サンドイッチ! 〜キョンはハルヒに3度恋をする〜
第一話 ハルヒのリボン


俺は小学1年の時、涼宮ハルヒと最初の出会いを果たした。
小学校に入学したばかりの俺は、幼稚園とは違う生活の始まりにワクワクしながらも、憂鬱な気持ちになる問題を抱えていた。
学校が終わった後、俺は友達の国木田や谷口と公園で遊んだりしたものだった。
夕方になると、国木田や谷口は自分の家へと帰る。
あまり帰りが遅くなると、両親を心配させてしまうからだ。
しかし俺は両親から怒られ続けても、遅くまで外に居た。
家に帰ると、1歳になった俺の妹が両親に甘やかされる姿を見せつけられるからだ。
さらに俺に対しては「お兄さんなんだから」「もう小学生になったんだから」しっかりしろと言って妹の面倒を看させる。
俺はそんな両親を困らせたい反面、心配して構ってほしい気持ちを抱いていたかもしれない。

「あんた、いつもこんな遅い時間まで外をうろうろしていたら、お母さんに怒られるんじゃない?」
「お前こそどうなんだ」

声を掛けて来たのは、俺と同じクラスの女の子だった。
確か名前は涼宮ハルヒと言った気がする。

「あたしは別に構わないのよ、家に帰ってもお母さんもお父さんも居ないし」

ハルヒはそうつぶやいて、皮肉めいた口調で自分の家庭の事情を話した。
ハルヒの母親は、ハルヒが小学生になったのを機に働き始めたらしい。
共働きの両親を困らせてやれば、母親が働くのを止めてくれるかもしれない。
しかし家の経済事情からそれは無理だとハルヒも子供ながらに理解していたようだ。

「あんたも家に帰りたくないの?」
「まあ、その点はお前と同じだけどな」

俺はため息をつきながらハルヒに両親と妹への不満をぶちまけた。
するとハルヒは俺よりも大きなため息を吐き出して、

「あんたの気持ちも分からないではないけど、ぜいたくな悩みね」

と同情とあきれた感情が半分ずつ込められたようなしみじみとした口調で言い放った。
ハルヒは、妹の面倒を看てあげないと妹が俺に懐かなくなるぞと忠告して俺の前から立ち去った。
翌日、俺は学校で国木田や谷口と話しながらも、チラチラとハルヒを観察していた。
ハルヒは明るく活発で、男女を問わず多くの友達に囲まれている。
さらに勉強もできて運動神経も良く、ルックスも悪くないともあれば人気者になるわけだ。
放課後もハルヒは友達の輪の中に居て、俺は遠くからハルヒの姿を眺めるしかできなかった。

「あんた、また今日も家に帰らないでこんな所をうろちょろしてるの?」

昨日と同じ公園で、俺はハルヒに声を掛けられた。
ハルヒの周りに居た友達は、みんな家へと帰ってしまったようだった。
そんな時に俺の姿を見つけたハルヒの表情はどことなく嬉しそうだった。
多分俺も同じような顔をしていたのだろう、自分の頬の筋肉が緩むのを感じた。
正直に言うと、俺も小学生になってから急に独りで居るのは寂しかったのだ。
だからその日から俺とハルヒは待ち合わせをしているわけではなかったが、夕方この公園で顔を合わせるのが日課のようになっていた。
しばらくの間、俺とハルヒは辺りが暗くなるまで話をするぐらいの関係だった。



俺とハルヒがさらに親しくなったのは、夏休み前の事だった。
毎日のように帰りが遅くなった俺を怪しんだお袋が、ついに俺の事を自ら探し始めたのだ。
ハルヒと2人きりで居るところを発見された俺は、お袋に誤解をされてしまった。
女の子と会うのが恥ずかしいからとコソコソしていると勘違いしたお袋は、別に隠す事は無いとニヤニヤした顔で告げる。
ハルヒの方も礼儀正しくあいさつをしたものだから、お袋はハルヒの事を気に入ってしまって、今度俺の家に連れて来いとまで言っていた。
その約束通り、俺の家に遊びに来たハルヒは妹も可愛がるようになり、すっかり溶け込んでしまっていた。
さらにハルヒの両親も、自分達が共働きのためにハルヒに寂しい思いをさせている事に心を痛めていたらしく、自分達の帰りが遅くなっても、ハルヒが俺の家に居る方が返って安心するようだった。
ハルヒは夕食も俺の家で食べたりするようになり、そして学校でも俺はハルヒと一緒に居る事が多くなった。
すると周りの友達も俺達の変化に気が付いたのか、俺とハルヒの事をからかい始めた。
俺とハルヒの名前入りの相合傘が黒板に書かれたりしたが、ハルヒは別に恥ずかしがる事も無く、堂々としたものだった。
それほど経たないうちに俺とハルヒを冷やかす声は収まり、俺とハルヒの関係は自然なものとして受け入れられた。

