Idemitsu Naoki


一見すると細かくて面倒に思えることもある。
しかし一度動き出せば、効率良く問題を解決し
関わる人々全員に成長をうながすきっかけになることも。
高校生、在校生、教員、職員のハブとなり
本当に必要とされる支援を見つけ、実現させていきたい。


大学の教育について研究ができる。
興味を存分にぶつけられる場に出合う

 高等教育について本格的に追究をするようになったのは、桜美林大学の大学院に入学してからだという出光さん。しかし教育の在り方について興味を持つきっかけは高校時代の環境にあった。「自由教育の理念を持つ私立高校だったので、公立の学校とは異なる取り組みが行われていた。私立高校ならではの運営方針に漠然とした面白さを感じていたのだと思います」。大学では人文学部を専攻。このときのゼミ担当教員との出会いが、出光さんの学ぶべき方向を決定づけることになる。「教授が一般教養科目の責任者をしていたため、大学教育に関する論文を読む機会がありました。そこで授業を良くしようと考える教授が集まり、論議が交わされていることを知ったのです」。そして高等教育について研究するという道に興味を持つことになったのだった。
 大学卒業後は留学、塾講師の仕事などを経験。塾講師として働いていたある日、大学教育の研究に力を入れている桜美林大学が、高等教育や大学経営の考察も視野に入れた大学院を設立したことを知り入学する。


研究者から職員へ。新しもの好きの
視点を活かした企画を展開

 大学院で学ぶと同時に、桜美林大学で大学職員のサポートとして事務作業などをしていると「職員として働くほうが向いているのではないか?」という声が周囲から聞こえてきた。「確かに自分には職員になるほうが合っていると思い、博士課程を中退して教務課職員になる道を選びました」。平行して大学教育研究所の研究員として、教職員に向けた教育改善のための講演会を企画実施や、ニュースレター発行による啓蒙活動も行うことに。大学教育についての研究が、現実にある現場でどう生きてくるのかを、さまざまな角度から思索していた時期だった。「職員や大学院生に向けたパソコン利用の講座も担当しました。当時はまだインターネットを教育現場で活用する手法も見えていなかった。そこで障害者福祉の授業を担当する先生と一緒になって、ネット上にある障害者たちのリアルな声を集める授業を展開したこともあります。それまでは当事者の意見に触れるには、知り合いをたどって本人に会う方法が中心でしたが、ネットの登場でより多くの人の言葉と向き合うことができる。新しい手法を積極的に取り入れていくことが好きなのです」。
 研究と実務、その両方の現場で、常に従来とは異なるやり方を試し続ける日々。そして35歳でアドミッションセンターに異動となったことが出光さんの大きな転機となる。


アドミッションセンターで高校生の
可能性を刺激すること、それが天職

 入試広報担当として、数々の高校へ桜美林大学の魅力を伝えに行く役割の中で、これまで自身が大学院生として大学教育を研究してきたことが、直接役に立っていると感じられた。「桜美林大学のことだけではなく、大学とはいかなる場所であるのかを高校生にプレゼンすることが自分の役目だと思ったのです。これまで蓄積してきた知識で、“大学での学び”の存在意義を伝えること。ただの学校紹介にとどまらず、ときには桜美林大学以外の取り組みや長所も紹介し、その高校生にとってプラスとなる情報をプレゼンすることに手応えを感じていました。自分自身が高校生だったとき、情報が少なくて思うように進路選択の行動ができなかったという後悔、そして昔から持っている“ちょっとお節介をして、新しい仕掛けを考える”という性格、そのふたつに高等教育研究の知識が加わったことで、本当に高校生の役に立つ情報提供ができるのです。大学選びの指針をつけ、よりよいカタチで高校生の可能性のドアを開けてあげられる、この仕事が自分の天職だと思いました」。
 脅しをかけるような進路指導ではない、難関校に入学するだけが進学ではない。さまざまな道があるという話は、受験勉強の固定観念にとらわれた高校生には新鮮だったのかもしれない。会話を続けるうちに、彼らの表情が変わっていくのが手に取るように解るのだそう。


