャロンも驚いたらしい。  敵の攻撃には俺も驚いたが、驚いたのはその光景だけではない。  何と、ライトバグをお構いなしに巻き込んで、主砲が発射されていたのだ。予想していなかったチャンスが舞い降り、勝負をつけにいく。 「シャロン。敵ライトバグ残り一機! 今ので戦意喪失なんてしてないよな?」 「バ、バカにしないでください! やれますよ! 役立たずなんかじゃない所、証明してみます!」  どうやら大丈夫そうだ。ここまで来たら、油断しなければ勝てる。  シャロンに命令を出して、続けて発射される主砲の範囲から抜けながら、最後のライトバグを撃破する。  これで後は母艦のみとなった。マップ兵器を撃ち続けてくれるのなら、移動しながら撃てるレーザーライフルで一方的に攻撃を加えていけば良い。  最後の仕上げに取りかかるため、シャロンをタッチしたその時、イヴからアナウンスが入った。 「マスター。シャロンのレベルがアップしました。技能クイックショットを獲得。発動時に単発攻撃が連続攻撃に変化します。更にボイスコマンド、攻撃予測が解禁されました。敵の攻撃を天才的な閃きをもとに予測することが可能となります。戦闘中に使える回数が限られているので、使い所に気をつけてください」 「あぁ、それもあるのか。ますますタクティカルエアだな。経験値は攻撃すれば増えていくのか?」 「イエス。マスター」  シャロンのステータスを表示するとレベルが二になっていた。レベル一で結構なステージに放り込まれたんだな。ちょっと同情する。道理でスキル一覧が空白だらけな訳だ。 「で、ボイスコマンドの使用方法は?」 「ボイスコマンド使用をタッチし、機能する効果に近い言葉で応援すれば発動します」 「そこは意外と緩いんだな」 「イエス。そういう仕様です。何か問題ありますか?」  少し不機嫌そうな声音がおかしくて、笑ってしまいそうになるが、まだ戦闘中だ。笑うのは後にして,早く終わらせてしまおう。 「シャロン。お前は天才だ。敵の攻撃を全部見切って避けきれるよ」 「なっ、何を言い出すんですか!? バカにしてるんですか?」  焦った声でシャロンが怒鳴り返してきた。一瞬、コマンドに失敗したかと思ったが、シャロンの頭上に表示されている敵からの命中率はゼロになっている。  何か思った以上に分かりづらいが機能はしているらしい。 「良いから。当たらないって自分を信じろって。それがダメなら、当たらないって言っている俺を信じても良いぞ?」 「意味が分かんないですよ!」 「俺はお前を信じてるよ。クイックショットも期待してるぞ」 「な、なんでそれまで知ってるんですか?!」  顔を赤くしながらこちらに抗議してくる。やっぱ初期レベルで覚える技能だけあって、陰で練習していたのだろうか。 「気にするな。バグコンバの上空を通って、相手の裏を取りながら攻撃を加えろ」 「あー、もう! あなたは何なんですか! 了解しました!」  シャロンが目に涙を溜めながら、やけっぱちな返事を返してきた。命中率は未だにゼロパーセントだ。いけるはず!  高度を上げて、相手の上を通るルートを選択する。攻撃範囲にバグコンバが入ると攻撃ボタンがまた明るくなった。でかいだけあってこっちの攻撃は全て命中率100パーセントだ。全弾貰って頂くとしよう! 「スナイパーキャノンで攻撃!」  攻撃ボタンを押した瞬間、追加技能のクイックショットが画面に表示された。迷わずクイックショットを選択すると、シャロンが叫んでいた。 「私だって! 私だってー! 七光りじゃないんだから!」  初撃は両手で構えてしっかり放つと、反動で跳ね上がった分だけ前に身体を傾け、連続でもう一撃を同じ位置に即座にたたき込んだ。  激しい金属音が二度鳴り響き、続けてガラスが砕け散るような音がこだまする。一撃では貫通しなかった敵の装甲が、二発目で貫かれ黒い破片がばらまかれたのだ。 「うっそ、本当に出来た?!」 「喜ぶのはまだ早い! 母艦だけあって攻撃範囲はこっちのスナイパーキャノンに負けてない。こっちもガトリングに切り替えて、相手の背を撃ち込みながら飛び抜けるぞ」 「は、はい!」  敵の攻撃圏内に入ったせいか、背中から発射された何十発もの黒いホーミングミサイルがシャロンを追い始めた。シャロンはスレスレで爆炎煌めく空をくぐり抜けながら、敵の背中にガトリングによる雨を降らせて、装甲を削っていった。 「敵の攻撃が見える?! 本当にこれが私の力?」  敵の耐久値がみるみる減っていくのが分かる。気付けば残り半分を切り始めていた。相手の後ろに回り込み、一方的に攻撃を加え始めるシャロンだったが、俺はボイスコマンドの残り時間が気がかりであった。  切れた瞬間にこの数のミサイルを避け続けられるか? 「ボイスコマンドの再使用は?」 「ポイントが足りません。マスターのレベルが低すぎて、使用可能回数は一度です」 「最初に言えやぁあああ!」 「使用回数に制限があるとは伝えました。ちゃんと確認しないマスターが原因です」  こうなると、三十秒以内に敵を落としきらないと、後はガチンコか。 「ボイスコマンドの効果切れます」  敵の命中率は35%。敵も残り耐久値は二千まで削れているから、何とかなる数値だ。後はスナイパーキャノンに持ち替えさせて、攻撃すれば削り切れる。 「きゃあああ!」  攻撃の選択をしようとした瞬間、爆音と一緒にシャロンの悲鳴が響いた。まさか35%で命中したのかよ?! しかも、運動性低下のステータス異常?! 敵命中率が60%に跳ね上がってるじゃないか!  シャロンの残り耐久値は700にまで減少していた。次貰ったら間違い無く撃墜だ。 「間に合え!」 「こんのぉ!」  俺が攻撃ボタンを選択する前に、爆発の衝撃にシャロンが歯を食いしばりながら、トリガーを引いたのが見えた。  間に合った。これで、ステージクリアだ。そう思って敵の耐久値に注目していると、バーは真っ黒になったのに、消滅しなかった。ステータス画面で詳細を確認すると、耐久値が一残っていたのだ。 「こんなところで妖怪一足りないかよ!」  やられる? 負けたら俺はどうなるんだ? 一生このよく分からない世界に閉じ込められるのか?  待て! 待ってくれ! 俺はまだやりたいこといっぱいあるんだぞ! こんな所で終わってたまるか! 「シャロンのレベルアップ。スイッチショットを獲得。複数武器による連続攻撃が可能です」  即座に指を滑らせて、スイッチショットを押した。何てタイミングだよ。シャロンは何か持ってるな。 「行け! シャロン!」 「負けるもんかあああ!」  反動で跳ね上がったスナイパーキャノンを、そのまま空中に放りだすと、背中の武器ハンガーからレーザーライフルが射出された。シャロンは空中で舞うレーザーライフルを即座に掴むとバグコンバに向かってなぎ払うように、レーザーを照射した。  熱によって赤く変色し溶け出したバグコンバは、ぐねぐねとゆがみだすと、赤い炎となり爆散した。 「撃破確認。広域マップでも敵反応減少を確認。ふー、何とか勝ったか」 「私が落とした? あのバグの母艦を私が?」 「だな。なかなかやるじゃないか。35%で喰らった時はちょっとヒヤっとしたけどな。っと、そうそう、このおっさんを早く助けないとやばいんじゃないか? 場所を送るから迎えに来てくれよ」  一応、息はしているがあそこまでの出血だ。さすがに平気だとは思えない。このおっさんを引き渡せば綺麗に終わって、俺は元の世界に戻れる。 「いやー、リアルタイムのタクティカルエアってこんな感じだろうなぁ。ターン性のが良いけど、リアルタイム性も悪くないかもしれない」  こんなお気楽な気持ちでいられたら、どれだけ良かったことか。   第二章「行ったり来たり、監視されたり?」 「なぁイヴ。というか俺の携帯様よ。もう帰っても良いんじゃないかな?」 「ノー。マスター。それは出来ません」 「何でよ?! 俺勝ったよ? 敵全滅させただろ?」  約束が違う。まさか自分は騙されてしまったのか。ここからずっとこの異世界とやらで暮らし続けることになるのか?! 勘弁してくれよ! 家も何も無いし、どうすりゃ良いっていうんだ! 「あの言葉は嘘だったのか?! 勝てば帰れるってのはどうしたんだよ?」 「ノー。状況的には帰れるのですが、電力が足りません。充電してください。電池が回復次第、帰還用のアプリで帰れます」 「ここ森の中なんだけど」  辺りをいくら見渡してもコンセントは見当たらない。飛行機のコックピット内にもコンセントは見つからなかった。つまり充電方法はなし。 「どうすれば良いんだ?」 「シャロンさん達にお願いしてください。さすがにコンセントの在処を表示するような機能は持っていません。充電器はポケットの中に入っているはずです」  どうやら、モネトラの世界にはもうちょっとお世話になるらしい。まぁ、帰れるのなら、多少こっちの世界を見ていくのも面白いかもしれない。それに、俺がサポートしてピンチを脱せたのだから、友好的にこっちの人も接してくれるはずだ。あ、もしかして俺英雄扱い?  そう思っていたのに……。  空からシャロンが俺の前に降りてきた。飛行外骨格のおかげで、二メートルぐらいの背丈はある。おかげで、こっちは見上げざるを得ないのだが、白い装甲を手足につけただけの露出度の高い格好に、どこを見れば良いのか困ってしまう。 だが、それよりもまずはコンセントと電気の確保だ。それが何よりの戦利品となる。 「さてと、んじゃ、早速だけどお礼に色々してもらおうかな。まずは」 「では、まず口にグレネードをねじ込みますね」 「え、あれ? 命令が効かない?! あ、止めて! 本当に突っ込まないでアゴ外れちゃう! ひゃめれ!」  虫けらを見るかのような目で、俺を見下しながら、シャロンは俺の口にグレネードをねじ込んできた。 「さて、では散々私の身体を好き勝手やってくれたあなたに逆に命令しましょう。これから私の質問に正直に答えてくださいね。じゃないと、どうなるかは分かるでしょ?」  敵を何機も撃墜したスナイパーキャノンが展開されて、俺の口につきつけられた。砲口の方が頭より大きくて、撃たれたらまず間違い無く何も残らない。 「お……。いえ、大佐に何をしたんですか? 目的は地位ですか? 名誉ですか?」  怪我してたから治療した! と言いたいが、グレネードが邪魔ではっきりと声が出せない。フゴフゴと変な声で必死に伝えようとするが伝わる気配がない。 「あぁ、失礼。グレネードが邪魔で喋れないのですね。グレネードを吹き飛ばせば、喋れるようになりますね」  引き金に指がかかるのが見えて、背筋が凍った。俺が一体何をした?! 俺が助けたんだぞ? 命の恩人へのお礼がグレネードと銃弾って、おかしいでしょ! 「う、私は一体……? バグはどうなった?」  奇跡的なタイミングでおっさんが起きた。おっさん! 俺を助けられるのはおっさんだけだ! 頼む俺を助けてくれ! それで命の恩返しはお互いチャラにしようぜ! 「大佐。ご無事でしたか! 今不審人物を確保したのですが、大佐はこいつに襲撃されたのでしょうか?」  大佐は目を鋭くしながら、こちらをにらみ付けてきている。いやいや、おっさんマジで勘弁してくださいよ? 救急キットは俺が運んだんだぞ? 「君は先ほど私を助けてくれた男か。シャロ、彼は私の命の恩人だ。手を離してあげなさい」 「了解です」  全く悪びれた様子も無く、冷たい視線のままシャロンはスナイパーキャノンを折りたたんでしまうと、口からグレネードを外してくれた。 「助かった……。おっさんありがとう」 「いや、こちらこそ君のおかげで命を救われた。シャロ、バグはどうなった?」 「……私が敵母艦バグコンバを撃破しました」  特に胸をはって威張ることもなく、淡々とシャロンが撃墜の報告をした。  大佐は信じられないような顔をして、俺の顔を見つめてきた。確かにシャロン一人で撃破したんだけど、そんな驚くようなことかな? レベルは確かに一だったけど、ちゃんと動けてたぞ。 「君、本当かね? 本当に我が軍が勝利したのか?」 「母艦をシャロンが落としたら、一気に敵反応が消えたな。味方機反応は割と残ってたし、勝ったんじゃないのか」 「本当に一人で倒したのかね? 君が何かしたのではないか?」 「命令を出したくらいで、別に何もしてないですよ」  謙遜という訳ではない。事実をそのまま話しただけだ。彼女が動いてくれなければ俺は何も出来ていない。それに手柄を奪ったら、後でどうなるか分かったもんじゃない。相手は勘違いでグレネードねじ込んでくる奴だ。そんなことをしてみろ。今度は何をねじ込まれるか分かったものじゃない。 「シャロンのおかげです。褒めるのならシャロンに言ってください。シャロンありがとうな。シャロンの動きが良くて勝てたよ」 「え?」  俺の感謝の言葉にシャロンはぽかんと口を開けると、突然頭を振って咳払いをした。 「あ、あなたの指揮も、今思えば、悪くなかったですよ。身体を勝手に動かされるのはむかつきましたけど」  早口で罵倒だか、お礼だか分からない言葉を返されてしまった。  感謝されてる気がしない……。はぁ、まぁ考えてみれば、見ず知らずの奴に、あれこれ命令されたり、勝手に身体を動かされていた訳だしな。多少は我慢しよう。 「帰りの飛行機の中で詳しく聞かせて貰おうか。君の名は?」 「木下浩太です」 「ロイだ。長い付き合いになると良いな」  差しのばされた手を握って握手をする。年期の入った硬い手だ。だが、何となく目が笑っていない気がする。俺が描いた友好的なイメージの欠片も感じられない。 「シャロ。君も挨拶をしておきたまえ」 「シャロンです。何故か知られてたけど一応」  そっぽを向かれながら、名前をぶっきらぼうに伝えられた。当分機嫌は良くなりそうにない。一体俺が何をしたと言うのだろうか。 「よろしくシャロン」 「ふん。変なことしようとしたら、吹っ飛ばしてやるんだから」  ロイのこちらをにらみ付けてくる目つきがより鋭くなった。前言訂正。やっぱ俺早く帰りたい。この二人といるのすごく気まずい! 早く充電させて!  輸送機が到着すると、都市に帰還する旨が伝えられた。よし、都市があるならコンセントがあるはずだ。だが、気まずい地獄は終わることは無かった。  輸送機内でもロイのおっさんの視線がとても痛い! こっちの心の奥底まで覗こうとしている感じがする疑いの眼差しで常に睨んでくる。  でも、視線を外すと、露出度たっぷりなシャロンの体つきがやばい!  どうすることも出来ず視線をフラフラさせていると、ロイがゆっくりと口を開いた。 「で、先ほどから気になっているのだが浩太君。シャロが身体を勝手に動かされた。というのはどういうことだ?」 「えっと、信じられないかも知れないんですが、これです」  ポケットから携帯を取りだし、新しく登録されたアプリ《イヴ》を起動すると、各種機能がオンになった。そこから戦略マップを選択すると、3Dで一帯の地形が表示される。 「これは……ここの地形を完全に再現しているな」 「みたいですね。後は、ここに表示されていたシャロンを指で動かしていたんですよ」  続けて敵の情報が見えたことを話していく。普通なら信じられないような話を、ロイとシャロンは目を丸くしながら、黙って聞いてくれた。 「と、まぁ、こんな感じで状況は全部把握出来たので、何とかなりました。シャロンには無茶させちゃいましたけど、上手く行って良かった」 「なるほど。シャロが一機で敵を撃破したと聞いたときは耳を疑ったが、これなら納得がいった。神の塔からの物か。まさか、こんな分析機を持っていたとは……。こちらは奴らをレーダーで捕捉出来ないというのに」 「意外とあっさり信じるんですね」 「初陣のランナーにここまでの戦果を上げられればな、それにその端末。実物を見てしまった以上信じざるをえんよ。だが、神の加護によって初陣のランナーに世界が守られるというのも、悪くないシナリオか……」  ロイは天を仰いでため息をついた。そして、そのまま目を瞑ると、呼吸音はいつのまにか寝息に変わっていた。大けがをしていたし、その疲れが来たのだろうか。 「これで、終わりでしたからね。疲れが出たのでしょう。ご無礼をお許しください」  シャロンがロイの居眠りを見過ごしてもらえるよう頭を下げて頼み込んできた。逆に気を遣わなくて良いから助かると思い、作り笑いで大丈夫だと伝える。  話すことがなくなってしまった俺達の沈黙で輸送機の駆動音だけが聞こえる。軽い振動と音で眠気が襲ってきたせいで、思わず目を瞑ってしまった。 「やっぱ私才能ないのかなぁ……」  そして、突然ぽつりと聞こえたシャロンの言葉に、ハッとする。急にしおらしくなってどうしたんだ?  それに、才能が無い? 「何の才能?」 「ランナーの才能。訓練の結果は常に最下位だったから。だから、私が戦果をあげたと言っても信じられなかったんだろうなぁ」  シャロンが長いため息を吐く。あぁ、そう言えば、レベル一だったしな。でもレベルが上がるのはメチャクチャ早かった気もするし、このスキルの覚え具合も気になる。 シャロンにカメラを向けると、詳細ステータスが表示された。スキルはさっき覚えたクイックショットとスイッチショットの二種類は変わらない。ん、個人スキル? これは? 「そんな落ち込まなくても良いと思うぞ。言ったろ? シャロンは十分すごいよ」 「って、何聞いてんのよ!」 「痛いっ!」  水が入ったボトルが頭に当たった勢いで、画面を解除してしまう。地味に痛い! 「お前が勝手に一人でしゃべり出したんだろ!」 「う、うるさい! 人の悩みを勝手に聞いてるあんたが悪い!」 「えぇー……」  というか、何でこうも態度が急変してるんだ。ロイのおっさんが寝てるからか? 「ふん」  あぁ、また黙り込んじゃったよ。どうしたもんかなぁ……。そう言えば、あの爆発で耐久力が減っているはずなのに、シャロンが無傷なのはどういう事なんだろう? それにおっさんの怪我も一瞬で治ってたし。 「なぁ、シャロン。身体は大丈夫か?」 「え? あぁ、うん。ちょっと怪我したけど大丈夫。NHC(ナノヒーリングコロイド)の残量には余裕があったから」 「NHC?」 「細胞活性化作用のある機械と薬の間みたいな物よ。大体の傷はあっという間に治るから、みんな怪我はあんま気にしないの」 「うわー、何だかとってもゲームチック……。副作用も無いんだろうな」  ゲームの回復アイテムは使った瞬間回復して、副作用無しだからいくらでも使い放題だもんな。どうやら、この世界の科学技術はかなり進んでいるらしい。 「あるよ。副作用。寿命がちょっと減るの。初めてだったけど、結構痛かったなぁ」  そうだよな。薬なんだから副作用ぐらいあるよな。回復アイテムで傷を治したら寿命が縮むことぐらい。……え?  身体が勝手に動き、気付いたらシャロンの肩を触って傷の確認をしていた。言われてみれば、身体に傷は無かったが、タイツの方は所々やぶれている。 この珠のような美肌に俺は傷をつけさせたというのか?! それも、寿命まで削らせてっ! 「お、おい! マジかよ?! ごめん。俺のせいで……。まさかそんなに大変な薬だなんて知らなかったんだ! それなのにあんなお気楽に敵に突っ込ませちゃって……」 「へ? そんな深刻な顔しなくても、大丈夫だよ。でも、心配してくれてありがとう。って、さりげなく変なところ触るなぁぁぁぁ!」  心配したのにこの仕打ち!   俺は頬を思いっきりはたかれたあげく、蹴り飛ばされた。あ、やっぱ今のむにっとした感触がした場所はダメだったのね……。   壁に頭を打ち付けたせいか意識が段々と薄れていく。シャロンの心配する声が聞こえたような気がして、そこで途絶えた。 ○ 「あぁ、起きた。大丈夫だった?」  目を開けると殺風景な白い部屋にいた。家具も簡単に机と椅子があるだけで、唯一贅沢品と思えるのは、俺が今寝転がっているソファぐらいだ。さっきまで輸送機の中にいたような……。 「何も無いけど、お茶くらい出すよ。さっきはごめんね」  ゆったりとした服装で、濡れた髪の毛をタオルで拭いているシャロンがいた。さっきまで背の高さはよく分からなかったが、百五十センチの半ばと言ったところだ。  シャロンだよな? 何かちょっぴり子供っぽい雰囲気がするのは、さっき俺を吹き飛ばしたシャロンさんとは別のシャロンさんだからだろうか? 「シャロンで良いんだよな?」 「何よ?」 「いや、何か口調もくだけてるし」 「オフの時くらいは普通にため口で話しても良いでしょ? 同い年っぽいしね。私は十七よ。あんたは?」  戦闘中の時から随分と印象が変わってしまったシャロンに戸惑ってしまう。軍人だからか、公私の切り替えが得意なのだろうと、自分を無理矢理納得させる。何せここは異世界なのだから、自分の常識は通用しない。 「オフね。俺も十七だ。ため口の方が気楽で良いか。ところで、コンセント無いか?」  それにどうせ、コンセントさえあれば、この人達ともお別れだ。下手に仲良くなって別れが辛くなっても困る。 「ん? あぁ、ここにあるけど、何で?」 「元の世界に帰るんだよ」  しゃがみこんで充電器を差し込むと、無事に充電マークが表示された。続けてイヴを起動する。今度こそ帰れることを願い、イヴに声をかけた。 「イヴ、もう帰れるか?」 「充電器の接続を確認。可能です。マスター。元の世界へ帰還しますか?」  これで、はい。と答えればこの世界とはおさらばか。ちょっと寂しいけど、仕方ない。俺は異世界の人間なのだから。 「じゃあなシャロン。お前はお前が思っているほど、落ちこぼれじゃないよ。俺が保証しておく。イヴ、俺はこれで帰るよ」 「了解。転送します。画面に触れてください」  画面に触れようと指を近づけていくと、自分の意思以上に指が早く動いた。 ○  目の前が真っ暗だ。まさか転送失敗? いや、そんなまさか。だって、何か甘い良い匂いがするし、濡れている感覚もある。何も無い空間ならこんな感覚は生まれないはずだ。とりあえず、どかしてみよう。  むにっとした何かを掴んだ気がする。むに? うーん、柔らかくて、弾力があって、ちょっと脇に指を動かすと硬い場所があって……。 「きゃあああああ!」  手を頭の方に動かして何が乗っているのか確かめていると、叫び声とともに視界が開けた。  俺の目に映ったのは、顔を真っ赤にしながら、左腕で胸を押さえながら、大きく手を振りかぶったシャロンだった。  あぁ、さようなら元の世界。みんな俺が行方不明になったと騒ぐかなぁ……。せめて、両親にはお別れの一言ぐらい言いたいなぁ。もうタクティカルエアももう出来ないのか。どうなるんだろうなぁ……俺。シルキアの……意外と大きいんだな。 「このスケベエエエエ!」  振り下ろされた拳はグーだった。 ○ 「ごめんなさい」  意識が戻ってきた時、最初にかけられた言葉は謝罪の言葉であった。本日何度目の気絶だ。三回とも全部シャロンが原因じゃないか。目を開ける前に文句が口から出てしまった。 「何度俺を気絶させれば気が済むんだよ……」 「う、うるさい! あんたが変なところ触るからでしょ! というかここ何処なのよ?!」  一体何を言っているのだろうか。俺が帰ろうとしていたところに、シャロンが後ろからのしかかってきて、転移に失敗したからまさかまた別世界に?!  目を開けるとそこには見慣れた木製の天井があった。自分が寝ている場所もいつも寝起きしているベッドの上だ。つまりここは……? 「あ、帰ってこれた。良かった……」 「ちょっと、分かるのなら、ちゃんと説明してよ! 本当にここどこなの?」 「俺が住んでる世界だよ。イヴの言ったとおりちゃんと無事に戻れ……シャロン?!」  シャロンは確か、モネトラの住人のはず。何でこっちの世界に?!  この携帯もしかして、向こうの世界と自由に行き来が出来るようになってるのか? 「まさか、本当に異世界の人だったの? そこは冗談だと思ってたのに」 「今はシャロンが異世界人だけどな……。えっと、一旦帰るかい?」 「そうね……。私もこんな格好だし」  こちらの世界でもイヴが起動するのか、ドキドキしながら携帯の画面を表示すると、普通にアプリのアイコンが表示されていた。試しにタッチしてみると、向こうの世界と全く同じようにイヴが起動した。 「マスター。モネトラに移動しますか?」 「こっちの世界でもちゃんとイヴは機能するんだな」 「イエス。いつでもモネトラには転送可能です。転送ポイントは充電を行った場所をセーブしています」  先ほど自分がいた場所の画像が表示されている。シャロン一人だけで帰れるのかな? 俺だったら多分問題無く動くんだろうけど。 「んじゃ、シャロンここ押して」 「……また会えるんだよね?」 「多分」  イヴの言葉を信じて頷く。簡単に出入りが出来るのなら、遊びに行ってみるのも悪くないかもしれない。シャロンは小さく息をふっと吐くと、緊張した表情で転送ボタンを押した。  緊張のあまり息が止まっているのか、顔が段々と赤くなっている。そして、さすがに辛くなったのか大きく息を吸い込んだ後、肩で息をしていた。 「帰れない……」  涙目になりながら、シャロンがこちらに助けを求めている。シャロン一人では転送されないとなると、やっぱり俺がいかないとダメなのか? 「へ? ちょっと。なに?!」  恥ずかしいけど、仕方ない。多分こうしないと帰れないんだから。  シャロンの手を握って、転送ボタンを押すと視界がまた真っ暗になった。 ○  視界は暗いままだ。だが、分かってる。上にシャロンが乗ってるんだろ? さっきと同じ感覚がするんだ。けど、逆に分かると変に意識が。うぅ、何かドキドキしてきた。 「うーん……。あ、私の家」 「うん、だから早く降りてくれ……」  短く悲鳴をあげながら、シャロンが俺の上から飛び退いてくれた。本日四度目の気絶は回避された。これでぶん殴られたら理不尽ってレベルじゃない。  シャロンは異世界へ行った焦りをおさめるためか、深呼吸を数回していた。一人で落ち着いてもらった方が良さそうだし、早く俺も帰ろう。 「んじゃ、一旦俺は帰るよ。ちゃんと自分の世界に戻って来れたんだから、お互いに良かったな」  シャロンが何か言いかけていたように見えたが、それよりも前に転送モードを起動してしまっていた。  視界が一旦闇に包まれてから、光が戻ると、やはりそこは自分の部屋だった。 「本当に自由に行き来出来るんだな。ん?」 「浩太。次はいつ来るかな……」  シャロンの声が聞こえた。自分の部屋を見渡してもシャロンは見当たらない。確実にモネトラの世界に戻したはずだ。なら一体どこから聞こえたんだ? 「私の事認めてくれた人。初めてだったな……。もうちょっと色々聞いてみたかったんだけど」  シャロンの顔がドアップで携帯の画面に表示されていた。そして、画面の隅にはチームメンバーが接触中と表示されている。まさか、向こうの世界と通話が出来るのか? 恐る恐るマイク部分に口を近づけて声を出してみた。 「シャロン聞こえるか?」 「うひゃぁ?! 浩太?! どこ? 戻ってきたの?!」 「いや、もしかして、そっちに俺の携帯。えっと、端末置いてあるか?」 「う、うん。今、手に持ってるけど、これでお喋り出来てるの? ……もしかして、聞いてた?」  声にドスが効いている気がする。これは聞いていた。と言ったら次会った時にどうなるか分からない。出会った瞬間、気絶させられるのはごめんだ。 「何のことだ? 今喋れることに気付いたんだけど。そっちからこっちの景色は見れるか?」 「ちょっと待って……。これかな? あ、こ……あんたの顔が見えた」  どうやら、カメラと通話機能は同じように機能するらしい。行き来だけじゃなくて、携帯としての機能もバッチリなのか。 「何というかご近所になったな。異世界なのに」 「そ、そうね。あんたがそっちでセクハラしないようしっかり見張っとかないとね!」 「ちょ、ちょっと待て! 俺を変態扱いするな! というか何見張るって?!」 「私の身体をメチャクチャにしたのはあんたでしょ! これ以上犠牲者を出さないように監視するのは当然! 私が軍人だからじゃなくて、女の子だから!」 「戦闘時は直接触れてないだろ! というか、誤解を生むような言い方をするなああ!」  命令が少しも効かない。戦闘時に使えた絶対命令権が全く機能していない。だが、実際に身体に触ってしまったのは確かだ。ここは圧倒的にこちらの分が悪い。そのことについて、突っ込まれる前に、話の流れを変えるのが得策だ。 「ご近所ってことでさ、そっちをもうちょっと見せてくれよ」 「へ?! わ、私の部屋まで見たいの?!」 「興味はあるけど。って違う違う! そっちの町並みが見てみたいんだよ」 「そ、そっか……。なら、ちょっと待ってて。着替えが済んだら呼ぶから。こっちに来てよ」  携帯の向こうに現れた異世界は思った以上にご近所だった。そして、不思議な場所だった。 第三章「モネトラ」  合図があるまで、絶対に来るなと言われた俺は、ダウンロードしたものの、まだ見れていなかったタクティカルエアのPVを見ていた。  今度のタクティカルエアはリアルタイム性。一瞬の判断を下し続け、勝利に導け! 「同じことをまさか異世界でするとは思わなかったよ。でもなぁ、まさか被弾して怪我をすると寿命が縮むとは思ってなかったんだよなぁ……」  シャロンは平気な顔をしていたが、自分のせいでどれだけの時間を奪ってしまったのだろうか。自分が早く帰りたい一心で、接近戦を挑んだのは本当に正しい一手だったのか。  もし、あそこでレベルが上がらずスキルが発動しなかったら?  レベルが上がらなくても、クイックショットを押せてたか? 「ゲームっぽかったけど、ゲームじゃないんだよな」  画面に映っているロボット達は装甲を散らしながら、空中で撃ち合っている。少し前までの自分ならどれだけ心踊っただろうか。 「なぁ、イヴ。ちょっと良いか?」 「イエス。マスター。何でしょうか?」 「耐久値が無くなったらどうなってたんだ?」 「撃墜されます。ランナーの生死は運次第です。生命維持装置であるNHCが機能していれば死亡率は低いですが、破壊されていた場合は大変危険です」  やはり、死の危険があった。俺は危うくシャロンを殺しまうところだった。 「あー、俺の言うことを信じろって言っておいて、殺しかけたんじゃ洒落にならないよなぁ」 「マスター、そう悲観することはありません。あの物量差で、勝利出来ただけで十分な戦果です。評価Sは出しませんが、Aは出します」 「そこもタクティカルエアっぽいな。Sはノーダメージクリアか」  どうすればS評価をとれたか、頭の中で戦闘フィールドと敵の配置を思い出す。やはり最後の選択だな。 「シャロンの能力は十分高かったからな。さすが、努力家スキル持ち。スキル発動率アップと経験値増加率がすごいや。弱気スキルで随分と能力に制限かけられてるけど、これも士気が上がれば解除されるし。もっとうまく勝てたんだよなぁ」  シャロンの詳細データを見ながら次はどうするかを考えてみる。どの距離からでも基本的に戦えるようなスキルが彼女の強味なのだ。 「器用がついているおかげで、武器は一通り使えるってのも強味なんだよな。かわりに熟練度は低いみたいだけど」  きっと、自分にあった武器を探すために全部使ってみたのだろう。その結果かあのハリネズミ状態になったAWだ。 「んで、負けず嫌いか。爆発に巻き込まれながらも、耐えて反撃してたもな。弱気なのに負けず嫌いか。ちゃんとレベルが上がれば本当に強くなりそうだ」  自信さえつけば、本当に優秀な戦力になる。悪く言えば器用貧乏だが、チームのどんな穴でも防いでくれる貴重な万能キャラだ。 「それにしても……」  データに載っているシャロンの顔をじっと見る。どこか上品さがあり、優しそうな雰囲気があふれている。どこかのお嬢様と言われても信じるだろう。 「シャロンのやつ、こんなに可愛いのになぁ」  可愛いのに、出会いはグレネードをくわえさせられ、キャノンをつきつけられた。さらにその後はこっちが多少悪いとは言え、気絶するレベルの打撃を三回も食らっている。  俺が好かれることはないな。残念だけど。  言葉には出さない代わりに、溜め息を思いっきりついた。言葉にしたら余計にむなしくなって溜め息が止まらなかっただろう。 「モテるんだろうな。恋人とかいるのかな?」  俺は向こうからすれば異世界人だし、深く関わったらいけないんだろうけど。  どこまで仲良くなって良いのやら。 「あの……その……もうこっち来ても良いよ」 「携帯からは離れておいてくれよ」  モネトラに戻ると、可愛らしく着飾ったシャロンが待っていた。今回は接触がないので、鉄拳はなかった。かわりに何故かシャロンは嬉しそうに笑っている。良かった機嫌は良さそうだ。 