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これからの意見は、まだ知識の少ない。一高校生の私的意見であることを踏まえて、ご覧になる方はご覧ください。
今日。保険の事業で、老人の生活について学びました。そこで、余談でこんなことが言われました。
2010年寝たきりが180万人。認知症が210万人。それが2025年寝たきり230万人。認知症が320万人。
になるそうです。
厳格な数字や、この値の正確性はどうでもいいのです。
大切なのは、どうやら、今後増えて行くことに変わりはないということなのです。
なぜ、増えて行くのだろう。そう考えた時、日本が長寿国であることを思い出しました。また、その理由として、日本の高度な医療技術が起因しているとも考えました。
現在日本は世界的にも長寿であることで有名です。それは医療の充実のためと言えるでしょう。
では、今後高齢化が進み、お年寄りが増える中、寝たきりの患者さんも増えていったとして。いまの日本に、そこまで多くの患者さんを介護できる環境があるのでしょうか?
私がいま、最も危惧しているのは、介護環境不足による、老人の孤独死の増加や、なにより、医療のなかである種の不正が行われてしまうのではないか?
ということです。
介護環境不足により、お年寄りが介護を受けられず、介護関係者が手に負えない数を相手にすることで、気づいたら亡くなっていた。などの事件が多発するのではないかということ。
そして、ある種の不正というのは、ワザと手術を失敗するのではないか?ということです。
高度な医療技術により、お年寄りの多くの病気を救えます。しかし、老いに連れて病気の再発や新しい病気の発症の可能性も増えます。それを繰り返し手術していては、医師の手が足りません。なにしろ、手術を必要とするのはお年寄りだけではありません。
そんな苦しい生活の中、医師も人間ですから、ストレスからのヒューマンエラーを手術中に起こすかも知れません。
もしかしたら、不景気で未払いの介護者が増えすぎ、介護施設を維持できない。お年寄りを減らして貰えないだろうか?と、介護施設から医師にお願いがあるかもしれない。
最悪、介護や医療以外の若者がなぜ、働きもしない老人のためにお金を出さなければならないんだ!とデモを起こし、もっと大変なことが起こるかもしれない。
先のことは分かりませんが、このままでは、外交やそれ以上に大変な、生命の扱い方。というと変かもしれませんが、人間倫理。生命の大きさを脅かすような事件が起こってしまうのではないかと思っています。
ただ生き延びさせればそれでいいのしょうか?それが、高度な医療の使い方なのでしょうか?
一概に違うとは言えません。それは、人の命がそこにあり、その人の家族の思いがあるからです。
ですが、このままではダメなのは確かです。
決して老人は医療を使わず、殺してしまえばいいと言っているのではありません。
私は人間の命の左右に関わる前に、解決手段があると考えています。
2025年まで。あとそうは長くありません。
それまでに、新たな介護方法。少子高齢化対策。こうじていかなければならないと思います。
政府だけじゃなく、市民も考えていかなければならない時代がきたのです。
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