「アスカ、ミサトさんが水族館の入場券を二枚くれたんだ。」
「ふーん、それで?」
「あ、だから……その……」
「ま、来週の日曜は暇だから付き合ってあげてもいいわよ」
アタシがそういうとシンジのやつは玩具を買ってもらった子供のように喜んでいる。
バカね、あれじゃあ、はしゃいでいるのが丸わかりじゃない。
アタシはシンジの鼻先に人差し指を付きつけて言ってやった。
「勘違いしないでよ?これはデートじゃないの。暇つぶしよ、ひ・ま・つ・ぶ・し!」
「うん、分かってるよ」
アタシがそう言ってもシンジの顔は緩み切っている。全く、分かっているのかしら?
アタシは部屋に戻って今度の『暇つぶし』に備えて洋服の衣装合わせ。
鏡に映る自分の顔はまるでときめいている少女のような顔だった。
アタシが何度もほおを叩いても元に戻ってしまう。
もう!シンジのやつにこんな顔を見せたらなめられちゃうじゃないのよ!
「まあ、シンジにしては上出来よね。綺麗な魚も見えるし、デートスポットの定番じゃない。」
シンジの顔がみるみるうちに赤くなっていくのに、アタシは自分の失言に気付いた。
「暇つぶしにもまあ、悪くは無いわ!」
アタシは慌ててそう言いなおした。シンジは相変わらずニヤニヤしている。全くもう!
休日の水族館はカップルの他に家族連れでも賑わって人混みで溢れ返っていた。
「シンジが迷子になったら困るから、仕方が無いから手を繋いであげるわ!」
「アスカ、真っ赤な顔をして怒っているの?」
「違うわよ!早く手を出しなさいよ!」
アタシはそう言いながら自分の顔が火照っているのを感じた。
シンジは腫れ物でも触るかのようにそっと手を握って来るんだけど……。
これじゃあ簡単に引き離されちゃうじゃない!
アタシはシンジの肩に自分の肩を寄せて強引に自分の腕を組み入れた。
「熱帯魚ってきれいねー。」
「うん、いろいろな模様があって見ていて飽きないね。」
「うわあ、大っきい魚ね。」
「こんな魚が居るなんて驚いちゃうよね。」
「うわあ気持ち悪い。何、この魚。」
「深海魚だね。光の届かない所で暮らしているからこんな姿になるんだ。」
シンジは水族館の中を歩いている間、四半世紀前のロボットのようにぎこちない動きをしていた。
これじゃあアタシがシンジを脅かしているように見えちゃうじゃない!恥ずかしいったらありゃしないわ。
お昼を食べてから最後にイルカショーを見た。やっぱりどこの水族館もイルカショーは目玉みたいね。
事前にチケットを買っていないとイルカに触れないみたいだからアタシは諦めていたんだけど、シンジのやつがチケットを買っていてくれたみたい。
あれ?この水族館のチケットってミサトがくれたって言ってなかったっけ?
その時は違和感の原因に気が付かなくて、イルカに触れたって単純に喜んでいたけど、帰る時にその事に気が付いて顔の表面温度がまた上昇してしまった。
「アタシ、来週の日曜日も偶然暇なんだよね」
「アスカは委員長と遊びに行ったり忙しいと思ったんだけど、日曜日は暇なの?」
「割とね」
「何か、ミサトさんがまた映画のペアチケットが2枚余ったって言ってたと思うよ」
ふーん、白々しい言い訳をしちゃって。アタシの方もそりゃおかしいとは思ってるけどさ。
「ミサトって加持さんとよりを戻したって聞いたけど、ドタキャンが多いのね」
「た、たぶん加持さんもミサトさんも仕事が忙しくて都合が合わないだけだと思うよ」
次の日曜日にシンジと見た映画は『豪華客船沈没』と言う映画だった。
たくさんの乗客が乗った豪華客船が沈没してしまう映画で、主人公の新聞記者の男性が離れた足場に飛び移ったり、天井にぶら下がったりとアクション性が高い。
特に結婚したばかりの奥さんを抱きかかえながら跳ぶシーンには見惚れてしまった。
「アスカ、映画館の中では迷子にならないけど、なんで僕の手を握るの?」
「冷房が利きすぎて寒いからよっ!」
その週の水曜日、アタシは学校でヒカリに週末の予定を聞かれた。
「ねえアスカ、今度の日曜日に一回でいいからデートしてくれない?」
「え?何でアタシが知らない男とデートしなくちゃいけないのよ」
「コダマお姉ちゃんが勝手に約束してきちゃったらしいのよ。アスカを紹介して欲しいって言われて」
ヒカリは必死に手を合わせて頼みこんでくるけど、アタシは首を縦には振らなかった。
「アタシは日曜はその……いろいろ予定があって忙しいのよ」
「アスカは先週も先々週もそんなこと言ってたね?もしかして、碇君と?」
「なんで、バカシンジが関係するのよ!ネルフの仕事よ、仕事!」
「ふーん、じゃあ碇君に聞いてみようかしら」
したり顔でそう言うヒカリにアタシは黙り込むしかなかった。
来週の日曜はどんな『暇つぶし』をしようか、アタシはドキドキしていた。
水族館、映画館と来たら次は遊園地かな?