「ムスッとしてるより、笑ってる方が可愛いな」 「なっ、何急に言ってんのよ! と、とにかく、案内してあげるから感謝してよ」  機嫌が良さそうだったのに、何故か急に怒ってしまったシャロンに手を引かれながら、外に連れ出された。  外は異世界だ。地球とどれだけ違うのだろうか? 楽しみにしていた俺の期待は、外に出た瞬間困惑に変わってしまった。 「何だありゃ?!」 「何かあった?」 「いやいや、何で雲が黒い……」  いくら科学技術が進んだ世界だろうと、空の色は青くて雲の色は白いと思っていた。空は確かに青いが、浮かんでいる雲が四角い上に黒いのだ。近未来的な白い建物が並ぶ町並みも、美しく驚くべきなのだろうが、それよりも、空に浮かんでいる黒い沢山の板雲が俺の目を離さなかった。 「やっぱり異世界なんだなぁ……。この世界の雲は黒いのか」 「黒い雲? 雲は白いよ? あ、もしかしてセルフォネのこと?」 「セルフォネ?」 「あの、黒い奴でしょ? あれはセルフォネっていう人工島だよ。今立っているところもセルフォネの上。そっちの世界に行った時、窓から外見えたけど、セルフォネ無いの?」  空に浮かんでいる島は《セルフォネ》というらしい。目をこらして遠くのセルフォネ見てみると、確かに黒い板の上に、建物が建っているように見えた。  そして、今立っている足下を見つめる。ここの上もセルフォネだとシャロンは教えてくれた。ということは、今俺達は空の上にいるのか? 「映画の中でしか見たこと無いな……。一応確認するけど、ここも空の上なのか?」 「へー、ならビックリするかも。どんな顔するかな?」 「へ?」 「黙ってついてくれば分かるよ」  シャロンはそう言うと、足早に市街地に向けて歩き出した。島の間の移動はどうしているのだろうか? ベネチアは町中に運河があって船で移動するって聞いたことあるけど、ここは飛行機か? 飛行外骨格が軍用で使われているのなら、一般用のもあるのだろうか? 「早くこっち来なよー。置いてくよー?」 「あ、待てって!」  道路は綺麗に整備されているが、車は走っていない。道行く人は歩きか、無音で排気を出さないバイクのような二輪車が走っていた。 「なぁ、車は無いのか? みんな歩きか二輪だけだけど」 「車も自転車もお金持ちの趣味だよ。ラインがあれば、移動手段は困らないからね。物資の輸送はさすがに輸送機使ってるけどさ」  ラインという聞き慣れない言葉が出たが、飛行機を使って流通はなりたっているようだ。まだ信じられないが、空に浮かぶ都市ならではという感じがする。 「ラインって何だ?」 「あれだよ」  シャロンが指さした先は、円錐状の建物があった。その先端からうっすらと青い光が出ているように見えた。  シャロンに連れられて建物の中に入った。中は以外とシンプルで、大人五人ぐらいが入れそうな球体が円状に並べられ、中央に黄色く光っている大きな筒がある空間だった。その球体の中にシャロンが一切迷いなく入っていった。 「ほら、ぐずぐずしてないで早く入ってよ」 「な、なぁ、まさかとは思うけど」 「ふふ、大丈夫大丈夫」  イタズラっぽい悪い笑みをシャロンが浮かべている。その雰囲気からは嫌な予感しかしない。本能的に危険を感じるが、一人置いていかれても何も出来ないので、覚悟を決めて中に入る。 「本当に大丈夫なんだろうな?」 「さぁ? 海に向かって真っ逆さまになったりして。あ、私はAWあるから余裕だけどね」 「おぃぃぃぃ?!」  球体から抜け出そうとするが、扉にロックがかけられて開かない。俺の予想が正しければ、この装置は……。  機械が動き出す音がして、ゆっくり動く感覚が伝わってきた。続けてナビゲーターの声が聞こえてくる。 『目的地、セルフォネ25番地区。よろしいですか?』 「お願いします」  移動が止まり球体の天井が開くと、青い空が見えた。これから起きることを予想する限り、酷い目にしか会わない気がする。シャロンはこちらの心境を知ってか知らぬかニヤニヤしながら見つめてきている。 「ちなみにAWがあるって言っても、ちゃんと装備してないから私も飛べないよ?」 「シャロンさん……マジですか?」 「マジです。諦めてね」  そして、無情にもナビゲーターが別れの時を告げた。 『ラインコネクト。25番地区へ行ってらっしゃいませ』  身体がふわっと浮く感覚に包まれた。この感覚フリーフォールに似ている。そして次の瞬間、俺の予想通り身体が宙に放り出された。足下にも何も無い! 「やっぱりかああああ!」 「あはは」  よっぽど俺が慌てふためいているのが面白いのか、シャロンは大声で笑っている  高度が上がっていくにつれ、先ほどまで居た島の全容が見えてきた、ラインと呼ばれていた建物を真ん中に綺麗な正方形をした島だ。そして、その島の周りは白い物が浮かんでいる。普段なら見上げる物が足下にある。 「雲が島の下にある?!」 「よく分かったでしょ? これ全部セルフォネだよ」 「冷静に解説してる場合じゃねえええ!」  落ちたら海に真っ逆さまだ。この高度で落ちたら水とは言え、助かるはずが無い。ここで頼りになる人間は……! 「きゃああああ! ちょっと! あんたなにすんの?!」 「無理無理無理! 助けて!」  情けないことに、俺はシャロンに抱きついていた。頭からつっこんだから、顔に触れてるのが胸かお腹かは分からないけど、もう殴られて気絶した方がマシだ! この顔に感じるぷにっと感がなくなるのは惜しいが、背に腹は代えられない! 「あー、もう! だから、冗談だって! 普通に海には落ちないから安心して」 「へ?」 「だから、ラインは二つのポイントを繋いで、間の重力を制御してるから、この光の外には落ちないよ」  そっと顔をシャロンの胸から離して、周りを見ると確かに光のチューブにいるように見える。さらにいつの間にか、水平移動になっているが、チューブの下に落ちてもいない。動く床の上に乗っているような感覚だ。 「あはは、ごめんね。ちょっとからかい過ぎた。あんたの驚いた顔が見たかったんだけど、やり過ぎちゃった」 「死ぬかと思った……」  ホッとしたら力が抜けると、また顔に柔らかい感触が帰ってきた。あ、さっきもだったけど、これってやばい?! 「本当に死にたいの?」  シャロンの殺気に満ちた低い声が聞こえると、首筋に手が当てられた感覚がした。本日四度目の気絶が目前に迫っている。あぁ、次起きるのはいつになるかな。 「許してください。こんな空の上に放り出されたら、頼りになるのシャロンだけで、下心がある訳じゃないんです」  せめてもの言い訳を言い残し、衝撃に備えてみたが気絶することは無かった。ただ、手はしっかりと首筋に当てられているままだ。シャロンの方が俺より立場が上で、いつでも殺せることをアピールしているのか?! 「ねぇ、本当に頼りになるの?」 「え?」 「だから、私なんかが本当に人の役に立つのかなって」  殺されはしなかったが、急にしおらしくなったシャロンに驚いた。だが、こちらを拘束する手はゆるめていないので、答え次第ではどうなるか分かった物では無い。 「少なくとも、俺はシャロンのおかげで落ち着けたよ。今はこの首に当たってる手のせいで死ぬんじゃ無いかと、身体の芯まで冷え付くほどに冷静だ」 「う、うるさいな! ちゃんと素直に質問に答えないと気絶させるよ?」  首根っこを掴まれたまま、胸から頭を引き離された。だが、ほっとしたのも束の間、右手で握り拳が目の前に準備されていた。  残念ながら、素直に答えるしか道はなさそうだ。こんな空中で気絶なんてしたくない。 「こっちの世界で知っている人間はシャロンとロイのおっさんと、イヴは違うか。でも、俺は出会ったのがシャロンで良かったと思ってる。結構大変な目にお互い会ったけど、シャロンのおかげで無事に帰れたしな」 「そっか。それってランナーとして役立ったって意味?」  シャロンの目は真剣そのもので、心の奥に何か決意めいた物があるのではないかと感じられてしまうほど、真っ直ぐだった。そんな彼女の機嫌を取る訳じゃないが、多少彼女の評価に色をつけてあげてしまう。 「シャロンは色々な武器が使えて器用だよな。結構練習したろ? どの距離からでも戦える大切なポジションだよ。そのおかげで、バグは撃退出来た。後はその自信が無いのをどうにかすれば、もっとな?」 「本当に嘘じゃないんだね?」  何故ここまで疑われるのか分からないが、嘘では無いと一度大きく首を縦に振った。すると、ようやく信じてくれたのか、握り拳をといて、首を掴んでいた手も離してくれた。でも、俺がシャロンと会って良かったと思えるのは、戦闘で役に立ったからだけじゃない。 「良かった。さっきのも嘘じゃなかったんだ……」 「さっきの?」 「何でもない。私はがんばって、もっと強くならないと」  シャロンは何か決意をして、ガッツポーズをとっていた。ランナーとして認められたことが嬉しかったのだろうか? これでちょっとは自信がついてくれると良いんだけどな。 「がんばれよ。シャロンは努力家だから、いつか上達するよ」 「うん、守られるだけじゃなくて、みんなを守れるようになるから、ちゃんと見ててね浩太」 「あれ? てっきり隠してる物だと思ったけど」 「だって、もう浩太にはばれてるんでしょ? 隠しても仕方ないのなら、付き合ってもらわないと損だよ。よろしくね浩太」  シャロンのことがまた一つ分かった。こいつ弱気持ちでも、俺に対して全く遠慮が無い。本当に弱気なのか? バグ表示なんじゃないのか? それとも俺が異世界人だからだろうか。猫や犬、時には地蔵に悩み事をこぼす人がいるように、俺もきっとその類いなのだろう。だけど、一体何にどう付き合えば良いのやら。 「何だか分かんないけど、よろしく」 「あ、そろそろ着きそう。ちゃんと立って、着地の準備しといてね」  体勢を整え、立った状態になるとポケットにしまっていた携帯に着信音が入って震え始めた。シャロンとは会話出来たが、俺が異世界にいる時でもメールや電話が通じるのだろうか? 「へ?」 「どうしたの?」  シャロンが携帯をのぞき込もうとする前に、画面を消した。本人に見られるとお互いにこれは恥ずかしい思いをしてしまう。こんな恐ろしい文面を見せる訳にはいかない。 「何でもない。向こうの世界からちゃんとメールが来るんだなってさ」  シャロンはそれで納得してくれたが、俺はもう一度先ほど現れた通知を見直した。 《シャロンとの信頼度が上昇しました。シャロンに対するボイスコマンドの使用回数が三に増加。コンセントレイトが追加されました》  どうやら、シャロンと仲良くなったおかげで解禁されたらしい。もしかすると、ボイスコマンドについて、一人になった時に再確認してみる必要があるかもしれない。  ラインから出ると、AWを身にまとった人が大勢居た。それぞれが、動きのチェックや訓練だと思われる編隊飛行をおこなっている。雑談している男達に聞き耳を立てると、先ほど介入した戦いについて喋っているようだった。 「おい、聞いたか? 森林地区のバグコンバを撃墜したのがルーキーだって話だぜ?」 「あの天才姉妹か? あいつらなら確かにやれそうだが」 「いや、それがさ。どうやら違うらしいんだよ。でも、今年のルーキーって言ったらもうあいつだけだし、何かの間違いだよな。あの人の娘とは言え、成績はずっと最下位らしいし」  急に歩く速度が上がったシャロンと距離が離れてしまった。俺が遅れていることに気がついてくれたシャロンが、真面目な顔をしてくるっとこちらに振り返る。 「ここが25番地区。ここ一体の警備や土地奪還のための軍事ブロックだよ」  異世界モネトラの案内はとても物騒な所から始まってしまった。 第四章「これが俺の小隊メンバー」 「いきなり物騒な所から案内するなよ」 「しょうがないでしょ。住所不定無職な人にはラインの移動先が限定されちゃうの」 「いやいや、そもそも住所不定どころか、住んでる世界が違うからな?」 「つべこべ言わずに、ほらこっち来る」  どちらにせよ、この世界では登録されてない人間ではある。シャロンの物言いから察するに、この島間をラインで行ったり来たりするには何かしらの認証が必要ということだ。それならば、この先の移動のために、住民登録でもしてくれるのだろう。  ラインの前にあるガラス張りの十階はある建物の中に入った。その中で、通された部屋には見覚えのある人物が大きな机に肘をかけながら座っている。まさか、こんなすぐに会えるなんて。 「え、ロイのおっさん?!」 「あぁ、君のおかげで助かったよ。改めて礼を言おう。ところで、君は我々のセルネットに登録されていないのだが、外国の者かな?」  ロイの表情に笑顔は無い。嘘をついても、簡単に見抜かれそうなほど鋭い目だ。  ロイの放つ雰囲気におされて、正直に異世界です。とも言い辛い雰囲気になってしまう。嘘では無いが、信じてはもらいにくい話だし、どう伝えれば良いのか。  またイヴを使って実際に見せれば良いかと思いついた瞬間、ロイが口を開いた。 「ふむ。異世界からのお客人というのは本当だったか」 「え?! 話しましたっけ?」 「なるほど、その反応。嘘では無さそうだな」  カマかけに見事引っかかったらしい。だが、おかげで話はしやすくなった。ここは素直に話して、早く移動許可を貰おう。携帯を見せながら、ロイに行き来が出来ることを伝える。 「と、こんな感じにどうやら俺だけは自由に行き来が出来るみたいです」 「なるほど。大体の事情は分かった。セルネット登録とラインの許可は私から届け出を出しておこう」 「ありがとうございます」  これで、ようやく自由に行き来が出来るようになる。そして、新たに分かったことは、外国の者という言葉があるのなら、この世界にはいくつかの国があるということだ。移動許可が出るのは、恐らくこの国の中だけなのだろう。 「ところで、君の職業なのだが一つ提案がある」 「提案? 一応高校生なんですけど」 「君がいる世界ではそうなのだろうが、こちらの世界には君が通っている学校は存在しない。そこで、どうだろうか? こちらの世界では軍人として登録させてもらえないか? 人手が決して足りているという訳でも無いのでね」 「ちょ、ちょっと待ってください! 話がよく見えないんですが」  突然過ぎて言っている言葉が理解出来ない。俺に軍人をやれだって? 戦うなんて出来ないぞ。 「君の類い希なる指揮能力をもって、勝利に導いてほしい。本来なら二十人による包囲殲滅をおこなって撃破する予定が、一人のランナーによって勝利したのだ。是非とも君の力を我々に貸して欲しい。前線に立てとは言わない。後方からの指揮だけで良い」  そう言われたものの、俺が勝てたのはイヴのサポートによるインチキに等しい戦い方だった。決して俺の力ではない。答えを渋っていると、ロイが深々と頭を下げてきた。 「頼む。この通りだ」 「私からもお願いします」  続けてシャロンまで深々と頭を下げてくる。 「シャロンまで……。分かりました。どこまでやれるかは分かりませんが、それでも良いなら」  こんな俺でも力になれるのなら、仕方ない。でも、誰を指示すれば良いのだろうか。知らない年上のおっさんとかだと、ちょっとやりづらいよなぁ。 「ありがとう。では、君にはまず小隊長として部下を三名つける。ここにいるシャロン曹長とミーシャ軍曹、ライラ曹長を配属する」  良かった。シャロンがいるなら、まだ気が楽だ。実際に絶対命令権を使われたことがあるのなら、説明もしてくれるだろう。 「コモン国の新しい同胞を歓迎する。自由に散策していくと良い。出来ればこの国が君の第二の故郷になることを祈っているよ」 「では、隊長。引き続き街を案内しますので、参りましょう。大佐失礼します」  シャロンが真面目モードになっているのか、顔は凛々しく、話し方も礼儀正しくなっていた。突然の変化にこっちまで緊張してしまう。  だが、そんな緊張感も部屋を出た瞬間、あっさりと切れた。 「浩太が、隊長かぁ。でも、あの二人と一緒か……ちょっと嫌だな」 「真面目スイッチ切れるの早いな」 「作戦が終わったからオフなの。ほら、今度こそちゃんと町案内してあげるから早く行こ」  足早に歩くシャロンを追いかけて、ラインに乗ると今度は歓楽街があるという七番地区に飛ばされた。 「ラインも慣れたら、景色がよくて良いな。海が綺麗だ」 「でもね。いつか、この浮いている島を全部地上に戻すのが、私達の夢なんだよ」 「初めから浮いてる世界じゃないのか?」 「バグから逃げるために作ったのがこのセルフォネ。地上はもう危なくて住めなくなっちゃった。でも、いつの日か取り返すけどね」  なるほど。人工島はあのバグから人を守るために作られたのか。となると、今日戦っていたのも、土地を取り戻すためだったのだろうか。 「今日戦ってたのも、取り返すため?」 「うん。食糧なんかは植物工場で生産出来るんだけど、さすがに木はスペースが限られてて難しいからね。おかげで高級品だよ」  確かに空の上にいたのでは、資源は得られないだろうから、安全な地上の確保というのは非常に大事なのだろう。 「だから、浩太の部屋行った時びっくりしちゃった。木製の物ばっかりで、どんな高級地区に迷い込んだんだろうって思ったよ」  ただの一軒家が高級住宅か。そんなこと思ったことないのにな。こっちの世界に連れて行ったらきっと、俺がこっちで驚いたみたいに色んなことに驚くんだろうな。 「あ、そろそろ降りるから準備してね」  下を見ると、沢山の人が行き来をしていて、何かを食べていたり、手提げ袋をぶら下げていたりしていた。確かに歓楽街と言っているだけあって、活気がありそうな地区だ。  そんな街並みを楽しもうと、ラインから出た瞬間、銀色の短い髪をした女性が真っ直ぐこちらに向かって走ってきた。  身長は百六十後半辺りで、女性としては背が高い方だが、それよりも目を奪われた部分がある。  でかい! メロンでも詰めてるのか?! 「やっほー。シャロリーン。迎えにきたよん」 「ミーシャ?! 何でこ……苦しい」  メロンにシャロンがはさまれた。羨ましい。ってそうじゃない! 今ミーシャって言ったけど、まさか小隊に所属しているミーシャじゃないよな? 「いや、何かロイ大佐から連絡があって、シャロリンと一緒に新しい小隊長を案内しろって。で! その小隊長さんはどこ?」 「姉さん、シャロンをその胸から離さないと話が進まないです」  同じ銀色だが長髪の小さい女の子まで、やってきた。身長は百五十行くか行かないかだ。姉さんということは、この子の妹か?   その妹の一声によってシャロンが解放された。 「ライラも来てたんだ」 「私も同じ小隊ですから」  まさか、この二人が俺につけられた部下?!   急いで携帯の画面を確認すると、チームメンバーが追加されました。と二人の顔写真付きで報告が出てきた。間違い無く、この姉妹がロイの言っていた小隊メンバーだ。 「この人が新しく隊長になった浩太」  能力を確認する前に、シャロンから紹介されてしまったので、急いで携帯をしまう。するとミーシャが品定めをするかのように、俺をジロジロと上から下までなめるように見回し始めた。 「へぇー。ほぉー。なるほど。ふぅむ」 「え、えっと。浩太です。何かついてます?」 「いんや、そこらへんは大丈夫。思ったより若かったからさ。後は、えいや!」  何された?! 俺が何をした?!  いきなり頭を捕まれたかと思うと、いきなり谷間に突っ込まれた。 「それ男の子にもやるの?!」 「いや、初めてやった。でも、シャロリンのこの反応。意外とこの隊長さん気にしてる?」 「き、気にしてなんかないから! というか、早く離してあげないと苦しそうだから」  首を捕まれて引っ張り起こされると、鬼のような目をしながら、シャロンが睨みつけてきた。  俺何も悪くないですよ? 「まーまー、シャロリンもそんな顔しないでさ。からかっちゃってごめんね。シャロリンが男の子と仲良さそうにいるのなんて、初めて見たからついやっちゃった」 「そうやって、昔からバカにして……」 「でも、久しぶりに良いリアクションだったよ。あぁ、隊長もごめんねー。巻き込んじゃって」  片手を出しながら前屈みで謝られると、また強調されてしまうのだな。ごちそうさまです。良い物見せて貰いました。って、もうこの扱いは隊長としての威厳も何もないな。 「いや、大丈夫。えっと、隊長って呼ばれるのは何か堅苦しいから、呼び捨てで構わないよ。年は十七の若造だし」 「んじゃ、コウ君で良いや。私のことはミーちゃんと呼んでね。十八でお姉さんなので、命令は絶対です!」 「浩太。気にしなくて良いからね。ミーシャは大体適当なことしか言わないから」  とりあえず、ノリが良いということだけは分かった。その悪ノリにシャロンが慣れていて、大体流している事も理解した。 「よろしく。ミーシャ」 「だからミーちゃんだよ。隊長」  そして、どちらかというと自分勝手だということもよく分かった。絶対命令権ちゃんと効くのか?  しかし、ちゃんというのも、恥ずかしい。 「ミィ姉で勘弁してください」 「ミィ姉。良いじゃない。よろしくコウ君」  どうやらお気に召したらしい。この勢いの良さ、俺の命令はちゃんと届くのか凄く心配だ。  ミーシャの勢いに押されて、ライラの紹介がまだだった。  姉と比べるとかなり子供っぽくみえるが、こんな小さな子まで兵士なのか。 「ミーシャの妹のライラです。年は今年で十六になります。浩太さんよろしくお願いします」 「そうなのか。よろしく」  嘘だろ?! 十代前半かと思ったよ。それに姉妹でここまで体型に差が出るとは。山と丘くらいの違いがあるんじゃないか。 「身体的な成長は全て姉に取られましたから」  心が読まれていた。決してバカにしたつもりじゃないのだが、もしかすると、気にしているかも知れないので謝っておく。 「ごめんなさい」 「いえ、いつもの事ですから」  その先の言葉は続かなかった。どうやら、妹のライラは姉のミーシャとは正反対で、大人しい静かな子らしい。  後でみんなが居ない時に、能力を確認しておかないと。さて、この二人はどんなスキル持っているのだろうか? ちょっと不謹慎だけど、楽しみではある。 「んじゃ、コウちゃん。早速遊びに行くよー!」  いきなり、ミーシャに手を握られて引っ張られてしまった。転ばないようについていくと、後ろからライラが静かについてくる。だが、そこにシャロンの姿は無かった。 「シャロン。早く来いよー」 「あ……。うん」  ため息をつきながら、シャロンが追いかけてきた。  どうしたのだろう? 急に顔が暗くなったような気がしたけど。大丈夫か? 何か明るくなれるような話題はないだろうか。 「なぁ、シャロン。ここら辺でおすすめな食べ物って何だ?」 「え?」 「シャロンの好きなので良いからさ。どうせ俺ここの物何も知らないし」  黙り込んで何かを考え始めてしまった。好きな物ならすぐ答えられると思ったけど、逆にありすぎて答えるのが難しかったのだろうか? うーん、女の子って難しいなぁ。 「コウ君はコモン初めてなの? どこ出身?」  異世界です。と説明しても納得するのだろうか。冗談として扱われてスルーされそうな気がする。でも、コモン以外の国名は知らないし、記憶喪失というのも怪しまれるだろう。 「信じられないだろうけど、日本という異世界から来た」 「へー、そうなんだ。コウ君は異世界人かー」 「あっさり納得してくれた?!」  あまりにも意外だった。というか、この世界では、シャロン以外は見せる前に納得しちゃってくれたけど、どうなっているんだ? 意外と良くあることなのか? 「お姉さんですからねー。コウ君のことはお見通しなの」 「姉さんも適当ですけど、隊長も適当な事言う人なんですね。これからあなたの元で動くなんて、絶望感しか感じません」  ライラがぼそっと厳しい言葉を呟いた気がした。適当じゃない! 本当のことだよ! 俺をそんな蔑んだような目で見ないで!  やはり、異世界から来たというのは受け入れがたいことだったようだ。ミーシャが適当なだけらしい。考えてみれば、ロイにはイヴの機能を実際に見せていたから、下地はあったのだ。 「嘘じゃないんだけどなぁ……」 「シャロンさん、こんな隊長で大丈夫なんですか? 普通に考えれば頭のネジが足りない人なんですけど」  ライラに急に声をかけられたシャロンは、よほど考え込んでいたのか、突然の声にハッと顔をあげた。 「ん、あぁ、浩太なら大丈夫だよ。バグを倒せたのも浩太のおかげだったから」  あれ? 自分が落としたとは言わないのか? 「へぇ……。詳しくお話を聞く必要がありそうですね」 「ならエッグタルトを買って、お姉さんのお家でお喋りだー」 ○  本当にミーシャの家に連れて行かれてしまった。  拒否権は無し。強引に引きずり回され、結局町中の散策が出来ずに終わってしまった。色々と楽しそうな所が多かったのになぁ……。シャロンがため息をついている理由もよく分かる。  今は大人しくリビングのイスに座って、お茶の用意が出来るのを待つだけ。ただ、おかげで分かったことがもう一つだけあった。シャロンの家が地味目なだけで、ミーシャの家は色々と小物も置いてあって、生活感にあふれている。この世界の住宅環境は意外と悪く無いのかもしれない。 「それにしても、すごいやつだな……」 「これでも、天才って呼ばれてるんだけどね……。ここの二人には何をやっても勝てたことは無いなぁ……」 「天才ね……」  スキルリストに載っていたらきっと本物だな。でも、とてもこのミーシャが天才だとは信じられない。天才であることを隠すためにワザとあんなフラフラしている感じを出してるとか。まさかね。 「はいはーい。お待たせー。んじゃ、早速だけど、コウ君異世界への行き方を見せて貰っても良いかな?」 「それじゃ、コンセントをお借りしてと」  充電器をコンセントにさして、イヴの転移モードを起動する。転移ボタンを押すと、画面に身体が吸い込まれ、また自室のベッドの上に戻っていた。続けて、通話モードにして、シャロン達に連絡を取る。 「とまぁ、これで信じて貰えたかな?」 「コウ君すごいね。こっちには戻ってこれるの?」 「んじゃ、そっちに行くからちょっと離れててください」  充電器を接続したおかげか、転移先が増えていた。本当に便利な機能がついてしまった。ミーシャの家を選択すると、視界が暗転した後、無事に三人の前に戻っていた。 「おー、すごいすごい。んじゃ、今度はお姉さんも連れて行きなさいよ」 「姉さんが行くなら私も」  シャロンと一緒に行ったときは、すごい体勢になったけど、ミーシャが上に乗ったら、さらにすごいことに……。思わず想像してしまって、顔が赤くなるのを感じる。 「浩太……。今変なこと考えたでしょ?」 「い、いや、考えてない! とりあえず、二人に信じて貰うために、一旦行ってくる!」  ミーシャとライラの手を取って、シャロンの殺気から逃げるように、携帯に飛び込んだ。 ○  視界が明るくなると、何故か俺だけが転けていて、二人は華麗に着地をしたのか床の上に普通に立っていた。 「ねぇ、ライラ。本当に別の世界に飛ばされたみたいだよ。セルフォネが無いし、雲が上にある」 「それにこの家具の材質。木材製の物がここまであるとなると、私達の世界では大富豪ですから。なるほど。認めざるを得ないですね。さて、どう報告するべきでしょうか」  二人は驚くことなく、冷静に分析をしている。その結果、ここが異世界であることを信じてもらえたようだ。これで俺が嘘つきでは無いと言うことが証明出来た。 「んじゃ、早速いっちゃう?」 「いつでもどうぞ姉さん」  こいつら何をするつもりだ? まさか、ベッドの下を発掘調査するつもりか?! 「こっちの世界の探検に行ってきまーす」 「姉さんが無茶しないようフォローします」  いやいや、それは不味い。モネトラの世界では車が走ってないから、こっちの交通事情を考えると非常に危ない。それに、迷子になったら誰が面倒見切れる? 「イヴ! 転送モード起動!」 「了解。転送モード起動」  扉を開けて部屋を出て行こうとする二人の首根っこを掴んだ俺は、頭から携帯の中に倒れ込んだ。 ○ 「重い……」 「もう、コウ君何するのよー……」 「浩太さん。女性に乱暴は犯罪です」  二人が上に乗っかっているせいで、身動きが取れなくなってしまう。そして、残念なことにライラが俺の上で、その上にミーシャだ。いや、でもおかげで変な意識をしなくて良かった。ライラに言ったら怒られそうなので、絶対に口に出さないけど……。 「浩太……」 「シャロンさん……目が怖いです……。探検に出ようとした二人を強引に連れ戻したらこうなっただけなんです……」 「予想通りだよ……もう。ほら、二人とも立った立った」  急に怒りが消えたかと思うと、今度は残念そうにため息をついた。昔からの付き合いらしいので仲が悪いという訳ではなく、いつものことだと呆れているのだろう。 「さてと、でもこれでコウ君が嘘つきのペテン師じゃないことは、よく分かったから良しかなー」 「あんなの見せられたら、さすがに信じざるを得ないですからね」  ライラはともかく、ミーシャにも疑われていたのか。となると、今までのあれは全部演技なのか? でも、雰囲気は変わらないから素の状態で、こっちを試していたのだろう。 「それじゃ、後はもう一つの噂の真相解明に行ってみよー。ずばり、今回のバグコンバを撃破したのはシャロリンとコウ君のおかげ? 質問攻めにあったけど私達じゃないんだよね」 「噂になってたのか。でも、俺は命令を出していただけで、倒したのはシャロンだけどな。シャロンさまさまだ」 「やっぱりそうなのかー。記録とか残ってないの?」  イヴを起動して、コマンドを調べていくと戦闘記録が残っていた。それをタッチして起動すると、3D映像が投影されて、シャロンとバグが動き回る様子が再生されていく。その様子をミーシャとライラはじーっと見ている。 「シャロリンすごいじゃん。私もライトバグなら二十機ほど潰したけど、まさかバグコンバ沈めちゃうなんて」 「二十機か……。ミーシャはやっぱりすごいな。やっぱり今回も無傷だったの?」 「うん、かすってすらない。ライラは十九機だっけ?」 「はい。私も今回は被弾ゼロです。姉さん次いで二位ですね」 「うー……やっぱ二人には敵わないなぁ……。私が落としたの四機だよ」  シャロンの弱気の原因って、もしかすると、もしかして? いや、憶測で言っちゃシャロンに迷惑だよな。ここは確信が持てるまで、聞かない方が良いかもしれない。  ただ、それを確認する方法は今一つある。 「んじゃ、早速小隊で頑張ってみるか? 一応、シミュレーションで戦闘を再現出来るらしいから」  それに、俺の絶対命令権が機能するのか確かめる良い機会だ。戦闘中にしか機能しないらしいが、シミュレーターだとどうなる? 「イヴ。シミュレーター起動」 「イエス。マスター。準備が完了しました。画面に触れてください」  世界を出入りする時と同じ感覚に襲われ、視界が広がると森の上に浮かんでいた。シャロンは見覚えのある白い装甲を身にまとっている。そして、ミーシャは深紅の飛行外骨格を、ライラは群青の飛行外骨格を身にまとっていた。やはり、装甲は手足だけで、服装は露出が高くて目のやり場に困る。 「マスター。小隊メンバーには前回戦闘時の武装を再現しました。データ詳細を確認ください」  ミーシャは近接型で、ライラは中距離型か。  レベルは二人とも十五か、シャロンはまだ三だから結構離されてるな。ボイスコマンドは、攻撃予測と弾道計算? なるほど、射程が上がるのか。個人スキルは……。 「コウ君早くー。退屈ー」 「早くおやつを食べたいのですが、何勝手に始めてるんですか浩太さん?」  あぁ、もうこの姉妹は本当にマイペースだな! そこまで言うのならさっさと終わらせてやるよ。 「イヴ、敵部隊を展開。今日シャロンが戦った編成で良い」 「了解。敵バグ展開しました。スタートボタンを押してください」  遠くに巨大な黒いジンベエザメが見えた。最大ターゲットのバグコンバだ。今回は味方が三機だから、すぐ終わるはず。  俺は画面に表示されたスタートを押すと同時に、皆に合図を出した。 「んじゃ、行くぜ。戦闘開始!」 「絶対命令権の使用制限が解除されました。小隊に命令をマスター」  やはり、戦闘になると使用可能になるらしい。ミーシャもライラも自由に動かせるのなら問題無い。 「みんな俺の言うことを聞いてもらうからな!」 第五章「天才姉妹と落ちこぼれ」 「嫌だよー。逆にお姉さんから隊長に命令しちゃうかも?」 「姉さんが嫌と言っているので、私も聞きません」  いきなり拒否られた。シャロンの時もそうだったけど、何でこうも素直に俺の言うことを聞いてくれない人ばかりがメンバーに入るんだろう。シャロンもこの調子だと、きっと言うこと聞いてくれないだろうし。また無理矢理動かすしかないのか。今度はどんな罵声と暴力が待っているのだろうか。