貧乏でも幸福
英労働者階級の生活の中身
こう話していくと何だか爪に火を灯すような、ちまちました息苦しい生活を送っているかのように思ってしまう人もいるだろう。しかし、節約上手なロウアー・ミドルであればあるほど、「お金が大切」なことは当たり前であって、口に出すことはほとんどない。むしろ家のなかには潤いが感じられ、家族仲良く楽しそうに生活をしているものなのだ。
たとえば、いまや1部屋に1台がほぼ当たり前のテレビであるが、彼らの家にはリビングに1台あるだけのことが多い。週末の夜は家族全員が集まって、同じ番組やDVDなどを見て楽しむ。そうすれば、リビング以外の部屋の光熱費はかからない。それに番組の感想などをきっかけにして、子供が何を考え、どのようなことに興味を持っているのかがわかり、親子間のコミュニケーションをスムーズに保つことだってできる。
休日の過ごし方だが、大混雑のレジャーランドへ行き、親子4人で2万円ほどのチケットを買ったものの、アトラクションに乗るのに2、3時間待ちはザラで、結局乗れたのは3つ、4つだけというような愚策は、彼らの選択肢のなかには初めから存在しない。ではどうするかというと、近くの公園に手作りのお弁当を持ってピクニックがてら出かけるのだ。
もちろん公園だから入場料など一切かからない。豪快なアトラクションはない代わりに、サッカーボールを思いっ切り蹴ることのできる広場がある。ちょっとした遊び道具を用意しておくだけで、体をフルに動かしながら親子で楽しい時間を過ごせる。
ことほどさように、彼らはものやお金に頼らなくても、楽しい時間を過ごせる術を熟知している。もちろん、同じことが個人的な趣味にも活かされている。
ゴルフといえば、一昔前まで社用族のものというイメージが強かった。しかし、バブル経済が弾けてからゴルフ離れが著しく、ゴルフ用品がだぶつき、格安の値段で売られている。前からゴルフに興味を持っていた私の知人はこれをチャンスと考え、ドライバーを除いたバッグ付きのフルセットをわずか2万円で買って練習を始めた。近々、念願のコースデビューを果たすそうだが、「インターネットの“早割り予約”を利用して土日でも5000円以下のコースを選ぶつもりだよ」とさも楽しそうに話す。
ここで思い出されるのが、イギリス人の労働者階級のライフスタイルである。かつて7つの海を支配した大英帝国であるが、「揺りかごから墓場まで」に象徴される高福祉政策の反動による財政破綻などによって1970年代以降、「イギリス病」と呼ばれる深刻な不景気に悩まされる。20%以上の失業率が続き、まさに職にありつければ御の字の状況であったのだ。
しかし、彼らの生活が不幸のどん底かというと、そうではない。「ビデオ・ナイト」を設定して、お酒や料理を友人の家に持ち寄り、ビデオ鑑賞をしながら皆で楽しんでいる。また、休日になると「ピクニック・バンパー」という大きなバスケットに、残り物のゆで野菜やパン、ソーセージを詰めこんでピクニックに出かける。日本の節約上手のロウアー・ミドルが実践していることを、彼らは40年以上も前から行っていたのだ。
「We were poor but we were happy」
ワーキングクラスの人が過去を振り返るときの常套句だそうである。その訳はずばり「私たちは貧乏だったが、幸せだった」。日本には「武士は食わねど高楊枝」という言葉があるが、そんな片意地をはらずとも、お金がないなら、ないなりに日々の生活を楽しむ方法を学ぶ時代が到来しているような気がする。
※すべて雑誌掲載当時
1968年生まれ。慶應義塾大学大学院理工学研究科修了。自動車メーカー勤務を経て、ファイナンシャルプランナーとして独立。『サラリーマンは2度破産する』『貯まる!資産3倍手帳』など著書多数。