2010年8月17日(火)

銀座の会計学

数字ベタでもわかる「ドラマ版」会計学入門【2】

PRESIDENT 2009年9月14日号

経営コンサルタント 竹内謙礼/日本中央会計事務所代表取締役 青木寿幸 構成=斉藤栄一郎 撮影=市来朋久 撮影協力=モナムール清風堂(東京都府中市)

強盗は低い声で、話し始めた。

「あんた、さっきクッキーが看板商品だって言ってたが、その単価はいくらなんだよ」

「えーっと、1個120円で売っています」

「そんな価格設定じゃあ、儲かるわけないな」

「でも売れ行きはいいので、口コミで広がっていけば、もっとお客も増えると思います」

飯島がそう答えると、男は頭を抱えこんだ。

「おまえもバカだねぇ。いいかい? こんな銀座の一等地でお菓子屋をやるんだったら、クッキーみたいに単価の低い商品じゃなくて、ロールケーキとかチーズケーキみたいに単価の高い商品に絞らないとダメなんだよ。店の賃料なんかの固定費が大きいんだから、貢献利益の大きい商品を置かなきゃ、儲かるはずがないだろ」

「あの……だから『貢献利益』って、なんですか?」

「売上から、売上原価やパートの人件費なんかの変動費を引いた利益のことだよ。普通、決算書では、『営業利益=売上-売上原価-販売費および一般管理費』って計算するだろ。これを『売上-変動費=貢献利益』『貢献利益-固定費=営業利益』って、組み直して考えるんだ」

「売上原価は変動費として、販売費および一般管理費を変動費と固定費に分けるんですね。でもなんで、そんな面倒くさいことをするんですか?」

「会計っていうのは、道具なんだ。クッキーを作るときと、ケーキを作るときと、使う道具が違うだろ。同じように、決算書を作るときと、経営を分析するときも、道具を変えるんだよ。それで、一般的に、価格が高い商品ほど、貢献利益が大きくなる傾向にある。これは、変動費の中には、材料の質に関係なくかかる運送料や在庫管理料が入るからな」

「なるほど、高い材料でも、安い材料でも、1回の運送費は同じだし、商品一個を保存する冷蔵庫の電気代も変わらないですからね」

「だから単価の低いクッキーを、銀座の一等地で売っているのは、ダメ経営者ってことなんだよ!」

「ダメ経営者って……強盗よりはマシでしょ」

「バカかおまえ! 10万円を盗んでも、100万円を盗んでも、1回の強盗にかかる経費は同じだし、捕まるリスクもあるだろ。だから、1回で金が多く盗めて、貢献利益が大きくなる銀座の店を、ちゃんと選んでいるだろうが。でも、こんな貧乏くじに当たるとは」

男は大きなため息をついた。

「さらに、だ。都心でお菓子屋をやるんだったら、販売する商品も絞り込んだほうがいいぞ。あんたのお菓子屋は、看板商品以外に、いろいろな種類のお菓子をたくさん売りすぎている」

男はそう言うと、店頭にあるショーケースに目をやった。そこには、マドレーヌやシュークリームなどの単価の低い菓子が、ズラリと並んでいた。

飯島は意外なことを指摘されたので、すぐに反論した。

「でも、種類は多いほうが見栄えもいいと思いますよ。それに、商品をたくさん並べたほうが、お客さんも幅広く選べて、売上が安定するじゃないですか」

「たくさん置けばいいってもんじゃないんだ! 貢献利益が大きい商品でも、『商品の利益額=商品1個の貢献利益×商品の販売数』という数式が成り立つ以上、販売数も多くならなければ意味がない。繁盛店を見てみろ。高くて、売れ行きがよい商品だけを選んでいるだろ。売れない商品は置かないから、空きスペースをとって、ゆったり並べることができる。それが、顧客の買う心理にも、よい影響を与えるんだ。商品点数が少ないからこそ、高い価格でも売れるんだ」

「そっかぁ。あんなに商品点数が少ない専門店が、なぜ都心でやっていけるのかと不思議でしたが、そういう理由があったんですね」

「それに、お菓子なら腐るのも早いから、売れ残ったマドレーヌやシュークリームは、捨てることになるんだろ。それが、結果的には損になって、貢献利益をさらに悪くしているはずだ。いいか、売れる商品だけに絞ればリスクは大きくなるけど、その分、リターンも大きくなるからこそ、儲けることもできるんだ。でも実際には、リスクをとるのが怖くて商品点数を絞れずに小さなリターンでもいい、という安定志向の経営者も多いんだ」

「堅実経営を目指すことも、経営者としては、間違っていない選択ですよね」

「田舎ならばな。でも賃料の高い都会に出店しているくせに、小さなリターンを目指すバカな経営者もいるんだよな」

「あはははっ、そりゃ、バカですね」

「おまえのことだよ」

「……」

○固定費
固定費が大きいビジネスは、安定した貢献利益が確保できていなければ、すぐに破綻してしまう。儲かってくると、すぐに賃料の高いオフィスに移転して、社員もたくさん雇う経営者がいるが、これでは貢献利益が増えていないのに、固定費だけが上がって、大きなリスクを抱えるだけだ。立派なビルに移転して、給料が高い優秀な社員を雇うだけで、自社の商品の価格が自動的に上がって、売上が伸びると考えるのは幻想だろう。
○リスクとリターン
世の中には、ハイリスクな投資をすれば、自動的にハイリターンを期待できると勘違いしている人が多い。現実は、それほど甘くはない。銀座の路面店のように、賃料が異常に高い場所で商売をすれば、リスクは高くなる。そこでは、リターンの大きい、つまり価格が高い商品を売らなければ、莫大な固定費は回収できない。もし銀座の路面店で、価格が安い商品を売るならば、ハイリスクでローリターンなビジネスをやっていることになる。

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