シミュレーターによる訓練だというのに、気が重い。 「浩太。私は準備出来てる。出来れば、私に……ごめん何でも無い」 「え? よ、良かった。シャロンは素直に俺の言うこと聞いてくれるのか」 「これでも、一度浩太と一緒に戦ったからね。あの二人とは違うんだから」  シャロンがとても頼もしく思える。レベルは二人に比べると低いし、弱気スキルの問題もあるが、それでも一度戦闘経験がある分、癖も分かっている。シャロンが二人への説明も手伝ってくれれば、平穏無事に終わるはずだ。  東西に広く分布したライトバグ五機に、母艦のバグコンバ一機。こちらはAW三機で、機動戦を仕掛ければ良い。初戦闘時の作戦を三人でやるだけだ。 「助かる。ついでに、後で一緒に説明を頼むよ。ミーシャとライラは西に移動させる。シャロンは東に移動して、ライトバグを釣るぞ」 「あれ? あれれ? 身体が勝手に動いてる?」 「姉さんもですか? 隊長。一体何をしたのですか?」 「言っただろ? 言うことを聞いて貰うって」  シャロンは範囲外から一方的に攻撃すれば良い。なら、問題はこの二人になる。武装を調べた限り、相手の射程を超える武器を持っていない。接近戦をするのなら、事前に敵味方の命中率が欲しい。 「イヴ。敵味方の予測命中率と回避率は表示出来るか?」 「イエス。マスター。メンバーをタッチ長押しすると予測モードに入ります。予測モード中では、攻撃圏内に入ったときの敵味方の命中率が表示されます」  言われた通りに、ミーシャとライラを三秒ほど長押しすると、予測モードに切り替わった。そこで現れた数字に驚いて、一度目をこすってしまった。 「どういうことだ?」  相手の射程に移動先を重ねた場合に現れる敵からの命中率は一%と非常に低い数値であった。だが、逆にこちらからの命中率も四十%と高くない。シャロンの命中率も確認したが七十%を越えている。 「イヴ。全員のスキルリストを表示してくれ」 「イエス。マスター。明るく表示されているのが発動中スキルです」  シャロンは弱気発動中で、各種スキルが使えない状態になっている。これは事前に知っていたので問題無い。敵を落とせば何とでもなる。だが、驚いたのは姉妹のスキルだ。 「おいおい、マジかよ。マジでだったのか」  ミーシャとライラが発動させていたスキルは、何と天才だった。ライラの方はともかく、あのおとぼけなミーシャまで天才持ちとは思わなかった。スキル効果は命中と回避の大幅上昇と武器熟練度のプラス補正だ。機動力と攻撃力両方が上昇する超便利スキルを姉妹で持ってるって、シャロンが気にする訳だ。  天才のインパクトが強すぎて効果を確認し損ねたが、他にも発動しているスキルがあった。天才が発動しているのなら、二人の命中率が弱気発動中のシャロンより低いと言うことは考えられない。急いで、タッチして効果を確認すると、何とも面倒なスキルが発動していることが分かってしまった。 「ミーシャに飽き性。ライラに気後れって……」  飽き性のせいで、ミーシャは同じ種類の敵への連続攻撃は命中率が低下。さらに攻撃スキルの使用は一度の戦闘で一度切りまでという制限が課せられる。ライラの気後れはダメージを受けていない敵への攻撃力が低下し、更に撃墜数が他人より多いと命中率も低下してしまうという厄介な物だった。 「道理でこっちの命中率が低い訳だ……」  ミーシャが既に飽き性を発動させているのは、今日二十機落とした。と言っていたので、恐らくそれが原因だろう。ライラも撃墜数がミーシャよりも一機少なかった理由はこれか?   こうなるとカギになるのはシャロンか。シャロンで撃墜数を稼いで、ダメージを受けた敵をライラで撃破するのが、一番安定する作戦になってしまう。  なら、シャロンを使って速攻で敵を倒していくしかない。ボイスコマンドから、コンセントレイトを選択し、シャロンに声をかける。 「良いかシャロン。良く敵を見て、相手の動きに集中しろ。シャロンならやれるって俺は信じてる」 「浩太……。うん、任せて」  シャロンの命中率が上昇し、百%になった。これなら、スナイパーキャノン二発ですぐに沈められる。 「シャロン、撃て!」  命令を出しながら攻撃ボタンを押す。同時にシャロンの銃が轟音を響かせ、鉛色の弾丸が黒い塊、ライトバグに向けて吸い寄せられるように飛んでいく。  見事に命中した弾丸は、ガラスをたたき割ったような音を出しながら、ライトバグを砕いていた。 「あれ、一撃?」 「クリティカルヒットを出したようです」 「浩太。次の命令をお願い!」  敵を倒し張り切り始めたシャロンは、勢いに乗ったおかげで弱気スキルが解除されていた。しかし、クリティカルってゲームじゃないこの場合は一体どういうことになるのだろうか? 今後の戦闘で必要な知識になる。 「クリティカルの発動条件は?」 「命中率が百パーセントを越えた時に起こります。オーバーした分がそのまま発動率です」  コンセントレイトで命中率が五十パーセント上がったおかげで、クリティカルが出たらしい。幸運なことにシャロンがクリティカル二十パーセントを引き当てたのだ。  シャロンが敵を一機落としたことにより、ライラの命中率が回復した。後はミーシャの飽き性を何とかしないといけない。  さっきの話から考えれば、ライトバグの相手に飽きているなら、まだ落としていないバグコンバを叩くには問題が無いはずだ。  ライトバグを一機落としたせいか、攻撃ターゲットが全部シャロンに向けられていた。その隙をついて、ミーシャをバクコンバの後ろに回り込むように移動ポイントを設定する。 「シャロン。西から東へと移動しながら、ライトバグに攻撃。ライラはシャロンの援護で倒し損ねたやつを撃破。ミーシャはバグコンバの相手をしてもらう」  シャロンをライトバグの射程に入らないようにルートを設定し、ライラを合流させる。  シャロンとライラの二人でライトバグを殲滅し、その間、バグコンバからの砲撃をミーシャで攪乱する作戦に変更だ。 「お、やったね。ちっこいのには飽きてたんだよ。コウ君、道案内よろしくー」  「ミィ姉、慣れるの早いな!」 「身体が決まった方向に勝手に流れるからねー。強制移動中は、回避をするために動ける範囲は、自分を中心に直径百メートルくらいかな。どこに行くかを気にしなくて良い分、楽ちんで良いや」  ミーシャはこの一瞬で、絶対命令権の特性を俺以上に把握していた。天才持ちに恥じない適応力だ。  同じく天才持ちのライラも、絶対命令権におかれている状況を把握したらしい。 「浩太さんはシャロンさんと姉さんに気をかけてください。攻撃命令がなくとも、援護射撃は続けるので」 「よくこっちで攻撃操作してるって、分かったな」 「シャロンさんとのやり取りから予想しましたが、やはりそうでしたか。ライトバグの陽動は私に任せてください。当たりませんから」  敵の命中率は五パーセントで、ライラに当たることはほとんど無いだろう。だが、それでも万全を期すためにボイスコマンドの攻撃予測を発動させて、ライトバグ四機のど真ん中に移動させる。 「ライラ。絶対に当たるなよ」 「了解。シャロンさん左の敵いきますよ」  ライラの頭上に、ボイスコマンドの発動時間が現れた。全ての敵からの命中率がゼロとなり、襲い来るレーザーを全て回避していく。蝶のように舞い、蜂のように刺す。ライラはその言葉を体現したかのように蒼空を舞いながら、シャロンが撃ち漏らした敵を的確に落としていく。  ミーシャは、バグコンバの後方に移動させて、正面から放たれるマップ兵器を封じる。  ミーシャにもライラ同様、ボイスコマンドを発動させて時間稼ぎに入らせた。 「ミィ姉も当たるなよ」 「お、熱いリクエストだねー。よーし、お姉さん頑張っちゃうぞ」  完全回避が出来る一分間の間に、ライトバグが片付いて、包囲攻撃により勝利する。そんな完璧なシナリオを頭の中で描いたら、目を疑うような事態におちいった。  ほんの数秒で俺が描いたシナリオが崩れ去ってしまったのだ。  みんなの攻撃コマンドをオンにしていくと、ミーシャの時にスキルリストが大量に出てきた。数にして十五も発動可能になっている。  しかし、同時に表示スキルの文字が一つ一つ暗くなり始めた。  スラッシュブラスト、ショット&スラッシュ、ムービングラッシュ。大量に表示されている近接攻撃用のスキルが次々に使用不能となっていく。 「何が起きて……。えぇ?!」  ミーシャがショットガンとブレードを自由自在に操りながら、バグコンバの表面に大穴を開けていた。刀で言えば峰に当たる場所にブースターが設けられているブレードを用いた接近戦スキルをフル活用して暴れ回っていたのだ。  ブレードから生み出される推力を用いて、突き刺した所から青白い弧を描いて巨大な切り傷を与える。離脱しながら傷口にグレネードを投げ込みショットガンを撃ち込むと、爆音とともにバグの身体が大きく砕け散った。  爆発が収まるやいなや、ブレードのブースターを点火して、猛スピードでバグに切り込み新たな傷口を刻みながら、散弾を叩きこんでいく。  かなりの深さまで削り込んだ時、バグコンバの反撃で黒いミサイルが開いた穴に向けられて飛んでいたが、ミーシャはブレードを構えて最大出力で飛翔すると、バグコンバの内部をえぐりながら体外に飛び出した。黒いミサイルはミーシャの攻撃に対応しきれず、バグコンバ自身に命中し、巨大な火の玉が背中に出来ては消えていった。  信じられなかった。シャロンの時にはかなりの数の弾丸を叩き込んで削ったバグコンバの耐久値が、自爆の分があるとは言え、一瞬にして風前の灯火になっている。 「これで、おーわり!」  三百メートルの巨体が砕け散った。一直線にバクコンバを貫いたミーシャは、ブレードを担ぎながらブイサインを出している。 「いえーい。コウ君見てるー? どう? ちゃんと無傷だよー」  有り得ない。けど、こちらの戦略マップでもバグコンバの反応は消えている。  本当に超短時間で撃破していた。それも一人で、しかも無傷だ。 「やっぱりミーシャ凄いなぁ。追いついたと思ったけど、私なんかまだまだだよ……」  シャロンは何故か物悲しそうな顔してため息をついていた。同じ敵を倒したとは言え、シャロンの時はかなりピンチだった。被弾もしたし、時間も数倍かかっている。圧倒的な力量差に俺も驚く以外の気持ちが出てこない。 「シミュレーターモードを終了します」  敵を撃墜しきったことで、元の部屋に戻った。 「さーて、おやつーおやつー」 「せっかくのお茶が冷めてしまいましたね。浩太さんのせいですが」  ライラの目線が痛い。お茶が冷めたからって目線まで冷ます必要は無いだろ。確かにおやつを前に、勝手に始めてしまった俺が悪いのだと分かっているけど、そこまで怒られるとは思わなかった。 「浩太さんのせいですが、まぁ、許してあげましょう」 「ごめんなさい」  大事なことのようで二度も言われた。ライラさんはお茶の時間が大好きなんですね……。 「まぁーまぁー、ライちゃんもその辺にしてさ。はやく食べよ」 「姉さん人前でそれは止めてと何度も……」 「良いから良いから。どうせ、ばれちゃうよ?」  ミーシャがこちらにウインクをしてきた。スキルは分かるが、そんな呼び名までは分からないぞ? ミーシャは一体何を言っているんだ? 「姉さんには敵いませんね……まったく。でも、確かにこれ以上お茶が冷めるのは良くないです。いただきます」 第六章「名前」  シャロンおすすめのエッグタルトは確かに美味しかった。お茶も元の世界で飲む紅茶と差は感じられない。食事の味は二つの世界で大きな差はなさそうだ。  お互いの世界の食べ物について情報交換を行っていると、外が暗くなっていた。思った以上に話が弾んでしまったらしい。だが、シャロンは二人きりの時より口数は少なく俯きがちだった。 「時間も時間だし、そろそろ帰ろうかな。シャロン送ってくよ」 「え、大丈夫だよ。浩太はその端末ですぐ帰れるんだから、先帰ってて良いのに」 「こっちの世界をもっと見ていきたいからな。もうちょっと付き合ってくれよ」  それにシャロンと二人きりで話をしたい大事なこともある。ミーシャにもライラにも聞かれてはいけない内緒話だ。  シャロンは何故か困った顔をしながら、俺の後ろにいるミーシャとライラを交互に見ていた。そして、困った顔のまま、上目遣いで見つめてきながら、小さな声で俺の言葉に確認をとってきた。 「命令?」 「いや、お願い」 「お願いなら仕方ないかな。うん、隊長だしね。それじゃ、二人ともまたね」  手を振って、姉妹二人にお別れを言ってから外に出ると、綺麗な満月が空にのぼっていた。日本で見る月よりもはるかに大きく見える。日本で見る月がビー玉ぐらいだとすると、サッカーボールぐらいの大きさはあるだろうか。改めて異世界に来たと感じさせられてしまった。 「綺麗な空だな。やっぱこの世界はすごいや」 「良い所だよ。バグがいなければだけどね」 「なぁ、シャロン。ちょっと時間良いか? どこか落ち着いて話せる場所ないかな?」 「へ? え?! う、うん。ちょっとなら良いよ。場所は……近くの公園で良い?」  まったく土地勘の無い俺は、シャロンの提案に頷いて彼女の後をついていく。何故か歩くスピードが速くなってしまったシャロンと歩くのはちょっと苦労した。  木材が珍しいと言われていたが、連れて行かれた公園にはしっかり木が生えていたし、花も植えられていた。芝生もしっかり整備されていて、かなり綺麗な広場といった感じの所だ。食事の時間だからだろうか、人はほとんどいなくて、二人で貸し切り状態だ。  大きな月が目の前に見えるベンチに座って、改めて感想を思わずこぼしてしまった。 「綺麗だな。ここ」 「でしょ。カップルにおすすめらしいよ。友達が言ってた……」 「あのさ、シャロン。聞きたいことがあるんだ」 「う、うん」  シャロンが固唾を飲んで、こちらを見つめてきている。今から言われることに気がついているのだろうか? 確かに、これは言う方にも覚悟を求められる内容だ……。下手をすれば、シャロンを怒らせるかも知れない。 「シャロンって、もしかしてあの二人にコンプレックス抱いてる?」 「へ? コンプレックス? ……浩太何言ってるの? 確かに私はダメな人かも知れないけど、何で私があの二人に比べられないといけないの?!」  最後の方は怒鳴り声に近かった。弱気スキルと今日シャロン自身があの姉妹と比べていた言葉を思い出すと、俺の疑問は確信に変わった。 「浩太も……みんなと同じなの? みんなみたいに私はダメだって言うの……?」 「違う。実は知ってるんだよ。シャロンが弱気なこと。あの二人と比べて自分がダメなやつって思ってるだろ?」  シャロンは俺の質問を聞くと、下唇かんで黙り込んでしまった。こうなることは分かっていたが、それでも、言いたくなった。 「確かにあの二人は天才かもしれない。でも、俺はシャロンもすごい奴だと思ってる」 「浩太に……。浩太なんかに何が分かるのよ……。私はいっつもみんなにあの二人と比較されて……。父さんにも……学校のみんなにも……。親の七光りだ。エコヒイキだと言われて……」 「でも、俺は知ってる。シャロンは頑張り屋さんで、すごく努力してるって。だからあの二人に対する弱気さえ克服出来れば、シャロンはもっとすごくなれる」 「何で浩太に分かるのよ?! 今日初めて会ったばかりなのに! 何で私の事そんなに知ったような事言うの? さっきのだって、あの二人に比べると私は全然ダメだったのに……。私が必死にやったことも、ミーシャとライラはあっさりこなしちゃった……」  よく見るとシャロンの目が赤くなって、目尻から涙がこぼれていた。  思わず申し訳無い気持ちになってしまう。シャロンが弱気なのも努力家なのも、長い付き合いで知った物じゃ無い。ほぼインチキだ。  イヴで確認してしまった。スキルや能力を文字や数字で見られるから分かってしまった。見せたくない努力も俺は勝手に見てしまったのだ。  この事を伝えるのはルール違反かも知れないが、それでも俺はシャロンに二人のことを克服して欲しいと思う。 「シャロン。このことはみんなに内緒にして欲しいんだ」 「え?」 「俺はこの世界の人間の能力が見えてしまう。どんな技能を持っているのか、どんな物が得意なのか。そういうのが見えちゃうんだ。だから、俺はシャロンが弱気なのも知ってたし、努力家なのも知ってた。でもさ、だから信じられたんだ。シャロンはすごいって」  俺のネタばらしにシャロンは黙ってこちらを見つめてきている。まだ信じられないかも知れないけど、俺が話しているのは全て本当のことだ。絶対命令権なんか無くても届くと信じている。 「シャロンは努力家で、器用で、負けず嫌い。でも、弱気。全部、見えちゃったんだよ。能力もミーシャとライラの方が高いのも事実だ」 「そっか……」 「でもさ、俺はシャロンのことをすごいと思ってる。他の誰がシャロンを認めなくても、俺がシャロンはすごいって信じてる」  あの二人に負けないように努力し続ける気力は、半端な物では無い。追いついたと思っても、彼女らはもっと先にいる。追いつくのは過去にいた場所だけで、今見える背中は常に小さい。そんな圧倒的な存在に挑み続ける強さをシャロンは持っている。 「だからさ、あの二人には出来ないこと。してみようぜ」 「そんなこと無いよ……。あの二人は私が出来ること全部出来る……。今日だって大型バグを一人で倒してた」 「いや。今日もシャロンが優れていたことがいくつかある。何よりも嬉しかったのはあれだけどな」 「な、何? 私が優れていたところって」  こちらに詰め寄ってきたシャロンは、顔を近づけて早く続きを聞きたがってきた。急に近くなったシャロンの顔にドキッとしてしまう。  思わず全てを正直に話そうと思ったが、さすがにここにいない二人の秘密を話してしまうのは不味いと思って、そこは我慢して飲み込んだ。 「ライトバグの殲滅は、シャロンの方が得意。遠距離攻撃はシャロンに軍配があがるよ。あの二人は近中距離装備だったからね。チームで戦うんだから、シャロンが遠距離を抑えてくれたからすごく助かった」 「そっか……。私あの二人と居ても役に立てたんだ」  シャロンは俺の回答に納得してくれたのか、ホッと胸をなで下ろしながら離れてくれた。おかげで、さっき言いかけた言葉が脳裏に返ってくる。あの一言が俺に勇気を与えてくれた。シャロンにしか出来なかった俺へのボイスコマンドだ。 「それより何よりも、シャロンが俺を信じてくれたことが嬉しかったよ。突然やってきた異世界人の訳がわからん奴の命令を信じてくれて。おかげで、頭が冴えた。シャロンがいたから俺はうまくミーシャとライラに指示が出せたんだ」 「浩太が私の事信じてくれたから、信じてみようって思ったの。実は浩太が独り言で、私の事喋ってたの聞いちゃってたから。あの時は初めて認められたってこと以外、よく分からなかったから、あの二人と比べられるのが凄く怖かった……。ラインでの会話も全部嘘になっちゃうんじゃないかって」  あの時の独り言全部聞かれていたのか。機嫌が良かったのは自分が認められていると知ったからだったんだな。信頼度が上がったのも俺が彼女を信じたからか。 「ねぇ、浩太。本当に私は足手まといでも、役立たずでも無いんだよね?」 「当たり前だ。俺はシャロンが仲間で本当に良かったと思ってる。俺はシャロンの力を信じてる」  彼女が居てくれたから、俺は天才姉妹に負けずに動かせたし、面倒な個人スキルも解除出来た。あの二人だけならどうしようも出来なかっただろう。 「ねぇ、浩太。お願いがあるんだ」 「ん? 何?」 「これから時間がある時で良いから。あのシミュレーターで訓練して貰えないかな? 私にしか出来ないこと探してみたいの」 「分かった。学校が終わった後なら平日でも空いてるから、呼び出してくれればこっちに来るよ」 「ありがとう……。それともう一つお願いがあるんだ」  シャロンのもう一つのお願いを、俺は受け入れることにした。ほんの些細な違いだが、俺達の関係を進める上で、大事な一歩になったのかも知れない。 ○  公園からシャロンの家に戻り、充電器をコンセントに差し込んだ。 「まだ家には両親が帰ってきてないのか。どうせなら家に来て、ご飯でも食べるか? ほらミーシャの家でも言っただろ。こっちの世界とあっちの世界のご飯は意外と似てるって」 「い、行けないよ。お父さんそろそろ帰ってくるからご飯の準備しないと。それに、私達まだ……あぁーもう! 何言わせるつもりよ!」  何故か怒られた。何か怒らせるようなことを言ったかな? でも、ご飯の準備をしないといけないのなら仕方ないか。どうせ自由に行き来が出来るのなら、また誘う機会はいくらでもある。 「携帯使って通話とかは出来るから、何かあったら連絡してくれな」 「うん、分かった。またね浩太」 「またな。シャロ」  自室に戻り携帯の画面を確認しながら、先ほどのシャロンの顔を思い出すと、胸がドキドキした。あの顔は当分忘れられそうに無い。俺は異世界の人間だから、仲良くなりすぎてもいけないんだろうけど……。  シャロンのもう一つのお願いは、俺が口にするたった一つの言葉を少し変えるだけだった。 「私の事をシャロって呼んで貰っても良い?」 「んじゃさ、シャロ。俺も一つお願いがある。今日楽しめなかった観光を近いうちに頼んでも良いかな?」  涙も止まったシャロンは、自信に満ちた笑顔で明るく頷いてくれた。あの嬉しそうな可愛い笑顔があまりにも魅力的で、目を瞑ると鮮明に蘇ってくる。  シャロは笑うとやっぱり可愛いな……。 「マスター。獲得スキルの確認をおこないますか?」 「何か夢から覚めた気分だ……」 「すみませんマスター」  イヴの声に現実に引き戻された。でも、それで良かった。おかげで確認したいことを色々と思い出せた。 「なぁ、イヴ。もしかして、向こうの人達と仲良くなると能力が変わったりするのか?」 「イエス。通知を出しておいたのですが、まだ見ていなかったのですね。シャロンとの信頼度が上昇しました。個人スキル弱気が信頼へと変化。絶対命令権行使により全能力が底上げされます」 「シャロが更に便利なキャラになっていくな。あの二人と組んでもらう上ではすごく助かるけど。でも、もしかすると、あの二人のスキルもこれからの交流次第で変わるのか?」 「イエス。シャロンもこの先、スキルの変化や習得機会はあるでしょう。どうなるかはマスター次第ですが。皆と絆を育んでください。それがモネトラの世界を救う力となります」  異世界に連れて行った張本人が言うのなら、みんなと仲良くなることに対して問題は無いようだ。自由に行き来が出来るんだから、別れを心配しなくても良いし、もっと仲良くしていこうかな。 「イヴとも仲良くなれば、機能が変わったりするのか?」 「私よりも、あの三人と仲良くなる方をおすすめしたいです。私はAIですよ? 悲しいじゃないですか。お互いに」  携帯に組み込まれたプログラムのくせに、感情があるようなしゃべり方をされたので、話題を変えることにした。何故か彼女を悲しませるのは気が引けてしまったのだ。 「なら、そうだ。向こうとの会話って、帰った場所以外の所でも出来るのか? ミーシャ達と話がしたいんだけど」 「イエス。充電した場所全てに端末のコピーを置くことが出来ます。複数人数でも可能です」  本当に便利システムが満載だ。早速試しに、みんなに連絡してみるか。通話モードでシャロンとミーシャの家を選択する。両親じゃなくて本人達が出てくれば良いんだけど。 「お? やっと反応があった。やっほー。コウ君聞こえるー?」 「ミィ姉反応はやっ! ってことは携帯そこにずっとあったのか?」 「うん、さっき気付いたらあったよー。で、せっかくだから部屋に持ち帰ってみました」  持ち運び可能だったのか。携帯だから持ち運びが出来て、当然と言えば当然なんだけど、移動ポイントが動かされるって、大丈夫なのかな? 「だからね。今こっちに来れば、何と私の部屋で私と二人きり!」 「ちょっとミーシャ! 浩太に変なこと言わないでよ!」  シャロンも繋がったことに気がついたのか、ミーシャのお誘いに大声で割り込んできた。ちょっともったいない気もしたけど、ミーシャの言うことだし、どうなるか予想がまったくつかないから、助かったか。 「よし、テスト成功。こうやって、みんなで会話することも可能なんだな。ミーシャもライラにこのことを伝えておいてくれ。んじゃ、シャロもまた今度な」  通信を一旦カット。これ以上繋いでいると危険な雰囲気がした。理由は分からないけど、背筋に寒気が走ったんだ。  一旦深呼吸をして気持ちを落ち着ける。ミーシャとライラのスキルもそのうちどうにかしないとなぁ。シャロンは分かりやすかったけど、あの二人はまだ良く分からない。個人的に話してみないとダメか。 「マスター。ミーシャから連絡要請が来ています。繋げますか?」 「繋いでくれ」  ベッドの上に寝っ転がりながら、飽き性と気後れについて考える。姉妹二人とも天才持ちなのに、何でそんな変なスキルがついてしまったのだろう。ミーシャの場合は性格だから。と片付けられてしまうかも知れないが、ライラの気後れは何か引っかかる。シャロンの時とはまた違うような。 「ねー、コウ君。シャロリンと何かあった?」 「へ? いや、何も無いはずだけど。町案内してもらったくらい」 「ふーん……。でもまぁ、そっか。シャロリンが何か元気になった気もするし、コウ君の嘘は見逃してあげよう。あ、もしかしてお姉さんのことも分かっちゃってたりするの?」  ミーシャは恐ろしい程勘が良いことが分かった。感覚的に色んな事が分かってしまうタイプの天才なのだろう。恐らく、言葉遣いや雰囲気で何となく気付かれていたのだ。 「ミィ姉はすごいな。天才なだけあるよ」 「あんまりそれ言われるの好きじゃないんだけどね。で、他にお姉さんのどんなことが分かるのかな? スリーサイズとかは言ってくれれば、教えちゃうよ?」  思わず教えてくださいと頼み込みそうになったが、どこに罠が仕掛けてあるか分からない。相手は些細な所から情報を奪い取っていく天才だ。多分気付いたら隠していること全てはき出させられている。なら主導権はこちらが握らないと危険だ。こちらから切り込んで相手の余裕を崩す。 「ミィ姉が飽き性なのは何で? あんなに色んなことやれるのに」 「あらら、そこもばれてるか。一日でそこまで分かるってことは、やっぱ本物だね。でも、何でかは教えてあげない」  適当にはぐらかされるかと思いきや、ミーシャは真面目な声で答えてくれた。彼女の真面目な声を初めて聞いたかも知れない。だが、何故教えてくれないのだろうか? 想像出来ないが、何か恥ずかしい思い出でもあるのかもしれない。 「嫌な思い出でもあるの?」 「それは分かってて聞いてない感じだね。コウ君もそこまで万能じゃないんだ。それがかまかけで、私の気持ちを引きだそうって言うのなら、ライちゃんよりすごいよ」 「えっと、ごめん。何か嫌な想いさせたみたいだ」 「コウ君は素直だなぁ。そんなコウ君に免じて、抱っこさせてくれたら許してあげよう。早くこっちに来てよー」  ミーシャはいつものゆるく適当な感じの口調に戻っていた。  しまった。一瞬で主導権を奪われた。俺はこの人に口げんかや討論で一生勝てる気がしない。でも、やっぱ飽き性があるのは何か理由がありそうだ。意外と気にしているみたいだし、きっと嫌なことが本当にあったのだろう。 「ミィ姉、本気で言ってます?」 「本気も本気だよー。来なかったら、シャロリンに色々あることないこと言いつけちゃおっかな? きっと怒られるよ? あ、こっち来たらシャロリンのシャロって呼び方の意味も教えちゃう」  シャロという呼び方に何か特別な意味があるのだろうか? だが、その前にシャロンに無いことを報告されて、怒られるのも不味い。せっかく仲良くなれたと思ったのに、またスキルがマイナス系になってしまったら困る。 「はぁ……。ミィ姉には敵わないな。そっち行くから、ちょっと離れてて」 「はぁーい」  間延びした嬉しそうな声に、思わずため息をつきながら転移ボタンを押した。 ○  離れてろと言ったのに……。やっぱりこうなるのか……。 「我が部屋にようこそコウ君」 「ミィ姉……。前が見えないし、苦しい……」 「えー、せっかく抱っこしてあげてるのに、それはないんじゃないかなー?」  えぇ、分かってますよ。苦しいながらも俺がいるのは聖なる谷間だと言うことは、でもこんなとこで窒息死はさすがに格好悪すぎる! 何より苦しくて感覚が楽しめない! 「それじゃ、約束通りシャロの呼び方について教えてあげようかな。シャロの呼び方とはですね」  ミーシャから解放されたことにより、ようやく視界が回復した。ミーシャの部屋は整頓されているようで、散らかっている何とも不思議な空間だった。物は適当にかきあつめてまとめてはいるのだが、まったく統一性がない。本の山の中に、ぬいぐるみらしきものが埋まっていたりする。捜し物をする時は大変そうだ。 「知る人ぞ知るシャロの呼び方の秘密とは?! この私でも言えないシャロの由来は?!」  このタメ具合、まさかとは思うが、もしそうだったら困るぞ。俺は異世界の人間だし。仲良くなるにも限度が。 「何とシャロの呼び方は、シャロンからンを抜いた呼び方なのだ!」 「そのまんまじゃないか!」  期待して損したよ! あれだけもったいぶっていたのに! あまりのしょうもない情報に、ほっとすると同時にちょっと残念な気分になったよ。えぇ、好きな人だけに許す特別な呼び方だとか勝手に期待してたよ! あぁ、俺のバカ! 「そのガッカリした顔を見る限り、コウ君もシャロリンの事気になってるの?」 「いやいや、俺は異世界の人間だから、多分そこまで仲良くなるのは……」 「お姉さんは気にしないよ? コウ君の事をもっと知ったら好きになっちゃうかもよぉ?」  ミーシャが挑発的な表情で詰め寄って来る。半目と含み笑いが不思議な魅力を発して、思わずドキッとした。 「なんてね。半分は冗談。あ、何が冗談か聞いちゃうのはマナー違反だぞ?」 「ミィ姉の場合、全部冗談もありえそうなんだけど……」 「逆に全部本気もあるかもよ? ね、今もドキドキ出来たでしょ。コウ君はシャロリンより反応が新鮮で良いなぁ」  シャロの呼び方の事も、今のミーシャの話も両方心臓に悪かった。このノリに振り回されないシャロンはさすがだ。俺は完全に遊ばれてしまったのに。これ以上失態を見せないために取れる最善の行動は逃走だ! 「もう帰っても良いですか?」 「ダーメ。帰るんならライちゃんの部屋から帰って」 「な、なんで?!」 「だって、じゃないとライちゃんだけ連絡手段がなくなっちゃうでしょ?」  あぁ、なるほど。同じ家の中で転送ポイントを二つ作れるのなら、ライラの所にもあっても良いのかも知れない。 「ほら、こっちこっち」  ミーシャに手を引かれながら隣の部屋に入ると、実によく整頓されていた部屋だった。性格の違いが部屋にも現れているようだ。 「今、お姉さんの部屋の方が汚いって思ったでしょ?」 「いやいや、思ってないですよ?」 「そういうことにしておこっかな。あれでも、物は見つけやすいようになってるんだからね?」  とても信じられないが、頷いておく。というか、ライラの部屋に勝手に入ってミーシャと漫才始めるって考えてみれば酷く失礼な話だ。急いで取り繕わねば。 「や、やあ。さっきぶり、ライラ。コンセント借りても良いかな?」 「どうぞ。姉さんと私の分の二つ用意してくれるんですね。いつ私に話を振ってくれるか待ちくたびれましたよ」 「すみません……」  じと目で睨み付けてくるライラに、とっさに頭を下げるが、ミーシャは楽しそうに笑っていた。 「ライちゃん、頑張ろうねー」 「姉さん……やりすぎないでください」 ○  コンセントに充電器を差し込んで、また日本に転送させてもらうと、無事にミーシャ達の家に二カ所セーブポイントが出来た。ちゃんと会話が出来るか確認するために、ライラと通信を繋げる。 「ライラ聞こえるか?」 「聞こえます」 「何かあれば、連絡してくれ」 「それじゃあ、早速聞きたいことがあります。浩太さん、どこまで私達のことを知ってるんですか?」  まさか、ライラまで気付いていたのか?! 一体どこで? ミーシャは直感だと思うけど、ライラもそういうタイプか? 「なんのことだ?」 「とぼけないでください。今日の訓練での突然の作戦変更。人の使い方が一気に変わって、非常に上手く行きました。姉さんの癖まで見抜いた上に、私の使い方も分かっていました。なら、予測される答えは簡単です。浩太さんが私達のことを詳しく知ることが出来る何かを持っているはず」 「すげぇ……。たったそれだけで、ここまで予測されるのか。やっぱりライラは天才なんだな」 「もしやと思い、カマをかけてみましたが、まさかその通りだとは思いませんでしたけどね」  しまった。