過日書いた元会長グループが昨日(24日)FCCJ幹部を東京地裁に訴え,昼に記者会見を開いたそうだ。
元PresidentのLoyから「Suit has been filed at Tokyo District Court today about noon. We had a press conference there from 12:00 attended by Sam jameson, Anthony Rowley and myself. Will report in more detail later. So far so good.」詳細を取材中で分かり次第報告する。お白洲への召喚状を突き付けられた僕にはGood Newsだ。しかしやっていることは同じで何故彼らは召喚されないのだろうか?明らかに人種差別だ。
僕の好きな歌舞伎の一つ。会社へ入った60年代は社内の宴会が沢山あり、佐野次郎左衛門の愛想尽かしの場のセリフなどを唸ったものだ。
三世河竹新七の名セリフの数々。八ツ橋は、「身請けをされるのはもともと嫌でありんすから、お断り申します。どうぞこの後わたしのところに遊びに来て下さんすな。」愛想尽かしに次郎左衛門の我慢の末の啖呵「花魁、そりゃあ〜、ちっと、そで(袖)なかろうぜ〜。夜毎に変わる枕の数、浮河竹の務めの身では心変わりはしたかはしらねど。。」キリが無い。
籠で編んだ釣瓶は水も溜まらないところから、籠釣瓶は水も溜まらぬ名刀の名前。立花屋2階で、さっと撫でただけで二人も殺してしまう。切れ味鋭いから力を入れる必要が無い。
映画では東映の1960年映画「花の吉原100人斬り」が素晴らしかった。
監督:内田吐夢の脚本:依田義賢の名コンビ。次郎左衛門が片岡千恵蔵、八ツ橋が水谷良重(今の水谷八重子)の二人が良かった。
美男の勘三郎が顔いっぱいに痘痕を描き醜男に、だから玉三郎の八つ橋がいつもよりも美女に見える。本当に玉三郎の八つ橋には惚れ惚れする。「美女と野獣」がこの芝居の見どころなのだ。勘三郎の端正な顔一杯に墨で歪な●印が描かれている。「ふた目と見られぬ俺ゆえに」と八つ橋から愛想をつかれるのは無理はない、との愚痴を吐く次郎三衛門のセリフ通りだ。
序幕の吉原仲之町見染めの場が良い。田舎者の次郎三衛門、初めて大門を潜って吉原に足を踏み入れ仲乃町のあの有名な桜の樹のしたで花魁を見る。腰が抜ける程の美しい花魁道中を二組見送って、最後に現れるのが八つ橋(玉三郎)だ。真白い肌に真っ赤な紅、くっきりとした細い眉の下の大きな瞳。今まで玉三郎の女形は数々見たがこんなに豪華な女は初めてだ。ぽかんと口を開けて見取れる次郎三衛門の表情が良い。見返り桜を過ぎ禿や振袖新造を従えて八つ橋が花道へ外八方を踏み出す直前、次郎三衛門を振り返り艶然と微笑む。これが堪らない。佐野の絹お大臣の次郎三衛門が夢中になる瞬間だ。
今まで沢山の籠釣瓶を見たがこの勘三郎と玉三郎が一番ではないかと思う。劇評じゃないから芝居はこの位にするが、シネ歌舞伎は小屋で見るより余程良い。劇場の設計者は馬鹿じゃないかと思うが、旧歌舞伎座にしても演舞場、明治座とどこへ行っても一番料金の高い一階席(オーケストラ)は前の人の頭で半分は見えないのだ。新歌舞伎座がシネコンみたいな階段式になっていれば良いが。
「シネ歌舞伎」では当然のことながら頭越しではないし、勘三郎の熱演で汗が滴る様や啖呵を切るセリフで唾の飛ぶ様が良く見える。同じ様に舞台を映像で紹介する「ゲキXシネ」と言うのがある。チケットが取れない劇団新感線の舞台映画だがこれはHDカメラが16台くらいあって縦横上下から舞台の袖、果ては天井からも撮って目まぐるしい。そこへ行くとシネ歌舞伎は実にオーソドックス、正面や下手上手と移動こそすれ舞台を越えて上がることは無い。いつも観客目線だ。TVで舞台中継があるでは無いかと言う人もいるが、シネマスコープで歌舞伎座の舞台幅とほぼ同じ間尺で見るシネ歌舞伎は本物同然で迫力が違う。
この映像は平成22年2月の歌舞伎座公演で、序幕の「吉原仲乃町見染めの場」と大詰め「橘屋二階の場」の良い所だけを1時間54分で見せてくれる。病床に伏す勘三郎の見おさめになるやも知れない。必見の映画だ。
9月29日(土)より築地東劇他で公開される。僕が町お手伝いした山形県鶴岡市の「まちなかキネマ」でも上映される。鶴岡の皆さん見に行ってね。
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