「否定しようとしたりするから、さらに騒ぎたくなったりするのよ」
「でもいいのか、俺とウワサになって?」
「あんたは嫌なの?」
「別に俺はお前が気にしていないなら構わないさ」

俺は谷口や国木田達とも遊んだが、ハルヒは所構わず一緒に居るような親友とも言える存在になっていた。
男勝りなハルヒに俺が振り回されているといった見方ができなうわけでもないが。
夏休みになると、俺はハルヒの親父さんに球場に連れて行ってもらったり、田舎にある俺の祖母ちゃんの家へハルヒと遊びに行ったりした。
俺は幼稚園の頃から祖母ちゃん家近くの野山に来ていたおかげで詳しかったが、ハルヒの適応力も目を見張るものがあった。
余裕で俺が勝てると思ったセミ採りも、運動神経に優れるハルヒに対して辛うじて勝てたようなものだった。

「悔しい、来年はあんたに勝つんだからね!」

どうやら負けず嫌いのハルヒの心に火をつけてしまったようだ。
俺とハルヒは祖母ちゃんの家から帰った後もプールへ行ったり、お祭りに行ったり、そして宿題をこなしたりと充実した夏休みを過ごしたのだった。
それから俺とハルヒは時には喧嘩する事もあったが、親しい関係を維持して小学校生活を過ごした。
3年生と5年生に進級する時にクラス替えがありはしたのだが、俺とハルヒは不思議とクラスが分かれる事は無かった。
もっとも俺達の通っている学校は1学年に3クラスしかないから、国木田に言わせると9分の1の確率でありそんな珍しい事でもないそうだ。
しかし困ったのは、言葉を話せるようになった妹が俺の事を「キョン」と呼ぶようになってしまい、それがハルヒを含めて周囲に浸透してしまったことだ。



俺達が小学5年生になった2学期、俺とハルヒはお互いの誕生日が10月11日と10月8日の3日違いだと知った。
誕生日の事を知ったハルヒは目を輝かせて視線を空へと泳がせた。
あれはきっと何かを企んでいる顔だとハルヒと数年間一緒に過ごした俺には解った。

「10月10日はちょうど学校が休みだし、誕生日会でもやらない?」
「何だよ今さら、小学生高学年にもなってバカバカしい」

おととしから親に誕生日プレゼントをねだっても却下されるようになったし、去年なんかは誕生日を普通の日として過ごした俺はそう答えた。
誕生日に祝福の言葉を投げ掛けてくれたのは無邪気な妹だけだ。
しかし俺の意見はお構い無しにハルヒは話を進め、誕生日会でプレゼントの交換をしようと言い出した。
何でそんな面倒な事をしなくちゃならんのだ。

「別にそんな高いものじゃなくていいのよ、あたしがキョンにプレゼントを渡したいだけだし……」

いつも強気のハルヒが、顔を赤くしてそう言うのを見て、俺は拒否する事は出来なかった。
ハルヒの誕生日プレゼントか、どうするかな。
こういうのは本人に聞くわけにもいかないだろうしな。
そんな事を考えていた俺は、妹が読んでいる少女向けのマンガに目を止めた。
そのマンガは少女が魔法のリボンを鞭のように振り回して悪人を撃退したり、崖に落ちた友達を引っ張り上げたりして活躍するものらしい。

「リボンか、ハルヒに似合うかもしれないな」

気に入らないと断られた時のリスクを全く考えていなかった俺は、のんきにそんな事を考えていた。
ちなみにその後、妹の誕生日も10月19日だった事から、妹も誕生日会に参加する事になる。
10月10日、俺の家のリビングダイニングキッチンで俺とハルヒと妹の誕生日会が催された。
俺の家はそんなに広いわけではないので、参加者が俺達3人だと言うのは妥当に思えた。
お袋が用意してくれた料理やハルヒが持って来たケーキを食べている間も、俺はプレゼント交換の事が気になっていた。
ハルヒはいったい何を俺にくれるのか。
そして何よりもハルヒは俺のプレゼントを受け取ってくれるのか。

「あたしからのプレゼントはコレよ!」

ハルヒが俺に渡したのは、腕時計だった。
俺がハルヒとの待ち合わせに遅刻しないように、そして遅くまで外に居てお袋や妹を心配させないようにするためらしい。
しかし小学生の小遣いでそれほど良い腕時計を買えるはずも無く、おもちゃのような安売りの粗悪品に分類されるものだった。