俺のせいで確信を与えてしまった。シャロンには内緒だと言っておきながら、この二人はいつの間にか答えに気付いていた。シャロンになんて説明しよう……。 「あー……何のことかな?」 「隠しておきたいのなら、隠しておきます。独り言として処理しておきます」  ライラの気遣いに感謝だ。言わなくても色々気付いてくれて本当に助かる。ただ、困る理由までは気付かないで欲しいなぁ。 「私が他人に遠慮しているの分かります?」 「他人の前にはほとんど出ないんだよな。初めて会った俺に聞かれても困らないのであれば、理由を教えてもらっても?」  気後れによって、ライラが先陣を切ったりトップエースになることは恐らく無いだろう。でも、その理由が分かれば、ライラも変わることが出来るかもしれない。本人に変えたいと思う気持ちがあれば良いのだけれど。 「理由は簡単です。皆が期待しているのは姉さんですから。今日はそんな私のやり方に気付いて頂けて、良かったです」 「ミィ姉のためか。となると撃墜数とかの成績もワザと二位を?」 「そうですね。ちなみにバグコンバはライトバグ十機分の撃墜数とカウントしています」 「何でそこまで? ライラもミィ姉に負けてないはずなのに」 「これ以上は独り言を言う気にはなれません。私は姉さんを越えてはいけないのです。姉さんは生まれた時から上ですから」  どうやらこれ以上は教えてくれないようだ。でも、ミーシャとの関係が原因だと分かれば、この先何かに気付けるかもしれない。  だが、その前に俺の気持ちは伝えられるはずだ。いつか、そんな時が来れば良いと願いを込めて自分の気持ちを伝える。 「そっか。んじゃ、代わりに今度は俺が独り言を言おうかな。俺はライラがミィ姉を越えることを期待してるよ。それが出来るって信じてる」  ライラからの反応はすぐに返ってこなかった。こんな一言で変わるとも思えないけど、いつか変わってくれれば良い。 「んじゃま、一旦切るよ。またな」 「バカ。アホ。唐変木。変態。何が独り言だ。気遣いが出来ない最低野郎。嘘つき」  突然の罵声に思わず通話を切ろうとした手が止まった。まさか、ここまで怒られるとは思ってもいなかった。超大型地雷を踏んでしまったらしい。淡々とした口調で止まる気配の無い罵声の数々に心が折れそうになる。 「ごめん……。でも、ライラはミィ姉に負けてないって思うぞ。視野の広さはミィ姉には無い強さだし。ミィ姉みたいにならなくても良い。ライラはライラですごいんだから遠慮するなよ。嘘じゃ無いぞ!」 「浩太さんのバカ。……ありがとう」 「へ?」  感謝の言葉が聞こえた気がした瞬間、通話が切られた。感謝されたのか? いや、でもバカとか言われまくってしまったし。はぁ、次会うときどんな顔をすれば良いのだろうか。あぁ、シャロンの問題が片付いた途端、これだ。 「イヴから信頼度アップの報告も入ってこないしなぁ……」 「AIの私が言うのも何ですが、マスターは割とズカズカ他人の心に入っていきますね」 「イヴもそういうの分かる?」 「それなりに分かりますよ。これでも女の子です。でも、そうやってお互い傷つくのを恐れずに真っ直ぐ進む勇気はいつか実を結びます。私もちょっと羨ましいです」  まさか、携帯のアプリに慰められるとは思わなかった。ナイスジョークだよ。ウダウダしていても仕方ないし、また明日会ったら考えよう。  大事な友達である彼女達の力になれるよう、その時が来れば全力でサポートするだけさ。 第七章「神の塔」  翌日の朝シャロンから連絡が早速入る。休日なのに、朝七時に起こされるという酷い目にあった。 「おはよう浩太。今日はこっちにいつ来るの?」 「今日は休みだからいつでも行けるけど、頼む……もうちょっと寝かせてくれ……」 「あ、もしかして、さっきまで寝てた? でも、早くしないと場所無くなっちゃうから、早く身支度してこっちに来てよ。待ってるから。あ、服装は薄手の方が良いよ」 「おい……人の言うことをちゃんと聞けよ」  通話が切れている。シャロンの奴、言いたいこと言って切りやがった! 何なんだよ一体。それに薄手の服って向こうもこっちも春で、長袖で丁度良かったのに何でだ?  何にせよ、待たせると怒られそうなので、仕方なく身支度を済ませてシャロンの家に転移する。  言った本人もしっかり薄手のひらひらした柔らかそうな服を着ている。さすがにAW用の服装と違って露出は少ないが、それでも服の合間から見える綺麗な白い肌が気になって仕方ない。 「もう、なんなんだよ一体……?」 「来てくれて良かった。んじゃ、早速行こう」 「行こうってどこに? 今から訓練するのか?」 「約束通り観光だよ」  何故か急いで俺を外に連れて行こうとするシャロンについていく。訓練ではなく、どこかに連れて行ってくれるらしいが、どこに行くのだろうか? 「ちゃんと良い場所をとらないとね」 「良い場所?」 「そう。結構混むからね」  シャロンに連れられるまま、ラインに乗り込むとゼロ番地区というところに飛ばされた。  ラインの外に出ると巨大な塔が一軒建っているだけだった。巨大な広場の中には塔以外何もない。  俺達よりも先に来た人たちは芝生に座って、その塔の方を眺めていた。 「一体何が始まるんだよ?」 「多分そっちの世界じゃ無いと思うこと。これも驚くんじゃないかな?」  シャロンがラインで俺を驚かした時と同じように、何か企んでいるような顔をしている。あの塔からレーザーが出て、バグを撃ち落とすとか? いや、さすがにそれならこんなにまったりしている訳がない。 「後一時間くらいかな? そろそろ混み始めるから……その」  言われてみれば段々人が増えてきている。そして、気づいたらあっという間に人集りが出来てしまった。人の熱気で暑くなってくる。言われた通り薄手の服で来て良かった。まるで、コンサート前の会場だ。どうやらこの世界の人にとって何か大事なことがあるらしい。この何もない所で大勢の人間が集まる娯楽って何だ? 「コンサートでも始まるのか?」 「ちょっと違うかな。それよりも、はぐれないように、その……」 「ん? あぁ、そうか」  そろそろ周りのスペースが無くなってきたので、間を詰めないといけない。シャロンと肩が当たるか当たらないかくらいの距離まで詰める。お互いに服が薄いので、さすがに触れたら嫌がられそうだし、これが限界だろう。そう思ったのに隣の人に押されてシャロンに触れてしまった。 「はぅぅ……」 「シャロ大丈夫か?!」  変な声を出して、顔を真っ赤にしながらシャロンがフラフラし始めた。  人の熱気にやられたのか? それとも、風邪をひいてしまったのだろうか? 「危ない!」  隣の人に倒れそうになったシャロンを焦って抱き寄せた。身体も熱いし、顔も赤いまんまで、俺の顔を何度もまばたきしながら、見てきている。 「大丈夫かシャロ? 風邪か? 一旦帰って休もうか?」 「だ、大丈夫! 大丈夫だから! そ、それよりも早く離してくれないかな?!」  腕の中で暴れ回るシャロンを離すと、肩で大きく息をし始めた。暑いだけで、あたふたと動く元気はあるようだ。  声をかけようとした途端、トランペットの音が聞こえ、壮大な音楽が鳴り始めた。周りに居る人も立ち上がると、音楽に合わせて歌い始める。 「な、なんだ?! 何が始まったんだ?」 「あ……。始まった。え、えっとね。ここはゼロ番地区。神の塔が立つ場所なの」 「神の塔?」 「そう。月に一度、巫女様が塔の中から現れて、色んな知識や技術を与えてくれるんだ。私達のAWもこの神の塔から教えて貰った物なんだよ」  技術がはるかに進んでいるとは感じていたが、技術開発の元は何と神のお告げだったらしい。どういうことだ? 科学が宗教になっているということなのだろうか? 神が武器を与えて、敵を倒す。そんな神話チックなことをこの未来都市のような場所で本当にやっているのか? 「あ、ほら出てきた」  純白のローブを身にまとった女性らしい人間が現れた。非常に長い髪の毛と呼ばれ方が巫女という事から女性だと予測してみるが、ヴェールも被っているので顔はよく見えない。その後ろには、三メートル四方くらいのコンテナが巫女について塔の中から出てきた。 「今日はまた大きいなぁ。何が入ってるんだろ?」  まるでプレゼントを貰う前の子供のような目で、シャロンは目を輝かせている。この様子を見る限りコンテナの中には毎回すごい物が入っているらしい。  巫女が塔前の広場中央に立つと、辺りの声が静まりかえった。皆が静寂の中見守るコンテナが自ら勝手に展開し始めたが、白煙で中身はよく見えない。 「今日は皆に新たな翼を授ける」  巫女が宣言を開始した。広場全体に響き渡るほどの大きな女性の声だ。でも、最近この声に似た声を聞いたことがあるような気がする。どこで聞いたのだろうか? 知ってる声を幾分か低くしたようなそんな感じの声だ。 「この翼をつけ天駆ける者、この世界を救う者なり」  そう言えば俺も最初イヴにこの世界を救ってくれ。とか言われたな。まだ一戦しかしてないんだけど、これから先、どれだけ戦えば救えるのかな? 「かの者の名は木下浩太」 「へ? 俺?」 「浩太? そういえば教えて貰った名前は木下浩太だったよね? ……え?」  思わずシャロンと顔を見合わせてしまう。まさか、こんな所で俺の名前が呼ばれるなんて、考えてもいなかった。きっと聞き間違えのはずだ。 「木下浩太よ。我が翼を授ける。既に手にした全てを照らす剣と合わせてこの世界を救うのだ」  手にした剣。まさか、イヴのことか? いや、そんなまさか。恐らく、同姓同名の人間がいるだけだ。スマートフォンを剣と呼ぶには少し無理がある。  突然の展開に戸惑っていると、携帯から着信を知らせる音が発せられた。少しでも気を紛らわせようと、画面をオンにするとイヴから通知が来ていた。 「マスター。おめでとうございます」 「なぁ……イヴ。まさか、今目の前にあるあれって、俺の?」 「イエス。マスター。話が早くて助かります」  白煙が収まったおかげで、コンテナの中身がようやくハッキリと見えた。黒い翼と鎧がそこにはある。シャロン達が身にまとっているAWそのものだ。 「マスターの専用AWが手に入りました」 「えええええ?!」  俺とシャロンの絶叫が静かな広場の中で響き渡った。 ○  一体どうしてこんなことになったのだろう? そんな疑問はモネトラの世界に来た時に既に十分味わった。今更あれこれ考えるのは止めておこう。  神の塔では他にも新しい医薬品や装備が贈られるようだったが、俺達は機体を確認したらすぐに七番地区のカフェに移っていた。 「まさか、いきなり最前線送りって……どういうことだよ」 「ビックリしちゃったよ。本当に浩太のために作られたAWだったし。確かに前線に行くなら何か装備が必要だったけど」  シャロンの言う通り俺にも移動用の装備が必要だとは思っていたが、ロイが乗っていた飛行機か、帰りに乗った輸送機に乗せてもらうのかと思い込んでいた。  まさか自らAWで空を飛ぶとは思ってもいなかった。 「マスター。安心して下さい。操作のサポートは行います。それにあのAWはマスター用にカスタマイズされた補給と修理に特化した援護機です。直接戦闘は基本行いません」 「え? そうなのか?」 「イエス。マスター。マスターは今まで通り後方からの指揮に専念してください」  さすがに戦闘までこなせとは言われなかった。前に出た瞬間撃ち落とされる自信がある。本当に補助機で良かった。  それにしても、この解析スピードは異常だ。さっき初めて見た機体の特性を、実際にさわる前から表示出来る。まさかイヴが作ったとか? まさかね。 「ねぇ、浩太。その携帯のイヴだっけ。何か巫女様に声が似てるね」 「言われてみれば、似てるけど。たまたまじゃないか?」  巫女の声と確かに似ていたが、巫女に会う前にイヴはインストールされていた。彼女がイヴの事を知っていたのは謎だが、時期的に考えれば彼女からの贈り物では無いだろう。 「イエス。マスター。たまたまです。私と彼女は別人です。音声波長が近いのは認めますけど」 「やっぱり、別だよな。神の塔の情報はあるか?」 「イエス。ただし、あまり情報量は多くありません。世界に数塔存在しますが、現在稼動中の塔はここの一つだけです。他はバグによって機能停止されています」  どうやらここが最後の塔だそうだ。信仰の対象とされているのも、何となく合点がいく。この塔は地上を取り戻すための最後の希望なのだろう。 「ここが無くなったら、みんな困るからね。飛行型のバグは必死に落としてるの」 「なるほどね。で、俺達はそのバグの親玉を倒しに行かないといけない訳か」 「うん……。バグを生み出してる女王、バグクイーノの居場所が分かったから、それさえ倒せば、もう戦いも終わる。今回の神の塔からのお告げは凄かったなぁ」  シャロンが照れながら、最後の言葉を呟いた。  神により世界を救う力を授けられた少年が現れて、人類の敵であるバグのボスが見つかった。  そんなおとぎ話のような巫女の言葉のせいで、集まった人達は大歓声をあげ、涙を流す人までいた。  おかげで、俺とシャロンはいきなり英雄扱いだった。だが、そのせいで、人が濁流のように押し寄せて来たため、身の危険を感じた俺達は七番地区に逃げてきたのだ。 「俺、あんなにも沢山の人間に拝まれたの初めてだ……」 「私だって初めてだよ。でも、浩太が英雄かー。何か不思議な感じ。指示はお願いしますね勇者様」 「後ろから指示するだけの勇者って、何かしまらないなぁ」 「浩太はそっちの方が良いよ」 「しまらない方が俺らしいって、酷くない?!」 「後ろに浩太がいるから、私は信じて前にいけるんだよ。しまらないって浩太は思ってても、私は浩太の指示が正しいって信じるから自信持って」  シャロンは楽しそうにくすくす笑っている。だが、近い内に俺達はまた戦場に出ることになる。この笑顔が失われる危険がある場所へと、行かなければならない。 「俺が絶対にシャロは傷つけさせない。必ずここにつれて帰る」 「う、うん……ありがと……。なんでこうたまに……」 「でさ、今度は俺の世界でも案内するよ」 「浩太の世界か。楽しそう。そのためにも、頑張って訓練しないと!」  ガッツポーズを両手でとってシャロンが気合いを入れた。確かに最終決戦に向けてレベル四は辛い。  それに俺も空の飛び方を練習しないといけない。なら善は急げだ。 「んじゃ、早速訓練開始だな。一旦シャロンの家に戻ろう」 「おー! 指示よろしく浩太。あ、でもその前にちょっと買い物に行ってくるからラインで待っててね」  人混みに消えていくシャロンを見送ると、イヴの声が聞こえた。その意味をすぐには理解出来なかったが、謎はすぐにとけることになる。 「マスター。チュートリアルは恐らく移動しながらすることになります」 ○  ラインの前でシャロンを待っていると、彼女が血相を変えながら走って帰ってきた。何か大変なことがあったようだ。まわりにいる町の人達も一部の人達がざわめき始めている。何か起きたのだろうか? 「シャロどうした?」 「バグが警戒線を突破して近づいてきてるの! 数が数だから、みんなに緊急出動がかかってる。すぐ二十五番地区に飛ばないと!」 「マスター。出番です。マスターのAWは既に二十五番地区に搬送済みで、いつでも飛べます」  巻き込まれて参加した時とも、シミュレーターの時とも違い、命をかけた戦いに自ら参加するのは初めてだ。後ろで指示を出すだけだとは言え、かなりのプレッシャーだ。ゲームならノーダメージでクリアすることも出来るが、今度もゲーム通りにやれるか?  プレッシャーのせいで快諾出来ない俺はシャロンに手を引っ張られながら、ラインに飛び込んだ。  二十五番地区のラインから出ると、出撃命令が同じように出たであろうミーシャとライラが出口で俺達を待っていた。 「お、救世主が来たねー。お姉さんの自慢の子ですよ」 「姉さん。それではお母さんです。それに姉さんの息子がこんなすっとこどっこいな訳があるはずがないですし」  姉妹のコンビネーションプレイに俺の心の耐久値が削られていきそうだ。ミーシャの言葉で困惑し、ライラの言葉で殴られるようなそんな感じ。 「本題に入ろうぜ……。防衛戦に参加するって話だろ?」  これ以上ペースを握らせないために、何とか話題を真面目な方向にずらす。全員に招集がかかっているのなら、緊急事態に違いないはずなのだ。 「そうねー。コウ君がんばってね」 「的確な指示をお願いします」 「え? それだけ? こうあぁしてくれとか、こうしてくれとかは?」  昨日はあそこまで文句を言ってきたのに、何故こんなにも態度が変わったんだ? これも神の塔のおかげか? 「私達姉妹の事を理解して頂けているので、他の無能よりは信じられると思っただけです」 「えへへー。コウ君相手だと命令違反も出来ないしねー」  まさかと思いシャロンにアイコンタクトを取ってみる。予想される答えで思わず苦笑い気味だったのだが、シャロンも同じように苦笑いをしていた。 「今の言葉を聞く限り。もしかして、命令違反は……」 「日常茶飯事でした!」 「ハッハッハ。でっすよねー! って、おぃぃ!」  そんなことを元気に嬉しそうに言われても困るが、そのノリに思わず俺も笑ってしまった。絶対命令権が無かったら、本当に言うこと聞いてなかったのかも知れない。この人選、よくよく考えてみれば酷いな。落ちこぼれに、言うことを聞かない天才姉妹か。  絶対命令権とは相性が良いから、ある意味最高の人選なんだろうけど。 「まさか、こんなことになるなんてなぁ。お姉さんもびっくりだよ? 最初はお目付役っていう楽な仕事だと思ったのになぁ。ちゃんと実戦付きだったなんて」 「姉さん、言っちゃいけないこと言ってる気がします。まぁ、もうこうなった以上、隠す意味もあまり無いのは同意しますけど」 「あぁ、いきなりやたら絡んできたのも、監視対象の行動記録だったのか……」 「正解ー。お姉さんポイントが三上がったよ」  適当なノリで誤魔化されそうになるが、合点が行った。やけにこっちの情報を引き出していたのはそういう任務だったからなのか。絶対命令権も転移能力も恐らくもうこっちの偉い人達にはばれてるんだな。ばれても困ることは多分無いから良いけど。それよりも、ミーシャとライラと少しは仲良くなったと思ったのに、結局は任務のためだったのは少し凹むなぁ。 「まー、そんな深刻な顔しないで大丈夫だよ。さっきも言ったでしょ?」 「そういうことです。スットコドッコイな浩太さんの方が、幾分かマシなので」 「へ? どういうこと?」  ミーシャはよっぽど愉快なのかニヤニヤしていて、ライラとシャロンは苦笑いをしている。一体何をしたんだ? 「命令違反は日常茶飯事よー。コウ君のことは適当に誤魔化して報告しといたから、気にしないで良いよ」 「姉さんと私で嘘と本当を織り交ぜて、それなりに信じられるレベルの嘘にしましたから。異世界人であることは隠していませんが、あなたの特異な能力は伏せてあります」 「良かったのか?」 「良いの良いの。上の人間にコウ君を取られるのはシャクだしね。ロイおじさんだけには全部喋ったけど、同じこと考えてて私達にそんな任務回したんだから、うまくやってくれてるよ」  手をひらひらさせながら、ミーシャがシャロンにウインクを飛ばした。  そう言えば、俺もロイのおっさんから色々便宜をはかってもらった。彼も俺の能力については知っているはずなのに、その件で呼び出されたことは無い。 「そっか。お父さんも浩太のこと黙っててくれたんだ」  シャロンも何故か納得したように頷いている。え、お父さん? 「浩太さんはロイおじさんに感謝しないといけないのですよ。おじさんが手を回さなければ今頃たっぷり尋問中です」  ライラから恐ろしいことを言われたが、頭の整理が追いついていない。ロイって俺が助けたロイ大佐のことだよな? 「えーっと、ちょっと待って。ロイおじさんって、あのロイ大佐のこと?」  三人が一様に頷いてくれた。これは正解らしい。 「シャロのお父さんなの?」 「そうそう。シャロリンはロイ大佐の一人娘だよ。で、親同士が仲良いから、小さい頃からよく遊びにきてるせいで、気心知れてるの」  ミーシャが補足説明をしてくれた。  道理で最初シャロンにすごい敵視された訳だ。父親を殺そうとした男だと勘違いされていたからか! そして、今割と自由の身でいられるのも俺が助けたおかげでもあるらしい。色んな意味でロイのおっさん様々である。 「ごめんね。最初お父さんが殺されちゃうかと思って……」 「あぁ、大丈夫。気にしてないから」  親の七光りというのも、父が大佐だったからか。それに、ミーシャとライラにおじさまと言われているくらいに、家族ぐるみで交流があるらしい。それなら、シャロンがあの二人と良く比べられたとしてもおかしくはない。 「まー、でもおかげで、シャロリンも何か自信がついたみたいだし、コウ君を確保しておいて良かったよ。さすがに今回のお告げは私もびっくりだけど、面白くなってきたから私は大歓迎!」 「ということで、浩太さんシャロンさん。緊張は解けましたか? さすがに死にたくはないですからね。世界を救う英雄ご一行というのもなかなか良い響きなので、こんなところで躓かないように頑張りましょう」  緊張しているのはお見通しだったらしい。それと気がつかなかったが、シャロンも緊張していたのか。弱気が無くなったとは言え、命をかけるのだから緊張するのは当然か。  ポケットの中が振動し、携帯に通知が入ったことを知らせている。何が起きたかは予想がついているから、移動しながら確かめよう。 「よっしゃ。んじゃ、行こうか。俺の言うこと聞いて貰うからな」 「うん」「はいはーい」「仕方ないですね」  皆がそれぞれ返事を返して、俺達はガレージに向けて走り出した。  携帯の画面を確認すると、やはり姉妹二人のことについて通知が現れていた。 《ミーシャ、ライラの信頼度がアップ。ボイスコマンド使用回数が三回に増加しました》 ○  バグの集団は既にコモンの近くにまで進行していたらしく、俺達はガレージでAWを装備すると直接空に飛び上がった。そこでシャロン達がロイに連絡を入れると、俺にも通信が回ってきた。 「浩太君。こちらロイだ。君達の部隊は南の海上に現れたバグの迎撃にあたってもらう。既に展開している味方部隊と共同して作戦にあたってくれ」 「分かりました」  イヴに戦略マップを開いてもらって敵の位置を確認する。俺専用のAWはイヴの言う通りサポートに特化していて、皆の手伝いをするための機能が多くついていた。携帯をAWの腕にある専用スロットに接続すると、目の前の空中に様々なデータを投影してくれる。画面が大きくなり複数の物を分割して表示させることが出来たため、いろいろな物が見やすくなった。  マップに表示された情報を見ると、バグコンバ三機にライトバグが百機展開していた。味方部隊八十機は東端にいる集団と戦闘している。 「マスター。絶対命令権の制限を解除。行けます」 「分かった。ロイのおっさんに言われた通り、味方機の援護に入るか。みんな行くぞ」  移動ポイントを設定して、皆を前線に送る。そして、自分も皆の支援のために後に続いて空を飛んだ。操作はイヴの補助があるおかげでポイントを指定すると自動で動いてくれる。  イヴから機体の説明を受けながら、交戦区域に到達した俺は、交戦中の味方機に通信を入れた。 「こちら木下浩太。支援に来た! 弾薬とNHCの補給。AWの修理が必要な人はこっちに下げる!」  被弾によってダメージを受けていた人達を自分の近くまで移動させる。寿命が削られるとは言え、無ければ死んでしまうのだ。背に腹は代えられない。 「予言の者か! 救援に感謝する! ここは死守するぞ!」  続けて、三人の行動を設定する。ライトバグの殲滅を優先して、被弾の機会を極力減らしていく作戦だ。 「シャロンはスナイパーキャノンで攻撃。クイックショットが出来るときは積極的に狙っていけ。ライラはマルチショットで片っ端から撃っていけ。ミィ姉は飽きるまでライトバグを近距離戦で落としてくれ!」  シャロンは弱気が無くなっているので、最初から使っていける貴重な戦力になっている。先ほどまで味方がライトバグの耐久値を削ってくれたおかげで、ライラの気後れがまだ発動していない。  ただ、いつ他人の撃墜数を越えて能力が落ちるか分からない。 「マスター。リングシステムの使用を提案」 「任せるぜイヴ。リングシステム起動! アタックリング、ターゲットライラ。シールドリング、ターゲットミィ姉!」  俺のAW脚部に折りたたまれていた直径一メートルの赤と青の輪っかが二個ずつ射出された。  リングシステムは青白い光を放ちながら二人の方に飛んでいき、彼女達の速度に合わせて随伴する。  ライラがアサルトライフルの弾丸を放つのと同時に、赤色のアタックリングから青いレーザーが発射された。補助攻撃システムだと聞いたが、威力が千もある。耐久値が三千しかないライトバグを落とすには十分な威力だ。 「これは凄いですね。浩太さんのくせに良い援護です」 「遠慮せずに落としまくってくれ」  ライラがアクロバット飛行で敵の攻撃を避けながら、銃弾とレーザー、そしてミサイルを吐き出し続ける。 「ライちゃんやるねぇ! お姉さんも負けてられないかな!」  バグの群れの中に飛び込んでいるミーシャには、ライトバグからのレーザーとバグコンバからのミサイルも襲いかかっている。だが、ミーシャには一発も攻撃が当たらない。圧倒的な速度による回避機動だけでなく、シールドリングが敵の攻撃を的確に防いでいるのだ。 「シールドリング、敵攻撃迎撃率八十パーセントを維持。展開続行します」  赤いアタックリングが攻撃補助なら、青いシールドリングは防御補助だ。敵の攻撃を打ち落とす低威力レーザーを発射し、さらには輪の中央に出来ているレーザー圧縮域で、攻撃を防ぐシールドにもなる。  シールドリングに守られたミーシャはバグの群れの中を飛び回り、すれ違い様にブレードでライトバグを切り裂いていく。 「これで十機! 多いなーもう!」  その声と同時に、突然ミーシャの命中率が下がり始めた。飽き性が発動してしまったのだ。 「私もこれで十機!」 「私は……」  さらにライラの命中率まで下がってしまった。撃墜数記録を見ると十一機だ。撃墜数が一位になったせいで気後れが発動してしまったのだ。  この姉妹は実戦でもマイナススキルがしっかり発動するらしい。素直に戦えるシャロンに比べて、非常に戦わせづらい。  そこで、ボイスコマンドからコンセントレイトを選択し、低下した命中率を無理矢理補う。 「ミィ姉! ライラ! 頼む敵に集中してくれ!」 「むぅ……。コウ君がそういうなら仕方ないか」 「浩太さんの命令権は厄介です……。このままでは撃墜数が……」  文句を言いながらも、効果はしっかりと現れている。特性を分かってくれると言ったライラの信頼を裏切ることになるかもしれないが、勝つためには我慢してもらわないといけない。  コンセントレイトが切れてはかけ直し、リングシステムもエネルギーの補給を済ませては、二人に随伴させて攻撃を継続させる。 「浩太! 全ライトバグ撃破したよ!」 「さすがだ! シャロに今からスナイパーキャノンの弾丸の補給をする」 「分かった浩太お願い!」  腕につけた黒いガントレットが展開し、電撃をまとった板が二枚伸びた。その間に、弾丸が詰まったコンテナをセットする。 「ウェポンコンテナ射出!」  コンテナ自体にブースターがつけられており、ターゲットに向けて確実に飛んでいく。射程距離はおよそ二十マス。二キロメートル先くらいまでの距離なら、弾丸の補給が出来る便利システムだ。 「補給成功。ウェポンコンテナ返却(バック)!」  しかも、ちゃんと帰ってくる。ただ、連続使用は出来ないようで、エネルギーをチャージする必要があるようだ。  残りのターゲットはバグコンバ三機だ。既にライトバグを全滅させたので、全員で集中攻撃をするだけだ。 「みんな撃ちまくれ!」 「了解!」  スキルが発動できる時は常に発動させて、スナイパーキャノンの弾丸をひたすら中央のバグコンバに叩き込んでいく。かなりの勢いで耐久値を削って行くが、両脇のバグコンバからシャロンを中心に巨大な赤い円柱が向けられた。 「シャロ! 左右のバグコンバ主砲をチャージ中。相打ちさせるために、中央を突破する。近接防御用ミサイルの射程圏に入るから気をつけろ。他のみんなはシャロンから離れてくれ!」  シャロンの頭に表示される敵からの命中率は十五パーセントだ。ただ、一発一発に判定があるようなので、七発に一発は当たる危険性がある。そのまま突っ込めば、被弾する危険は十分にあるのだ。まだ相手は二機残っているが、ケチらずにボイスコマンドを使うしか無い。 「シャロ、落ち着いて敵の攻撃を見て避けきってくれ。シャロなら出来る」 「うん。浩太が信じてくれるなら、やってみる」  数十発の黒いミサイルがシャロン目がけてバグコンバの背中から発射される。ミサイル間の小さな隙間を、針の穴を通すかのようにシャロンが駆け抜けている。シャロンの動きに対応しようと方向を急転換するミサイル同士が衝突し、爆発が連鎖した。  中央バグコンバに正面のマスに到着すると同時に、敵のチャージ率が百パーセントになった。 「敵主砲来るぞ! 全員衝撃に備えろ!」  そのままバグコンバの上すれすれを飛びながらシャロンが移動する。そのシャロンを追いかけて着弾地点が動き、中央のバグコンバは完全に左右のバクコンバ主砲の範囲内に入った。  エネルギーがチャージされきると、抑えることが出来ないのか主砲が放たれた。 「うまくいったよ。浩太」 「ナイス回避シャロ」  左右からの大威力レーザーに焼かれたバクコンバは溶けるように黒い機体を変性させて、爆発した。シャロンはもちろん無事だ。範囲外に逃れることに成功している。 「残り二機。シャロは西から片付けるぞ」 「了解」 「マスター。リングシステム再チャージ完了しました。アタック、シールドともに展開可能です」  別の部隊が東側に集中しているので、ボイスコマンドで強化出来ないミーシャとライラを東側に飛ばし、味方の攻撃が少ない西側の敵にはシャロンの全力をぶつける。 「アタックリング、ターゲットシャロ!」  更にボイスコマンドを選択し、一気に決める準備に入る。 「シャロ! 敵の動きに集中してくれ。いつもより遠い距離からでも今のシャロならいける!」  コンセントレイトと弾道計算を選び、遠距離からクリティカルに期待をかける。 「分かった。絶対に当ててみせる!」  スナイパーキャノンの先にアタックリングが二つ並び、リングの中央に青い光球が形成されていた。 「当ったれえええ!」  アタックリングの中央を通った弾丸が光をまとい、巨大な光球になってバグコンバに向かって飛んでいく。 「まっだまだー!」  クイックショットが発動し、二発目も光の弾丸となって飛んでいく。  バグコンバに大穴が二つあくと、耐久値が八千から一気にゼロにまで減っていた。 「二発で落ちた?!」 「一撃のダメージが四千です。アタックリング、エネルギー残量十パーセント。補給を提案」  大ダメージを与えることは出来るが、二発でエネルギーをほとんど使い切るところを見ると、スナイパーキャノンを補助する場合燃費はあまりよろしくないらしい。使い所を見極める必要がある攻撃方法のようだ。 「シャロ。一旦リングを戻す。リングシステムバック!」 「分かった」  バグコンバを落としたことで、イヴからシャロンのレベルアップの報告が入る。 「シャロンのレベルが六になりました。射撃スキル、ブラストショット習得。スナイパーキャノンの熟練度がDにアップ。クイックショット2に変化」  スキルもレベルが上がるのか。効果は連射性能アップとあるが、どうなる?  シャロンも最後の一機にターゲットをあわせ、攻撃コマンドを押す。  早速クイックショットがクイックショット2になって表示されていた。 「シャロ、クイックショット!」  今までは反動を前転で相殺していたのだが、スキルレベルが上がったおかげか左腕で一発目の反動を抑えられるようになっていた。  おかげで、体勢を立て直す時間ロスが無くなり、次の攻撃にスムーズに移れるようになった。 「ゲーム風に言うならクールタイムが減少か」 「イエス。マスター。そんな所です」  最後のバグコンバに集中砲火を浴びせると、その黒い巨体が小さな破片となって砕け散った。  とどめの一撃はライラが放ったレーザーライフルだったようで、撃墜数が増えていた。 「我々の勝利だ! 我々が国を守ったぞ!」  勝利の雄叫びが空に響き渡る。援護にまわって敵を落としまくったシャロン達はみんなから感謝の言葉で迎えられていた。 