お化け屋敷でシンジのやつに抱きついてやったり、一つのジュースを二人で飲もうとか言ったらシンジはどんな顔をするかしら、楽しみね。
でも、アタシがいくら待っていてもシンジは誘って来なかった。
シンジ、今日はもう土曜日の夜だよ?誘ってくれないと間に合わなくなっちゃうよ?
アタシは不安そうな表情でシンジの顔を眺めていたと思うけど、シンジはアタシの方を見ようともせずに一人で考え込んでいるみたいだった。
シンジがたいして喋らずに暗い表情で部屋に入って行く後ろ姿を見送ると、アタシはミサトに聞いてみる事にした。
「シンジってば、陰気な顔しちゃってどうしたの?」
「明日シンちゃんはお母さんの命日で司令と二人でお墓参りに行くのよ」
「アホくさ、会うのが嫌なら断ればいいじゃん」
「嫌でも無いみたいだからやっかいなのよ」
そう言って立ちあがったミサトはシンジの部屋のドアを少しだけ開けて何やらシンジと話している。お互い小さい声でリビングからじゃ聞こえない。
アタシは何と無しに自分の携帯電話をいじってヒカリに電話をかけた。
「ヒカリ、明日のデートの件だけど今から大丈夫?」
「ええっ、明日は碇君とデートじゃないの?」
「あいつ、用事があるんだってさ。だから暇になったのよ」
「そういうことなら、向こうは喜んでOKすると思うんだけど……」
次の日アタシがデートから戻って家に帰ると、シンジが椅子に腰かけてチェロを弾いていた。
聴き終わったアタシがリビングに姿を見せて拍手すると、シンジは驚いてアタシの方に振り向いた。
「結構うまいじゃない」
「小さい頃からやっていてこの程度だからね」
「シンジの事見直したわ」
本当はかなりシンジの事を見直したんだけどねと心の中で呟いた。
アタシは話ながら奥の部屋に入って寝っ転がった。
「夕飯を食べて来るんだと思ったよ、意外と早かったね」
「つまらないから逃げて来ちゃった」
「相手の方が驚いたんじゃない?」
嘘よ。本当は相手がキスしようとか下心丸出しで迫ってきたから怖くなって逃げて来たの。
あと……シンジの作る夕食を食べ逃したくないと思ったし。
アタシがお風呂からあがると、シンジはリビングで電話を受けていた。
アタシは下着にTシャツ一枚と言うスタイルで話しかけた。
「ミサト?」
「うん、遅くなるから先に寝ててって」
「じゃあ今夜は二人っきりってわけね」
アタシがそう言ってVサインを作ってウインクしてやるとシンジは慌てた表情になった。
そして、アタシはそのままシンジににじり寄る。
「ねえシンジ、キスしよっか?」
「ええっ、なんで!?」
まだシンジに本当の気持ちを打ち明けるのが怖い。シンジはアタシに好意を持っていてくれる事は分かるけど、今の関係を壊したくない。
だからまたアタシはあの言葉の魔力に頼ってしまう。
「暇つぶしよ、暇つぶし」
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