ウィキペディアより
<引用開始>
ストーリー
純粋で優しい心を持った知的障害者達の働く地方都市の工場。だが、彼らは人間の扱いを受けていなかった。奴隷の如く日常に行われる彼らへの暴力、性的虐待。そんな彼らの未来に希望は残されているのだろうか?
<引用終了>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%81%96%E8%80%85%E3%81%AE%E8%A1%8C%E9%80%B2_(%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%9E)
1997年の12月のことでした。出演者一行が東京ディズニーランドを訪れてくださいました。いしだ壱成さん、雛形あき子さん、松本恵さんたち5人です。その時のことを『最後のパレード〜ディズニーランドで本当にあった心温まる話』に記しています。
クリスマスシーズンのある夜のことです。
スペースマウンテンのワーキングリード(アトラクションのキャストを束ねるリーダー)から、私のところへ「キャスト用控え室にきてほしい」という連絡が入りました。急ぎ駆けつけると、5人の若い方たちが椅子に座っていました。とてもなごやかな雰囲気だったので、スーパーバイザーが対応するべき緊急事態が起きたとは思えませんでした。
ワーキングリードから状況を聞かされ、その5人の若い方たちは全員芸能人だとわかりました。みなさんはスペースマウンテンに並んでいるときに、まわりのゲストに発見されて、大勢に取り囲まれてしまったそうです。大混乱になった出口で身動きが取れなくなったみなさんを、ワーキングリードが機転をきかせて控え室まで誘導してきました。
テレビのリポート取材や雑誌の撮影などで、東京ディズニーランドには多くの有名な人たちが訪れますが、そのときは広報の担当者がパーク内で混乱を招かないよう随時エスコートさせていただくことになっています。一方でお忍びで訪れる芸能人も多く、このたびのご来園も私たちには知らされていませんでした。
東京ディズニーランドは芸能人の方を特別扱いいたしません。他のすべてのゲストの方と同じように、どれだけ混雑していてもアトラクションには並んでいただきます。しかしこのときはあまりにも人目につきすぎました。他のアトラクションに入ろうものなら、またそこでも同じような混乱を生む危険性がありました。東京ディズニーランドにきているゲストたちは、芸能人に会いにきているのではありません。
そこでこの日のパーク運営責任者と話し合い、私がエスコートをさせていただくことになりました。みなさんはスペースマウンテンに並んでいただけで、決して特別扱いを求めていたわけではありません。ディズニークリスマスの世界を純粋に楽しみにきた、私たちの大切なゲストなのです。
私は5人を静かに見守りながら同行しました。3時間くらいのツアーだったでしょうか。みなさんは心から楽しんでいたと思いますし、少しはしゃぎすぎなくらいだったと記憶しています。イッツアスモールワールドでは5人が一列に並び、歌って踊りながら行進していらっしゃいました。カリブの海賊では、目を皿のようにしてすべての光景を注意深く見渡していらっしゃいました。スプラッシュマウンテンでは、なぜかメインドロップのときに全員で頭の上に丸をつくろうという話になり「中村さんも一緒にやってくださいね」と頼まれました。
その後、おひとりの方がまとめてスプラッシュダウンフォト≠購入されて、そのうちの一枚を私にもくださいました。16年間のキャスト生活の中で、これがゲストの方と一緒に映った、たった一枚の写真となりました。
最後にみなさんをメインゲートでお見送りするとき、私はキャストを代表して深く頭を下げました。そして自由に行動していただけなかったことと、一部舞台の裏側を目に入れてしまったことをお詫びしました。
「楽しかったです」
しかしみなさんはそうおっしゃって、まるで子どものように手を振りながらゲートを出ていかれたのです。実際にゲストを楽しませていたのは、アトラクションやショップのキャストたちによる素晴らしいおもてなしでした。私はただのエスコート役でしたが、みなさんのやさしさに触れてとてもすがすがしい気持ちになりました。
<転載終了>
ミクロアドベンチャーでのこと。バックステージ(このときは控室)で時間調整していたときのことです。一人の女性キャストが私に近づき、こう告げました。
「いしだ壱成さんの大ファンなのです。少しだけ話をさせていただけませんか」と。
私はこのキャストの存在をよく知っていました。私は1997年の4月15日にオープンしたミクロアドベンチャーのオープニングスーパーバイザーです。長いキュー(queue 待ち行列)の回りでゲストにホスピタリティの提供を行う彼女の仕事の出来栄えは、キャストとしてはトップクラスでした。
私は、彼女ならつまらない話はしないと判断し、「いいよ、話しておいで」と許可を与えました。
彼女はいしださんにこう尋ねました。
「私は東京ディズニーランドが大好きなのです。いしださんも好きですか?」
いしださんは「ぼくも大好きだよ」と答えてくださいました。そのご、彼女はとびっきりの笑顔で「良かった」と感激しながら本の数分の会話を交わし、最後のこのように言いました。
「この後も、東京ディズニーランドをごゆっくりお楽しみください」
私は、予想はしていましたが、この体験に感動しました。人と人のふれあいの場所がテーマパークです。
私たちがつくって来たディズニー・テーマパークは、まさに「本物のホスピタリティの世界だ」と実感した次第です。
名前は忘れてしまいましたが、顔は覚えています。彼女に本当に感謝したいと思います。このことが文中の「実際にゲストを楽しませていたのは、アトラクションやショップのキャストたちによる素晴らしいおもてなしでした。」につながっていくのは言うまでもありません。
もう一つ、いしだ壱成さんにかかわるエピソードの紹介を。当時24歳のいしださんの携帯電話の着信音は「となりのトトロ」でした。私は同年代の若者たちの目を延べ何万人も見てきましたが、いしださんの目の美しさは「別格」でした。トトロやディズニーを愛する純真な心をお持ちなのでしょう。
さて、聖者の行進は知的障害者への虐待をとりあげたドラマです。私は拝見しませんでした。というのは、私は「演技」では伝えられないものがある、と感じていたからです。当日も、何かそうした「もやもや」を晴らしにやって来られたように感じ取ってしまったからです。
確かに知的障害者が主役の映画「レインマン」のダスティン・ホフマンの名演技は素晴らしかったとは思いますが、映画と連続ドラマは違います。何人もの障がい者役の「誰か」が「0点」を取ると、掛け算により、ドラマ全体が「0点」になります。この原則はディズニー・テーマパークの基本中の基本です。
東京ディズニーランドで常に障がい者と向き合い、健常者と全く同じに対応してきた私には、正直それを見るのが怖かったのです。
サブタイトル「星に願いを」の回は視聴率が22%を超えたそうです。批判も出なかったように記憶しています。
後日談があります。いしだ壱成さんがテレビ番組のなかで、当日のことを「楽しかった」と話していたと同僚のスーパーバイザーから聞きました。
数年後の朝日新聞の夕刊記事に、雛形あき子さんが「子供を連れて東京ディズニーランド通い」という記事を見つけました。
こんな、美しいストーリーがあったのですが、読売新聞社は、取材もせずにぶち壊してくれました。
いしださんにも、写真をくださった雛形さんにも、二度と会うことはないでしょうが、私と過ごした数時間のパークツアーの記憶は生涯記憶に残ることでしょう。
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