──大学に入学して、ロボット研究に一段と近づくわけですね。どんな勉強からはじめたのですか。
大学1年生のとき、本来は許してはもらえないことなんですが、上級生に混じって富山先生の研究室でロボットの勉強をすることができたんです。上級生からはあきれられたりしましたが、富山先生からはかわいがられたように思います。
ぼくの目的はあくまで脚椅子ロボットや介護ロボットなど、人の役に立てるロボットをつくることだったので、そのための要素技術−運動制御、人工知能、そして画像処理などの知識を身につけていきたいと考えていたんです。
4年生になったとき、研究テーマを決める個別面談があったのですが、そのとき富山先生から「古田君は運動制御を研究テーマにしたいんだろう。それなら工業用ロボットのマニピュレーター(機械の腕)をやってみないか」といわれました。ところが、これが無茶苦茶難しい研究なんです。
──いったい、どこがそんなに難しいんですか?
これはもう応用数学の世界なんです。機械の腕の動きは微分方程式で表される。マニピュレーターの根元の動きは、腕の先の動きを受けて変化するし、いろいろな関節が複雑にからみあって3次元で変化する。これらをすべて微分方程式を使った数学理論で解いていかなければならないわけ。修士課程の研究者でもやりたがらない(笑)。
──うーん、文科系の人間には、聞いているだけで気が遠くなりそうな話ですね。
しかも、ただ理論だけではなく、コンピュータ画面でマニピュレーターを動かしたり、工業用ロボットマニピュレーターを実際に製作して動かすことも求められるんです。そうなると、動かすためのソフトウェアも自分でつくらなければならない。電気、機械、コンピュータ、数学理論となにからなにまでやらないと、マニピュレーターの研究はできないんです。だれも分からないから助けてくれる人もいない(笑)。
ほんとうは、マニピュレーターではなく、人工知能や画像処理技術を取り入れたロボットの研究をしたかったのですが、とりあえず、腕の運動制御を研究して、それから二足歩行の運動制御や、人工知能、画像処理技術に移っていけばいいかと考えました。
──二足歩行のロボット、ヒューマノイドロボットの研究をはじめたのはいつごろからでしたか。
96年に理工学部機械工学科の助手になったのですが、そこでヒューマノイドロボットをやってみようと思いました。人間もA地点からB地点に移動するためには、二足歩行という運動制御だけでなく、モノを見て(画像処理)、考えながら(人工知能)たどりつくわけです。ヒューマノイドロボットを研究すれば、ロボットの要素技術をすべて学ぶことになる。この技術や知識を発展させて、さまざまなタイプのロボットを開発すればいいと考えたわけなんです。
ところが当時、人間型ロボットを研究しようなどといいだすと、ほとんど変人扱いされました。せっかくマニピュレーターで成功したのに、二足歩行だけでなく、人工知能も画像処理もいっしょにやるという、そんな勝ち目のない研究に取り組もうなんて、古田はどうかしているぞというわけです。
でも、ぼくにとってはヒューマノイドロボットほどたくさんのモーターやセンサーが必要な、複雑な機械はほかになかった。マニピュレーターも3次元で動くロボットですが、ヒューマノイドロボットは比較にならないほど複雑です。これができれば、どんなロボットの開発だって可能なはずだと思ったんです。そこで、まずロボットの二足歩行からはじめることにしました。
── 一人ではじめたわけですか。
いえ、さすがに一人ではできないので、いっしょに研究をする人間を探すことにしたんです。最初に、プロジェクトの3年計画を立てた。技術的な問題をすべて洗い出し、運動制御から人工知能までどういう方法と順序で研究していくかプランを練って、これだけやればヒューマノイドロボットが開発できると、まず修士の学生に声をかけたんです。そうしたら、「そんなことしてたら論文が書けないし、卒業もできない」(笑)。そこで、学部の4年生でぜひやってみたいという人間をひっぱりこんで、共同研究をスタートさせました。
──私たち素人は、二本足で歩いているロボットをみるとやはり感動してしまう。二足歩行をロボットにやらせるのは、技術的にたいへんなんだと聞きかじっているだけに、実際にえっちら、おっちら歩いているのを見ると、拍手を送りたくなる。ロボットの二足歩行というのはたいへん難しいものなのですか。
そうですね、ぼくが研究していたマニピュレーターや産業用ロボットは台座に固定しているなど、使われる環境が限られています。状況が一定なので正確に動かすことが比較的容易なんです。ところが、二足歩行のロボットは、絶えず変化する外界の条件に対応していかなければならない。たとえば、近くの公園から家に帰るまでの間の道路を考えてみても、砂利道があったり、でこぼこの道があったり、急な坂があったり、実にさまざまな条件の中を歩かなければならないわけです。家の中に入っても階段などがあるわけですよね。これにうまく対応できないと転んでしまう。
転倒しないようにするには、足が太くて重心が低ければいいと一般的には考えますが、二足歩行というのは実は逆なんです。二足歩行のように動いているものは、重心が高いほど安定する。たとえば掌に鉛筆を立てるより、長い箒を立てるほうがやさしいでしょう。重心が高いとゆっくり倒れるので、バランスをとりやすいからなんです。
二足歩行は倒れた方向に、足を継ぎ足しながら倒れ込む現象のことなんです。倒れ込むという不安定な状態をつなぎ、そしてまたつないでいくことによって、安定しようとします。二本足でずっと立っているとつらいけれど、歩き出すと安定してかえってつらくないのは、このためなんですね。バスケットの選手の機敏な足の動きを見ていると、あれは二本足だからこそできる技であって、4輪ではとてもできない。
──お話を伺っていると、うまくロボットを歩かせるのは、きっとたいへんなことなんだと想像します。それだけにおもしろさもあるのでしょうね。
ええ、ぼくも二足歩行ロボットの研究をしはじめたら、すっかりはまってしまいました。
二足歩行ロボットを研究する方向としては、純粋に工学的な発想でアプローチする方法と、人間の形、骨格構造、歩き方など、人間をモデルとして研究する方法があります。人間は長い生物の歴史の中で淘汰された生き物だから、ボディーの構造やその制御の方法など、学ぶことは多いんです。本屋の医学書のコーナーに入り浸って、骨格と筋肉の本ばかり読んでいた時期がありました。
その頃、家と大学の間を歩いて通っていたのですが、その途中で夜中に突然二足歩行の研究をはじめたこともありました。つま先で歩いたり、腰の高さを一定にして歩いたり、いきなり回転して重心について考えたり、バックしてみたり、何回かおまわりさんに怪しいヤツと思われて職務質問を受けましたね(笑)。
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2000年5月に完成したMk.5。身長356mm バッテリを含めて1900g。完全自立で、搭載バッテリにより30分以上稼働可能。前進・後進、旋回、曲線歩行ができる。制作費はわずか70万円だったという。
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助手時代にヒューマノイドロボットの二足歩行の研究に着手。
当時は、勝ち目のない研究だと変人扱い。
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