「シャロン見違えたじゃないか! 助かったぜ」 「い、いえ。そんな。たまたまです」  顔を真っ赤にしながらシャロンが頭を横に振っている。口では謙遜しているがきっと内心喜んでいるに違いない。 「さすが天才ミーシャと妹のライラだな。噂に違わぬ働きぶりだ」 「あはは。みんな無事で良かったよー」 「そうですね。皆無事で良かったです」  明るく振る舞うミーシャに比べて、ライラは少し元気が無いように見えた。 ○  戦いから帰り報告を済ませた俺達は、皆一旦家に戻ることになった。俺はコンセントを借りるためにシャロンについていったが、日本に帰る前に話がしたいと言われたので、シャロンの家に残ることになった。  リビングのテーブルの上に紅茶の入ったティーカップが並べられる。 「シャロおつかれさま」 「浩太もおつかれさま。……その、私どうだった?」 「凄かった。ちゃんと成長してる。色んな場面で助かったよ」 「そっか。良かった。……私ね。今日初めてみんなに褒められたんだ」  シャロンが嬉しそうに何度も小さく頷いている。  親の七光りとか、才能のないルーキーだと言われていたシャロンが皆に受け入れられた。努力がやっと認められた日が来たらしい。これは間違い無く彼女が彼女自身で得た評価だ。 「良かったな。だから言ったろ? シャロンは凄いってさ」 「ありがとう……。そ、その。浩太の援護も悪くなかったよ。ま、まぁ私が頑張らなきゃ浩太なんてダメダメだけど!」  戦闘中は素直に言うこと聞いてくれるようになったけど、何故俺に対してだけは常に上から目線なのだろう。弱気スキルがあった時からこれは一切変わってない。俺相手に弱気が発動したことは無いような気がする。  口調は少しずつ柔らかくなってる気がするのになぁ……。 「だから、その、これお礼にあげる。私もお父さんに貰ったお守り買ってきたから」  手渡されたのはオレンジ色の小さな結晶があしらわれたストラップだった。この世界の鉱石だろうか、暖かみのある綺麗な石だ。ラインで別れた時に言っていた買い物とはこれのことだったのだろうか。  AWの専用スロットとは干渉しない位置につけられるので早速携帯にとりつける。 「ありがとうシャロ。大事にするよ」 「大変な時に使えるから無くさないでね。さてと、休憩終わり! 浩太お願いがあるんだけど」 「ん? 何?」  先ほど実戦から帰って来たばかりだと言うのに、シャロンは俺に信じられないお願い事をしてきた。俺はイヴのサポートのおかげで、シャロン達に比べれば疲れていないから構わないのだけど、シャロンはかなり頑張って戦ったはずだ。ゆっくりしたいとか、甘い物が食べたいとかそういうお願いが来ると思っていたのに、正反対の内容だった。 「シミュレーションで訓練をお願い」 「マジで言ってる? 疲れたら無理せず休むのも大事だぜ?」 「これでも鍛えてるんだよ? それに今日もライラの方が落としてたし!」  努力家ここに極まれり。ただ、シャロンの努力に付き合うと言った手前、簡単に断ることも出来ない。  様子をしっかり気にかけながら適当な所で切り上げよう。負けず嫌いだから、きっと自分からは疲れたとは言わないだろう。シャロンが疲れた様子を見せたら、俺が音をあげた振りをすれば気分良く終わらせてくれるはずだ。 「言ったな? 負けないぞ」 「私だって負けないんだから!」 ○  結論から言おう。普通に負けた。  まさかの五連戦だ。いくら操作がゲーム感覚とは言え、目まぐるしく変わる敵の行動に合わせてシャロンに命令を出し続けるのは精神的に来る。音をあげるフリではなく、本当に音をあげることになった。 「俺の負けだ。休ませて……」 「私の勝ち。ね、負けないって言ったでしょ?」  たまった疲れに負けた俺は身体をソファに投げ出して、目をつむった。  情けない。数時間前にシャロンの様子を気にかけながらと思っていた自分が気にかけられる立場になるとは。  寝不足のせいか? もうちょっと遅くまで寝ていれば、負けなかったはずなのに。 「ゆっくり休んでて良いよ浩太」  頭の上をシャロンがそっと撫でてくれる。そんな彼女に甘えてしまって、そのまま瞼を開けずにいたら、いつの間にか意識が飛んでいた。本当に寝てしまったらしい。 「あ、しまった。本当に寝てた。あ……」  困った。これでは目が覚めたのに動けない。元気そうに振る舞っていたシャロンだが、実はかなり疲れていたようだ。俺の肩にシャロンの小さな頭が乗っかっている。横から見える寝顔はさっきまで必死になって戦っていた少女とは思えない程、穏やかだ。この顔を起こして見られなくなるのは少し惜しい。  寝ていただろう。と指摘したらきっと機嫌が悪くなる。寝ていた事は知らない振りをしておこう。シャロンが起きたら、俺が寝たふりをして起こされれば良い。  これがシャロンの可愛い寝顔を楽しむための、完璧な作戦内容だった。  それにしても、こんな疲れているのに何故命中率と回避率の低下が起きなかったのだろう。疲れがあるのなら影響を受けそうな物なのに。シャロンを起こさないようにそっと携帯を取り出し、シャロンのスキルを確認していく。  負けず嫌いの効果は敵の攻撃でひるみにくくなる。だけでは無かったのだ。パイロットバッドステータスによる能力低下を抑える効果も追加効果として書いてあった。 「それでか。シャロの奴、結構無理してたんだな」  携帯をしまった俺は彼女の労をねぎらうために、軽く頭を撫でた。さらさらとした髪が指に触れると甘い匂いがする。このままこうしていたいと思った時、シャロンの口から声が漏れた。 「浩太……」  あ、やばい。シャロンを起こしたか。早く寝たふりをしないといけない。 「いなくならないでよ……バカ」  瞑っていた目を思わず開けてしまった。シャロンが起きたと思って油断している時に、何てびっくりする台詞を言うんだ。しかも、シャロンが起きる気配は無く、また静かな寝息だけが聞こえてくる。一体どんな夢を見ているんだか……。  考えてみれば、今度の作戦が終わったらどうなるんだろう? 一応ラスボス扱いの敵を倒す訳だから、世界は救われてハッピーエンド。なら、その後俺は? あまり考えたく無いなぁ。でも、その後どうなりたいかの意思表示くらいはしても良いはずだ。 「いなくならないよ。バカ」  せっかく寝ていてこっちの声が聞こえないのだから、こっちもバカと返しておく。起きていたら絶対やらないけどな。一方的に攻撃されるのが簡単に予測出来る。  その後、三十分ほどシャロンは眠り続けた。シャロンが目を覚ました時に、何故かドタバタと部屋を駆け回る音が聞こえたが、頑張って目を開けないよう寝たふりをし続けた。シャロンが落ち着いたのか足音が大分小さい音に戻る。そろそろ、目を開けようか。 「まだ寝てるのかな……? 今ので起こしちゃったかな?」  こちらを気遣ってくれるシャロンの独り言が聞こえる。今、起きたら気にしてしまうだろうか。もうちょっと寝たふりを続けよう。 「あはは。大丈夫だ。間抜けな寝顔してる」  起きれば良かったよ! 今起きたら驚くだろうな。それとなく、目をパチパチと瞬かせて、伸びをすればそれっぽいはずだ。上手く演技しろよ俺。 「でも、モニターから見える浩太の顔。かっこよかったな……。あ、今の聞こえてないよね?」  どういう顔して起きれば良いんだろう。気恥ずかしくて、多分顔をろくに会わせられない。まさか、そんなことを言われるなんて思ってもいなかった。間抜けな寝顔から、かっこよかったって、ギャップがありすぎて、ちょっと嬉しいなんて物じゃない。  高鳴る胸を必死に抑えていると、おでこに何か柔らかな物が当たったような感覚がした。その一瞬の感覚がなくなり、シャロンの足音が遠くなっていった。まさかとは思うが、今おでこに……?  足音が聞こえなくなってから、そっと目を開くとシャロンはリビングにはいなかった。 「まいったな……」  やわらかな感触のあった部分を指で確認するようにさする。もしかすると、当たったのは唇だったのではないだろうか? だが、それを確認する術は持ち合わせていない。  俺は異世界の人間なんだからあり得ないとは思うけど、この世界の人間と恋人になることはないだろう。上がるのも好感度ではなく信頼度だ。  ため息をつきながら見つめる携帯の画面には、シャロンとの信頼度が上がったと表示されていた。 「あ、浩太起きたんだ。もう元気?」 「うん、大分寝ちゃったみたいだな。悪い」  実際ほとんど起きていたけど、ちゃんと内緒だ。それに互いに聞かれてはいけないことを言っていたし、知らない方が良いこともある。お互いの顔が赤いのがきっとその証拠だ。  気恥ずかしさに顔を逸らして外を見るとすっかり暗くなっていて、今日も巨大な月が顔を出していた。 「き、今日はもう帰るよ」 「う、うん。また明日」  また明日か。多分明日も来るし、そうだな。慣れきった異世界転移に思わず苦笑いがこぼれた。 「また明日」  転送モードを起動して、自室のベッドの上に帰って来る。  疲れのあまり目を瞑ると意識が飛びそうになった。 ○ 「……さん。浩太さん。応答してください」  遠くなる意識がライラの声によって現実に引き戻された。夜にわざわざ連絡してくるとは何があったんだろう? 「ライラか。どうした?」 「ようやく繋がった……。今日の撃墜数を教えてもらって良いですか?」  今日の実戦記録を読み出してみると、気付いたことがあった。そして、良くこんなことに気がついたと驚いてしまう。  リングシステムはランナーのスキルの影響を受けないことを知った俺は、アタックリングを能力が低下していたミーシャとライラにつけていて、前半戦はコンセントレイトを使っていたのだ。それが原因だったのだろう。 「撃墜数はライラ、シャロ、ミィ姉の順になってる」 「しまった。私としたことが……」 「いや、素直に喜べよ。撃ち漏らしなくしっかり敵を捉えた成果だろ。すごいじゃないか。早速、ミィ姉越えてるよ。さすがライラだな」 「ですが……素直に喜べないですよ。喜べる訳がないじゃないですか……」  シャロンは自分を信じることが出来なかった。なら、ライラは何が問題なのだろう? 俺が力になってやることは出来ないだろうか。 「なぁ、ライラ。何がそんなに怖いんだ?」  理由を問いかけるが、返事が返ってくることは無く、一方的に通話が切られてしまった。 「イヴ転送モード。場所はライラの部屋」 「イエス。マスター」  ライラとしっかり話をしておきたい。あろうことか俺は連絡無しで女の子の部屋に飛び込んだ。うん、こうなることは予想していたけど、早速トラブル発生だ。 「や、やぁ……こんばんは」  何故モネトラに転移するたびに俺はこけているのだろう。ベッドに腰掛けていたライラに頭から突っ込んでいる。目の前には白く細いライラの太ももがあった。うつ伏せ膝枕も悪くないなぁ……。ほどよい反発のあるやわらかさだ。 「度し難い変態ですね……。このまま絞め殺しましょうか」  ライラが死刑宣告をすると、枕はたちまち絞首用の縄と変化した。絹の布で首をしめられているようだ。 「ギブギブ! 死ぬ! マジで死ぬ!」 「バカ、アホ、変態、鈍感野郎のニブチン。何で来たんですか? 私の情けなさを笑いに来たんですか?」  情けなさ。ライラの気後れの原因はそこか?  ライラが足をほどいてくれて、ようやく息が出来た。非力そうに見えて意外と力がある。  何とか体を起こすと、ライラは殺気に満ちた目でこちらを見下ろしていた。 「何でみんなより上手くいったのに、情けないんだよ?」 「言える訳がありません。浩太さんに弱味を握らせてあげられるほど、私はお人好しじゃないんです」  原因は間違いなくミーシャにある。姉さんを越えてはいけない。皆が期待しているのは姉さんの方だ。そんなみんなに期待されているミーシャを超えて情けない。  手元にある情報はこれだけだ。 「なぁ、もしかして、ミィ姉に嫌われると思ってる?」  ライラは下唇をかんで黙り込んでしまった。地雷を踏んだかと少し後悔したが、こうなったらとことん話を聞いて、突破する以外道は無い。傷つくことを傷つけることを怖がるな。その先にしか手に入らない物もある。 「それとも、ミィ姉を越えてしまったら、他の人の姉を見る目が変わってしまうから?」 「私はそんなに優しい人じゃない……。それに姉さんはそんなことで私を嫌ったりはしない」 「でも、周りの人間の気遣いは出来る。ライラは優しいから。そんな優しいライラが怖がっているのは、誰かが傷つくことじゃないのか?」 「止めてください! 気遣いなんかじゃない。私は……ただの臆病者なんです」  怒鳴るように俺の言葉を遮ったライラは、最後にはギリギリ聞こえるか聞こえないかくらいの声量になっていた。少しライラの本心に近づけた気がする。臆病者か。 「シャロンさんはすごいですよね……。私はあの人がとても羨ましい。今日はより一層そう思わされました」 「シャロの何処が羨ましいんだ?」 「それ本気で言ってます? 本気で言っているのなら、私はあなたの人を見る目のなさにガッカリしてしまいます」  わざと言ってみたが、逆に怒られた。ただ、俺もシャロンの凄いところは知っている。なら、きっとそこにライラが欲しがっている物があるはずだ。 「シャロの凄い所は色々あるけど、一言で言うなら折れない強い心かな。自分をなかなか信じられなかったみたいだけど、それでも諦めることはしなかった」 「先ほどの言葉を訂正します。見る目はあるようで安心しました」  ライラはきっと何かを諦めた。シャロンが諦めずに、ライラが諦めてしまった物がきっと気後れの答えだ。 「そっか。ライラはミィ姉に勝ったことはあるけど」  ライラは俺の言葉を聞くと、天井を仰いで顔をこちらから外してきた。そして、自嘲気味に話始める。 「口が滑りましたね……。笑うと良いですよ。唯一勝っている点は姉さんの適当な所をサポートするところだけです。それだけは姉さんには出来ないことですから。あ、後部屋の綺麗さくらいかな」 「笑わないよ」 「私と違って、お人好しですね」 「そうかもな。でも、それで良いと思ってる。お人好しじゃないと、異世界のために頑張ろうなんて思えないさ」  ちょっとキザっぽく演技をして、ライラを笑わせようとするが逆にため息をつかれてしまった。しまった逆効果だったようだ。 「今のは決め台詞にしては格好悪いですよ」  じと目で見つめられながら、ぼそっと小さく言われてしまった。非常に残念そうな雰囲気を出されていて、変に格好つけなければ良かったと後悔する。  あまりの恥ずかしさに、ライラから目をそらそうとすると、逆にライラの方から目をそらされてしまった。  でも、それはきっと俺とは違った恥ずかしさからだろう。見たくも無い自分のダメな所を直視してしまう時に感じる胸のざわつきからだと思う。決め台詞が寒すぎるからだと思いたくない。 「小さい頃、私も姉さんに負けないようにと頑張っていました。でも、下される評価はさすがミーシャの妹だ。それだけです。私は常に姉さんの妹として見られていました。それがとっても嫌で、姉さんがまだやったことの無い事をやってみました。その時、初めて私が私として認められたんです」 「何を始めたんだ?」  この質問の答えが恥ずかしいのか、ライラは顔を紅潮させ、手を揉みながら小声でその答えを教えてくれた。 「料理です」 「あー……、確かにミィ姉はやらなさそうだ」 「ですが、姉さんも私を真似て料理を始めました。やることなすこと簡単に上達するので、見ていて少しむかつきますよ。あっという間でした。さすがミーシャの妹だ。の評価に戻るのも。それがまた悔しくて、色んな事を始めましたけど、全部姉さんに負けちゃいました。そこで思ったんですよ。姉さんには敵わないなって。私はこの人を越えたらすぐに追い越されて悔しい思いをしちゃうなって……。情けないですよね」  ライラは最後の言葉を言うと俯いて、また黙ってしまった。でも、これでようやく気後れの理由が分かった。天才だから色んな事に気がついて、冷静に色んな事を対処しているせいか態度だけは大人っぽく感じるけど、ライラは俺よりも一個下の女の子なんだ。見た目はかなり幼いけどそれを感じさせない態度だったから、忘れていた。 「なぁ、ライラ。今でもやっぱりライラとして認めて欲しい?」 「それはそうですよ……。でも、私は怖いんです……。いつまた姉さんのフィルターにかけられるか分からないですから。だから、私は最初から誰かの一歩後ろにいることにしたんです。姉さんに比べられることはあっても、姉さんに越えられることはありませんから……。こうすればお姉ちゃんのお手伝いをする良い子になれますから……」 「なぁ、ライラ。俺はミィ姉のこともライラのこともほとんど良く分かって無いけど、確実に言えることがいくつかある」 「え……?」  俺の言葉にライラは顔を上げて、困惑した表情をしている。 「まず一つは感謝と謝罪の言葉なんだけど、ありがとうな。俺を信じてこんなこと話して貰って。辛い思いをさせた。ごめん」  頭を思いっきり下げて、勝手にライラの心に踏み込んだことを改めて謝罪する。 「浩太さん。頭をあげてください。最後の方は私が勝手に甘えただけなので……」 「でもさ、ライラはミィ姉とはやっぱり違うよ。部屋の片付け方だって、周りの見方だって、頭の中の考え方だって。確かにミィ姉と比べられることは多いと思うけど、それでもライラはライラだ」  あげた顔で笑顔を作って、少しでも安心感を与える努力をする。 「でも……」 「ライラの広い視野はミィ姉がどんなに頑張っても手に入らないと思うぞ。あの人はライラみたいに状況を重ねた上で、筋道立てて考えるタイプじゃなくて、直感で動く上に言うことが本当か嘘か分からないから」  俺の見立てにライラが苦笑いを浮かべた。ライラも同じ事を思っているらしい。 「何も考えていないように見えて、本質を突くところが凄いですけどね」 「でも、それじゃ説明にならないからな。ライラがいないと話がさっぱり進まない。それにミィ姉に越えられたら、抜き返したら良い。その時はいくらでも手伝うさ。たまにはミィ姉が困る顔をするのも面白そうだし。俺はライラをライラとして見てるさ」 「あの……浩太さん……。信じても良いですか?」  突然のお願いだったが、何をどう信じて欲しいのか。何となく俺も分かっていた。鈍感と何度か怒られてはいるが、これくらいは気付いてあげられる。 「私を私として、見てくれるって……。今私にしか出来ないことが姉さんも出来るようになっても」 「始めから俺はそうしてるんだけどな。これからもそのつもりだ」 「言われてみれば、私が勝手に比較してたのに、最初っから私を応援してくれてましたしね……。天才ミーシャの妹なんだからじゃなくて。私を信じてくれた」  今度は後ろを向かれて全く顔が見えないが、多分もうこれでライラは大丈夫だ。きっと、姉を越えることに対しての恐怖は無くなった。今はまだ心を整理している最中だし、今日はもう帰ろう。 「今日はそろそろ帰るな。おやすみ」 「おやすみなさい……」  コンセントを借りて、転送モードのボタンを押す直前、背中に重みと暖かさを感じた。  背中越しにライラの小さな声が聞こえた。やっぱり罵声がついてはいたけども、最後に聞こえた言葉は今度こそ聞き間違いでは無く感謝の言葉だった。 「鈍感……バカ……好色魔の変態野郎の人たらし。でも、ありがとう。浩太さん」  感謝の言葉で送り出されて自室に戻ると、携帯に新たな通知が入っていた。 《ライラとの信頼度が上昇しました。個人スキル気後れが個人スキル的確な支援に変化しました。援護射撃に命中率と攻撃力のボーナスが付加されます》  その通知で安心感が生まれてきた。ライラもシャロンと同じように前を向いてくれる。これまで以上に頼もしい味方になってくれた。 「マスター。モネトラの世界とモネトラの人達のことは好きですか?」 「えっと、まぁ、そうだな。好きだよ。あの世界の雰囲気も、シャロ達も良い人達だし」 「それは良かった。バグクイーノを倒すために、また力を貸してください」 「任せとけ。みんなでモネトラの世界を救ってみせるさ」 第八章「決戦バグクイーノ」 「神の塔より得られた情報から考えると。バグクイーノに打ち勝つためには君の力が必要になるようだ」  ロイ大佐に呼び出された俺は、部屋に入った瞬間頭を下げられた。軍の方には神の塔経由で情報が回っていて、バグの配置情報がハッキリと地図に記されている。 「我々では残念ながら敵の位置が分からない。目隠しをしながら殴り合いをするような物だ。だが、あの娘達から君ならバグの動きを見通す力があると報告を受けている。先日の迎撃戦の件もある。前線での指揮は君にお願いしたい。もちろん私も全体指揮で君を支援する」  作戦決行は週末に決まった。バグを生み出す元凶バグクイーノとの決戦の日だ。  俺達の小隊は他の部隊がバグを引きつけて、守りが薄くなった中央を突破する強襲部隊に区分されている。  決戦の地は朽ち果てた旧都市ヴォーダンという場所で、イヴの情報によるとかつては神の塔からもたらされる技術で大いに栄えた地らしい。残念ながら今はガレキと化した廃墟にバグがうろついている場所だ。  だが、勝てた時の利益も非常に大きい。増殖の手段を奪えば、いつの日かバグはゼロになる。イヴが俺に望んだ世界を救うことに対する大きな前進だ。 ○  灰色の輸送機の中で、真ん中にミーシャ、その両隣にシャロンとライラが座っている。俺は三人の反対側に向かい合うように座って、改めて作戦を確認していた。 「第一陣が発進したら、この戦略マップを確認しながら敵が分散するまで待機。分散を確認したらブースターユニットで強襲をかける」 「うん。私達が戦うんだよね。あのバグクイーノに」  バグの女王と言われるバグクイーノの報告情報はほとんど無い。その姿が確認出来るのは一瞬だけで、偵察機が撃墜される直前のほんの数秒間のみだ。モネトラの住人が分かっていることは、女王だけあって護衛の数が多く、常に多数のバグを従えている。そして、かなり大きいということだけだった。  そこにイヴの解析能力を加えた結果、バグクイーノの詳細データが把握出来た。姿形は大型の蜂と言ったところだろうか? 四枚の楕円形の翼を持ち、トゲがついている腰の先端部に巨大な砲門がついている。足は強靱なだけでなく、多くの小型砲門が搭載されており、懐に潜り込もうとする者を容赦な破壊しつくすだろう。  耐久値は十五万。バグコンバ十五機分の耐久値を誇っている。装甲も硬く、こちらの攻撃威力の半分程度がダメージとして期待出来るレベルだ。  絶望的な数値だったが、削れない相手ではないということが分かった。後は自分たち次第だ。  そして、俺はその作戦の成否を決める重要な役割を担っている。 「浩太さん。落ち着いてください。貴方に全てがかかっているのではありません。私達全員、今ここに来ている全ての人達次第です。浩太さんはいつも通りふてぶてしい態度で、ふんぞり返りながら、そのご自慢の指先で私達に指示を出してれば良いんです」 「気遣いありがとなライラ。大丈夫だ。絶対に成功させてみせる」  ここ最近、ライラの言葉には毒気が含まれながらも、俺を心配してくれたり労ってくれる言葉が混じり始めていた。勝手に個人の事情に踏みいりすぎた代償が言葉に含まれた毒気なのだろう。仕方ないと諦めるしかない。 「何かシャロリンもライちゃんも、コウ君と随分仲良くなったよねぇ。それに、携帯についているアクセサリーは何があったのやら」 「そ、そんなことない! 浩太は隊長で訓練に付き合ってくれてるだけだよ!」 「そうですよ姉さん。スットコドッコイの鈍感野郎ですが、隊長です。それだけですから! というか浩太さん。それは何なんですか?!」  隊長としてだと他人行儀な感じを受けてしまうので、せめて友達としてにして頂きたかった。俺はみんなのことを仲が良い友達と、自信を持って言えると思っているのに。  そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、ミーシャは俺の心を代弁してくれた。 「二人ともコウ君を隊長扱いしたら、コウ君残念がるよ?」  ミーシャが俺の気持ちをくんでくれるなんて、珍しいような気がする。  シャロンとライラがそっぽを向きながら、目線だけこちらに向けてきた。恐らく、どうなんだと聞いてきているのだろう。  そんな二人の疑問に対して、確かに残念な気持ちがあったので、素直に頷くことにした。 「ね? あ、でも二人が隊長としてなら、お姉さんは男の子のコウ君と仲良くなりたいなー」 「そうだな。隊長とかって意味じゃ無く、俺もミィ姉と仲良くしたい。って、え?! ミィ姉最後なんて言った?!」  ミーシャの言葉にシャロンは驚きのあまり座席から転がり落ち、ライラは口をぽかんと開けたまま固まっている。そして、俺はドキッとした後、何故か背中に寒気が走った。  こんな時に風邪かな……? 「あはは。みんな良い反応してくれるねー。ふーん、そっかー」  ミーシャが凄く楽しそうにニヤニヤしながら、シャロンとライラを見比べている。そして、ショック状態から戻った二人は何故か顔を真っ赤にしながら俯いていた。寒気を感じている人間の言うことでは無いだろうが、作戦前なのに熱を出されては困る。 「二人とも顔が赤いけど、大丈夫か?」 「浩太のバカぁ!」 「浩太さん。観察眼をもっと養うことをおすすめします。今のあなたはクズです。女の敵です」  俺が何をしたって言うんだ……。ミーシャは笑いを堪えられなくなったのか爆笑しているし、完全に彼女に遊ばれたらしい。真っ赤な顔で涙目になりながら睨み付けてくる二人はなだめられそうにないので、この状況を作り上げた元凶に助けを求めた。 「ミィ姉……人で遊ぶのやめてくれ」 「ん? 遊びじゃないよ? シャロリンもライちゃんも。そして、この私も遊びでは無く本気なのだー!」  電光石火とはこのことか。  ミーシャの一言によって、こちらを睨み付けていた二人の視線が一瞬にしてミーシャに向かった。  だが、何故か助かったとは思えない。きっと、それはミーシャがまだイタズラな笑顔を浮かべているからだ。 「ふふふ、負けないぞ小娘どもー!」 「私だってミーシャにも、ライラにも、もう負けないんだから!」 「私がいつまでも姉さんの下にいると思ったら大間違いなんですよ!」  ミーシャは消火活動をしてくれなかった。むしろ、火に油を注いでくれたらしい。シャロンもライラも声を荒げてミーシャに抗議している。  大騒ぎしている三人娘の間に、何故か火花が散っているように見えた。  関わったら絶対に自分に引火する。目に見える恐怖から俺は逃げることを選択し、黙り込むことにした。  だが、残念ながらここは空の上の輸送機の中、つまり密室状態だ。物理的に逃げることは出来ない。追う者がいれば掴まってしまうのが摂理という物なのだろう。 「いやー、まさかコウ君にねぇ。ねぇ、コウ君。この二人はもう決まりなんじゃないでしょうか?」 「な……何がでしょうか?」 「さぁ?」  完全に遊びモードに入ったのか、ミーシャはこの状況を改善してくれるような素振りを一切見せてくれない。決戦前に何でこんな雰囲気になったんだ……。もっとこう緊張したり、気合い入れたりでハラハラするような場面だろ? 「あぁ、だからか」  ミーシャの本意がようやく分かった。いっつも引っかき回すミーシャが計算すればこうなるのか。  俺が勝手に納得していると、三人とも不思議そうな顔に変わってこっちを見てきた。 「いや、緊張感無いなぁーって思ってさ。これから世界の命運をかけた戦いだっていうのに。ミィ姉は緊張感を壊すのが上手いな」 「あぁ、なるほど。そう来たかー。よーく分かりましたねー」  少し投げやりな感じもするが、基本的にミーシャは適当だから多分正解だ。たまにはミーシャの引っかき回す好意も役に立つんだなぁ。 「あ、ミーシャのいつもの冗談に引っかかっちゃうなんてなぁ……油断した。ね、これが終わったら七番地区にみんなで遊びに行こうよ。さっきのイタズラの罰でミーシャのおごりでどう?」 「良いですね。美味しい物いっぱい食べましょうか」 「あっれぇ? いつの間にかお姉さんの財布が握られている?!」 「からかった罰だよ」 「そうですよ。姉さんはたまには痛い目見ないとダメなんです」  険悪なムードから一転、楽しそうに談笑する彼女達の笑顔がまぶしい。  俺は絶対に無くしてはいけない物を彼女達から託されている。だが、これを選んだのは俺自身だ。ロイ大佐に軍人として登録すると言われた時に選んだ選択だ。  俺が手に入れた絶対命令権もイヴの解析能力も全てを使ってみんなを守って見せる。 「作戦コード《マザーズアース》に参加してくれた皆に告げる。間もなく敵の制空権に入る。各員戦闘用意」  ロイ大佐の通信が聞こえる。せっかく俺も覚悟を表明しようと思ったのに、タイミングが悪い!  皆がロイ大佐の一声で、AWを装備して臨戦態勢に入っている。俺も遅れずに専用AWを装着すると、携帯を専用スロットに差し込んだ。今回は戦闘が長引く可能性もあるので、念のために買ってきた携帯充電器も用意してある。スペアの乾電池もバッチリだ。 「イヴ。広域戦略マップ展開」 「了解。展開します」  コモンの国力をあげての総力戦であるため、こちらもかなりのAWを用意するが、敵の数は更に恐ろしいことになっていた。予想通り物量差はこちらが圧倒的に不利だ。 「三千対一万か」  単純計算でも一人三機以上の撃墜記録が必要となる。先行部隊千人でどこまで減らせるかがカギだ。  マップに表示される敵の勢力圏に味方輸送機がどんどん近づいていく。敵はバグクイーノを中心に、五重の防衛ラインを形成している。そんなバグの群れに、俺達は三方向から部隊を近づけていく。  味方機の点と、バグの勢力圏である円が重なった瞬間、ロイ大佐の号令が鳴り響いた。 「作戦コード《マザーズアース》開始! 陽動部隊は無理に敵を落とす必要は無い。生き残って逃げ延びることだけを考えろ!」  同時に輸送機から味方機が次々に飛びだって行くのが見える。戦いが始まった。ここから先は俺の選択一つ一つが作戦の成否に繋がっていく。恐らく余裕はほとんど無くなるだろう。だから、さっき言えなかった覚悟を三人に伝えるのなら今しか無い。 「シャロ、ライラ、ミーシャ」  大きく息を吸い込んで、声を張り上げる準備をする。俺が手に入れた力は今このタイミングで意味が無いのは分かっている。でも、おまじない程度の力にはなれるだろう。 「木下浩太が絶対命令権をもって命じる! みんな死ぬなよ! 絶対一緒に生きて帰るぞ」 「浩太もね」 「今まで一番良い命令です。違反はしません」 「コウ君に言われたら仕方ないねー」 「ありがとう。俺も俺の仕事に集中するよ。ロイのおっさんだけに任せておけないからな」  強襲部隊に空中待機するよう指示が下された。まずは三人娘が輸送機の外に飛び出す。その後に続いて俺も戦場の空へと身を投げ出した。  天候は雲が多少出ているが晴れ。足下には地面が見えないほどに木が茂っている。そして、目標地点であるヴォーダンの地には折れて朽ち果てているビル群が見える。  木の上スレスレまで高度を下げて、俺達強襲部隊は待機だ。  遠くの空を見上げると既に戦闘が始まったのか、雷のような爆発音とともに、赤い爆炎と黒い煙が空に生まれていた。  ロイ大佐から通信が入り、最後の確認が行われる。 「浩太君、陽動隊が交戦を開始した。後は君の合図を待つ」 「敵の分散が止まったら合図を出します」 「私的な用件になるが、シャロを、不肖の娘と友人の娘達を頼む」 「任せてください。必ず一緒に帰ります。シャロはもう落ちこぼれでも、ダメな奴でも無いですよ。信じてやってください」 「そうか。あの子も信じられる人を見つけたか。親としては複雑だが、頼む」  その一言でロイ大佐からの通信が切れたので、俺も戦略マップを食い入るように見つめ始めた。  両翼に展開した味方機がバグの群を引きつけて離れていく。  外部のバグは比較的早めに行動し、内側に行くほど反応が鈍い。  この様子ではこのまま陽動をかけてもバグクイーノ単騎にまではもっていけそうにない。 「イヴ。この様子で行くと何機まで減らせそうだ?」 「およそ半数。五千機までは両翼の部隊に引きつけられそうです。敵防衛ラインが薄くなるのはおよそ五分後。敵部隊、高度五百メートルまで上げています」 「なら、移動は四分後か」 「イエス。マスター。千機で五千機を減らせるのなら、リスクとリターンは釣り合いますね。最大限のサポートを行います。この世界を救ってください」  イヴがモニターにカウントを表示してくれた。一秒一秒が長く短い。一秒経過するのが遅く感じるが、気付いたときには時間がかなり進んでいる。  カウントが終わると同時に俺は全員に号令をかけた。 