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角田光代が資生堂の口紅のために書いた短編小説「口紅のとき」（求龍堂：２０１２年１月刊）。因みに「求龍堂」は老舗芸術出版社で1923年（大正12年）石原龍一が、絵画の売買および美術書籍の出版を目的に東京都神田連雀町に創立したもの。現在は紀尾井町の文芸春秋社の中に本社を置いてある。文春の子会社か？
６歳から７９歳の女の一生を、口紅を媒介に描いている。文章は流石に上手いが、男性の僕には女心と口紅の話はどうにもピンと来ない。デリカシーに欠けると理解できない。高校生の時のロマンスも結婚する時のトキメキも夫に先立たれる寂しさも余り伝わって来ない。大きなドラマが無く淡々とした展開は退屈。カメラマンの上田義彦が口紅を塗る少女たちの写真を載せている。
ミシェル・ペトルチアーニと言うジャズピアニストをご存知だろうか？僕は知らなかったが、36年間の短い人生を全速力で走り抜けた記録映画を見ると感動に包まれる。
映画の冒頭で数人の男たちに囲まれた小人が2本の杖でたっている。背丈が半分の無いと思える程小さい。「骨形成不全症」、全身の骨が折れた状態で生まれたペトルチアーニは子どもの頃は歩くことも出来なかった。成人しても１メートルにも満たない身体で絶えず何処かを骨折しながら痛みを耐えて生きて来た。しかし天は彼に誰にも負けない音楽の才能とすべての人（特に女性に）好かれるカリスマ的パーソナリティを与えた。
1962年12月28日、南仏のオランジェで生まれる。一家は父や兄を含めてモダンジャズのセミプロだった。赤ん坊の時からマイルス・デイヴィスやウェス・モンゴメリーを聞いて育つ。4歳でデューク・エリントンのピアノを見てピアノに惹かれる。貧しい両親は中古のピアノを買い与え7歳までに父親は神童であることに気付く。13歳で地元のジャズフェスティバルでアメリカ人トランぺッター、クラーク・テリーと演奏する。
それからの活躍が凄まじい。18歳でアメリカ・カリフォルニアのビッグ・サーに移り済ジャズのメッカ・モントレーで多くのジャズプレイヤーと友達になり、更に5年後には本場のＮＹに進出し「ヴィレッジバンガード」や「ブルー・ノート」で著名な音楽家との友情を育む。
小さな身体に似合わず手だけは大きく、鍵盤を這う指は魔法の蛇のように這いずる。特に右手の指はドラマロールより早く電気が流れるよう速射砲のように叩く。高音を叩くには左手で縁を掴み身体を精一杯右に傾け落ちそうな体制で弾く姿に驚く。ペダルに足が届かないので父親が特製で作ってくれた短い足でも踏めるスツールのような踏み台を使う。しかし真中のペダルだけは踏めない。
「時間の無駄使いは出来ないんだ」とカメラに向かって語るペトルチアーニ。自分の命の限られた時間を知り尽くしているように大車輪で動き廻る。1日10時間の演奏、年間200回を越すコンサート。勿論東京へも演奏旅行で来ている。結婚や同棲は何度も繰り返している。行く先々で女性の心を掴む。結婚していることなど頭に無い。彼の天性の「人たらし」は女性に対してはカリスマ的に働く。女性たちは彼をペットのように抱いてコンサート会場へ移動し舞台へ持ち込む。
子供が出来た。悩むペトルチアーニ。だがやはり彼とおなじように「骨形成不全症」で成人しても小人の息子だ。右腕の大きな刺青が音楽性で追いつけない長男の示威だ。
1999年36歳で住んでいたＮＹで息を引き取る。持病の「骨形成不全症」が原因で無く、ニューイアーズ・イブで街に繰り出し、冷たいＮＹの空気はペトルチアーニの肺を犯し「肺炎」で生涯を終えたのだ。短い生涯を意識し少しの時間も惜しんで動き廻るペトルチアーニらしい最後だ。
「イル・ポスティーノ」など劇映画の名作を多数送り出しているマイケル・ファドフォード監督はドキュメンタリーは初めてだ。ペトルチアーニに関する膨大な資料やインタビュー動画を駆使し、父や兄、音楽仲間、妻、愛人と精力的にカバーし、小人天才に実像に迫っている。特に彼の暗黒の部分に光を当てドラマティックに仕上げていて、記録映画と言うより劇映画を見ているような錯覚に陥る。
グランドピアノに止まった蝉のように、シルクハットにタキシード姿のペトルチアーニは可笑しな姿だが、指からはじき出される絶品のピアノは観客を忽ち虜にする。
10月より渋谷・イメージ・フォーラムで公開される。
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