「数カ月前には皮膚の細胞だったものから、ドクドクと拍動する心臓の細胞を作り出すことができます。これがiPSの技術であります」。7月、神戸市での京都大学教授(iPS細胞研究所長)、山中伸弥の講演。スクリーンには培養皿に入った細胞の塊が動く様子が映し出される。ホールを埋めた聴衆は山中の話に熱心に耳を傾け画面に見入った。ノーベル生理学・医学賞の発表は10月3日。ストックホルムで山中の名前が読み上げられる可能性は十分ある。(文中敬称略)
山中らがマウスのiPS細胞の開発を発表したのは2006年。心臓だけでなく骨、神経、肝臓、血液など、およそ動物の体を構成するどんな細胞にも分化できる能力を持つことから人工多能性幹細胞と名付けた。iPSは、その英語表記に由来する。その翌年にはヒトのiPS細胞を作り、医療応用に道を開いた。
それまで万能性を備えた細胞がなかったわけではない。受精卵をもとにした胚性幹細胞(ES細胞)がある。受精卵が育ち、胚盤胞と呼ばれる状態になったところで、その内部の細胞を取り出して培養する。すると万能性を維持したまま、体外で長期間培養できるようになる。1981年に英チームがマウスのES細胞を作製、後にノーベル生理学・医学賞を受賞。98年には米チームがヒトのES細胞を作ったと発表した。
受精卵にはもともと、全身の細胞や組織に成長する能力が備わっている。そこから作ったES細胞が万能性を持つことは特に意外ではない。一方、山中らが作ったiPS細胞は、もとはマウスや成人の皮膚細胞だ。いったん完全に分化した細胞が、わずか4つの遺伝子を導入するだけで、受精卵と同様の万能性を獲得した。
1個の受精卵が多様な細胞に分化して手足や骨、皮膚、神経など様々な臓器や組織を作り、個体を形成する。それが発生のシナリオだ。山中はこのシナリオを逆転させ、皮膚の細胞から万能細胞を作り出した。わずかな遺伝子を組み込むことで生命のプログラムを巻き戻せることを示し、生物学の常識を覆した。
医療へのインパクトは計り知れない。患者の皮膚などからiPS細胞を作り、そこから必要な臓器を育て、機能不全に陥った臓器の代わりに移植する、いわゆる再生医療への応用に熱い視線が注がれている。山中は6月、iPS細胞を再生医療に応用する際の最大の懸念となっていた発がんリスクを大幅に下げる手法を開発したと発表した。研究は着実に進んでいる。
(詳細は日経サイエンス11月号に掲載)
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山中伸弥、ノーベル賞、iPS細胞
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