特集ワイド:原発の呪縛・日本よ! 精神科医・斎藤環さん
毎日新聞 2012年10月05日 東京夕刊
福島県南相馬市で治療にあたる医師から届いた報告も原発に正面から向き合うきっかけになった。放射能による疾患こそ確認されていないものの、親のストレスが原因で子どもがうつ状態になったり、虐待まで起きたりしているという。いずれも斎藤さんの専門分野だ。「被災者の心をむしばむ原発に対峙(たいじ)することは、臨床医である私には当然のことだったんです」
1986年の旧ソ連チェルノブイリ原発事故以降、脱原発の考えを持ってはいた。「ゆるい脱原発論者だった」と振り返る。
しかし、3・11では水戸市内の自宅で、屋根瓦がバラバラと落下するなどの被害が出た。さらに福島第1原発の水素爆発の映像を見て、ショックを受けた。というのは、茨城県沿岸部も大津波が押し寄せており、自宅からわずか20キロほど離れた同県東海村にある「東海第2原発」も、津波をかぶったからだ。大事故を避けられたのは偶然でしかなく、原発の「安全神話はまやかしだ」と肌で感じた。
「日本にいる限り、原発事故のリスクから逃れて無関係に生きることはできない。よく飛行機事故の確率より原発事故のほうが低いという主張があるが、間違っている。飛行機には『乗らない』という選択肢があるが、原発にはない。日本人は皆、平等のリスクにさらされている」
原発を推進しようとする側の理屈は一見、「合理的」なようではある。経済成長が大事だ、電気料金が上がったらどうするのか、と。だが、考えあぐねた末に斎藤さんがたどり着いたのは「感情的で非合理的と言われても、『原発のない国』の選択をすることこそが日本人として正しい道ではないか」というシンプルな論理だった。