人権救済法案─言論弾圧招く天下の悪法だ
2012年10月01日
思想新聞10月1日号に掲載されている主張を紹介する。
野田政権は新たな人権侵害救済機関「人権委員会」を法務省の外局に新設する人権救済機関設置法案(人権救済法案)を閣議決定し、今秋の臨時国会への提出を目指すという。何を血迷っているのか。同法案は人権侵害の定義が曖昧だ。それを拡大解釈して言論弾圧の恐れがある。左翼人権団体を民主党にひきつけておくための法案との見方もあるが、それが事実なら左翼依存の民主党の正体を露わにするものだ。我々は断固反対する。
藤村修官房長官は記者会見で「政府として人権擁護の問題に積極的に取り組む姿勢を示す必要がある。次期国会提出を前提に、法案の内容を確認する閣議決定だ」と述べている。民主党のマニフェスト事項に加え、衆院解散・総選挙をにらみ、支持基盤である人権団体へのアピールを急いだ格好だと産経新聞は指摘している(9月20日付)。
言うまでもなく、差別や虐待などの人権侵害が生ずれば速やかに救済し、人権を擁護すべきである。それは民主主義社会に不可欠な機能である。そのために現行の司法制度があり、個別の法整備としては「児童虐待防止法」や「配偶者暴力(DV)防止法」「高齢者虐待防止法」などもある。それがなぜ、新たに人権救済機関が必要なのか、理解できない。
確かに、救済機関の設置は国連のパリ原則(国内人権機関の地位に関する原則」)の勧告に基づく。国連は1993年、パリ原則で人権侵害救済のために国内機関の新設を促し、国連規約人権委員会は98年、日本政府に対して政府から独立した人権救済機関の設立を勧告した。それで人権擁護法が必要とされ、自公政権時代に同法案がまとめられた経緯がある。
だが、同法案は「人権侵害」の定義が暖味で、恣意的運用の恐れがあるばかりか、警察官にもない裁判所の令状なしの家宅捜索や押収を認め、罰則も加える強制力を付与した。また都道府県に設ける人権擁護委員には国籍条項がなく、北朝鮮や中国の工作員が委員に就きかねないなど疑問が噴出した。
こんな強制力の持つ人権委の設置はパリ原則の勧告にもなかったものだ。パリ原則が示した人権機関は「政府、議会その他の機関」に対し「人権擁護に関する意見、勧告、提案、報告」を行う機関にすぎず、令状なしの家宅捜査などの強制権限は念頭になく、機関の「独立性」は「財政的な独立性」としただけである。勧告は主に警察や出入国管理当局、刑務所など公権力による人権侵害の救済措置を求めており、一般国民を対象に強制権限を持つ人権委を想定していない。
では今回、閣議決定された人権救済法実はどうか。
同法案によると、新たな機関は差別や虐待などの解決を目的にうたい、政府から独立した権限を持つ「三条委員会」として設置。委員長や委員は国会の同意を得て首相が任命。侵害の調査は任意で、罰則規定は設けず、いわゆるメディア規制条項も設けない。調査で人権侵害が認められれば、告発、調停、仲裁などの措置を取る。
また市町村に置く人権擁護委員には日本国籍の有無について規定がなく、「地方参政権を持つ人」と規定されており、地方参政権が付与されれば外国人でも就任できるとしている。
やはり納得し難い内容である。旧人権擁護法案は「人権侵害」の定義が曖昧で、恣意的運用の恐れがあり、言論弾圧を招きかねないと批判されたが、今回も人権侵害の定義を曖昧にしたままである。
一部の「人権団体」は自治体の戸籍係が「同性結婚」を拒むのを人権侵害とし、公立学校長が卒業式で国歌斉唱を「強制しない」と事前に生徒に説明しなかった行為や、過激な性教育を行った教員の処分も人権侵害と主張している。「天皇制」を身分差別と断じる団体すら存在する。同法案でも、こうした歪められた「人権」が救済機関によって闊歩しかねない。
しかも、相変わらず公権力の人権侵害に主眼を置かず、勧告から逸脱している。また人権擁護委員について旧・人権擁護法案は国籍条項を設けず、北朝鮮や中国の工作員が委員に就きかねないといった疑問が呈され、それで今法案は「地方参政権を持つ人」としたようだが、なぜ国籍条項を明示しないのか、疑問である。民主党が公約で掲げる定住外国人への地方参政権付与を念頭に置いていれば、外国人が「人権」を悉意的に運用する疑念が晴れたとは言えない。
真に必要なのは、現行の刑事司法制度のもとで人権侵害の救済が十分機能しているか、検証することである。人権救済を掲げて新たな人権侵害や言論弾圧がもたらされる過ちは断じて許されない。人権救済法案は依然として危惧を残しており、法制化に断固反対する。