「全機、OAブースター展開! 仕掛けるぞ!」  ロケット型の追加ブースターが火を噴き、爆発的な加速力が生じる。  残っているバグの総数は五千だが、陽動部隊により防衛ラインが前後に崩れている。つまり、今のこの状況なら相手にするのは前方の二千五百機のみ。ほぼ一対一の数にまで持ち込めるのだ。前後に分かれた敵部隊が合流する前に、一気に勝負を決めるためならば、ブースターの使い捨てくらい安い物だ。  あっという間に密林地帯を抜け、市街地郊外に到達する。戦略マップでは、前方の味方機が敵の第一防衛ラインと接触する寸前だった。 「イヴ、敵部隊合流まで何分?」 「十分です。十分以内にバグクイーノを撃破することを推奨します」 「十分かじゅうぶんだ! リングシステム起動」  最前線の味方機にアタックリングとシールドリングを飛ばして、バグの防衛ラインを突破するためのサポートを行う。第一防衛ラインにはライトバグとバグコンバの混成部隊が空に浮かんでいる。 「チームカラーレッドは味方機の突破を援護。敵防衛ラインの攪乱に専念してくれ」 「レッドワン了解。浩太! この前の迎撃戦の時以上に期待してるぜ。行ってこい!」  崩れた建物の合間を縫うように低空を高速飛行で駆け抜けていく。前方千五百機が敵第一防衛ラインをすり抜け、赤いマーカーが機体に塗られた部隊五百機で足止めを仕掛ける。 「全機へ。次の防衛ラインは砲撃型バグカノーネの群れだ。高度を上げるなよ。ぶっといのに狙い撃ちにされる。チームカラーブルーはバグカノーネの撃破を頼む」  カタツムリのような形をしたバグがどっしりと地面や壁面に張り付いている。渦を巻いた黒い殻から伸びる大型のレーザーキャノンが特徴的だ。動きは遅いが威力と照射時間はかなり高い。  そんな相手に、後ろから狙い撃ちにされては敵わないので、ここにも戦力をケチらず投入する。  戦略マップ上に存在するバグカノーネに向けて、絶対命令権を使用して青いマーカーのついた味方機五百機を飛ばして行く。自由に使える残りの味方機は五百機だ。 「こちらブルーワン。俺達が空の天井を外す! バグクイーノは任せるぜ!」  レーダーに頼れないので、俺が皆の目になるしかない。迎撃戦の結果と、この作戦の前に絶対命令権が説明されているので、俺の指示に文句は返ってこなかった。  ただ、さすがに一度に数千もの命令は出せないので、部隊単位で命令を出している。  男も女も、ルーキーもベテランも、皆国のために死力を尽くしている。  そして、俺達と同じように敵であるバグも必死に反撃をしてきている。防衛ラインを二つ突破されたのが焦りを産んだのか、陣形を崩してこちらに向かって雪崩れ込んできた。乱戦に持ち込んで後方に展開していたバグが合流するまで時間を稼ぎ、数で押しつぶそうという作戦だろう。 「イヴ、目標ポイントまでは?」 「残り五百メートル」  目を凝らして見るが、それらしい物は見つからない。この作戦を立てる際、ヴォーダンの都市構造を調べた時は、確かにここら辺にあったのだが。 「浩太さん、目標ポイントは前方。倒れたビルの下です。先行して爆破します」 「頼むライラ! チームカラーグリーンはライラの援護を!」  気後れが無くなったおかげか、ライラが行動の提案をして、自ら遂行し始めた。もはや、彼女は自分のためだけに後ろで飛んでいた頃のライラでは無い。皆のために自ら先を飛べるようになったのだ。  五秒もあればたどり着けるような距離だが、それでも油断は出来ない。敵はもうなりふり構わずこちらを数で押しつぶそうとしているのだ。こちらも数を投入しなければ一方的に攻撃されてしまう。  バグを低空に移動させないように、緑色のマーカーがつけられた部隊が敵のバグを抑える。 「浩太さん。地下鉄の入り口を発見しました。突入可能です!」 「よし、チームイエロー突入! チームグリーンはこっちが全員突入するまで敵をひきつけてくれ」 「グリーンワン了解。互いに生き延びよう。今度生まれる娘の顔も見たいのでな。後を頼む」  ライトを点けて俺達は真っ暗な地下に突入する。通路の作りからして恐らく地下鉄だろう。マップに表示された情報では環状の通路に対して、深さが違う長い通路が何本も通っているのだ。この都市が栄えていた頃は日本と同じように地下鉄が人の足になっていたのかも知れない。  地下道を進みながら広域マップを確認すると、あっちこっちで戦闘が行われていることが報告されていた。数的不利は何とか対等まで持って行けたが、質的面では互角だ。ダメージを受けている人もいて、俺はこの作戦で皆の命を削っている。 「イヴ。部隊単位でボイスコマンドは使えるか?」 「可能ですが、信頼度がまだ低いので一回きりです。使い所を良く考えてください。敵増援が現れたらどうするつもりですか?」 「くっ……。耐えるしかないか。でも、耐久値がやばい奴がいたらすぐ報告してくれ。ボイスコマンドを使って後退させるから」 「了解ですマスター」  皆の命をかけた戦いのおかげで、俺達強襲部隊は地下通路に突入出来た。 「バグクイーノ周辺にバグは殆どいないな。このまま接近して一気に片付ければ、被害も少なくて済むはずだ……。皆それまで持ってくれよ」  暗い地下道の中、前方を照らす機体のライトの光が伸びていく。俺達も先が見えない戦いの結末を見せるための光にならなければならない。このライトが照らす先に、この作戦を成功させる秘訣がある。  地下通路の先、バグクイーノが陣取る場所の真下にある駅に到達した。バグクイーノを囲むように味方機を五十人ずつ、十カ所別々の出口へ配置していく。  俺は離れた地下通路の中で指揮だ。 「浩太。ポイントに到達。いつでもいけるよ」  シャロンが目標地点に到達したことを伝える。続いて各班の狙撃部隊から連絡が入る。数の多さ故に油断しているのか、周りに敵反応は表示されていない。速攻でカタをつけてやる。 「全機。攻撃開始!」  全長四百メートルの蜂型バグクイーノに向けて、砲撃の嵐が降り注ぐ。耐久値ゲージの減りはかなり遅いが、確実にダメージは与えられている。  バグの女王といえど、無敵ではないらしい。 「攻撃が効いている。みんな勝てるぞ!」  先制攻撃は決まった。削った耐久値は一万ちょっと。バグコンバなら落とせている程の攻撃だが、バグクイーノが弱っている様子は無い。これから先は激しい反撃が待っているだろう。  マップを確認すると、部隊が展開している入り口がすっぽり入る円状の攻撃範囲が表示されていた。  バグクイーノの状況を表示すると、口の部分に赤黒い球体が形成されている。攻撃名はプラズマグレネードと書いてある。攻撃範囲は五マスと広い。 「敵から広範囲砲撃が来る! 全機散開させるぞ」  放物線を描いたプラズマ球が地上に向けて飛ばされ、大爆発を起こす。  だが、こっちには爆発範囲も見えている。  俺も戦略マップで予測される攻撃範囲外へ味方機を動かし、攻撃を回避させる。マップ兵器なら絶対命令権と戦略マップで回避しきれるので、味方部隊を近づかせて各種兵装の射程内にまで持ち込んだ。 「さて、お姉さんの出番だ!」 「姉さんだけに格好はつけさせません」  姉妹の息の合った攻撃が始まった。敵の頭部に向けてライフルを発射する。  ミーシャの狙った地点へ的確にライラが追撃を叩き込み、一点に攻撃を集中させる。バグクイーノの表面が弾丸で砕けていき、少しずつ額の部分が凹んでいく。 「第一装甲貫通を確認。防御力低下部位が生じました。全機にデータを転送」  データ通り中身は他のバグと同じ堅さだ。今生まれた弱点に集中砲火をすれば、すぐに終わるはず。表面の装甲が硬くとも中身まで硬いとは限らない。  だが、何故かバグクイーノは一方的に攻撃され弱点を晒しながらも、場を動かなかった。四百メートルもあれば、動きが鈍いのか? それとも、何か狙いがあるのだろうか。 「敵武装変更を確認。ブレイズレイが展開されました。翼から放たれる近中距離用兵器です。連射速度が高く。回避が困難です」  考える暇は無しか。敵の命中率はどうなっている?  天才などパーソナルスキルが無い味方には、敵からの命中率が六十パーセントと表示される。天才姉妹でも二十パーセントで、シャロンは三十パーセントだ。威力千の攻撃を連続で撃ち込まれてはひとたまりも無い。AWの耐久値では四、五発耐えるのが限界だ。 「それなら、もったいぶらずに使うしか無いよな!」  三人のボイスコマンドを表示して、攻撃予測を選択する。一分間の無敵時間を利用して、少しでも削る! 「三人とも、しっかり敵の攻撃を見ろ。当たるなよ! 突っ込むぞ!」 「「了解!」」  三人のかけ声が重なり、バグクイーノ射程圏に飛び込んでいく。他の味方機はダメージを受けないよう逆に後方に移動させて援護射撃に回す。ミーシャの飽き性のせいで、一度しか出来ない連係攻撃だが、出し惜しみをする余裕は無い。 「ACF(アサルトコンバットフォーメーション)デルタ!」 「んじゃ、まずはお姉さんから!」  ブレードを構えて、ミーシャがまず突撃をしかける。バグクイーノの攻撃は接近していくミーシャに集中した。  煌めく火線の中、ミーシャが僅かに空いた隙間をくぐり抜けていく。  ターゲットをミーシャが一手に引き受けているおかげで、シャロンとライラが攻撃に集中出来ている。  シャロンはスナイパーキャノンを構え、ライラはレーザーライフルで弱点となった額を狙う。  熱と衝撃により、バグクイーノの額に出来た亀裂が広がっていく。亀裂の広がりとともに、ダメージも増えている。 「うりゃあー!」  集中砲火をくぐり抜け、ミーシャを捉えようとする六本の足をするりと抜けて、ブレードを額に突き立てた。  ミーシャはブレードを引き抜くと、ありったけのグレネードを今作った穴に放り込む。 「ブラスト!」  ミーシャが後方へ宙返りをしながら距離を離すと、シャロンとライラが埋め込まれたグレネードに向けて銃撃を撃ち込んだ。  十数回の爆発が発生し、煙とともに大量の黒い破片が砕け散った。 「残り耐久値十万を切りました」  これで四万しか削れないか。ありったけの爆発物を使い込む連係攻撃だぞ。  ミーシャの飽き性があるせいで一度しか使えないし、次はどうする? 「浩太さん。頭部破壊を確認しました。再生は今のところ確認出来ません。羽根を破壊すれば攻撃頻度を低下させられるかも知れません」 「そうだな。照準を翼の根本に合わせてくれ」 「了解です。姉さん、シャロンさん聞いた通りです。やりますよ」  ボイスコマンドの効果残り時間は二十秒しか残されていない。全部隊の攻撃対象をバグクイーノの右翼に集中させる。  続けて補給用のウェポンコンテナとリングシステムを前線へと飛ばす。 「ミィ姉弾薬セットのプレゼントだ!」 「待ってました! でも甘いお菓子の方が良かったなお父さん」 「帰ったらな!」  こんな時でも冗談を言えるほどの余裕を持っているミーシャに、呆れと尊敬の念を抱いてしまう。おかげで、こっちも緊張したり恐怖を感じることが無い。 「マスター。第一防衛ラインと交戦中のチームレッドに負傷者が出ています。NHCの残量が低下中」  こっちも片が付くまでまだ時間がかかる。ならもう迷っている時間は無い。俺はこの世界を救うためにやってきたんだ。 「ボイスコマンドを使うぞ。チームレッド! 当たるなよ! 必ず生きて帰れ!」  負傷し、NHCの残量が少なくなった味方部隊を下げて撤退させる。苦しくはなるが、損害の少ない味方機を前に出して、絶対回避時間を使って少しでも多く敵に攻撃させる。 「チームブルー。バグカノーネ殲滅」 「チームブルーは、チームレッドとチームグリーンの援護へ! NHCの残量が少ない者は撤退しろ!」 「ブルーワン了解。後ろは俺達に任せろ。逃げ道をしっかり用意しておくぜ」  忙しくなってきた。前衛と後衛を入れ替えて、少しでも戦闘継続出来るように味方の配列を調整する。おかげで、バグクイーノに集中出来ない。 「きゃぁ!」  聞き慣れた声の主から悲鳴が聞こえた。この声は、まさか?! 「シャロ?!」 「大丈夫! かすっただけ。NHCはまだ残ってる」  しまった。ボイスコマンドが解除されていた。他の部隊に気を取られすぎて、バククイーノへの警戒をおろそかにしてしまっていたのだ。 「イヴ! ロード機能は無いのか?!」 「ノー。マスター。あったとしても乱数は保存されて、結果は変わらないと思いますが。歴史の修正力と同じです」  そうだった。ゲームっぽいけど、ゲームじゃないんだ。一つのミスで誰かが本当の命を落とす可能性がある。急いで頭を切り換えろ! 「シールドリング。ターゲットシャロ!」  これ以上の被弾は許されない。少しでも時間を稼ぐために、シールドリングをシャロンに回した。身内ひいきだと言われても構わない。俺はシャロンを死なせたくない! 「チームイエロー、残弾減少中。補給の必要があります」  マップで味方部隊を確認すると、確かに弾丸が足りないことを警告するマーカーが現れていた。コンテナを発射して戻してを繰り返しては時間がかかり過ぎる。それにシャロンが被弾したんだ。NHCの補給と機体の修復もしなければならない。  やらないといけないことが沢山ある。 「ウェポンコンテナ射出! イヴ、前線へ飛ぶぞ!」 「イエス。マスター」  ありったけ四個のウェポンコンテナを射出して、皆が飛び出した地下鉄の出口に向けて機体を全速で飛ばす。  暗い地下を飛びながら、作戦を組み立て直す。  少しでも早く、敵の攻撃頻度を下げなくてはこっちがじり貧だ。ボイスコマンドもシャロンが残り四回、ライラが三回、ミーシャが二回とそう多くは無い。 「イヴ翼の耐久値は分からないのか?」 「二万です。現在一万まで削れています」  つまり、翼を全て破壊すれば撃破か。だが、硬い翼よりも穴の空いた頭部から攻めた方が片付くのは早いはず。  味方部隊で一番攻撃力があるのはミーシャのブレードによる連続攻撃だ。これなら弾丸の消費も少ない。今ここで、ミーシャの力を使い切る! 「アタックリング、ターゲットミーシャ!」  アタックリングをミーシャに飛ばして、更にボイスコマンドを選択する。 「ミーシャ! 一点集中で思いっきりぶった切れ!」  コンセントレイトでクリティカルを狙う。もともと命中率が百パーセントなので、オーバー分の五十パーセントはクリティカルの確立だ。  続けてもう一つボイスコマンドを選択して、更にミーシャを強化する。 「もう一度言うけど、絶対に当たるなよ!」 「はーい。大暴れしてくるよ!」  敵の攻撃範囲に真正面からミーシャを移動させて、バグクイーノの背面を取らせる。  表示されたスキルを全て選択し、ミーシャがブレードとショットガンを両手に翼に攻撃を始めた。アタックリングは接近戦仕様に変化し、ミーシャが切りつけた部位にレーザーの槍を突き立てていく。  バグクイーノの前方からはシャロンとライラに翼を攻撃させる。こちらも使用出来るスキルを制限なしで発動させる。  シャロンはスナイパーキャノンの弾丸を空っぽになるまでクイックショットで速射し、ライラも両手にレーザーと実弾のライフルを構え連射している。  残りの部隊は遠くからバグクイーノの本体を攻撃させる。  地下通路から飛び出した瞬間、タイミング良くウェポンコンテナが戻ってきた。即、弾丸を詰め直して味方部隊へ再発射する。 「マスター。翼耐久値無くなりました」 「まだまだ行くよー!」  右上の翼が崩壊し、黒い欠片が散っていく。だが、ミーシャは手を休めること無くスキルを発動させて追撃を加えている。 「コウ君の愛情エディション!」  ムービングスラッシュを発動させたミーシャは、翼にブレードを突き立てたまま、ブレードのブーストを最大出力で起動させた。移動しながら切り傷を広げていき、アタックリングが傷口に沿うように走る。アタックリングの周辺にレーザーの刃が発生し、中央の穴から左右にレーザーの槍が形成されている。  切り傷をさらに荒く深く削り込んでいき、翼の耐久値を急激に削って行く。数メートル進む度に生じるクリティカル判定でダメージが倍増しているようだ。 「って愛情エディションって何?!」 「翼二枚目撃破。リングシールドエネルギー切れです。補給モードに入ります」 「えええ?!」  いや、今はミーシャの冗談に戸惑っている場合じゃない! ミーシャの残りスキルは? 全スキルを使い切って、文字が全て暗くなっている。  でも、戦果はもう十分だ。敵の攻撃量は半減したし、耐久値も四万まで削れた。リングシステムを戻して、エネルギーを再チャージする。  頭部と翼を半分失ったバグクイーノはバランスを保てなくなったのか、地面に落下した。取れた首の部分が上に露出していて、狙ってくださいと言わんばかりの状態であった。 「全機、全弾叩き込め!」  五百機の弾丸が弱点であるバグ内部に撃ち込まれ、四百メートルの巨体から黒い破片が散っていく。 「シャロはこっちに来い! NHCの補給と機体の修理を行う」  勝利を確信し、余裕があるうちにシャロンの補給をおこなった。NHCの入ったチューブをシャロンのAW背部に接続し、NHCを供給する。同時に破損した腕の装甲を修理キットを使って穴をふさいでいく。 「ごめんな……。俺のせいで怖い思いをさせた」 「大丈夫。浩太なら私達を死なせないって信じてるから怖くないよ」 「シャロ……」 「行ってくる! 待っててね。すぐ終わらせてくるから」  弾薬の補給も済むと、シャロはすぐに反転し攻撃に戻った。  耐久値は残り五千。もうすぐだ。もうすぐ終わる!  この世界を荒らすバグの女王はこれで撃破される! 帰ったら思いっきりみんなとこの世界を楽しむんだ。 「みんな頑張れ! 後少しだ! 損傷を受けた奴はこっちに来い! すぐに修理する」  少しずつでも確実に削れている。このままなら勝てる。シャロンは努力家効果でスキルを発動させまくり、ライラも天才持ちに恥じない動きで的確にシャロンの援護をしている。  俺達の勝ちだ。  勝利を確信して、勝ち鬨(どき)をあげようとしたその瞬間、イヴが淡々と状況を報告した。 「マスター。敵部隊が合流します。予測より早いですが時間切れです。二千五百のバグが急接近中。間もなく交戦距離に入ります。さらに陽動で離れていたバグが帰還しています」 「嘘だろ?! 間に合わなかったのか?!」 「イエス。マスター。今のうちに後退しなければ、戻ってくるバグに挟撃される可能性があります」  ここまで来て作戦放棄は今までの苦労が全て泡になってしまう。だが、撤退しなければ、ここにいる人達数千人が命を落としてしまう。数千人の命を犠牲にして世界を救うか、数千人の命を救って、世界をまた争いに巻き込むか。  この選択を俺にしろと言うのか?! 第九章「絶対命令権」 「限界時間は?」 「三十秒を切っています」 「くそっ、ここまで来て!」  後二分あれば何とかなるかもしれないのに。どうすれば良い? 今撤退しなければ、地下通路を使ってここから逃げられても、都市外周部で囲まれてしまう。  みんなを無事に生きて帰して、バグクイーノを倒す方法は無いか? この三十秒間で倒しきれる方法はないのか? 「浩太。ごめん聞こえちゃった……」  気付いたらシャロンがすぐ横にいた。激しい連続攻撃によって弾薬を消費しきって、補給にまた戻ってきたのだろうか。だが、しまった。まさかこんな話を聞かれるとは、不安にさせないためにどう誤魔化せば良いのだろう。  いや、ここで誤魔化してどうする? 俺はみんなの命を握っているんだぞ。でも、何て説明すれば良い? 「一旦帰って、また戦うのでも大丈夫だよ。一回で上手く行くとは限らないんだから。勝つまで何度でも挑戦すれば良い。みんなが何を言おうが、私達が浩太を守るから。私は浩太を信じてるから……」 「シャロ……」 「でもね。浩太。私達は浩太がどんな命令を出しても従うよ。帰れなくなるのは残念だけど……。それでも、みんなが安心して地上に戻れるのなら……」  真っ直ぐこちらの目を見て、シャロンが訴えてくる。その目は覚悟に満ちていて、本当にどっちの命令を下しても遂行してくれるだろう。俺を信じて道を作ってくれた人達の言葉も心に重くのしかかってくる。彼らもシャロンと同じように思ってくれているのだろうか。  シャロンの真っ直ぐな瞳に俺はつい目を逸らしてしまった。すると、冷たくなった心に温かなぬくもりが生まれた。逸らした視線の先にはシャロンがくれたストラップが柔らかな輝きを放っていたのだ。  俺を信じてくれたシャロンがくれた大切な信頼の証だ。俺はイヴからシャロンから、いやこの世界の人達から、世界を救ってくれと頼まれたんだ。 「ちゃんとそのお守りつけてくれてたんだ。それね、NHCの結晶で出来るんだよ。怪我から身を守るお守りだから、浩太は大丈夫。攻めても逃げても浩太は死なないから」  こんなにも俺を信じてくれるシャロンを死なせる訳にはいかない。ミーシャもライラも俺を信じて一緒に戦っている他の人達も救えずして、何が世界を救うだ! 俺はみんなも世界を救ってみせる! 欲張って上手く行く可能性はゼロじゃない! 「マスター。離脱時間限界です。ライトバグ二百機、バグコンバ百機が交戦地区に侵入しました」  覚悟を決めた俺が下す命令はただ一つ。 「全軍に告げる。撤退だ! 全力で逃げるぞ! 敵部隊が合流し始めた」  バグクイーノの耐久値は三千を切っていた。もう少し時間があれば確実に撃破出来た相手から背を向けて逃げる。全軍撤退の命令を出してしまった。  残って戦おうとする者全員に、絶対命令権を使って強制的に戦闘エリアから退避させる。 「浩太さん。自分の判断に自信を持ってください。勝って死ぬより、負けて生き残る方が大事です」 「ライちゃんの言う通りだよ。コウ君良く気付いてくれた! 次もお姉さんがんばるから!」 「二人とも絶対生きて帰れよ」  通信でライラとミーシャも俺の命令に賛同してくれた。でも多分、俺が作戦をもう少し詳しく言ったらすごく怒ったかも知れないな。  全機を撤退させていく中、唯一シャロンを自分に近づけながら、自分からも近づいていく。手が届く距離まで近づいて、俺は今までに言ったことの無い命令を彼女に出した。 「シャロ。グレネード全部とアックスハンドガンを貸してくれ。ミサイルポッドは残弾無しか。こっちもリングシステムはエネルギーが切れてるけど、これだけあれば」 「え? 何をするつもりなの?」  絶対命令権を使っているせいで、疑問の言葉を口にしながらもシャロンは俺に武器を素直に渡してくれた。これで多分事は足りる。グレネードをバックパックに入れて、ハンドガンを脚部装甲のポケットにいれる。 「ちょっと浩太! 何するの?!」 「じゃぁなシャロ。みんなにもよろしく。お守り使わせてもらうことになるかもな」  別れを告げて、シャロンのために脱出ルートを描く。さらに武装を貰ったせいで時間も消費してしまったので、ボイスコマンドを発動させて安定して逃げられるようにしておく。 「みんなの所に帰る時まで、当たるなよ」 「浩太?! 浩太はどうするの?!」  絶対命令権のせいで、シャロンが最大速度で離れていく。質問の答えは俺からは答えることが出来ない。きっと、みんなに怒られて意思が折れるかも知れないから。 「みんなとの通信はカット出来たか。さてと、俺が命令だけしか出来ないって、思うなよ! イヴ! バグクイーノに突っ込むぞ!」 「マスター。死ぬつもりですか?!」  イヴが反対するが、これからやろうとしていることを簡単に伝える。 「死ぬつもりは無いけど、死ぬ気でやらなきゃ成功しないだろうな! イヴ回避を頼む!」 「イエス。マスター! 策があるのなら最大限サポートします。マスターは死なせません」  攻撃頻度の下がっているバグクイーノの右半身から、回り込むように近づいていく。頻度が下がっているとは言え、ライトバグからの援護射撃も降り注いでいるので、止まること無くレーザーが俺の周りをかすめていく。  イヴのサポートが無ければ間違い無く死んでいた。 「マスター。バグクイーノ接触まで十秒!」 「一番深い穴に着地してくれ!」  AWのマニュアル操作画面を表示し、武装パージをタッチする準備をする。パージするのは予備弾薬がたっぷり詰まった巨大コンテナだ。 「接触します!」  足がバグクイーノに接した衝撃が伝わる。同時にパージボタンを押した。弾丸やレーザービーム用のエネルギーカートリッジに、爆発物のグレネードやミサイル等、ありったけの武装をばらまく。  続いて、携帯を専用スロットから引き抜き代わりにポータブル充電器を差し込んだ。AWからイヴのサポートが失われたせいで、もうろくに飛ぶことも出来ない。  今俺が持っているのはシャロンから受け取ったハンドガン一丁のみだ。絶対命令権で逃がす前の戸惑ったような顔が心に浮かんでくる。  きっと今頃怒ってるだろうなぁ……。ライラとミーシャに告げ口して騒いでるかな? でも、この作戦は異世界人である俺にしか出来ないことだから、みんなを巻き込むわけにはいかない。 「最後にシャロからのプレゼントだ! 受け取れ!」  俺はハンドガンを構えると穴ではなく、空を黒く染めているバグに向けて発射した。当たらなくても良い。ただ、俺がここにいることを伝えられれば良いのだ。  弾丸一発のお礼として、黒い空が赤く煌めいた。数百発のレーザーが発射される。随分高く買われたものだ。お釣りの量が半端ではない。だが、全部こっちの狙い通りだ。  ろくに武器が使えない俺にはこうする事でしか、大ダメージは与えられない。 「実戦の時もシミュレーションの時も、味方の認識を本当にしないんだな。仲間は大事にしないと」  赤く染まる空を見上げながら、穴に向けて弾丸を撃ち込む。爆発物が起爆したのか耳をつんざく爆音と、爆風によって跳ね回った弾丸が内部からバグクイーノを削る音が聞こえる。 「イヴ!」 「イエス! マスター!」  叫び声をあげた俺はバグクイーノとともに、空から降り注ぐ赤い光の雨に包まれた。 第十章「英雄無き帰還」 「浩太! 浩太! 返事をして!」  暗い地下通路の中、シャロンが必死に通信機で浩太の名を呼ぶ。だが、いくら声を荒げても彼の声は帰ってこなかった。  浩太が最後に見せた笑顔は別れの言葉とともにあった。シャロンは絶対命令権で身体を操られながら、必死に後ろを振り向いた。その時彼女は、浩太がバグクイーノに向けて単身向かっていくのが見えたのだ。 「バカ! 浩太のバカ! 約束は……みんなでした約束はどうなるの!」 「シャロリン。こっちは地上に抜けた。浩太はついてきてる?」 「ミーシャ! 浩太が浩太が一人残って! バグクイーノと!」 「え、ちょっと待って。え?! コウ君が一人で? もう一回落ち着いて今の言って貰って良い?」  さすがの天才でも戸惑っているらしい。きっと意味は理解出来ているのだろうが、事実かどうかが理解出来なかったのだろう。  ミーシャと長い付き合いのシャロンだが、ミーシャがここまで困惑している声は初めて聞いた。いつものとぼけた様子ではなく、本当に困っているような声だ。 「うん……。浩太に逃げろって命令をされたんだけど、浩太は一人残ってバグクイーノに向かって飛んでいったの……。じゃあな。みんなによろしく。って言って……」 「シャロンさん! 今の話本当ですか?! 嘘だと……嘘だって言ってください!」  近くで飛んでいるのか、ライラにも今の話が聞こえていたらしい。ライラの通信が割り込んできて、泣きそうな声になっている。  シャロンも自分が見た光景が夢だったらどれだけ良かったかと、下唇をかんでしまう。今すぐ戻って浩太の顔を引っ張ったいてやりたいと怒りがこみ上げてくるが、身体は後ろに向くことが出来ない。 「本当……なんですね。鈍感のダメな人でしたけど、約束を破る人では無いと信じていたのに……浩太さんの嘘付き……許さないですよ。化けて出ても絶対に許してあげないですよ……」  シャロンの返事が戻ってこないことから、ライラは状況を察したらしい。その声には嗚咽が混じり、言葉が終わる頃には泣き声に変わっていった。 「最後の爆発音はコウ君のせいだったのね。でも、あの子武器なんてほとんど持って。――あ、そうか。コウ君は誰よりも武器持ってたんだ」 「え? 私、グレネードとハンドガンしか渡してないよ?」 「コウ君のAWの背中の巨大なバックパック。私達の補給弾薬だよ。多分、グレネードとかミサイルの爆発物で中身をばらまいたんだ。コウ君無茶したなぁ……」  あの時の別れの言葉はこれが原因だったのだと、シャロンも理解が出来た。あの時既に浩太は死を覚悟していた。何故あの時止めることが出来なかったのか。自分の言葉が彼を追い込んでしまったのだろうか。  シャロンは浩太を死地に残した原因が自分にあるのではないかと考え、胸が押しつぶされそうになる。 「シャロン……。浩太は私達のことを思ってくれたんだよ。格好つけたつもりで、バカなことだとお姉さんも思うけど」 「でも私は最後までそこにいたのに……私が浩太の言うことなら死んでも大丈夫。なんて言っちゃったから……」 「シャロン!」  ミーシャが真面目な声でシャロンを怒鳴りつけた。悔しさと悲しさが入り交じったような声だ。気丈に振る舞ってはいるが、ミーシャも気持ちを抑えつけているとシャロンが気付いた。悲しいのも悔しいのもシャロンと同じように感じている。 「私達はまだ生きてる。コウ君の命令で生きるために逃げてる。まだ敵は周りにいて、コウ君がいないから、いつ攻撃されるか分からないんだよ?」  ミーシャの声は極めて低い声だった。まるで、こみ上げてくる全ての物を胸で無理矢理押さえつけているかのようだ。 「私達はコウ君に助けられたの。私達は足を止めて死ぬ訳にはいかないよ」  その言葉はシャロンとライラに、そしてミーシャが自分自身に向けて言ったのだろう。今は浩太が残した最後の命令、逃げて生きろ。それを遂行するのが何よりも大事なのだ。  ミーシャの一言で、シャロンはいつの間にかこぼれていた涙を拭き取り、暗い地下通路から明るい市街地跡に飛び出した。  悲しむ前に、せめて彼の最後の願いを叶えることに集中したのだ。  《シャロ》という呼び名。  両親が自分にくれた愛称で、自分が本当に信頼出来る相手にのみ許す親愛を示す呼び名だ。  いつか、自分が本当に信頼出来る好きな相手が出来たら、シャロと呼ばせなさい。いつか私達と家族になるかも知れない人だ。同じ呼び方をした方が家族だと分かりやすいだろう。  小さい頃のちょっとした思い出話だが、シャロンはこの約束をずっと守っていた。シャロの呼び方は友人であるミーシャやライラにも許してはいなかった。  浩太は初めて自分から《シャロ》の呼び方を伝えられた人だった。  AWのポケットから小さなオレンジ色の宝石があしらわれたストラップをシャロンは取り出した。父が貰ったと偽り、浩太とお揃いにするために買ったストラップを握りしめる。 「浩太……。輸送機に戻れば、遅かったな。とか言って笑ってるんでしょ? そうなんだよね……。だから、ここは絶対に生きて帰る!」  自分を囲み始めたバグの攻撃をすりぬけ、シャロンは輸送機目がけて最大速度で退却した。 ○  だが、シャロンが輸送機に戻っても、中に浩太の姿は無かった。シャロンの帰りを待っていたのは小隊メンバーのミーシャとライラのみだった。  二人が焦った表情で駆け寄ってくるが、シャロンも何も言うことが出来ない。二人が何を心配しているのか、言いたいことは表情を見れば伝わってくる。 「やっぱり帰って来ないですか……」 「うん……」  ライラが泣きそうになるのを必死にこらえている。シャロンもライラの最近の変化に気がついていた。そして、この反応を見たシャロンは、ライラの変化の原因が自分が変わった原因と同じ物であるかもしれないとも察した。 「きっと、浩太のことだから帰りの輸送機間違えたんだよ……。基地に戻ったらヒョッコリ顔を出すよ」 「そう……ですね。信じてみます。勝手にバカなことをやったと説教してやります」 「お姉さんもお説教のお手伝いしちゃおうかな。まずは何から言おうか?」  三人は持ちうる語彙を全て活用し、浩太について文句を言い合った。  本当に彼のことを嫌っている訳では無いのだろうが、悪態をつかなければ彼のことが心配になって胸が締め付けられそうになってしまう。  静寂が怖い。そして、他の輸送機に通信を入れれば浩太の存在を確認出来ることも気付いているが、いないと言われることも怖くて聞くことが出来ない。  シャロン達は同じ内容の悪口を何度も繰り返していた。  人が隠している心の中にズカズカと入ってくることやセクハラ行為について、デリカシーが足りないと文句を言い合う。 (でも、私のことを認めてくれた。私がいて良かった。って言ってくれた)  シャロンは胸に手を当てながら、涙がこぼれそうになるのを必死に我慢している。