質問の本質を見抜き、期待以上の返答を
することで、満足度も信頼度も得ていく

 高校生にとっての不安は学力の問題だけではない。学問の内容、資格と将来の結びつき、家庭事情、金銭的問題など、実に多彩だ。一つひとつの不安を紐解き、適切な情報を与えていくこと、それもアドミッションセンターの役割である。「相手の質問に答えるだけではダメなのです。質問者は自身の知識の中でしか質問ができない。本当の問題は他にあるかもしれないのに、上手く表現できていない場合も多いはずです。そこを丁寧に引きだし、一緒になって本当の疑問を見つけてあげること、それが問題解決の手がかりになります。最初の質問を受けたとき“この人はどうしてこの質問をしたのか”と私たちが考えることが大切なのです」。学校説明会に限らず、電話問い合わせやオープンキャンパスなど、あらゆる場面でこの“本当の疑問を見つける”ことが必要となる。高校生や保護者たちの大学に対するアクションに、期待以上の答えを返していけば、満足度も信頼度も格段にアップする。その現実を最前線で感じているのがアドミッションセンターの担当者なのだろう。


少人数で親密に接する小規模オープン
キャンパスで高校生も在校生も成長する

 そしてもう一つ、出光さんが入試広報の活動として大切にしていることがある。オープンキャンパスだ。そのきっかけも桜美林大学職員時代の経験からだという。通常1000人以上もの高校生が集まるオープンキャンパス。しかし規模が大きすぎて必要な情報にたどり着けず、消化不良で帰る参加者の存在が気になっていた。一人ひとりに合わせた、ミニマムなオープンキャンパスの必要性を感じていたあるとき、一部のオープンキャンパススタッフが自発的にキャンパスツアーを企画。少人数の参加者を引率し、在校生が高校生たちの率直な質問に答えながら和やかに校内を案内する姿を目にし、規模の小さなオープンキャンパスにニーズがあることを確信した。
 そこで通常のオープンキャンパス以外に毎週土曜のミニオープンキャンパスを提案。これは数名の在校生スタッフと職員が高校生の対応にあたるという規模のものだ。土曜日なら多少の授業が行われ、学食もオープンしている。部活やサークルの活動もあるので、通常の大学生活を想像しやすい上に、平日よりは学生が少ないので高校生が気圧されないですむという利点もあった。当初は本当に参加者が集まるのかと懸念されたが、フタをあけてみれば毎週20~30人の参加者がキャンパス内を見学することに。「小規模なオープンキャンパスは、高校生の満足度が高いだけでなく、在校生スタッフの成長にも繋がります。キャンパスツアーをするというミッションの中で、自分なりにありのままの大学の姿を伝える努力をする。説明をするには自分自身も大学について学ぶ必要があり、学ぶうちに自身が所属する大学を好きになる。そして何度もオープンキャンパススタッフを経験することで、説明スキルも上がります」。このミニオープンキャンパスには、リピーターとなる高校生も多いという。「ツアーガイドをしてくれたスタッフに会いに行くという感覚なのです。再会を喜び、泣いてしまう子もいるんですよ」。このミニオープンキャンパスは、在校生スタッフと高校生、両方にとっての成長の場となるイベントとなった。


大々的なイベントにこだわる必要はない。
無理なくニーズに応える方法を模索

 その後、桜美林大学から横浜市立大学へ転職してからも、出光さんのオープンキャンパスへの取り組みは続いた。「私立大学から公立大学へ移ったことで、それまでのように頻繁なオープンキャンパスが行える環境ではなくなりました。しかしコンパクトなイベントにはニーズがあることは間違いありません。そこで平日の夕方に予約制のキャンパスツアーを企画しました」。本格的なオープンキャンパス前に学生スタッフや職員の肩慣らしにもなるという考えもあったという。
 毎回3~10名程度の参加者で行われたため、マンツーマンに近い状態で学内を案内できるのが魅力のひとつ。さらに平日ということで大学の日常の姿を見られると、高校生にも好評だった。「施設を見るというよりは、生きているキャンパスを見ることができるのです。そんな環境でスタッフと高校生の間で交わされる会話は、とてもリアルなものだったようです」。


