特集ワイド:原発の呪縛・日本よ! 精神科医・斎藤環さん
毎日新聞 2012年10月05日 東京夕刊
前例がある。現在の日本が選択している核兵器を持たない国防政策は、核武装した国から見れば非合理的だと思われるかもしれない。唯一の被爆国であり、かつ二度と戦争をしないという決意を込めた平和憲法を国防の基本政策とするのは、感情的だと思われるかもしれない。しかし、多くの日本人はその事実を納得して受け入れている。
「原発も同様に考えるべきだと思うんです」。日本人は広島、長崎への原爆投下、99年のJCO臨界事故、そして今回の福島第1原発事故と、4回も核エネルギーによる惨事を経験している。「それでも原発を推進するというのか。福島第1原発の爆発で上がった煙、あれは広島や長崎のキノコ雲をほうふつとさせた。『こんなに危険な原発なんて、もう懲り懲りだ』という思いをエネルギー政策の根幹に据えた方が、よほど人としてあるべき姿です。いつまでも愚かなままじゃないという意思表示、言い換えれば日本人の自尊心をかけた選択……それが『脱原発』なんです」
とはいえ、主張し続けることは楽ではない。新聞紙上で「低線量被ばくの影響はまだ解明できていない」「本当に脱原発、廃炉を目指すなら、技術者養成のために最小限の再稼働が必要ではないか」と書くと、100ものツイッターで「御用学者だ」と批判された。
「脱原発をどう進めるか。今、最も求められているのは方法論なんです」。斎藤さんは何度も繰り返す。毎週金曜に官邸前で行われている脱原発デモ。そのうねりに共感する、だが、叫ぶだけでは前には進まない。「本当の脱原発とは、今ある原子炉を廃炉にし、さらに更地になった跡地で、放射性物質を気にせずに子どもが遊べるレベルにすること。そのためには数十年、もしかすると百年単位の途方もない時間を要するかもしれない。脱原発は戦いではなく、国や電力会社との粘り強い交渉なのです」