「マークスの山」や「下町ロケット」などの脚本家、前川洋一が初めて書いた「推定有罪」(講談社:2012年2月刊)が意外に面白かった。明らかに女児(4歳)が行方不明になり殺害された足利事件がモデルで犯人として誤認逮捕、起訴され、実刑が確定して服役を余儀なくされた菅家利和と、遺留物のDNA型が一致しないことが再鑑定により判明し再審の結果無罪になった事件だ。菅家が語っている言葉が小説に出て来る。「刑事達の責めが酷かったです。『証拠は挙がってるんだ、お前がやったんだろ』とか『早く吐いて楽になれ』と言われ、私受けるは始終無実を主張していますが受け付けて貰えず自白書に無理矢理署名をさせられました」「私は当事者に謝ってほしいんです。私の取り調べをした刑事さんたち、私を有罪にした裁判長にも私の人生をぶち壊した総ての人に」
主人公は「週刊潮流」の記者、加山。自分の書いた記事が後押しして篠塚と言う無職の男が逮捕される。現場で蒐集した犯人と思われる男の体液のDNAと篠塚のDNAが一致したと言うのがその理由。だが新たなDNA鑑定で冤罪が証明され12年間の獄中生活が終わる。
取り調べて自白に追い込んだのが浅田と言う若い刑事。加害者とされた篠塚の家庭、被害者の女児の家庭、夫々が学校や近所、マスコミの攻勢で崩れて行く様が良く描かれている。後半の加山や浅田がタッグを組み真犯人を探し求めて行く推理と謎解きの展開がスリリングで一気に読ませる。既にWOWOWでドラマ化され3月末から放映されたようだ。
久しぶりのメル・ギブソン主演映画。彼ほど毀誉褒貶の激しい俳優、(いや監督)はいない。NYで生まれオーストラリアで育ち「マッドマックス」で注目されハリウッドに渡って「リーサル・ウェポン」シリーズでスターになる。身長は175センチと高くないが、緑に輝く目に低い渋い声は多くのファンを持つ。「ブレイブハート」(95)で、アカデミー賞監督賞と作品賞の2冠に輝き、キリストが死に至るまでの12時間を描いた製作監督作品「パッション」(04)が物議をかもす。血まみれのキリストへの拷問シーンが残酷すぎると、またキリストを磔にした悪人どもと決めつけられたユダヤ人団体からは猛烈な抗議を受ける。ボイコット運動もおこる。だが勝てば官軍、論争で口コミを呼び$370M(約290億円)を超える大ヒットとなる。アイルランド系でカソリックのメルはユダヤ人が大嫌いだ。マヤ文明の残酷さを描いた「アポカリプト」(06年)を監督した後からがいけない。アルコール依存症のメルが飲酒運転で逮捕された時、ユダヤ系警官に差別的な暴言を吐いた。正式に謝罪したものの、「アンティ・セミティズム」(反ユダヤ主義)”のメルは、ユダヤ人が支配するハリウッドから葬り去られることになる。私生活のトラブルも追い打ちをかかる。28年間連れ添い7人の子供をもうけた妻(カソリックは離婚と避妊を禁じるので子沢山)と離婚。離婚慰謝料は700億円とも言われた。2010年、14歳年下の恋人、ロシア人歌手オクサナ・グレゴリエヴァとの間に1女が生まれるも昨年破局。親権と慰謝料を廻り泥沼の争いを繰り広げている。
製作はギブソンの「アイコンプロダクション」だがハリウッド製の映画をこのところ作っていない。この映画もイギリスから製作費を出してもらい、監督はエイドリアン・グランパークと言う「アポカリプト」でメルの下で助監督だった素人のデビュー作品。出来の悪さ(またはユダヤ人の妨害で)にアメリカでは劇場公開されることなく、今年の5月にVODからDVDへ直行。未だ56歳、役者としてはこれからなのにユダヤ人から嫌われた映画人は行くところが無い。ギブソンの映画出演35周年記念の年なのに淋しい限りだ。唯一ギブソンを好きな日本がこの10月に劇場公開する(但し都内では新宿バルト9の1館のみ)。
原題は「アメリカ人をやっつけろ」。冒頭のシーンはドライバー(ギブソン)が数台のパトカーに追われメキシコとの国境の壁に沿って砂漠を疾走している。撃たれて瀕死の相棒もドライバーも道化のメイク。マフィアから大金を奪って逃走、金属の壁を破ってメキシコ側に着地するもそこにはメキシコ警察が待ち構えている。盗んだ大金はメキシコ警官たちが着服し相棒は死に、ドライバーはメキシコ一酷いと言う凶悪犯用刑務所「エル・プエリード」に送られる。その刑務所は一種のコミュニティ。自由に街を歩き回れるし娼婦も、ドラッグも料理も何でも手に入る。だが上手く立ち回らないと忽ち「死」が待っている。ドライバーはそこでキッド(ケビン・ヘルナンデス)と言う10歳のストリートスマートな少年と知り合い、刑務所内のルールや人間関係を教わる。刑務所を支配するのがハビ(ダニエル・ヒメネス・ガチョ)でキッドの父親はハビに殺されその肝臓が移植されており、次の肝臓提供者としてキッドはハビに保護されていることを知る。ある日ドライバーはキッドと母親を暴行しようとしたギャングを射殺するが彼はハビの部下。怒ったハビはドライバーを殺そうとする。ドライバーは隠した大金をハビに教えるが、一方大金をドライバーに奪われたマフィアのフランク(ピーター・ストーメア)も刑務所に乗り込んでくる。一方政府は刑務所の閉鎖を決めるがハビは閉鎖前に肝臓移植を行いたいと母親を拷問にかけキッドを拘束して手術の準備に入る。
街全体が汚い豚小屋のような「エル・プエリード」刑務所とは不思議な存在だがティファナに最近まであったと言うからメキシコと言う国はアメリカに隣接している土地ながら文化が全く違う。原題に使われている「GRINGO」と言う言葉が重みを増す。(日本で原題としているHow I spent my summer vacationsと言うのは何処から出て来たのだろう?)
メル・ギブソンは相変わらず渋い低い声と緑の目が魅力的でエネルギー溢れ元気だが肝心のアメリカでは一般上映はされず、昨5月からダイレクトTVのVOD次いでDVDとユダヤ人に苛められている。せめて日本でファンとして応援したいが、配給はクロックワークスと言うマイナーな会社で、首都圏の小屋では新宿バルト9の一館だけとは淋しい。
10月13日より公開される。
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