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対談 媚びない人生
【第9回】 2012年10月2日
著者・コラム紹介バックナンバー
ジョン・キム [慶應義塾大学大学院特任准教授]

「挑戦しない脳」の典型例は、偏差値入試。
優秀さとは何か、を日本人は勘違いしている
【茂木健一郎×ジョン・キム】(前編)

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 標準が作られると、人間の思考は麻痺してしまう

茂木 僕はキムさんの『媚びない人生』は、日本人はもっと挑戦をしろ、というメッセージとして受け止めたんです。福澤諭吉という日本の近代を切り開いた啓蒙家の一人が残している言葉は、「独立自尊」です。自分で考えて、自分で立てる人間。でも、その理想は、今も実現していません。何か大きなものにいつも媚びているのが、日本人なんですよ。それは偏差値だけじゃない。
 たとえば、僕は科学者ですから、ノーベル賞を取った業績の多くを愛していますが、一方でノーベル賞といっても、大したことのないものもあるわけです。だから、日本人がノーベル賞を取ったとバカみたいに騒ぐのは、ずっと不快でしてね。自分たちは何も考えていなくて、どうしてスウェーデンのストックホルムの人たちがノーベル賞だと決めたら、そんなにありがたがるのか、と。僕は中国の政府に対して決して好意的ではないけれど、劉暁波がノーベル平和賞を取ったときに、そんなこと知るかよ、と言ったのは、ある意味では爽快でした。
 逆にウィキリークスのようなものを、日本人はよく理解していない。僕はイギリスに学会で行ったとき、真っ先にジュリアン・アサンジが亡命したエクアドル大使館に行ったんです。あそこで世界史が作られていると思ったから。でも、国家とか、誰かが賞賛する権威しか正しいものではないと思っている日本人には、ジュリアン・アサンジみたいな存在が評価できない。
 今やスウェーデンやイギリスのような民主主義の国家でさえ、国家というものの持っている原罪性にみんな気づき始めているわけですよね。それを前提にウィキリークスやアノニマスの活動もある。そういう新しい時代の気分に、古い権威に固執する日本人は追いつけないんです。
キム 今あるコンテクストを前提にしてしまうと、自分で価値基準が設定できなくなるんですよね。既存の価値基準なんて気にせずに、例えばモノやサービスを作りだして、これがトップだ、ベストだ、と証明してしまえばいいのが、今の時代です。価値評価基準自体を設定してしまえる人だったり、国家だったり、企業だったりが、今はパワーを持っています
 僕はドイツにいたときに、標準化をテーマに研究をしていた時期があるんですが、人間は標準を作り出す過程の中では激しい覇権争いをするのですが、いったん標準が作られると、その標準は当たり前で常識だと受け止め、その正統性に対する疑問を持たなくなる。そうした常識や分類といった標準を受け入れた段階で、人間の思考というのは麻痺してしまう。
 本当は、当たり前や常識を鵜呑みにせずに、すべて自分のフィルターを一度通して、納得いかないものは、全員が納得いくといっても、自分では納得しない、くらいの頑固さが必要なんです。それは自分自身の思考や感覚に対する信頼でもあります。それこそ僕は、日本のラーメン屋にはそれがあると思う(笑)。本当に感激するほど、おいしいですもの。だから、やっぱり世界中の人が日本のラーメンには感動するんです。
 ところが、そういう気概を持っている人は今の日本では少ないですよね。となれば、世界をあっと驚かすようなイノベーションはなかなか出ないのは、当然だと思います。一方で、クール・ジャパンと評されるポップカルチャーの世界では、日常生活で抑圧された分、ものすごい爆発が起きるんだと思うんです。その意味では、日本人はジャンルによってはちゃんと評価基準を設定することもできるわけです。問われるのは、これを他にも波及していく流れを作れるかどうか、だと思うんです。
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ジョン・キム [慶應義塾大学大学院特任准教授]
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科特任准教授。韓国生まれ。日本に国費留学。米インディアナ大学博士課程修了。2004年より、慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構助教授、2009年より現職。英オックスフォード大学客員上席研究員、ドイツ連邦防衛大学研究員、ハーバード大学法科大学院visiting scholar等を歴任。

対談 媚びない人生

発売前からツィッターやフェイスブック上でも大きな話題となり、予約が殺到することになった慶應義塾大学大学院特任准教授ジョン・キム著『媚びない人生』。韓国に生まれて日本に国費留学、その後ハーバード大学などを経て日本に戻ってきた気鋭のメディア学者が2冊目に著したのは、ゼミの最終講義で卒業生に送ってきた言葉をベースにした人生論だった。今、著者が若者に伝えたいメッセージとは。岩瀬大輔氏、本田直之氏、出井伸之氏の3人との特別対談をお送りする。

「対談 媚びない人生」