空の軌跡エヴァハルヒ短編集
第十二話 2010年 七夕記念ヨシュエス短編 七月七日の殺意


<ツァイス地方 エルモ村>

七月のとある日、エステル達はエルモ村を遊撃士協会の仕事で訪れた。

「夏は暑いから、温泉より海の方に観光客が集まると思ったのに、賑やかね」
「エルモ村でお祭りをやっているみたいだよ」

ヨシュアの指摘の通り、エステルが辺りを見回すと、村の至る所に笹の葉が飾り付けられていた。

「これがキリカさんの言っていた七夕祭りか……」
「笹の葉に願い事を書いた紙を吊るすと、空のお星様が叶えてくれるって言うけど、僕達は知らなかったよね」
「あたし達にはエイドス様がいるように、カルバードの人達にも信じる神様がいるんだね」

エステルはそう言って、街の中を見回して探し物をしているようだった。

「何を探しているの?」
「……好きな相手の名前を紙に書いて吊るすと、恋が実るって言う笹の葉はどこにあるのかな?」
「えっ?」

突然エステルにそんな事を尋ねられたヨシュアは、衝撃を受けたように固まってしまった。

「ヨシュア?」
「あ、そうだね……紅葉亭のマオさんに聞けばわかるんじゃないかな?」

ヨシュアの答えを聞いたエステルは元気に紅葉亭へ向かって駆けだして行く。
なんとか自分を取り戻したヨシュアだったが、ショックを受けているのかとてもゆっくりとした足取りで歩いて行く。

「おや、ヨシュアじゃないか。エステルなら奥の庭にある笹の葉に短冊をかけに行ったよ」
「そ、そうですか……」

マオはヨシュアの焦ったような様子を見て、穏やかに笑いだした。

「ははあ、エステルが誰の名前を書いたのか気になるんだね?」
「そ、そんなことは……」
「ハッハッハ、もっとどっしりと構えて居なさい! あの子がヨシュア以外のこの名前を書くわけがないだろう?」
「ぼ、僕もエステルのところに行ってきます!」

ヨシュアがエステルの居る紅葉亭の奥の庭にたどり着くと、エステルは藍色の短冊を笹の葉に吊るし終わるところだった。
ヨシュアの姿に気が付くと、エステルは笑顔でヨシュアのところにやって来た。

「ふう、七夕の日に間に会ってよかった。エルモ村に来る途中に何も無くて幸いだったわ」
「あの短冊には僕の名前が書いてあるの?」
「ううん、違うよ」

あっさりとヨシュアの言葉を否定したエステルに、またヨシュアはショックを受けて胸を押さえた。

「キリカさんに言われたんだけどさ、あたし達このところ仕事で忙しかったじゃない? だから、今日は紅葉亭に泊まってゆっくりしようよ」
「そうだね……」

力の無い様子で答えたヨシュアの顔をエステルは不思議そうにのぞきこんだ。

「どうしたのヨシュア、元気無いよ?」
「落ち込む事があってね……」
「ふーん、そんな沈んだ気分もさ、お祭りを回っていたら吹き飛ぶよ、ねえ行こう!」

ヨシュアはエステルに手を強引に引かれて祭りでにぎわうエルモ村の中を回ってみる事になった。
エステルに手を引かれながらも、ヨシュアの中ではある考えが頭の中でグルグルと回っていた。

「エステルは誰の名前を書いたんだろう……」
「ヨシュア、何をブツブツ言ってるの?」
「……ねえエステル、アガットさんの事はどう思う?」
「アガット? そうね、厳しいけどたまには優しくしてくれる、頼りになる先輩かな? ……どうしてそんな事を聞くの?」
「いや、別に……ちょっと気になったからさ。じゃあオリビエさんは?」

ヨシュアはその後エステルに思いつく限りの男性の名前を挙げて印象を聞いてみたが、要領を得なかった。
祭りを楽しんだエステル達は、温泉で疲れを取る事にして、男湯と女湯に別れた。
ヨシュアはエステルが女湯に入ったのを見届けると、急いで紅葉亭の奥にある笹の葉へと向かった。

「確か、あそこにある紫の短冊がエステルがつけてたやつだよね……」

いけない事だとは知りつつも、ヨシュアはエステルの書いた名前を確認せずにはいられなかったのだ。
おそるおそるヨシュアが短冊を見ると、そこには『ジン・ヴァセック』と書かれていた。

「ジンさん……!」

憎しみを込めてそうつぶやいたヨシュアは、興奮を抑えるため何回も深呼吸をする。
人のあまり来ない建物の陰で落ち着いたヨシュアは、天を仰いで自分で自分をバカにして笑う。

「やっぱりエステルは包容力のある男の人が好きなんだね。僕なんかジンさんに比べたらまだまだ子供だ……」

部屋に戻ったヨシュアはカシウス家に来た当初のように思い詰めた表情で座り込んでいた。
そこに湯上りのエステルが戻って来た。

「はー、気持ち良かった。ヨシュアも露天風呂に来ればよかったのに。……あの時とは違って人も居たし、悲鳴なんかあげないからさ」

エステルは返事をしないヨシュアを不思議に思って、近づいて行った。
そして、ヨシュアの異変に気がついた。

「あれヨシュア、お風呂に入っていないの? ……どうしたの?」
「……エステルは僕にただ同情していただけなんだよね。勝手に好きになった僕は迷惑だよね」
「ヨシュア、何を言ってるの?」
「エステルは、ジンさんが好きだって分かったから……だから短冊に名前を書いて吊るしたんだろう?」

ヨシュアの涙声交じりの言葉を聞いてエステルは困った表情でおでこを押さえた。

「ヨシュア、それは激しく勘違いよ。あれはキリカさんが書いた短冊を笹の葉につけてくれって依頼されたわけ。ヨシュアだってあたしに注意したじゃないの。依頼人の秘密をもらすなって」
「キリカさんの依頼だって……?」

そう自分に言い聞かせるようにつぶやいたヨシュアは体の力が抜けてへたり込んだ。
そして、ヨシュアの瞳から涙がこぼれ出す。

「は、はは……ホッとしたら何で涙が出てくるんだろう」

エステルは顔を赤らめながらヨシュアに話す。

「ヨ、ヨシュア……あたし達も二人で短冊を笹の葉に吊るしに行こうか?」
「でも、僕達はエイドス様を信仰しているわけだし……」
「空の神様同士、きっと友達だからって許して下さるわよ!」

エステルに手を引かれてマオに短冊をもらうために階段を降りて行くヨシュア。
その表情は祭りの時とは真逆のとても満ち足りた輝く様な笑顔だった。

web拍手 by FC2
感想送信フォーム
前のページ
次のページ
表紙に戻る
トップへ戻る
inserted by FC2 system