「King Of
University?」
「そうだ、碇。この大学で行われている男子の人気投票だ。知らないのか?」
そう言ってケンスケは僕を呆れた顔で見た。
僕は碇シンジ。第三新東京大学に通う一年生だ。
第三新東京大学は学部の数も多くて門戸も広い。
中学校の頃からの友達のケンスケとトウジも学部が違うけど同じ大学に入学できている。
「碇も出てみないか?結構いい線行くと思うぜ?」
「そんな、僕なんか目立たないよ」
「意外とかっこいいだけじゃなくて、母性本能をくすぐるような感じも人気があるんだぜ」
「センセもおかんに似て女子みたいに可愛い顔してるやないか」
ケンスケもトウジも、僕の顔が女性っぽいってしょっちゅうからかうんだ。
僕はもっと男らしくなりたいのに。そう、僕にはもっと男らしくなりたい理由があるんだ。
「惣流もきっと投票に参加すると思うぜ」
「せやせや、大学中の女子のほとんどが参加するって話や」
惣流アスカ。僕の小さいころからの幼馴染で憧れの女性でもある。
僕は小さいころに隣に引っ越してきたアスカに一目惚れしてしまったんだ。
でも、僕より背が高く、金髪蒼眼の彼女は僕を幼馴染としてしか見てくれていない。
「惣流は碇が出場すれば、きっと碇の名前を書くと思うけど、碇が出ないんじゃ他のやつの名前を書くしかないんだろうな」
そういってケンスケは意地悪そうに笑うけど、僕は挑発に乗るまいとこらえていた。
「そいや、惣流は最近渚のやつと仲が良かったんちゃうか?」
「渚も出場するって言ってたな。あいつのルックスならいい所まで行くんじゃないか?」
渚カヲル君は高校生になってから僕たちと知り合った友達だ。
楽器の演奏も僕よりうまいし、かっこよくて女の子にも、もてている。
アスカとカヲル君は周囲からお似合いのカップルだと言われることもある。
そのたびに僕の胸は痛むんだ。
「きっと、惣流は渚の名前を書くんじゃないか?」
そのケンスケの言葉を聞いたとき、僕の我慢も限界を迎えた。
「……じゃあ、僕も出るよ」
「よっしゃ、じゃあセンセの名前で登録しておくで!」
トウジが嬉しそうにそう言って駆けだして、その場に残ったケンスケは僕の前で含み笑いをしている。
「くっくっく……これで碇の写真の売り上げも倍増だ」
やっぱりそのつもりだったか。
僕はケンスケにハメられたことがわかったけど、出場するからにはカヲル君に負けたくなかった。
アスカに何か男らしい所をアピールして見てもらわないと。
そう考えた僕は投票までの間に努力をすることにした。
「ねえ鈴原、なんで碇君は突然音楽サークルを辞めてラグビー部に入ったの?」
「なんや、男らしくなりたいなんて急に言いだしたんや」
洞木さんも僕の様子を見て、トウジに何やら聞いているみたいだった。
彼女も僕たちの友達で、特にアスカの親友でもある。
洞木さんからアスカに僕の様子も伝わっていると思う。
そりゃあ僕なんかが試合に出れるわけ無いけど、自分も強いって見せるには練習している姿を見せるのが一番だと思ったんだ。
でも、アスカ本人はなかなか見に来てくれない。残念だけどね。
ラグビー部に所属して、そんなに日は経ってないけど僕は一生懸命頑張ったから少しは体つきも逞しくなったみたい。
体力や筋力もそうだけど、特訓や練習試合を重ねるうちに闘争心が周りのみんなに触発されたのか僕にも芽生えるようになった。
『King
Of
University』の投票日になった。エントリーした人がアピールするためのコンテストが開催されるみたいだ。
この大会は報道部のサークルが仕切っていて、毎年大学の外からのお客さんやマスコミが取材に来るほどの大きな大会だったみたいだ。
僕は初めて知って驚いて緊張したけど、ここまできたら負けたくないと思ってステージの上に堂々と上がる事が出来た。
アスカは……客席から僕の方を見ている。隣には洞木さんも居る。
僕にはアスカの表情があまり明るくないように見えた。僕がコンテストに出たことに失望しているのかな。
でも、コンテストでアピールできればきっとアスカが僕を見る目も変わってくれるはずだ。
ステージの上で一人ずつ紹介されて行く。僕も堂々と振る舞えて悪くないと思う。
……黄色い歓声を投げかけてくれる女の子たちも居たし。
「それでは、今年のサプライズイベントは出場者同士による相撲大会です!」