いくら悪口を言っても、浩太が自分を認めてくれて必要としてくれたあの喜びが蘇ってくるのだ。だが、その相手は目の前にいない。その事実が胸に刺さって痛い。 「ねぇ、シャロリン。ライちゃん。賭けしようか」  突然のミーシャの提案にシャロンとライラは頭の理解が追いつかず、ミーシャの顔を見たまま固まっている。 「賭けの景品と内容はね」  ミーシャの語る賭けの内容は非常に魅力的だった。だが、もし仮に賭けに勝ったとしても、喜んで受け取って良い物なのだろうかと、シャロンは悩んでしまった。また、ミーシャの気まぐれによる冗談なのではないかという疑惑もある。  だが、それでも他人に取られるよりは自分が取りたい。シャロンは渋々ながら賭けに参加することを表明し、ライラもいぶかしげな目でミーシャを見ながらも参加することを伝えた。 「みんな参加だね。ふふ、コウ君大人気だなぁ。お姉さん嫉妬しちゃうよ。だから、ちゃんと生きててよ」 ○  自宅に戻ったシャロンは家に入った瞬間、真っ先にいつも浩太の携帯がささっていたコンセントに向かった。シャロンの家にある浩太専用の勝手口だ。彼が出入りするのがもはや当たり前になっていた大事な場所である。 「あった……。まだ携帯が残ってる……。なら、もしかして!」  微かな希望の光がシャロンの胸に差し込んだ。シャロンはしゃがみ込んで携帯を手に取ると、通話要請を出した。そして、その携帯を大事そうに胸に抱きかかえながら涙を流し始めた。 「早く来てよ……。聞こえてるなら早く来てよ。声が聞きたいよ……。勝手にいなくならないでよ。私をまた一人にしないで……」  涙がこぼれたせいか、押さえ込んでいた言葉もあふれ始めていた。祈りに似た気持ちで携帯に語りかける。 「あぁ……死ぬかと思った。バグじゃなくて、本棚の下敷きになるとか。でも、大体綺麗になったかな。シャロ達は無事帰れたかな。通信機の声が聞ければ良いんだけど」  突然胸元から浩太の声がした。その声にシャロンが慌てて胸元から携帯を離して画面を確認する。画面の向こうには頭を右手でさすっている浩太の後ろ姿が見える。 「浩太! バカ! 浩太あああああ!」 「うおっ?! シャロ? 良かった。帰ってたのか」 「帰ってたのか。じゃないよ……どれだけ心配したって思ってるの? 死んじゃったかもって凄く心配したんだよ! バカ! 浩太のバカ……」 「ご、ごめん。輸送機の中もセーブしてなかったから、通話も転移も出来なかったんだ」  申し訳なさそうに頭を下げる浩太の顔を見て、シャロンの胸に怒りとは違う感情が爆発しそうになっていた。 「良かった……。浩太が生きてた! 生きてたよ! ばかぁ!」  喜びのあまりシャロンはわんわんと泣き出してしまった。嬉しさが抑えきれなかった。自分の信じた人が死んでおらず、戦場から生きて帰っていたのだ。 「浩太さん! このスットコドッコイの大馬鹿野郎! 生きててくれて、約束を守ってくれてありがとうございます! もう、二度とこんなバカなことは許さないですよ! 私今すごく怒ってます!」  ライラも同じく携帯に気がついたのか、浩太を怒鳴りつけていた。泣き声が混じった声で、怒っていると言いながらも、その声はどこか嬉しそうだ・  だが、当の浩太本人は二人から怒られているのに堪えているのか、ひたすら謝り続けている。 「浩太さん。あなたはどれだけ鈍感なのですか!? あんなこと言われたら心配しない方が無理だというものです!」 「ライラの言う通りだよ! あんな言い方でお別れ言われたら、誰だって心配するよ!」 「だから、ごめんって。でも、あぁでもしないと俺の作戦を絶対許してくれなかったろ?」 「許してない! 怒ってる!」 「許してません! 怒ってます!」  もはや一方的だった。感情が爆発している二人相手に浩太が勝てる道理は無かった。どれだけの時間をかければ二人が静まるか分からない。  何か二人の機嫌を直す方法は無いか、それかこの場から逃げ出す方法は無いかと浩太が思案していると、三人目の声が通話に入り込んでいた。 「あ、コウ君。ちょっと荷物運びしたいから手伝って。今すぐ! お姉さん命令!」 「ミィ姉の頼みなら仕方ない! シャロ、ライラ。ごめん! また後でちゃんと説明するから!」  浩太の声がその一声で途切れてしまい、携帯の画面も暗くなってしまった。  浩太が生きていた。  シャロンはその一つの事実が夢では無く、現実であることに改めて安堵を覚え、長い息を吐いた。  そして、心が落ち着きを取り戻した頃、ミーシャが提案した賭けの内容を思い出した。 「しまったあああああああ! ミーシャにやられた!」  まさか、ここまで計算していたのだろうか。シャロンがミーシャの作戦に気付いた頃には既に手遅れだった。一転して酷く曇ってしまった気持ちになると、ライラに連絡を入れていた。ライラなら同じ事に気付いたのではないかという考えは、瞬時に確信に変わった。 「こちらが対応する暇を与えない完璧な電撃戦でした……。これが狙いであんなことを……。姉さんに出し抜かれましたね」 「やっぱそうだよね……。私達の雰囲気を良くしようと言った言葉だと思ってたけど、まさかこんな裏があったなんて……」  賭けは提供する側が強い。その事を改めて気付かされた二人だった。だが、今更どうこう言える訳でもなく、二人はただため息をつくしかなかった。 第十一章「お姉さんの秘密」 「ありがとう。ミィ姉。助かった」  シャロンとライラのお説教から逃げるように、ミーシャの誘いに乗った俺はミーシャの家の前に転送された。  あのまま二人に拘束されていたら、どれだけ続いたのだろうか。考えただけで恐ろしい。 「あら? 助けたつもりは無いわよ? 私は怒っていないとでも思った?」 「え?」  ミーシャは笑顔だったが、目が笑っていなかった。笑顔の仮面の下には間違い無く殺気がこもっている。  勢いで逃げてきてしまったが、どうやらこちらも地獄だったようだ。 「もちろん私から逃げるのは許さないよ?」 「お手柔らかにお願いします……」  頭を下げて、せめてもの気遣いを要求するのが俺の精一杯だった。でも、そんな俺のささいな希望も叶いそうにない。 「どうしよっかなー? 歩きながら考えてあげるよ。ほら、早くいくよ」  これから先、どれだけの苦行が待っているのだろうか。考えるだけで恐ろしい。有無を言わさず大量の荷物を預けられ、お説教を喰らいそうだ。  諦めに似た気持ちで、ミーシャについていくとラインに乗って七番地区に飛ばされた。この歓楽街でどれだけの買い物をするのだろう。 「さてと、まずは腹ごしらえだね」 「えっと……俺お金持ってないんだけど」 「マスター。お金なら入ってますよ。バグを破壊する度に私からお支払いしています」  イヴから思ってもみなかった言葉を伝えられた。この世界では移動のために軍人で登録されているが、給料は出ない物だと思っていた。仮に出たとしても、加入して一週間かそこらで貰える物とも思えなかった。  それがまさかバグを倒したことによって、お金が手に入っていたなんて驚きだ。 「えっと、いくら入ってるの?」 「二十万ガルです」 「わぉ、結構持ってるね! コウ君おごってね」  逆らう権利は恐らく無い。何せ既に強制的に連れてこられているのだ。ここで拒否したらどうなるか分からない。 「はい……。ミィ姉の機嫌が良くなるのなら、是非おごらせて頂きます!」 「良いねー。素直なコウ君は大好きだよー」  本気なのか冗談なのか分からないコメントをもらって、俺はケーキショップに連れて行かれた。訓練の後のご褒美と言いながら、シャロン達と何度か食べたことはあるが、今までよりも高そうな店に連れて行かれた。  外は白い壁だったが、中の壁は木の壁だった。さらに、木製の机と椅子が並べられている。木材が貴重なこの世界で木製の家具があるということは、高級なお店なのかもしれない。  お客さんもどこか裕福そうな雰囲気を漂わせている。 「お姉さんはプリンとチーズケーキとベリータルト。飲み物はアイスティーで」  一切遠慮する素振りがない。だが、これがきっとミーシャなりのお説教の代わりなのだから我慢して受け入れるしか無い。 「んじゃ、エッグタルトとアイスティーで」  今まで買い物はシャロン達に任せていたため、初めての支払いだったが、思った以上に買い物は簡単だった。  お金の支払いはタブレット端末のようなID読み取り機が顔認識をして、引き落とされる仕組みになっていた。イヴによるとクレジットカードの発展版のよう仕組みらしい。  俺の顔もしっかり登録してあったので、何の問題も無く支払いが済んだ。  店内の席に座るとミーシャがアゴに手をあて、何かを考える素振りを始めた。 「うーん。まずは何から聞くべきか」 「勝手なことしてごめんなさい」 「ん? あぁ、うん。それはもう許してあげる。こうやってちゃんと帰ってきたんだから。それよりも私達が逃げた後、何があったの?」 「あぁ、あの時は」  敵の攻撃をバグクイーノ一点に集めて誤射を誘う。  一人でないと恐らく成功しない作戦だった。今までのバグが取ってきた行動パターンを考えると、味方を気にせず攻撃する癖があった。それを利用したのだ。いくら残っていた弾薬と爆発物を投げ込んだとはいえ、それでも倒しきれない可能性があった。 「あぁ、なるほど。コウ君はそれを使ったんだ」 「そう。これも一人じゃないと多分危なかっただろうから」  手にとって見せたのは携帯だ。敵の攻撃が確認出来たとき、俺はイヴの転送システムを起動して自室に逃げていた。 「でも、それだったら私達が一緒にいても良かったんじゃないの? この前三人までは同時に転移出来たよね」 「あの時はコンセントに繋がってただろ? 最初に帰ろうとした時、電力が足りないって言われてたから、ポータブル充電器じゃ一人が限界かなってさ。予想通り一瞬で電池がなくなったしな」 「つまり?」 「携帯が元の世界につながっている時間が一瞬過ぎて、多分みんなが入りきらなかった。誰か一人でも残してたら、俺はその人を殺しちゃうところだったよ」  だからこうして怒られているのも、ある意味幸運ではある。俺は大切な人達を犠牲にせず、目的をしっかり達成できたのだ。  敵の撃墜記録もイヴがしっかりととってくれている。バグの女王との戦いは俺達の大勝利に終わったのだ。 「だから、みんなが無事で本当に良かった」  怒ってくれる。いや、心配してくれる相手がいてくれて、今はホッとしているのが実情だ。もしかすると、モネトラには行けないのかも知れないと心配していたし、三人の内誰かが逃げ損ねたかもしれないと、俺も心配していた。 「あー、もう。そんな顔されたら怒る気なくしちゃうじゃない」  そのまま怒らないで頂きたいとは口に出さず、笑って誤魔化すことにした。ひとしきり、バグクイーノとの結末を話したところで、注文していた品が机に運ばれてきた。 「さて、コウ君。怒る気は無いとお姉さんは言いました。でも、心配させた罰は受けて貰います」  突如ミーシャが真剣な眼差しと声音になった。怒らないと言われて油断していた心に焦りが戻ってきた。あまり良い事態は予想出来ない。 「コウ君。あーん」 「えぇ?!」  ミーシャが彼女のチーズケーキをフォークで一口分崩し取ると、そのまま俺の口に運んできた。俺に課せられた罰とはこのはずかしめをを受けることらしい。 「あーんしないとお姉さんが全部食べちゃうぞ」 「くっ……。あ、あーん」  残念ながら食欲に負けた。少しでも恥ずかしさを紛らわすために目を瞑ってはみる。口の中いっぱいに上品な甘い香りが広がり溶けてていく。 「んじゃ、次はお姉さんにやってね。チーズケーキでお願い」  終わったと思ったら次があった。ミーシャが俺にフォークを手渡してきて、口を開けながら俺がチーズケーキを彼女の口に運ぶのを待っている。  こうなれば先ほどの仕返しだ。恥ずかしがるが良い!  半ばヤケになりながら、ミーシャの口にチーズケーキの乗ったフォークを近づけていく。彼女はパクッとフォークに食いつくと、幸せそうな笑顔をしてとろけていた。 「すごいなぁ……口の中でとろける」 「確かにすっごく美味いな」 「それに今回はコウ君と間接キスだねー」 「そうか。これ俺がさっき使ったフォークか」  今ミーシャが咥えているのが、さっき俺が咥えたフォークなのだ。  恥ずかしさで手渡された時、一切気がつかなかった。しまった。意識し始めたら何か恥ずかしくなってきた。 「コウ君赤くなってるー。分かりやすくて可愛いねー」 「ミィ姉からかいすぎ!」 「あはは。ごめんごめん」  ミーシャと話していると、いっつも手の上でコロコロ転がされている感じがする。戦場と日常では立場が全く逆だ。  人をからかった後に見せる底抜けに明るい笑顔相手では、怒る気にもなれない。むしろ、少しこちらまで楽しくなってきたんじゃないかと錯覚することまである。  だから時折見せる真剣な表情や真面目な声音が映えるのかも知れない。  ミーシャが突然頭を下げて謝ったのだ。 「本当にごめん」 「え?」 「私がもっと本気でやれば、コウ君を危ない目に遭わせなくて済んだから……」 「いや、ミィ姉のせいじゃないよ。時間以内に倒せなかったのは俺のミスだ」 「違う……。怖かったの……。本気を出しても負けちゃうことが怖かった。最初から手を抜かないで、ずっと全力でやれば一分くらいは稼げたかもしれないのに。ACF(アサルトコンバットフォーメーション)が何度か決められたら……」  気付いたら肩が小刻みに震えていた。もしかしたら泣いているのかも知れない。確かにミーシャの飽き性が無ければ、スキルを使いまくってもっと安定して戦えたかも知れない。ミーシャの飽き性が無ければ、ACFを何回も決めて一気に耐久値を削れたかもしれない。 「どちらにせよ時間は足りなかったかもしれない。だから、気にするなよ。ミーシャのせいじゃないって」 「でも……」 「大丈夫。俺はこうやって生きてるし、他のみんながあまり怪我してないのも、ミーシャが頑張ってくれたおかげだ」 「違う。そうじゃない。私は怖いんだよ。みんなからの期待も失望も、その両方が怖いの……。全力でやっても倒せなかったときにガッカリさせるのが怖かった。自分が出来ないってなることが怖かった。成功した後に失敗するのも怖かった……。でも、コウ君が死んじゃったんじゃないかって思った時、もっと怖くなった……。私のせいで、コウ君が自分を犠牲にしたんじゃないかって」  飽き性の理由。それはきっとやりすぎて飽きるのではなく、プレッシャーから逃げる理由だったのかも知れない。周りから天才ともてはやされてきた彼女にとって、それが誇りであり重荷でもあったのだろうか。  いつか言っていた。天才と呼ばれるのは好きじゃ無い。あの時言っていた言葉は冗談では無く本気だったのだろうか。 「飽きっぽいのは、飽きっぽく見せてたのか。分からなかった」 「はは……やっぱりコウ君は本物だね。正解。お姉さんポイントが五ついたよ」  何かに観念したように、顔をあげたミーシャは悲しそうな笑顔をしていた。何故こんな悲しそうに笑うんだろう。別に悪いことをしている訳でもないのに。 「幻滅しちゃったでしょ。いっつも余裕ぶって適当なこと言って。でも、心の中ではずっと怖かった。コウ君にいつの間にか凄く期待されて、失敗して時にガッカリされちゃうのが。周りにいる人達がいなくなるのが怖かった」 「だから天才って言われるのが嫌。って言ってたのか」 「うん……。天才のくせに出来ないのか。ミーシャでも出来ないのか。そう言われるのが、悲しそうな、バカにされたような顔が嫌だった。だから、他人より少しだけ上を狙って取って、ちょっと周りより凄い程度で抑えようとした。それだったら、みんなガッカリしないから」  重い口ぶりでミーシャはまた俯いてしまう。飽き性のせいである程度から伸びなかった理由がミーシャ本人の口から語られた。  ミーシャは皆から期待されすぎた。天才というレッテルを貼り付けられたせいで、彼女はその通りの結果を出し続けることでしか他人からも自分からも、自分のことを認められなくなっていた。そして、そのせいで大事な事を一つ落としてしまったんだ。 「私でも出来ないことはあるよ……」 「ミィ姉はバカだなぁ。みんな俺の事バカって言うけど、ミィ姉も負けてないんじゃない?」 「え……?」 「良かったよ。おかげで、ミィ姉とはもっと仲良くなれそうだ」 「コウ君?」  お姉さんぶって、適当な事言って、いっつも俺のことをかき回してきたけど、全部失敗が怖かっただけじゃないか。全部失敗をした時の言い訳作りだ。頭は良いけど、適当な奴だから仕方ない。こういうキャラだから仕方ないで全てを片付けるための伏線作りだ。 「良いじゃん。ガッカリさせれば」 「話聞いてた? お姉さんはそれが」 「ガッカリしたい奴は勝手にガッカリさせれば良いよ。でもさ、失敗しない人間なんていないだしさ。俺も今日の作戦失敗したようなもんだし」  NHCがあるとは言え、かなりけが人も出してしまったと思う。シャロンに怪我をさせたのなんか完全に俺の失敗だ。どれだけ寿命を削ったのだろうか。 「それにさ、ミィ姉。全てが出来る完璧な人間なんていないよ」 「でも、私はこの先、いつか今日みたいにコウ君の期待を裏切るかもよ? 何でも出来るように見せて、失敗しちゃうこともあるかもしれないんだよ?」 「俺だっていつか間違った命令を出すかも知れないぞ? だからさ、気にするなよ。失敗しても俺がいるし、シャロもいる。それにライラもいるだろ。俺がミスしたらミィ姉は俺をサポートしてくれるだろ?」  別にミーシャ一人に全てをかけている訳じゃ無い。一人の人間に全てをかけるような物しかない世の中じゃない。支えてくれる人間がいるのなら、安心して支えて貰って欲しい。それはきっと弱さじゃ無い。ミーシャはもっと人を頼って良い。 「なぁ、ミィ姉。ライラもシャロも、もちろん俺も。みんなミィ姉が天才だから一緒にいるんじゃないと思うぞ。好きだから一緒にいるんだ。ミィ姉が困った時や出来ないことがあった時、失敗しそうな時、俺らが黙って見てる訳ないだろ?」 「本当に……?」 「本当に」  ミーシャがいつまでも頭を上げないので、その上に手をそっと載せた。少しぴくっと動かれたが、特に嫌がる素振りは見せず、そのままにさせてくれている。  嫌がられていないのが確認出来たので、そのまま優しく頭を撫でた。効果はあるが分からないけど、少しでもミーシャの不安を取り除けるのなら、これくらいどうってことはない。 「ミィ姉。追いかけられる人ってのは辛いな。みんなの目標になって、みんなに勝手に重しを乗せられる。俺も今回のお告げはきつかったよ。世界の命運とみんなの命を取るか捨てるか決めさせられるし」 「怖くなかった? もし、失敗して帰ったらどんな風に言われるかとか、誰かを死なせたら責められるとか」 「正直怖かったよ。結構ギリギリまで迷った。でも、みんなの言葉に支えられた。だから、こんな無茶が出来た。だから、ミィ姉も一人で期待を全部背負う必要はないよ」 「コウ君に甘えても良いの?」 「俺もそうだし、シャロもライラにだって大丈夫」  なんたってあの二人はミーシャを目標に頑張っている。何度も挫折を味あわされながらも、ミーシャと一緒にいるということは、間違い無くこの三人の間は好意で結びついている。なら、一人で悩むことは無いし、一人で突っ走ることも無い。引っ張れば押してくれる相手だ。 「俺も一つミィ姉が出来ないこと知ってるし。でも、嫌いになってないだろ?」 「え?」  ようやく顔をあげたミーシャの目は涙を流したせいか、目元が少しはれていた。だが、今はそれよりも、俺の言葉によっぽど興味を持っているのか、目を大きく開いて驚いてこちらを見つめてきている。もう頭を撫でる必要も無いと思い手を引いた俺は、最高の作り笑顔でミーシャの欠点を指摘した。 「部屋が汚い。整理整頓出来ないでしょ?」 「そ、そんなこと?!」 「そう。そんなこと。でも、他のことだってそうだろ? 部屋の片付けが出来ない。人によってはガッカリする所だぜ? 可愛い女の子の部屋は常に綺麗ってのが男の子の夢で、期待だからな」 「か……可愛いって……」 「実際ちょっとガッカリしたけど、俺はミィ姉を嫌いになってない。だから、気にせず全力出しても大丈夫だ。俺がいつだってサポートする」  ミーシャは赤い顔をこちらからそらして、また俯いてしまった。先ほどまで泣いていたということで、泣いた後の情けない顔はあまり見せたくないということなのだろうか。ただ、先ほどと違って泣いている様子は無いので、恐らくもう大丈夫だ。少しすればきっと落ち着いて、またケーキを喜んで食べるはず。 「まいったなぁ……冗談だったのが本気になっちゃうかも」  独り言なのか、すごく小さい声が聞こえた。そして、うん。とまた小さく呟くのが聞こえると、ミーシャが顔をあげて意地の悪そうな笑顔になっていた。残念ながら嫌な予感しかしない。 「浩太のくせに生意気だ! 食べかけのエッグタルトは私が没収してやるう!」  俺が手を伸ばして皿を防衛するよりも、ミーシャの手の方が早かった。あっさりと奪われてしまった俺は、ミーシャが全てのケーキを食べ終えるまでチビチビとアイスティーを飲むだけになってしまった。  恨み言の一つでも言いたい気分になるが、これは俺が勝手なことをした結果の罰だということを思い出して、これ以上罰が厳しくならないよう黙る他なかった。  全てのケーキをたらいあげたミーシャは満面の笑みで席を立つと、俺の手を引っ張って外に連れ出した。 「で、何買うんだっけ?」 「あ、あぁ、そうねぇ。それはもう良いや。だって、そこにシャロリンとライちゃんいるし」  ミーシャが指を指した先には街路樹に隠れている怪しげな二人組がいた。彼女達も買い物に来たのだろうか? そう言えば、戦いが終わったらみんなで七番地区に行こうという話もあった。それで来ているのだろうか? 「ま、景品もこの辺にしとかないと、あの二人に怒られそうだし。ほら浩太。二人の所にいこうか」  ミーシャはそう言うと、手を繋ぐのを止めて猛スピードで街路樹の後ろに向かって走って行き、二人に抱きついていた。  その仲が良さそうな三人娘の元に俺も向かおうとすると、携帯が振動した。どうやら通知が入ったらしい。  ポケットから携帯を取り出して通知を表示すると、内容はやはりミーシャに関してだった。 《ミーシャとの信頼度が上昇しました。飽き性が全力行動に変化しました。ボイスコマンド使用回数が五に増加しました》 第十二章「異世界の神」  ミーシャのステータスを確認して、携帯をポケットにしまい込んでから三人がじゃれ合っている街路樹に向かった。初めてミーシャとライラに会った時に見せた弱気な雰囲気はシャロンから消えていて、自分から何かを叫んでいる。あの二人に対してもかなり積極的になってきた。 「ミーシャずるいよ! 何なのあれ?!」 「はて? 何のことだかさっぱり」 「姉さん。とぼけてもムダです。顔がいつも以上にゆるんでます!」  とぼけたように笑っているミーシャを、シャロンとライラが睨み付けている。  声を掛け辛い雰囲気だ。だが、俺には今切れるカードが無い。自分から火事場に突っ込む必要はないだろう。落ち着くまでそっとしておこう。  携帯を取り出して、何か大事な作業をしているフリをしようとすると、イヴからこの後の行動を指示された。 「何でまた神の塔に。また何か貰えるのか?」 「イエス。マスター。そんな所です。ただ、その前にロイ大佐に勝利の報告をした方がよろしいと思うのですが、皆マスターが作戦に失敗したと勘違いしていますし。この先、モネトラに住む人達に安心を与えられる情報は早く与えるに越したことはありません」 「イヴがそういうなら了解だ。でも、あの中に飛び込むのか」  理由は一切分からないが、三人は相変わらず騒いでいて雰囲気が悪い。あの中に入ったら間違い無くあの火が全て俺に向けられる気がしてならない。 「マスター。ファイトです」 「転送モードの準備しといてくれ……」 「ノー。マスター拒否します。電池切れで動けなくなるのは勘弁して欲しいです。電池切れだと真っ暗になるんですよ。ちょっと寂しいし、退屈です」  退路が断たれた。乾電池によるポータブル充電器を使うと確かに一瞬で電池切れを起こしたが、まさか携帯に電池切れを嫌がられるとは思わなかった。 「マスター。ファイトです」 「二度も言うな! あぁ、もう仕方ないなぁ……」  覚悟を決めて三人に声をかけることを決意した。だが、イヴの言葉のおかげでこっちにはカードが一枚手に入った。この不毛な争いを終わらせるための大事な切り札になる。 「まさか、姉さん冗談では無くですか?」 「どうかなー? 本気になっちゃったかもなー?」 「ミーシャ。笑えない冗談は面白くないよ」 「あー、三人とも大事なこと忘れてないか?」  嵐の中に突っ込んだ。さぁ、ここからはもう逃げることも引き下がることも出来ない。ただ、前に向かって突き進むだけだ。 「何ですか? 今大事な話をしているんです」 「そうだよ! 浩太はちょっと向こうに行ってて!」 「コウ君ごめんねー」  巻き込まれるかと思いきや、追い返されそうになった。願ったり叶ったりな展開だが、イヴの用事もあるし、ここは退くわけにはいかないか。 「いや、だから、俺まだ作戦報告してないんだけど……。しないとダメだろ? バグクイーノ倒したんだから」  場から殺気が消えていく。  毒気が抜けた表情でみんなが顔を見合わせると、しまったと言ったような顔をしていた。どうやら三人とも作戦報告をせずに遊びに出たようだ。この様子だと上官に怒られるんじゃ無いだろうか。あ、俺もか……。 「そうだった! 私達勝ったんだよ! バグクイーノ倒したんだ! 浩太。走るよ!」 「浩太さん。言い訳は既に用意しています。ですが、より効果的にするには疲れている必要があります。せっかくの戦勝にお説教は嫌ですからね!」  シャロンとライラが俺の手を左右から握ると、同時にラインに向けて走り出した。急に引っ張られたのでこけそうになるが、ミーシャがいつの間にか身体を支えてくれて倒れることは無かった。 「ほら、コウ君も急いだ急いだ。ライちゃんの言い訳は完璧だから安心しといてねー」  前からはシャロンとライラに手を引っ張られながら、後ろからはミーシャに背中を押されながら俺達はラインに向かい、軍事基地のある二十五番地区に飛んだ。 ○ 「と、以上が報告になります」  大きな木の机の向こうに座っているロイ大佐にバグクイーノとの戦いの結果を報告した。ロイ大佐は俺が異世界人であることも、転移がある程度自由に出来ることも知っていたため、ライラの考えた言い訳が上手く行った。  バグクイーノとの戦闘により端末に問題が発生し、こちらに一時的に来られなくなったため。  遊んでいたことと忘れていたことを伏せて、遅れてきた理由を全て携帯に押しつけて来た。  機械の故障なら仕方が無いとロイ大佐も納得してくれたので、あまり掘り返さない方が良さそうだ。 「浩太君。君に出会えたこの奇跡を感謝する。本当に良くやってくれた」  嘘がばれたらどうするんだろうかと考えていたら、ロイ大佐が頭を下げて感謝の言葉を口にしていた。あまりに急なことだったので、つい動揺してしまう。 「あ、いえ、みんなが頑張ってくれたおかげですから。俺は最後の一番美味しいところを頂いただけです」 「それでも良い。君はこの世界を強大な敵から救った英雄だ。我々の長年の夢を叶えてくれた。改めて礼を言う。ありがとう」  頭をあげたロイ大佐は、お礼を言うと再度頭を下げてきた。何だか気恥ずかしくなってくる。俺が英雄か。何だか不思議な気分だ。イヴにサポートされ、シャロン、ライラ、ミーシャ、それだけじゃない。大勢の人が自分の命をかけた手柄が俺の物になるなんて。 「やはりみんなのおかげです。みんなのサポート無しでは今回の作戦は成功しませんでした」 「我々の世界に来たのが君のような少年で良かった。まだ地上を取り戻すにはバグを殲滅する必要があるが、今日は好きなようにこの国で遊んで欲しい。私は改めて君がこの世界に来たことを歓迎する!」  手が痛いと感じるほど、強くロイ大佐が俺の手を握ってきた。冷静を装っているが、間違い無く胸が喜びで躍っているのだろう。 「三人も一緒についていってあげてくれ。今回は見逃しておく!」 「い、いってきます」  俺は一瞬内心ビクッとしたが、後ろを振り向いて見えた三人の顔は、何事も無いかのように平静を装っていた。ドアを開き外に出ると、俺に続いて三人も外に出てきた。  そして、ドアが閉まり少し離れた所で、もう声は聞こえないと判断したのか三人が大きく息を吸い込んだ。 「いやー、危なかったー。ロイのおじさんは相変わらずカマをかけるのが上手だねぇ」 「優しい顔をして食えない方ですからね。伊達に人の上に立ってませんよ」 「まぁ、でもたいていこういう時ってばれてるよね」  どうやら三人とも同じ様に一瞬焦ったらしい。だがそこは付き合いの長さの差か落ち着いている。  仮にばれていたとしても、任務成功の報酬として見逃してくれるだろう。 「この後だけどさ、ちょっとゼロ番地区に向かって良いか?」 「今月はもうお告げは無いと思うけど、浩太が行きたいなら行こうか」  シャロンに続いて二人も同意してくれた。司令部から外に出てラインに乗り込んでゼロ番地区に飛んでいく。浮いている人工島から人工島への移動にも慣れ、もはや、移動のために空を飛ぶのが当たり前の感覚になっていた。  日本でもラインを作って学校に直接ジャンプ出来れば楽なのに。 「意外と人がいるんだな」  ゼロ番地区のラインから外に出ると、芝生の上でくつろいでいる人が三十人ほどいた。 「一番大きな公園でもあるからね。浩太もここでゆっくりしてくために来たんじゃないの?」 「いや、ちょっとイヴがここに用があるんだよ」  神の塔正面まで歩くと、巨大な五メートルはあるだろうか。巨大な白い扉が入り口を閉ざしていた。  目的地についたので、ポケットから携帯を取り出すと、勝手に画面がついた。 「マスター。神の塔の中へお願いします」 「神の塔は厳重に封鎖されていて、外から入ることは出来ないのですが」  ライラの言葉通り試しに扉を押してみても動く気配が無い。これだけ重厚な扉を人の手で開けるのは無理だ。何か仕掛けがあって開くようなそういう類の扉だろう。 「マスター。私を扉に触れさせてください」 「こうか?」 「管理コード入力。ロック解除」  ものの数秒で扉が中央から左右に静かにスライドして開いた。人間サイズにイヴが調整してくれたのか、開いた入り口は小さく気付いた人もいないようだった。  そして、狙い澄ましたかのようなタイミングで、他人の注目を神の塔から反らすかのように、大音量の放送がラインから放送された。 「コモンの皆様。二十五番地区より速報です! バグクイーノが倒されました! 私達の長い戦いに終止符がやっと打たれます! 七番地区にて勇士達の凱旋を行います!」  人が全員ラインの放送所前に集まり、こちらに気付いている人間は誰も居ない。皆喜びの歓声をあげて抱き合っている。全てのバグがいなくなった訳では無いが、後は数を減らすだけ。終わりが見えたことで皆が新たな希望を得た瞬間なのだろう。 「行きましょう。マスター」  お祭り騒ぎが始まりそうな中、イヴが神の塔に入ることを急かしてくる。  電気がついていないのか、中はかなり暗い。扉から差し込む光が唯一の光源で、閉まったら携帯のライトをつけないと何も見えなくなりそうだ。  中へ少し入ったところで、誰もついてこないことに気がつき振り返った。  さすがに、一人で行くには不安だ。 「えっと、みんなも行くか?」 「う、うん。巫女様にも会えるかな?」 「姉さん。巫女様に悪戯は止めてくださいね」 「さすがの私でもそんな罰当たりなことはしないよ」  神の塔はこの世界に住む人達にとって信仰の対象になっているせいか、皆顔がどことなく緊張しているように見えた。  三人が俺に追い付くと、扉がしまり予想通り塔の中は暗闇に包まれた。 「浩太さん。お願いですから勝手に一人で進まないでくださいよ」  唯一の光は俺が今手にしている携帯だけだ。それでも、あまり遠くまでは照らせず視界がとても悪い。  ここで、はぐれたら見つけるのがかなり困難になってしまう。 「迷子にないように、みんなでコウ君にひっついていこー」 「うわっ、ミィ姉?!」  背中に柔らかな感覚が生まれる。きっと、肩に手を乗せて後から引っ付かれているらしい。ということはこの感触はあの山脈ですか?! 「姉さんの言う通り、はぐれると厄介ですからね。仕方ありません。仕方ないので我慢してくださいね」  今度は左腕にライラが抱きついてきたらしい。髪の毛があたる感触と、腕だけではなく、服に当たっている感覚もする。