外国特派員協会(FCCJ)からアウトソーシングの委託を受けたIRS管理職はレストランやバーの端末を自由に使っている。しかしこの端末は我々会員の情報にアクセスできる。民間企業の東急レストランが我々のプライバシーを侵犯(以下FCCJ代理人・横木雅俊弁護士に法的措置をとると言われ削除)
湊かなえの「往復書簡」は原作でなく、原案とタイトルにある。小説を読んでいたが確かに内容が違う。中編3話からなる書簡集で成程手紙のやり取りだけで事件や謎を解いて行く湊の手法は冴えている。映画の原案となっているのは第二話の「二十年後の宿題」で定年退職した真智子先生が20年後成人した1人の生徒に頼みごとをする。同じ内容の手紙を同級生だった6人の生徒へ渡して欲しいと。彼は夫々の生徒たちの反応を先生に報告する。謎は真智子先生の夫が一緒に河原でバベキューをしていた時に生徒の1人が溺れ、助けに飛び込んだ旦那さんが水死した事件だ。
映画は原案としているが換骨脱胎、小説とは内容が随分違う。だが映画自体の評価にそれは関係無い。むしろ良く書きこまれていると思う。更に言うと主演の吉永小百合にあて書きした様も見てとれる。1945年3月13日生まれだから67歳の吉永は定年を迎えた60歳の現代と島の分校で教師時代の20年前の回顧の40歳を演じる。いや若いね、27歳若い20年前でも違和感の無いのは名キャップのせいばかりでは無い。身体つきも古希が近い老婆の姿を微塵にも思わせない。女優だ!大女優です。山田洋次監督作品、「母べえ」や「おとうと」に出演した時よりも遥かに若々しい。芝居の上手さは言うまでも無く、吉永の存在だけで映画は半分成功したようなものだ。
小学校の教師から図書館員になって20年、定年退職をした川島はる(吉永)は骨休みの温泉へ出かける寸前に二人の刑事(石橋蓮司他)の訪問を受ける。教え子の一人、鈴木信人(森山未来)が殺人をして警察の追われていると。信人のアパートに川島はるの住所と電話番号のメモが残されていた。20年前はるが病気で休職中の大学教授である夫、行雄(柴田恭平)を伴って赴任したのは北海道の離れ島の分校で生徒は6人だけだった。信人は一番下の9歳で吃音のせいで皆から苛められていた。信人の歌の才能を知ったはるは他の生徒たちも歌唱力があることに気付き、合唱を通して生徒たちの心を一つにし島の人たちも児童の明るい歌声を楽しんだ。
北海道大会の直前突然声が出なくなった結花(飯田汐音)を巡って生徒間で不和が生まれる。行雄の提案で海岸でのバーべキュー大会を開き美味しい焼き物を食べている内にわだかまりが解け始めていた。ところが思わぬ事故が起こる。結花が崖から海に落ちてしまう。行雄が救出に飛び込んだが、結花は助かるが行雄は溺死する。そしてそのことではるの私生活の秘密が明らかになり島を追い出される。
この秘密は少しはるの性格にそぐわないし、唯一この脚本に注文をつけたいところだ。確かに青天霹靂なインシデントが無ければ物語は展開しないのだが、前後関係から余りにも唐突すぎる。はるのロマンスは夫だけで充分だろう。相手(仲村トオル)の性格や人物像が中途半端な描写なので唯鬱陶しい挟雑物にしか思えない。それにはるの父親(里見浩太郎)の世知に長けたような助言や意見。ロートル里見なんてただうっとうしいだけだ。それに引き換え子供たちの歌声の美しさはどうだ。「カリンカ」「この広い野原いっぱい」「この広い野原いっぱい」「あの青い空のように」など素晴らしいハーモニーに聞き惚れる。特に繰り返される「かなりや」からタイトルをつけている。
20年前の行雄の事故とはるの島の追放、現代の信人の殺人容疑で逃亡。二つの核で展開する物語は強力なエネルギーとなって観客の興味を掻きたてる。
全体として暗い陰気な映画になってしまったが吉永主演作品としては近年一番良いのではないだろうか。いつもニコニコ良い婆さんじゃ役者としての価値が勿体ない。
11月3日より東映系で全国公開される。
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