「ありがとう、ハルヒ」

俺はハルヒにお礼を言ってさっそく腕時計を左腕に巻いた。
その姿を見てハルヒは満足そうな笑顔になる。

「さあ、今度はキョンの番よ」

ハルヒは期待に目を輝かせて俺を見つめた。
どうやら値段的にはハルヒのプレゼントと釣り合いが取れそうだと、俺は少しだけ安心していた。
俺はリボンを包んだ包装紙をハルヒに渡す。
ハルヒは包装紙を丁寧に剥がすと、取り出したリボンを手に取ってしばらく見つめている。

「ねえ、どうして黄色を選んだのよ」
「何となくハルヒに似合うと思ったから……悪かったか?」
「そんな事無いわ!」

そう言ったハルヒは嬉しそうに俺のプレゼントしたリボンを着けた。
ハルヒによれば、黄色はラッキーカラーなんだそうだ。
思わぬ偶然も味方してくれたとは言え、ハルヒが喜んでくれて俺も嬉しかった。
最高の誕生日を迎えた俺とハルヒは、これからも楽しい事が俺達を待っていると信じていた。



しかしそんな俺とハルヒの日常に影が差し始めた。
その兆候は小学6年の夏休み、球場でナイター観戦をした帰り道の事だった。

「ねえキョン、今の世界の人口って知ってる?」
「約70億人らしいな」
「あの球場一杯に居た人達だけで7万人、その10万倍の人間が世界に居るのよ!」
「突然計算を始めてどうしたんだ?」
「あたし達は全人類から見たらちっぽけな存在だなんて、そんな事を思えて来ちゃってさ」

そうつぶやいたハルヒは、今まで俺が見た事無いほど大人びて――憂鬱そうな顔をしていた。
ハルヒの様子がおかしいと感じたのはその翌日からだった。
俺と遊んでいてもハルヒは上の空で、何か考え事をしているようだった。
心配になった俺はついにハルヒに尋ねる。

「おいハルヒ、何か悩み事でもあるのか?」
「最近、面白くないのよ」
「何だそりゃ?」
「あたしにも良くわからない……今まで楽しかった事が、楽しく感じられなくなっちゃった」

ハルヒはそう言って深いため息をついた。
それからハルヒは宇宙人や超常現象などを取り扱った本やテレビ番組にのめり込むようになった。
俺も幽霊探しだと言われて、空き家の探検などに付き合わされた。
時には宇宙人を呼び出す儀式だと言って空き地に魔法陣を描き、寒空の下夜遅くまで待つのを付き合わされた事もあった。
辺りが暗くなっても帰ろうとしないハルヒに、俺はうんざりして声を掛ける。

「なあハルヒ、どうしてそんなに宇宙人達に会いたいんだ?」
「面白いからに決まってるわ!」
「だけど、居るかどうか分からないものを追いかけても仕方ないだろう」
「あっそう、じゃあ帰りなさい!」
「おい!」
「宇宙人が来ないのは、存在を信じていないキョンが妨害電波を出しているからよ!」
「はあっ!?」

怒ったハルヒに人差し指を突き付けられた俺は、あきれてものが言えずにハルヒをそのまま置いて帰った。
その日夜遅くまで帰らなかったハルヒはたっぷり怒られたらしい。
どうして俺が連れて帰らなかったのかと俺もとばっちりでお袋に叱られた。
そして友達とも遊ばなくなったハルヒは、だんだんと周囲から孤立し始めた。
さらに宇宙人の電波を受信するためだか知らないが髪型を変えたり、様々な色のミサンガなどを身に着け、不機嫌な顔でため息をつくばかりだ。
初めはハルヒの事を心配していたクラスの友達も、そのうちハルヒの事をバカにするようになってしまった。
そして俺も自然とハルヒとの距離が離れてしまう事になる。
決定的だったのは、俺とハルヒの通う中学校が学区の関係で別々になってしまった事だ。
これで俺はほとんどハルヒと顔を合わせる事は無くなった。
胸に穴が開いたような喪失感に襲われて、俺はハルヒの事が好きだったんだなと実感した。
しかし俺は自分からハルヒに会いに行く事は出来なかった。
明るいハルヒが好きだったからこそ、今の暗いハルヒの姿を見るのが痛々しい。
小学校の卒業式の日も、俺は独りで立ち去るハルヒに声を掛ける事は出来なかった。



だが俺はハルヒへの恋心を完全に捨て去れていなかったと、中学で会った佐々木と話していて気づかされる事になる……。

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