教員の求める新入生像を理解すれば
適切な入試や出願条件が見えてくる

 そして横浜市立大学で出光さんが新たに行った取り組みとして、AOや推薦など特別入試での出願条件の整備がある。横浜市立大学が語学に力を入れているということもあり、特別入試の出願に英語関連資格取得を義務づけたのだ。「優秀な生徒たちが出願してくる中で、書類選考の線引きとして出願前に課題を設けておこうという取り組みです。受験生の力量を図るため、TOEICや英検などすでに確立されているインフラを利用しようと考えました」。
 出願条件の設定や試験問題の作成など、入試に関することは基本的にすべて自分たちでやらなくてはならないと思い込んでいる大学関係者は多い。そのためTOEICなど他の教育機関が作ったツールを使って、入試を整備しようという視点が出てこないのだ。「例えば大学教員の視点から“特別入試で合格した学生が、もっと語学力があったらいいのに”と感じていても、入試時にどのような課題を課せばいいのか、そして課題を課した場合に事務職員にどれくらいの負担があるのかは解らないことが多いのです。事務職員は教員との関係を密にして、日頃から問題点を聞き出すべきだと思います。そして問題解決の手段を、事務サイドから企画提案していく力が求められているのではないでしょうか」。


専門組織と社会を結ぶハブとなり、
研究を一般的な言葉に翻訳できる職員の重要性

 大学とは教員という専門家が集まる専門組織といえる。そして大学への入学を検討している高校生は、専門組織への知識のない一般ユーザーという言い方ができるだろう。専門組織の考えること、そして一般ユーザーの考えることや理解度には大きな隔たりがある場合が多い、出光さんはその事実に対する問題意識を常に抱いてきた。「専門家たちの言葉が一般の人たちに伝わるよう、より解りやすい言葉で“翻訳”する。専門家と一般ユーザーを繋ぐ役割を担っているのが、大学の職員であると考えています。事務職員として自分自身の職務だけに専念するのではなく、外部から専門組織へのアクセスハブとなれる力を持つ人材が今後ますます必要とされるでしょう」。


教員、学生、事務員。互いが安心して
連携が取れる環境づくりを目指したい

 大学職員として働き始めたころから、漠然と感じていた“学部と教員を繋ぐ職員の役割”という課題。その思いは、文系学部で構成されていた桜美林大学から、公立大学であり理系学部や大学病院を持つ横浜市立大学へ移ったことで明確になってきた。「受験生や保護者だけでなく、マスコミ取材なども増え、学外との接点が多くなりました。そこで改めて一般社会と最先端研究を繋ぐ“翻訳者”の重要性を感じるようになったのです」。
 「教員、学生、事務職員、それぞれの連携が取れるようになると、お互いに“理解者がいる”という安心感も生まれます。従来の役割で分断された環境を変えていく必要があるのです。横浜市立大学という環境になじんできた今だからこそ、今後の改善ポイントが見えてくる。そして環境の特性が解ってきたことで、改善に向けてのやり方も浮き上がってきたように思います」。ひとつの大学で職務を追究することも大切だが、アウェイな環境に身を置いて大学職員という仕事全体を見直してみることにも、大きな意味があると感じている。


入試を通じて人を育てる。
そのための仕掛けを考え続けて

 入試広報の担当として、オープンキャンパスや入試環境整備としてこれまで行ってきた数々の仕掛け。今後はその取り組みが受験生や在校生にどのような影響を及ぼし、彼らの成長にどのように関わっているのか、それを客観的に体系づけてまとめていきたいという思いもあるという。「いずれは研究室を持って、アドミッションの立場からの大学教育や学生の成長についての研究を行えたらと考えています」。
 出光さんの考える学生支援ができるアドミッション担当職員とは、高校生、在校生、教員、事務職員そのすべてのハブとなることができる人。「大学のこと、入試のことを広報するだけではなく、入試というコンテンツを通じて人を育てるという、学習支援活動の一環に関わる業務だと認識しています。関わった人みんなが、オープンキャンパスや入試によって成長していってほしいのです。そのための仕組みをこれからも考え、実践するというチャレンジを続けたいと思っています」。
 出光さんの豊富な知識から出たアドバイスが、高校生はもちろん在校生、職員の視野を広げ、人生が変わっていくこともある。また、特定分野の専門家である教員と社会をつなぎ、お互いに有意義な情報提供が行われる場合もある。大学と社会のハブとなるアドミッションの窓口として、今後また新しいミッションを見つけ、これまでにない方法で解決をしていくのだろう。



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出光 直樹(Idemitsu Naoki)
1967年1月生まれ。
東京都出身。

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