ノンフィクションや紀行小説で知られる沢木耕太郎がメルヘンを書いているとは知らなかった。「月の少年」(講談社:2012年4月刊)で半分は浅野隆広の幻想的な絵だから、絵本と言った方が良いかもしれない。山と山に囲まれた小さな透き通った湖の傍で冬馬少年は彫刻家のお爺さんと住んでいる。
ある満月の夜、湖に小さな舟を浮かべて笛を吹いている少年を見つける。少年は冬馬が笛の音を聞いたことに驚く。少年の笛は誰にも聞こえないのだと。冬馬は少年から竹の笛を作って貰い吹き方を習って上手に吹けるようになる。そして次の満月の夜、二人は舟に乗って笛を吹くと舟は月に向かって昇って行き始める。
かぐや姫のように月に昇って行く少年は母親を求めている。短い掌編だがメルヘンは心に残る。
「旅の贈りもの 0:00発」と言うミステリーか旅物か分からない映画が06年に公開された。EF58直流電気機関車と言う鉄ちゃんなら垂涎のレトロな列車が大阪駅を午前零時に出発する。行き先は不明、通用期間1か月の片道切符と思わせぶりな列車に夫々心に傷を負った5人の男女が乗り込む。思わせぶりな着想だが詰らない退屈な映画だった。それがシリーズものとは今作で初めて知る。
結婚後数年で離婚し以来独身生活を送っていた仁科孝祐(前川清)は、大阪の大手ゼネコンを2012年に定年退職した。暇をもてあましつつ部屋の整理をしていた孝祐は42年前に文通を通じて知り合った秋山美月の絵ハガキを見つけた。右半分が焦げている。美大に進みたいと父に告げたら女性ペンパルなどと付き合っているからと絵ハガキを焼かれてしまったのだ。絵ハガキの送り主、美月とは42年間会っていない。途端に秋山美月に会いたくなる。
居てもたまらず孝祐は、特別特急列車「雷鳥」に乗り、彼女と出会い歩いた思い出の地・福井に向かう。手には42年前、彼女と一緒に巡った何枚もの思い出の地の絵ハガキを握っている。60歳で初恋の人美月を捜す旅が始まる。
結婚を目前にして香川結花(山田優)は名古屋から福井へ向かう特急「しらさぎ」に乗った。義父も母も優しく結花を思いやってくれる。しかし何か心残りがある。
幼い頃、家族揃って行った福井、結花自身父との思い出が唯一残っている土地だ。優しかった父親を思い出しながら「お父さん!何故、離婚したの?」と思わず口に出る。
ヴァイオリニストとして活躍する久我晃(須磨和声)。だが突然スランプになる。「音楽って何だ?」「俺の夢って何だ?」作曲も音楽的イマジネーションも浮かんで来ない。コンサートの予定を総てキャンセルし東京から東海道新幹線から米原で乗り換え北陸本線新快速で故郷・福井へ列車に乗り込む。
鉄チャン向けの映画だから40年前の大阪発の特急489系の「雷鳥」の雄姿が見られる。残りの場面は現代に戻るから、オリジナルのようなEF58直流電気機関車のようなレトロ汽車は姿を見せない。ただ越前鉄道や越美北線、市内を走る市街電車など大都会から払い下げられた懐かしの車両が見られる。
その上福井と言う土地の魅力をふんだんに盛り込む。越前海岸北部の亀島、美月と孝祐が出会うお祭りシーンは坂井市の三国神社。高校時代にデートした丸岡城、北陸で代表的なあわら温泉郷、福井市内の一乗谷朝倉氏遺跡、JR福井駅など製作委員会に福井市、あわら市、坂井市が入っていて製作費を負担している。映画の半分以上は観光PRだ。おまけに黒人が白い犬を連れて福井市内を散歩する。言わずと知れたソフトバンクのCMだ。おねだり屋の映画商売丸出しだ。
それにしても何で前川清が主演なのだ!長崎訛り丸出しの下手なセリフに表現力の欠如。「長崎は今日も雨だった」だけで精々バラエティショウに顔をだすのが精一杯な男に芝居は無理。酒井や山田が頑張っているが前川でシラける。
それでも後半に入ると泣けるから不思議だ。孝祐がこだわる「さよなら」と書かれた最後のハガキに描かれた大きな一本の桜。それを追い求めるエピソードが胸に込み上げて来る。
お祭りでラーメンを食べ貰った抽選券で桜の苗木が当たる。絵ハガキはその樹が大きくなり満開の桜を描いている。美月の想像の絵だが、果たして42年後に其処で花をつけているかどうか?美月ですら知らない。やっと辿り着いた田んぼの真ん中で咲き誇る大きな桜の樹に感動し手を取り合う二人。
「奇跡だ!」下手くそな前川の芝居もご都合主義で陳腐な脚本も、このシーンで一遍に吹き飛ぶ。観客は涙涙の感動シーンだ。
10月27日より新宿武蔵館他で公開される。
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