こっちは小さな丘がっ?! 「こ、浩太。離されないように掴むけど、ゆっくり歩いてね」  右手には携帯を持っていたので、シャロンは右腕の裾を掴んで身体を寄せてきた。  気を使ってくれたつもりかもしれないが、どちらにせよ体勢的に素早くは動けない。  むしろ恥ずかしくて仕方ないのだが、俺も先が見えない暗いところを歩く中、自分の近くに人がいて安心出きるので拒否もしたくない。 「みんなは中の構造知らないのか?」 「神の塔は立ち入り禁止で、誰も入ったことが無いの。巫女様だけは出入り出来るけど、中のことは教えてくれないから。うぅ……すごくドキドキする……」  シャロンの話によると神の塔は巫女様だけが入れる場所で、普段は絶対に開放しないらしい。だが、そうなると巫女様はこの暗い中でずっと生活しているのだろうか。それとも夜な夜なこっそりと抜け出して、決まった日になると戻ってくるのか。何にせよ大変そうな仕事だ。 「マスターここで右に曲がってください。突き当たりに端末があります」  地形を当たり前のようにマップ表示出来るイヴには暗闇はあまり関係ないらしい。  物の場所も現在地も正確に把握してくれている。  しばらく歩いていくと巨大なモニターと、キーボードのようなパネルが現れた。 「マスター。私をパネルの上に」 「こうか」  パネルの上に携帯を置くと壁が淡く青色に輝き出し、光の粒が天井に向かって走っていく。流星のように走る光が一点に集まり、部屋が明るく照らされ始めた。  広い円形の部屋で中央には丸い模様が描かれている。 「マスター。次は中央の昇降機にお乗りください。丸い円の真ん中です」 「わ、分かった」  イヴの解析能力は本当に反則的だ。携帯の能力をはるかに越えている。  明るくなったのに、何故か引っ付かれたままエレベーターで地下に降りていくと、今度はまるで工場のような空間に出た。先ほどの階より遥かに広く、遠く離れた機械はかすんで見えるほどだ。近くに見える機械からは様々な色、形の部品を吐き出している。俺のAWもここで作られたのだろうか? 「見せたかったのはここか?」 「いえ、さらに下層です」  工場地区を越えて更に下層に降りると、今度は一転小さな空間に出た。  ただ、先程の部屋に比べれば小さいと言うだけで、トラックくらいは通れそうな廊下が延びている。  そして、その廊下の先には扉が一つあるだけだ。 「マスター。行きましょうか」  イヴの要求に従い、ゆっくり歩を進めていく。イヴからの警告は無いので恐らくトラップは無いはずだが、常識が通じない異世界でも、さらに人が入ったことの無い場所だ。慎重になってなりすぎることはない。 「扉を開ければ良いのか?」 「イエス。マスター。私を扉のパネルに」  イヴをパネルの前に立てかけると、画面で何かの作業が進行し始めた。バーが伸びては、新しい作業が始まっている。  およそ、十秒ほど待っていると扉がゆっくり開いた。  学校くらいはスッポリ入るだろうか。白い壁にはいくつか昇降機のような物がある。そして、その部屋の中央にはいつか見た一人の女性が立っていた。 「巫女様?!」  扉の中には俺にAWを与えてくれた白いローブに包まれた巫女様がいた。いきなりの登場にシャロンが驚く。だが、巫女様は突然の来訪者に驚く様子もなくじっと動かない。 「代行機は動きませんよ。動作停止中です」 「代行機?」  思わず聞き返してしまった。聞き間違えでなければ巫女様のことを、神の代行者ではなく、代行機とイヴは言ったのだ。 「イエス。マスター。巫女様と呼ばれているそれは、代行機。この神の塔の対人コミュニケーションシステムです」 「突然過ぎて訳が分からないぞ?」 「神の塔は未来の技術を受信し観測する。そして、再現するために作られたシステムです」  この世界の異常な科学の発展具合の謎が明かされた。誰かがこの時代に開発したのでは無く、未来で使われている物が常に供給される世界であるようだ。 「NHCやAW。そして、この浮遊人工島セルフォネ。軽量壁素材。全てが神の塔より生まれたものになります。そう言えばマスターは寿命が縮むことを心配していましたが、NHCの副作用を抑える薬も、もちろん開発されていますよ」 「それを、この世界の秘密を俺達に教えたかったのか?」 「いえ、最後のお願いをするために来ました」  イヴがそこで言葉を切ると、入り口の右側にあった昇降機が作動し始めコンテナが三つ降りてきた。 「みなさん。マスターから離れてコンテナの前にお立ちください。白はシャロンさん。赤はミーシャさん。青はライラさんです」  三人はイヴの言葉にショックを受けたのか動けないでいた。国の根幹を為す技術が全て未来から来たということと、信じてきた巫女様が機械だったことを受け入れるのは難しいだろう。  だが、イヴはこの三人に呆ける時間を与えなかった。 「みなさん。驚くのは分かりますが、急いでください」 「とりあえず、行こうぜ」  イヴが何かに焦っているように感じた俺は、三人を引っ張るようにしてコンテナの前まで移動した。  三つのコンテナの前に立つと、自動的に蓋が外れ展開していく。  そして、中から出てきた物は見慣れながらも、今までとは少し違った物だった。 「今までの戦闘経験より、皆様に最適化した専用AWです。今すぐ装備して、皆様が持っている携帯のコピーを腕部にある専用スロットに差し込んでください。マスターのAWも今ここに転移させます」  日本に戻った時、充電して復活したイヴに言われるまま、AWを携帯の中に入れていた。どこに転送したのか聞こうとしたら、丁度シャロンに声をかけられたのだ。  それが今、携帯の中から飛び出してきた。つまり、俺も装備しなくてはいけないということなのだろう。 「悪いみんな。イヴの言うことを聞いてやってくれ」 「浩太が言うなら」 「仕方ないですね」 「専用機でコウ君とお揃いだー」  皆が専用機に身を包むと、イヴが遂にお願いの続きを教えてくれた。  変わらず世界を思い続ける願い。 「私のお願いは常に世界をマスターが救うことです」  その言葉で代行機である巫女様が起動して、最奥の壁に向かって歩き出す。そして、開いた壁の先にいたのは巨大な円形の水槽の中に浮かぶ少女だった。  身長は小さくまだ子供のようで、金色の髪の毛は身体よりも長く伸びている。 「マスター。最後の望みです。私を殺してください」 第十三章「神の望み、人の望み」  私を殺して下さい。  世界を救うことを願うプログラムの最後の望みは、自分自身を殺すことらしい。  プログラムだと言っていたイヴの言う私とは誰のことだろうか。 「まさか、イヴ。あの中に浮かんでるのってお前なのか?!」 「イエス。マスター。黙っていてすみません。技術が与える影響を評価するための生体デバイスです」 「生体デバイス?」 「人の感情を感じられるのは人の感情を持つ人だけ。機械的に感情を数値化、文字化は可能ですが、それをどう判断し、対応するかは人次第です。我々はその判断を下します」  人の数字化と文字化。その対応と判断。  その言葉で、シャロン達のステータスを思い出してしまう。 「マスターはそこをしっかりやっていました。だからこそ、彼女達はあなたを信頼し、更なる力を生み出した。私はあなた達が羨ましいです」 「それなら何で。何でイヴ! お前を殺すことになるんだよ?!」  携帯ではなく、彼女の本体に向かって問い質す。声は携帯から聞こえるが目の前に彼女はいるのだ。 「それは……」  視界が揺れた。イヴの言葉によるショックではなく、床が揺れている。続けて金属がぶつかり合う轟音が聞こえ始めた。  何かが落下していると気付いた時には、イヴの本体が入った部屋が視界から消えていた。 「すみません。マスター。時間をかけすぎました……。私の全ての機能をマスターに。そして、マスターのご友人にも一部機能を預けます。全力で私を殺しにかかってください。でないと、私がマスター達を殺してしまいます」 「イヴ! 説明が終わってないぞ! 説明をするなら最後までちゃんとやれ! チュートリアルは最後まで聞けって言っただろ?!」  自分を殺せとしか言わないイヴに、怒鳴り声に近い大声で説明を要求すると、突然シャロンに引っ張られ、宙に身体が浮かんだ。 「浩太危ない!」  足下を見ると、先程まで立っていた床が消えていた。代わりに見えたのは暗闇の中に浮かぶのは赤い光だ。  その光を頼りに目を凝らすとシルエットがぼんやりと浮かんできた。 「AW?」 「砲撃来ます! シャロンさん浩太さんを後ろに下げてください!」  ライラの叫びでシャロンが俺を部屋の入り口の方に連れて行くと、先程の赤い光が柱となって解き放たれた。そして、光を追って黒いAWが現れた。黒いマネキンが漆黒の装甲と翼を身にまとっている。 「AW型のバグなんて初めてだよ! コウ君。相手の情報よろしく!」 「わ、分かった。イヴ相手の情報は?」  いつもなら瞬時に反応が返ってくるはずなのに、イヴの声が返って来ない。戦略マップの表示は問題無く出来ていて、攻撃範囲は表示されているが詳細な情報がさっぱり分からない。  全部自分でやらなければならないのか。 「ミィ姉ちょっと時間を稼いでくれ! ライラ挟撃で援護だ。攻撃は指示するまで待ってくれ」 「分かりました。姉さん行きますよ」、 「はいはーい!」  マップ上に移動ポイントを設定し、ミーシャとライラで敵AWを挟むように動かす。  二人が動いている間に、携帯のカメラモードを起動して、AW型バグに画面を合わせるとスキャンが始まった。イヴは一言も発さないが、どうやら携帯に機能は全て残されているらしい。 「姉さん射程距離に入ります」 「お? コウ君だけじゃなくて、ライちゃんもそんなこと分かるの?」 「みたいです。全員に照準情報を転送します」  視野が広いライラなら戦闘中でも、敵の情報を分析しながら戦えるとイヴが判断してくれた結果、彼女の専用AWにはイヴの機能の一部をコピーしたのだろうか。  攻撃範囲が見えるようになったせいか命中率と回避率が上昇している。そして、ライラと通信が繋がっているミーシャ、シャロンの回避率も上昇していた。  おかげで、敵命中率は三十パーセントだ。  スキャンが終わり、表示されたバグのステータスには彼女の名前が書いてあった。 「バグ名称……イヴ。まさか、イヴが消えたのって」 「そうです。神の塔が。私が……バグのコアに変化してしまったからです……。さようなら。マスター」  最悪の予想が当たってしまった。イヴが自分を殺せと言ったのは、こうなることが分かっていたからだろう。でも、なら何故こんなことをしたんだ? イヴお前の本心は本当に自分自信を殺すことなのか? 「コウ君! 攻撃指示は?」  ミーシャから指示を頼む通信が入る。だが、相手はイヴだ。攻撃指示を出せる訳が無い。俺をこの世界に連れてきた張本人で、今までサポートしてきた相棒だ。プログラムのフリをしていながら本当は人間だった。そんな彼女を殺す命令を俺が出せる訳が無い。 「コンセントレイト発動」  イヴの声がバグから発せられると、敵の命中率が一気に八十パーセントまで上昇した。反射的に俺もボイスコマンドで攻撃予測を選択していた。 「みんな敵の攻撃に注意しろ!」  本気でイヴは俺達と戦うつもりだ。  一分間の無敵回避時間を発動させ、通常攻撃を無効化させる。だが、イヴはこちらの行動を読んで次の一手を打ってきた。 「マップ兵器かよ!」  シャロンが使っているのと同じ形をしたスナイパーキャノンが展開する。その先には赤黒く光る光球が形成されていた。  範囲を一掃する攻撃になると、範囲に入ってしまえばいくら攻撃予測があっても避けきれない。だが、幸いなことにこちらが分散しているので、範囲内に入っているのはミーシャだけだ。 「ミィ姉範囲外へ逃げるぞ!」 「コウ君よろしく!」  ミーシャをマップ上で動かして範囲外へ逃そうとするが、ミーシャから照準が外れない。今までの巨大なバグと違って小回りが利くせいか、マップ兵器の範囲移動が恐ろしく早い。 「姉さん! まだ射程内です!」  チャージ完了まで後五秒。こうなれば! 「シールドリング展開! 間に合えー!」  防ぎきれるかどうかは分からないが、少しでもダメージを減らすために、ミーシャに向けてシールドリングを二枚飛ばす。  何とかシールドリングを射線に割り込ませ、レーザーを二方向に割った。ミーシャに直撃は防ぐが画面に表示されるシールドエネルギーはみるみる減っていく。 「マスター! 私に友人を殺されたいのですか?!」  どうすれば良い? ミーシャを動かしても射線がいつまでもついてくる。俺の癖を完全に捉えられているせいか? 「リングシステム起動!」  頭が真っ白になりかける中、隣でシャロンの声がした。  横を見ると、スナイパーキャノンを展開したシャロンの正面に、四つのリングが浮遊していた。シャロンの手前には赤色のアタックリング、そして奥には青色のシールドリングが一列に展開している。 「バレットフルアクセラレイト! シュート!」  シャロンの放った弾丸がアタックリングをくぐると、弾丸の周りに青い光が集まり巨大な光球となる。そして、シールドリングをくぐるとエネルギーが細く長く圧縮させれていく。  攻撃範囲を確認すると、着弾地点に巨大な円が表示されていた。シャロンも専用AWに乗り換えたおかげで、新たな力を得ていた。  俺のAWから飛ばしたシールドリング手前に着弾したシャロンの攻撃は、青白い爆発を起こしてイヴが放つ赤黒いレーザーを相殺していく。衝撃と行き場を失ったエネルギーが拡散し、部屋の壁が更に崩れていく。 「ミーシャ大丈夫?!」 「シャロリンありがと! おかげで元気です!」  シャロンのおかげで、ミーシャを守り切れた。だが、これ以上はどうすれば良い? ボイスコマンドが使用できて、俺の癖を知り尽くしている相手だぞ? 「コウ君! 守ってばっかりじゃ、イヴちゃんの相手は厳しいよ!」 「相手はイヴだぞ?!」 「イヴちゃんだから、コウ君がやらないとダメなんだよ! コウ君、イヴちゃんはあの人型の中にいるんだよね?!」  ミーシャの言葉にハッとして、改めてカメラをイヴに向けて写真を撮った。再度得られたデータに詳細解析を行うと望み通りの結果が現れた。 「弱点部位は人型の部分だ!」  ミーシャの狙いはさっきの質問で伝わってきた。だから、俺もミーシャを信じて頼み込む。俺は彼女達を信じるしかない。攻撃目標をイヴに設定して、ミーシャをイヴに接近させるルートを指で描く。 「ミィ姉、イヴを任せる!」 「コウ君のためなら全力で行くよ!」  ブレードを構えたミーシャがイヴに向かって飛んでいく。増設されたブースターのおかげで、今まで以上に接近スピードが速い。  さらに全力行動が発動しているおかげで、機体性能の限界を超えた動きを発揮させている。表示されたスペック以上の移動力を得て、命中率、回避率も上昇している。 「コンセントレイト。弾道計算発動」  前回のボイスコマンドが切れたのか、またイヴの声がする。同時に持ち替えたショットガンから、赤黒いレーザーを散弾のようにばらまきながら、近づくミーシャに牽制をかけてきた。弾道計算を発動させているせいで、近距離用武器であるショットガンのくせに射程が長い。  こちらもボイスコマンドが切れるそのギリギリの瞬間に合わせて、攻撃予測をかけなおした。 「ミィ姉。相手はイヴだけど、当たるなよ!」 「お姉さんが当たると思う?」 「思わない」  ミーシャがイヴの攻撃をかいくぐって更に近づいていく。イヴもこちらが攻撃予測をかけたことに気がついたのか、スナイパーキャノンを展開し、マップ兵器を再チャージしていた。 「姉さん! イヴさんからチャージショットが来ます」  今回は表示されているチャージ時間が短い。同時に射程も短くなっているが、横の範囲は狭まっていない。巻き込み性能は先ほどの時と全く変わっていない。むしろ、シールドリングを割り込ませる隙が無く、ミーシャが近くに居るので、シャロンのチャージショットをぶつけられる状況でも無い。  イヴのチャージショットが放たれ、対応が取れなかったミーシャが光に包まれたように見えた。 「ミィ姉!」 「うわー、本当に出来ちゃった。でも、イヴの後ろをとったよ!」  直撃を受けたと思ったら、ミーシャはいつの間にかイヴの後ろに飛んでいた。  攻撃スキルダブルスラッシュを発動させたミーシャがブレードを振り下ろすと、イヴの右翼が断ち切られた。そして、間髪入れずにブレードを振り上げて左翼を断ち切る。 「コウ君今!」  翼を失ったイヴが落下していく。これ以上イヴに何かが出来るのは俺しかいない。そして、今の俺に出来るのはただ真っ直ぐ飛ぶだけだ。 「イヴー!」  落ちていく黒い人型バグに向けて、俺は彼女の名前を叫びながら最大速度で近づいていく。戦略マップも何も見ず、ただ今見えているイヴに向けて近づくことに全力をかける。  だが、それが裏目に出てしまった。 「浩太さん! 上層地区よりライトバグを確認!」  天井が割れ、大量のバグが降りてきた。 「あの工場地区でバグが生まれたのか?!」 「イヴさんの話を信じるのなら、そうなります」  困った。俺は回避行動が出来ないぞ。全てそういうのはイヴに任せていたんだ。でも、今の俺だったらこのまま真っ直ぐ飛んでも大丈夫だ。  その証拠が今、目の前に飛んで来た青いシールドリング。 「浩太! そのまま行けー!」  空から降り注ぐレーザーをシャロンが飛ばしてくれたシールドリングが防いでくれる。 「浩太さん! 雑魚は私達に任せてください! シャロンさん! ACFラムダで行きます!」 「了解。行くよライラ!」  ライラがスイッチショットで武器を取り換えながら、止めどなく攻撃をバグに向けて浴びせ続けた。ライラが弾をばらまいて削った相手を、シャロンがスナイパーキャノンをクイックショットで迅速かつ確実に一撃で仕留めていく。  絶対命令権を使わずとも、自分から俺のために動いてくれた。そんな信頼出来る二人に背中を預けて、俺はひたすら前に飛ぶ。  だが、それでも敵の数は圧倒的で落としては新しいバグが生まれてくる。もはや、神の塔はバグの巣になっているのだ。  ライトバグとバグカノーネでは勝ち目が無いと悟ったのか、小さ目ながらもジンベエザメ型のバグコンバも出現し始め、俺の目の前に躍り出た。  先端には既に主砲がチャージされているのか、赤黒い光が集まっている。 「コウ君の邪魔はさせないよ!」 「ミィ姉!」  ミーシャがバクコンバにブレードを突き立てエネルギーを流し込むと、巨大な光の剣となって、バグコンバの黒い巨体を真っ二つに切り分けた。  俺は二つに分かれたバグコンバの中央を飛び抜けると、ついにイヴが目の前に見えた。 「イヴ! 聞こえてるんだろ?! お前は自分を殺せと言ったな? でも、それなら何で俺達にお前の秘密を話した?」  俺の必死の問いかけにイヴからの返事は返って来ない。でも、それでも良い。真っ直ぐ進む勇気はいつか実を結ぶとイヴも言っていた。なら、俺はお前に真っ直ぐ問いかけるだけだ! 「秘密を伝えずに、バグが生まれるから破壊しろと言えば良かったんだ。それなら、こうやって戦うこともなく、すぐに終わらせられた!」  でも、イヴは俺達に新しいAWと、イヴが司っていた各種機能まで俺達に分け与えてくれた。なら、彼女の望みは嘘だ。イヴのステータスを見たらきっと嘘付きスキルがついているに違いない。 「お前の望みは、自分を殺すことじゃない! イヴ! 自分を助けてくれがお前の望みだったんじゃないのか?! 羨ましいって言ったのもお前が人として生きたかったからじゃないのか?!」 「マスター! そんなことを言ったらマスターが私を殺せないじゃ無いですか! 私がバグを生み出して、世界を滅ぼしても良いんですか?!」  携帯からイヴの声が聞こえた。イヴのバグが出ていても携帯から声がしたので、もしやと思ったが、やはり彼女の意識はまだ携帯に残されていたんだ。 「何でそうなるんだよ! 理由が分かれば何とかなったかも知れないじゃないか!?」 「神の塔で生まれた技術は人間に夢を与え、人生を大きく変えました。死ぬべき人が生き、生まれるべき人が消える。ですが、人が見た夢は、世界が見る現実によって修正が始まりました。歴史の修正力で世界が神の塔に干渉した結果、私達生体デバイスでも取り除けないバグという技術が生まれました。そして、その情報は私も蝕んでいました。私達生体デバイスも歴史の修正力を受けたのです。それもバグを生み出す女王としての罰がついて」  神の塔の停止とバグの発生は裏と表の現象だった。神の塔がバグを生み出していたから、イヴがバグの情報を瞬時に表示出来たのだ。  バグクイーノもイヴと同じ誰かの成れの果てだったのだろうか。俺達は間違ったことをしたのではないか。  あの時、バグクイーノの中の人は一体何を思っていたのだろうか。イヴと同じように死を望んだ結果、あの場を動かなかったのだろうか。  イヴに近づいて、真っ黒なマネキンのようになってしまった彼女の身体を抱きとめる。 「だから、最後のお願いですマスター。私が私でいる間に、この世界を壊さないように。私を殺してください。この世界から私を消してください……。そうすれば、神の塔が停止して、バグはこれ以上増えません」 「最後の確認をする。イヴが消えれば、世界は救えるんだな……?」 「イエス……。マスター」  いつもなら淡々と返す決まった返事だ。だが、最後の彼女の返事はまるで泣くのを必死に我慢して絞り出したような声だった。 「なぁ、イヴ。生きたかったか?」 「マスターは意地悪ですね……。平和になった世界で皆と、マスターと一緒に遊んでみたかったです。長い眠りでそんな夢を見てきますよ」 「そっか。イヴごめんな」  シャロンから預かったアックスハンドガンを右脚のポケットから取り出し右手に持った。 「謝らないでください。寝付きが悪くなりますから。マスターおやすみなさい」  アックスハンドガンを天にかざし、俺はイヴに向けてゆっくり振り下ろした。  ガラスを少しずつ砕くように、イヴの左肩から表面を叩いて削っていく。 「マスター何を?!」  イヴはアックスハンドガンで打ち抜かれるか、叩き砕かれると思っていたのだろう。だが、そんなことをするつもりは一切無い。ゆっくりと慎重にアックスハンドガンを振っていく。  そして、七度目の振り落としでイヴの白い肌がついに見えた。 「見つけた!」  腕にささった携帯を抜き取り、ポータブル充電器をセットして一つのアプリを起動させる。  そして、俺はイヴといた時の癖でそのアプリの機能を叫んでいた。 「転送モード起動!」  叫びながら携帯の画面を露出したイヴの肩口に当てる。すると、イヴの身体が肩口から携帯に吸い込まれバグの破片である黒い欠片が宙を舞った。 「見事に電池がゼロになったな……。でも、まだ乾電池は残ってる!」  ポータブル充電器の中に入っていた電池を取り出し、新しい電池を押し込む。電池が刺さったことにより、電力が回復した携帯の画面に光が戻る。ボイスコマンドを発動させて、時間を稼ぐ。 「みんな、もう少し待っててくれ!」 「分かった。浩太がんばって!」 「すぐ戻る!」  皆に戦場を離れることを伝え、俺もイヴを追って日本に帰った。 ○ 「マスター……。あなたは一体何を?!」  ベッドの上には裸の金髪美少女が座っていた。水槽で着ていた服はバグと同化した時にやぶれてしまったのだろう。って、じろじろ見ちゃ不味いだろ。 「とりあえず、布団を身体にまいてくれ。目のやり場に困る」 「……マスターのえっち」 「う、うるさい!」  こんなことを言っている場合じゃないのは分かっているが、裸のままでは話に集中出来ない。だが、欲望に負けてチラッと見ると、イヴは既に布団で小さな身体をくるんでいた。 「マスター……。何で私を殺してくれないんですか?」 「イヴが言ったからだよ」 「私は殺せと!」 「違う。世界から消せ。って言ったんだ」  あまり違いの無い言葉かも知れないが、俺にとっては十分大きな違いだ。だから、その違いに俺は全てをかけた。 「変わらないじゃ無いですか! 死ぬのも消えるのも、世界からいなくなることですよ!」 「なぁ、イヴ。ここはどこだ?」 「マスターの部屋です……」 「イヴがさっきまで居た場所は?」 「モネトラのコモン地区、神の塔です」 「まだ分からないか? 俺はお前の望みを叶えたぜ? 俺はイヴをあっちの世界から消して、その命をこの世界へ奪ったんだ」  余裕の笑顔を見せて、イヴの顔を見つめるとキョトンとした顔から、何かに気がついたのかイヴは目から涙を流し始めていた。 「マスターは本当に私を助けようと……」 「モネトラからイヴが一回消えて、神の塔も壊れればあの塔からバグは生まれない。イヴの話を聞いたらそんな答えが出た。だから謝っただろ? 俺はイヴを殺すっていうお願いは叶えなかった。ダメだったらダメだったで、次の手を考える。大事な相棒を殺せる訳無いだろ」 「マスター……ますたぁ! ますたああああ! 怖かった……。私のせいで人が死ぬのも、私が死んじゃうのも怖かったよぉ……。マスター……私生きてて良いんですよね?」  イヴが布団ごと俺に抱きついてきて、わんわんと泣き始めた。やはり、彼女の願い事は嘘だった。助けて欲しいという声の裏返しだったんだ。もう、これで死にたいとかバカなことは言わないだろう。 「当たり前だ。イヴは生きてて良いんだ。時の修正力なんか次元の修正力でねじ曲げてやる!」  彼女の小さな身体をしっかり抱きしめて、生きていることをしっかり確認する。直接触れる肌から命の温もりが伝わってくる。救えて本当に良かった。後は、神の塔に発生したバグを何とかすれば、全てが丸く収まるはずだ。 「イヴ。暴走した神の塔を止めることは出来るか? さすがに三人であの数を相手にするのは辛いはずだ」 「やれるはずです。いえ、やります! マスターに救ってもらった命。皆をサポートするためにもう一度使います! マスター。シャロンさんが持つコピー機に飛んでください」 「オッケー、俺はモネトラに一旦戻る。イヴはここから俺達に指示を出してくれ」 「イエス! マスター!」  充電器に刺し直して、転送モードを起動する。携帯に飛び込む直前、俺は念のためイヴに一つの注文をしておいた。 「イヴ。帰ってくる前に服は着てくれよ。その棚に入っている俺の服貸すから」 「マスターのえっち……」  言わなければ良かったかもしれない。ちょっとした後悔とともに、俺はモネトラの世界に再度飛び込んだ。 第十四章「神の指示」  シャロンの腕から飛び出すと、丁度シャロンがスナイパーキャノンを振り回していたのが頭部に激突した。まさかの味方からの被弾だ。 「わっ?! 浩太?! 来るなら来るって言ってよ! 大丈夫?」 「鼻から何か色々飛び出しそうになったけど、大丈夫……」  痛む頭をさすりながら、携帯に再度ポータブル充電器を差し込んだ。転移を使いすぎて電池の残りがかなり少なくなっているので仕方ない。 「マスター。代行機は無事な形でそこにありますか?」 「あった! バラバラにはなってないな」 「代行機に携帯を近づけてください」  地面に向かって落ちるのに近い急降下をして、代行機に携帯を近づけると代行機が反応して動き出した。 「管理者イヴ。いかが成されましたか?」 「全工場プログラムの停止を要求。パスワード、エデンの林檎」 「声紋、パスワードの一致を確認。工場プログラムの停止を実行します。――停止しました」 「マスター。これでバグの増加は収まりました。敵機残り五十です」  三人で五十機を相手にする。ゲームでも負けイベントなのではないかと疑いたくなる数字だが、今の俺達は負けられない。いや、負けない!  携帯を専用スロットに差し込み、戦略マップを表示させる。  そして、ボイスコマンドを表示して皆の能力強化を施す。 「みんな。集中して確実に当てていけ!」  コンセントレイトで命中率とクリティカル率を上げる。ライラのおかげで命中率が上昇しているので、クリティカル発生率の上昇効率がとても良くなっている。 「攻撃は激しいけど、みんななら避けきれる! 絶対に当たるな!」  続けて攻撃予測を発動させて、防御面でもサポートを行う。 「マスター。私から新しいボイスコマンドの情報です。機体と個人スキル発動率を百パーセントに維持する技能発揮を習得しました」  このタイミングで非常に重要なコマンドが解禁された。ためらいなく、ボイスコマンドを発動させて皆を激励し、鼓舞する。 「みんな、出し惜しみは無しだ! 全力で行け!」 「みんなを絶対に守るんだ!」「全く浩太さんといると退屈しませんね!」「はいはーい。危ないからコウ君は大人しく見物しといてね!」  三人がそれぞれ返事を返してくれる。どんな返事でもしっかりボイスコマンドは発動しているし、どこか俺に対する信頼も混じっている気がする。  リングシステムはアタックとシールドをそれぞれ一枚ずつ、ミーシャとライラに飛ばす。  シャロンは新しく使えるようになったマップ攻撃《バレッドフルアクセラレイト》を選択し、さらにクイックショットを発動させる。  広範囲爆破攻撃が二連続で飛ぶ反則に近い攻撃だ。爆発が大きなバグも小さなバグも巻き込んでいき、数を一気に減らしていく。 「ターゲットマルチロック。殲滅します」  続けてライラが両手の重火器、肩部ミサイルポッド、脚部ミサイルポッドと同時に発射出来る物を全て発射し、シャロンが破壊し損ねた敵機を撃ち落としていく。 「でかいのはお姉さんが相手だ!」  そして、ミーシャが耐久値の高い大型バグのとどめを刺して行く。高速で飛び回りながら切り刻んでいく様は、さながらカマイタチのようだ。時折消えて見える。 「専用AWを設計した身で言うのは何ですが、みんな適応が早いですね」 「というか、あれイヴの機能が混じってる?」 「そうですね。シャロンさんの器用スキルがあったのでリングシステムを。ライラさんは広い視野があったので戦略マップシステムを。ミーシャさんには転移システムを応用したショートジャンプ機能を追加しました」 「ミィ姉のあれは本当に消えてたのね……」  そう言えば、ミーシャは初めての転移でもバランスを崩すことなく普通に立っていた。恐らく感覚的に自分がどのような場所でどのような体勢になっているのかが瞬時に分かって、立て直すのが早いのだろう。 それにしても、バグの数がみるみる減って行く。もはや小さい雑魚は俺達の敵ではないようだ。大型でもミーシャによって確実に減らされている。ボイスコマンドが発動していれば、普通のバグなら余裕だ。  そして、 工場地区の生産が止まったおかげで、最後の一体を片付けると敵の増援が止まった。 「みんなおつかれさま」  考えてみれば、大きな戦闘を二回もしたのだ。精一杯彼女達をねぎらっても足りないくらいだ。たったの一言だけなのが少し申し訳なく感じる。 「いやー、さすがにお姉さん疲れたよ」 「遊びに行く元気はさすがに残ってないですね……」 「ごめんね浩太。さすがに私も帰って寝たい」  地上までは影響が無かったようで、外にいた住人達はバグクイーノに勝利した喜びで沸いている。誰一人俺達の地下での戦いには気付いていない。  表に出ることは無い、この世界の姫を取り戻す戦いに勝利した英雄達の凱旋は、結果とは裏腹に何とも疲れに満ちただらしのない雰囲気になってしまった。   エピローグ  あの後、イヴを試しにモネトラに帰してみても、新たなバグは発生しなかった。どうやら、モネトラの世界はイヴが死んだ物と勘違いしたらしい。  更に、神の塔内部の調査をしたところ、イヴは代行機を通じて操作する権限が残されていた。  ただ、どちらにせよ神の塔は機能に大打撃を受けたので、当分は蓄積データの開示しかすることがないようだ。  その結果、イヴは神の塔に蓄積された知識を広める研究者として改めて登録され、シャロンと一緒に住んでいる。姉妹のように仲良くやっているとロイ大佐やミーシャ達から聞かされている。  いずれ神の塔の修復が終われば、バグの発生抑止を目的とした本格的な研究も再開するらしい。  シャロン達は地上に残されたバグの討伐をおこなっている。女王を倒したとは言え未だにバグはうごめいていて、その駆除に当たっているのだ。  そして俺はというと、やっぱり日本では高校生だ。みんなと同じように学校に行って授業を受けて家に帰る。みんなと同じ生活サイクルを繰り返している。  ただ、放課後と休日の時間だけはちょっとだけ特別な高校生になる。 「モネトラにおかえりなさい。マスター。サポートの準備は万全です」 「ただいま。よっしゃ、みんな今日も地上を取り戻すために行くぜ!」 「「おぉー!」」  皆の声が重なった。  今日も俺は世界を救うために、少女達と空を駆けている。