島田荘司推理小説賞は中国語で書かれた長編ミステリー小説の文学賞。第二回受賞作の陳浩基(サイモン・チェン)の「世界を売った男」(文芸春秋社:2012年6月刊)は一夜にして6年間記憶を失った刑事の話。意識を取り戻すと昨日まで捜査していた殺人事件は既に解決している。そして犯人は思わぬ男だった。もっと驚くのは刑事として勤めていた社会が崩れ始めて行く。当然だと思っていた人や機構が全く違って来る。読者は幻想的な世界に誘い込まれる。
だが僕は好きな小説では無い。あまりにも読者を惑わすレッドへリングを散りばめるご都合主義的な描き方でオーソドックスな推理小説の枠を外れるからだ。「世界を売った男」はデイビッド・ボウイの詩の歌詞から。「私たちは階段で巡り会った。身の上と過去についての話をした 私はそこにいなかったが 彼は私のことを友人だと言った(中略)君は独りで死んだと思っていたよ 遠い遠い昔に」これが小説の発想原点だ。
香港人の陳浩基は勿論無名の新人。この作品は台湾、香港、中国、タイ、日本、マレイシアで刊行される。
これぞピカレスク(悪漢)映画。10日で5割の法外な利息を取り立てる「闇金ウシジマくん」は強烈な作品だ。山田孝之が顎鬚を生やして凄みを利かせる闇金の王者。子分(社員)たちを従えて債権者を追いこむ迫力は凄い。
冒頭、女の子たちを侍らせて自分の資産自慢をするIT富豪。イベント屋の小川淳(林遺都)は携帯3台に夫々3000人のアドレスの人脈を誇るが、運営資金が無い。IT富豪が20万円のドンペリを一気飲みしたら100万円をやると言われ無理矢理飲む。そんなパーティへ社員を引き連れ乗り込んで来るウシジマ(山田)は未だ支払われていない債権を利息込みで約800万円、この場で祓と脅す。明日事務所へ来れば1000万円でも払うが今は現金が無いと泣く富豪を脅すウシジマ。引き上げるウシジマを追う小川に「金は奪うか、奪われるかだ!」と自分の信じる金銭哲学を呟いて消える。
映画はイベント屋でチャラ男の小川を主に追いかける。学歴も無いがあるのは9000人のアドレスを携帯に入れた人脈だけ。手っ取り早い金儲けは2000人の大きなイベントを企画しパーティ券を大量に売ること。会場を押さえるには多額の前金が要る。そのための金策に走り回る小川。遂にウシジマから金を借りる破目になる。
もう一人の主役は鈴木未来(大島優子)。世間知らずの自分に声をかけ皆に紹介してくれた小川に憧れている。だがパチンコ狂いの母親(黒沢あすか)がウシジマからの闇金の利息を払う毎日。友達からの紹介で「出会いカフェ」に顔を出すようになる。一緒にデイトをすれば5000円を稼げる。身体を売らなくてもルックスの良い未来に客はつく。
小川はウシジマの債権取り立てを「恐喝」されたと警察に訴える。親しい女の子たち4人も同様の申し立てをする。ウシジマは拘留され黒岩刑事の厳しい取り調べを受ける。だが顧問弁護士の西尾に命令して告訴を取り下げるように手配させる。ウシジマの一の子分、柄崎(やべきょうすけ)は告訴した女の子たちを脅しまくる。
普通の映画ならウシジマの闇金融には忽ち正義の鉄槌が下されるが、警察の追求を逃れしっかり生き延び更に闇金は栄えるのがピカレスク。小川にとりついていた得体の知れない怪物、肉蝮(新井浩文)まで車で撥ね飛ばして力ずくでも生き延びる。
大阪府貝塚市で昨年10月、高校1年の男子生徒が「同級生3人に脅かされている。38000円の金が払えない」と遺書を残して自殺した。「もう少し生きたい、でも金が払えない、金が総てや」とあるように、少年の世界でさえ金で廻る世の中。裏社会を支配しようとするウシジマくんは闇の帝王だ。縁無しの眼鏡をかけ、応対に二コリともせず、トリムした顎鬚を生やした顎を上げ、顔を右に傾けて「金は貸す。ただしお前の人生と引き換えだ」と冷たく言い放つ山田孝之は今までに無い役柄を楽しんでいる。
原作は真鍋昌平の累計500万部を売り上げる人気コミック「闇金ウシジマくん」。闇金はもとより出会いカフェやらイベント屋やら、バイオレンスとエロなどの余り知らない裏社会の実態を観客に教えてくれる。そして「悪は栄える」のだ。
8月25日より新宿バルト9他で公開される。
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