司会者が告げると会場は騒然となった。このイベントを企画するサークルの目玉であるイベントは毎年内容が変わる事が楽しみの一つとなっている。
今回は事前準備が要らないと言われてホッとしていたけどいくらなんでも相撲とは驚いた。
ステージの上に即席の土俵が用意される。もちろん正式なものではないので実際のものよりとても小さいミニ土俵だ。
僕は運命のいたずらなのか、カヲル君と対戦することになってしまった。
今までの僕はこんな争い事にはしり込みしていたけど、負けたくないと言う気持ちが湧きあがっていた。
ラグビーで鍛えたのが影響したのか、なんと僕はカオル君を突進で押し出し、勝ってしまった。
会場からも歓声や僕を褒めたたえる声が聞こえて来る。
さすがに僕は優勝できなかったけど、なぜかカヲル君よりは順位は上だった。
僕は満足感に包まれながらも会場を後にして、アスカと洞木さんの所に向かったんだ。
でも、そこには気まずそうな顔をした洞木さんしか立っていなかったんだ。
「あれ?アスカは先に帰っちゃったの?てっきり僕に投票してくれると思ったのに」
「碇君、ショックを受けないで聞いてくれる?」
そう言って洞木さんがアスカの投票用紙を見せる。そこには『渚 カヲル』と名前が書かれていたんだ。
心臓の血が逆流するような感じにとらわれた。
僕は洞木さんを突き飛ばしてその場を走り去った。
洞木さんが悲鳴をあげて地面に叩きつけられても、僕は振り返りもしなかった。
その時の僕はただただイライラしていたんだ。
家に帰ってもイライラは収まらなかった。
自分の部屋に閉じこもった僕を母さんが心配して声をかけてくれたけど、僕は答えなかった。
それどころか、僕はせっかく母さんが作ってくれた夕食をテーブルから全て叩き落としたんだ。
お皿が砕け散る音が響いて、母さんはとても驚いた顔をしていた。
でも、僕はやっぱりショックを受ける母さんを放って、自分の部屋に籠ってしまった。
父さんが帰ってきて、怒られた。
何を言われても黙っていた僕は家から叩きだされた。
僕はそれでも怒りがおさまらなくて、家の庭に出されていたプラスチック製のゴミ箱を形が変形するほど蹴りつけていた。
隣の惣流家の二階の部屋の電気が消えて人が階段を降りて来る気配がする。
多分、アスカだ。僕は逃げなくてはいけないと思いながらも、足は鉛のように重く動かないように感じた。
そうこうしている間にアスカが僕の前に姿を現した。
「シンジ……アンタ、コンテストの会場でヒカリを投げ飛ばしたんだってね……そしてシンジのママからアタシのママに電話があったけど……泣いていたみたいね」
アスカの言葉が自分の胸に突き刺さる。
僕は二の句も告げる事が出来なかった。
「今のシンジは強いと思う。でも人を傷つける強さなんて、本当の強さなんかじゃない! 間違った強さよ!」
「アスカ……僕は……」
「アタシは今までのシンジが好き。無理に男らしくならなくても、相手のことを思いやる優しいシンジが昔から大好きだったの」
「でも、アスカはカヲル君のことが好きなんじゃ……」
「あれはシンジが優勝したら、アタシがシンジの側に居る事が難しくなっちゃうじゃない、だから渚の名前を書いたのよ」
そう言って照れたアスカはとってもかわいかった。
「素直にシンジのことを好きって伝えられなかったアタシが悪かったのね。そんなアタシに罰を頂戴」
アスカは唇を僕に向かって突き出した。キスが罰だって?アスカの言い分に僕は苦笑しながら……唇を重ねた。
しょっぱい……まさかアスカは泣いていたの?……荒れる僕を見て。
僕は、僕なんかのために涙を流してくれた幼馴染の恋人を一生守っていこうと固く心に誓った。
そして、母さんと洞木さんには謝罪とアスカとの交際報告を同時にすることになったんだ。
母さんも洞木さんも僕のしたことを許してくれて、アスカとのことも祝福してくれた。
「あーあ、僕も一回ぐらいKing
Of
Universityで優勝してみたかったな〜」
あれからしばらくて僕が冗談混じりにそういうと、アスカは笑顔でこう答えた。
「アンタはアタシにとってのKnight
Of Universityになってるわよ」
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