2010年8月16日(月)

なぜ店に金がないのか

数字ベタでもわかる「ドラマ版」会計学入門【1】

PRESIDENT 2009年9月14日号

経営コンサルタント 竹内謙礼/日本中央会計事務所代表取締役 青木寿幸 構成=斉藤栄一郎 撮影=市来朋久 撮影協力=モナムール清風堂(東京都府中市)

飯島が目を覚ますと、そこには口髭を蓄えたガタイのよい男が立っていた。

迷彩色のタンクトップから伸びた手は、丸太のように太く、その先には長さ20センチのバタフライナイフが握られていた。

「お目覚めだな」

男はつり上がった目で、飯島を見下ろした。ぼんやりした意識が少しずつ回復していき、初めて自分の手と足がロープで縛られていることに気がついた。

「動くな。強盗だ」

「強盗……? あぁ!」

その言葉を聞いて、瞬時に記憶が蘇った。営業時間終了後、経営するお菓子屋を一人で店じまいしているときに、突然、裏口から人が入ってきて、白い布を口に当てられて、そのまま意識を失い……ようやく飯島は、状況を呑み込むことができた。

「おっ、お願いです! 店にあるお金は全部あげます! だ、だから、命だけは助けてください!」

飯島は震える声で叫んだ。しかし、男は口元を少し歪めながら、飯島のほっぺたに冷たいナイフを当ててきた。

「それはダメだな」

「お金は全部あげますよ!」

「あんたが寝ている間に調べさせてもらったが、その金が、この店にはないじゃないかぁ!」

「へっ」

飯島は、ゴクリと唾を飲み込んだ。

男は「なぜ金がないか、わかっているのか」とたたみかける。

「さぁ……気がつけば、いつもお店には、お金がないんです」

お店の回転資金が底をつきかけたうえに、強盗にまで同情される自分がなさけない。

「田舎の小さな町でお菓子屋をやってたんです。そのとき、手作りクッキーがマスコミで評判になり、急激に売上が伸びたので、都会でも勝負できるんじゃないかと思って、 1年前に銀座に店を出したんです。お客さんがどんどん来てくれて、大繁盛になったんですが……なぜか、店にはお金が残らない」

いつのまにか、飯島は強盗に身の上相談をしていた。男は少しバカにしたような笑みを浮かべて、静かに話し始めた。

「儲かっていそうなのに、会社に金が残らないっていう話は、よく聞くな。で、おまえの店の貢献利益って、どのくらいなんだ?」

「コウケンリエキ?」

「おまえ、貢献利益も知らないで、店なんかやっているのか? 経理担当者を誰か雇っていないのか?」

「私は会社の数字がどうも苦手で……一応、嫁さんが店の経理をやっています」

「じゃあ、嫁さんに聞けばいいじゃないか」

「嫁さんには心配をかけたくないので、経営が苦しい話はしたくはないんです」

「ふん、男としての見栄か。会計をまったく知らずに経営しているから、金がないんだよ。まぁ、取るものもないから帰ってもいいが、これも何かの縁だ。少し会計について俺が教えてやるよ」

「えっ! 強盗さん、会計がわかるんですか?」

「こう見えても、昔は経営者だったんだよ。今は落ちぶれて、強盗なんかやっているけどな」

「……うーん、会社を潰した人から、会計の話を聞いてもなぁ」

「おめぇ、殺されたいのか!」

「冗談です! 冗談! ぜひ、教えてください!」

飯島は青ざめた顔で、何度も頷いた。

○貢献利益(1)
貢献利益とは、「固定費の回収に貢献する利益」という意味で、売上から変動費(売上に合わせて変化する原材料費や人件費など)を差し引いた利益のこと。この貢献利益で、固定費をちょうど回収できる売上を、損益分岐点と呼ぶ。人件費や賃料は、普通、固定費だが、これを変動費に変えることができれば、売上が下がったとしても、固定費が回収できないリスクは小さくなる。ただし、全社員を成果報酬型の変動給与にしたら、社内の雰囲気が悪くなり、失敗した会社もある。
○貢献利益(2)
経営者は貢献利益(1)で説明した貢献利益が、いつでもプラスになっていると思い込んではいけない。例えば、都心のオフィス街にあるコンビニは、週末になると休んでしまう。これは、売上から商品の売上原価、バイトの人件費、水道光熱費などの変動費を差し引くと、週末の貢献利益がマイナスになるからだ。

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