──それにしても、二足歩行ロボットに外界の環境に対応した動きをさせるためには、コンピュータで膨大な計算をしなければならないと思うのですが。
ぼくは人間の歩き方を参考に、必要ではない数式をとっぱらうやり方を考えたんです。たとえば、人間は歩くとき、蹴って前に進もうとするときには力を入れるが、足を着地させて倒れこむときは力を入れず、膝関節を使っていない。そこで膝関節の動きを固定するなど、動きを省略して、数式を省いていったんです。
──なるほど、そんなふうにして二足歩行ロボットを開発して、それから人工知能や画像処理技術を加えていったというわけなんですね。そして、2001年に文部科学省の科学技術振興機構のロボット開発グループのリーダーを務められることになった。
はい、そこで開発したのが身長38cmの小型ロボット「morph」です。ただ、先にもいいましたけれど、ぼくはヒューマノイドロボットがロボットのすべてであるとか、もっとも優れたロボットの形態だとは考えていないのです。ただ、ヒューマノイドロボットは、ロボットの本質である運動制御、人工知能、画像処理という要素技術を研究していく上で、重要な意味を持っているんです。ヒューマノイドロボットに不可欠な二足歩行の研究は、ぼくの技術や研究の引き出しを豊かにするためのものだったといっていいでしょうね。
90年代の中頃に入って、ホンダさんをはじめ、ヒューマノイドロボットがちょっとした流行のように次々と開発されてきました。けれども、なんのためにヒューマノイドロボットを開発していったのか、その目的について開発者自身の自覚が薄かったように思います。
ぼくは中学時代のリハビリ体験が大きかったと思うけれど、ロボットは役に立つものでなければならない。ロボット技術を使って、世の中を変えたい、人を幸せにしたいと考えているんです。
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前身の「morph2」は、身長340mm、重量2kg、バック転を披露してみせた。
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──そのためには、ロボットが世の中に出て、多くの人に使われなければならないですね。
ロボットを役に立たせるためには、産業化、商品化することが必要です。ぼくはそのためには、これまでぼくがやってきたようなロボットの基礎技術を研究し、さらにロボットを進化させていくこと、研究機関がメーカーと手を結んで産業化すること、そして、ロボットのデザインとは何かを追究していくこと、この3つが必要だと考えています。この場合のデザインというのは、ただの見た目の良さというにとどまらない。私たちのライフスタイルの変化や、ロボットのいる生活シーンをイメージすることもデザインの重要な要素。つまり、ロボットがどんなふうに使われるかによって、デザインも変わってくるはずです。多くの人に使われるデザインは、きっと、安くてだれにでも使いやすく、美しいものになるだろうと思いますね。
──ロボットがどんなふうに使われるかは、これから人とロボットが共存していく上でも、非常に重要な問題になりますね。
ええ、これは芸術、文学、工学などどんな分野でも同じですが、ぼくたちの次の世代に何を残し、伝えていけるかがテーマだと思います。ロボット技術も下手をすると兵器にも使われ、不幸な技術となることだってある。ぼくたちは、そんなふうに使われないようにデザインをふくめて開発していかなければならない。技術者はその使われ方にも責任があると思う。
──ロボットが社会の中に進出するために、まだ欠けている技術は……。
安全性と確実性ですね。たとえば、赤いボールを追いかけるペットロボットがあるけれど、画像認識にCCDカメラを使う。ところが、光の角度によって玉が光っているとか、暗くて影がでているとか、条件が悪いと「赤」と認識できなくて、ボールを追いかけない場合があるんです。ロボットがボールを追いかけないくらいなら実害はないけれど、これが医療用ロボットで、手術の最中に認識不良から仕事をしなかったら、人の生死にかかわることになる。階段の上り下りが正確にできる運動制御でもまだ不満足だし、人から命令を受けてそれを実行する人工知能のレベルもまだまだ不確実です。
──科学技術振興機構のロボット開発グループで「morph」を開発し、それからグループごと現在の千葉工業大学の未来ロボット技術研究センターに移られたわけですが、こちらに移った目的は?
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千葉工業大学未来ロボット技術研究センターは2003年6月設立。fuRo (Future Robotics Technology Center)と略称される。
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今ある技術をベースにして、どれだけロボットが進化するものなのかを見せていきたいと考えています。
以前、国の外郭団体に所属していたときには、ロボットに使える部品を企業といっしょに共同開発し、使える部品が増えていけばそれでロボットは産業化できるのではないかと考えていたんです。ところが実際は、どんなロボットをどういう目的で開発するか、そのコンセプトからつくり上げていかないと、ぼくが考える社会に役に立つロボットは開発できないんですね。国の研究では、産業化をめざして進むのには少しばかりの制約があります。一方、基礎研究にまだまだ時間がかかりますから、一企業では相当体力がないと続かないし、営利目的がメインになってしまいそうです。大学の研究室も研究対象が人工知能なら人工知能と限られてしまう。
でも、こちらの研究センターなら、いろいろな研究室と共同で、産学連携を図りながら、ロボットの新産業を提案していくことができそうだと考えたのです。
──これから開発したいロボットとは?
技術が未熟な段階では、環境をふくめて周囲のものをその技術に合わせてきましたよね。たとえば、クルマが典型的な例で、クルマが走れるように自然環境を破壊してアスファルト道路を建設してきた。でも、ほんとうの科学技術は、環境を破壊せずに、環境に合わせた高度な技術を開発することだと思うのです。
たとえば、工業デザイナーである山中俊治氏とぼくたちで共同開発した「ハルキゲニア01」は、8つの独立した車輪を持っていて、縦横斜め、どんなふうにも走ることができるクルマ型のロボットです。それぞれの車輪が独自に動くことで、段差のある場所でもクルマの床を平行に保ったまま走ることができるんです。
──道をアスファルトで固め、ガソリンを撒き散らしながら、移動手段として使ってきたクルマの概念を変えるということですか。
ええ。ぼくは都市の交通のインフラはもう限界にきていると思う。公共事業に大量の資金を投入して高速道路を整備して自然破壊をすることは、もはや許されない時代でしょう。基本的に地球は太陽の光は別として閉鎖系です。閉鎖系の環境にそぐわないものは、これからは淘汰されていくと思います。このままクルマを使い続けると、人間の方が淘汰されてしまう。人間もそれほど知恵がないわけではないので、クルマの原理や技術を組み替えていく方向へ進むのではないでしょうか。昔の技術で車をつくり続けると自然を破壊してしまうのであれば、新しく開発する技術で従来の技術を淘汰していかなければならない。それが文化とか文明の進化であって、人類が次のステージに進んでいくことだと思うのです。人間が自然に淘汰されない技術や製品を後世に残していくことが、技術者としての使命だと考えています。
ぼくはロボットに携わる技術者として、機械技術を使って世の中を変えていきたい。といっても、やみくもに機械文明を進めていこうというのではないのです。これ以上便利にしようというのではなく、不便なものを不便でなくしたり、つらいものをつらくなくしていきたい。人々が幸せになれるように技術や工学を進化させていきたいと考えています。
※「ハルキゲニア01」は、「特別展 プロジェクトX21 挑戦者たち」にてステージデモを行う予定です。
期日:2004年7月25日(日)〜8月25日(水) 10:00〜18:00
会場:東京ドームシティ・プリズムホール(東京都文京区)
詳細はhttp://www.nhk-p.co.jp
機械文明を進めるのではなく、不便なものを不便でなくす方向へ。
ロボット技術で社会に貢献できる 。
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